蒼と銀
とある平和な日。
「朧さん…話題が付きちゃいましたね…。」
「そうだねぇ…もう殆どのお話しちゃったからねぇ…。」
蓮花はぼんやりと考えてこう言った。
「あ、ありました!私、昨日普通に学校行ったんですけど、私の机の上にジップロック入りの血塗れナイフがあったんです。」
「…えぇ?」
朧はなんとも言えないという顔をする。
「で、ですね!突然茶番が始まったんです!もうそれが面白くて面白くて!皆で遊んでました!」
蓮花は嬉々とした笑顔で話す。
「そ、その血塗れナイフは……?」
「演劇部の小道具だったそうです。血塗れを綺麗にする為に、ジップロックに入れて乾かしていたそうなんですか、何故か私の机の上にありました。皆声を作って面白かったんですよ!」
「血濡れに綺麗なんてあるの……?」
朧は先刻から表情を変えずに言った。
「さぁ…。あるんじゃないですか。知らないですけど。」
「君、本当に興味が無いことは驚く程投げやりだね。」
「人間ってそういうものでしょう?」
蓮花は切り返す。
「なんで忘れてたんでしょう…。あと他には、空から山羊が降ってきてそれを今育てていたりだとか、校庭から10kgの金塊が出てきたりだとか、実は担任の先生が売れない芸能人やってたりだとか、他にも…。」
蓮花は有り得ない現象を口から大量に出す。
「待って待って。穹窿高校ってそんな所だったの?」
「えぇ。そうですね。」
蓮花はさも当たり前という風な口調で答えた。朧があっ、と声を上げる。
「ねぇ、部屋に男女が2人。何が起こると思う?」
ニヤニヤと朧が言う。しかし蓮花は表情を変えず、しかも目に殺気を湛えて。
「殺人事件、ですかね。」
「如何わしくないから!待っ」
その瞬間蓮花のローキックが炸裂した。
「痛い!」
「痛くしましたから。」
蓮花はにこやかに答えた。
「……本当に君だけは口説けないね。おっかないし。」
「それはそれは良かったです!」
「何なの、君のそのローキック…何処でそんな力手に入れたんだい……?」
「朧さんを『世話』する為ですよ。」
「それは動物を『調教』するのと間違えてない…?」
「嫌ですね朧さん。愛を込めてローキックして上げてるんですから感謝しろ。」
「後半怖い。」
まぁそんな事よりも、といきなり話を変える蓮花。
「あ、そう言えば朧さんって13歳から此処に居るんですよね。お父様やお母様は反対なさらなかったんですか?」
朧は少し考えるとこう言った。
「まぁ…あの頃はね…父と母、死んでたから…。」
蓮花ははっとして応えた。
「そ、それはすみません。嫌な事思い出させてしまいましたね。」
朧はにこやかに言った。
「いや、別にいいよ。この瑪瑙の首飾りで何時でも話す事が出来るからね。」
「そんな機能が付いてたんですか…?」
「あとインターネットも使えるよ。」
「ハイテク過ぎですね…。」
あー。と朧が何か思い出す様な声を出した。
「父と母はね、……バカップルだったんだよね…。」
「あぁー……。主には?」
蓮花は聞く。
「もう何か毎日毎日いちゃついてた。喧嘩は滅多に起らなかったし、それは良かったけど、けど、私が一番最初に覚えた単語がバカップルだった、ていう話。」
「…け、喧嘩とは主には?」
蓮花が耐えられなかった様に口を開いた。
「私のプリン食べたとか、僕は食べてないだとか。」
「…………。」
蓮花は何とも言えずぼんやりとしている。
「あ、そうだ!そう言えば、あのバカップルの馴れ初めがそれはもう童話のお話の様だから、それを話してあげよう!」
朧は嬉嬉として話し始めた。
25年前ーーーーーー
遠い遠い、金木犀の町、マグノーリエ。其処に、私の父親は住んでいたんだ。父はね、今の私と見た目がそっくりで、中身も似ていたそうだよ。まぁ今の私みたいな片目は隠れていなかったけれど。
水魔法が得意でね、他の魔法も平均よりも上だったそうだ。名前は朧月夜 滄助って名前だったんだよ。
霧中の草原。其処に1人の男が居た。マグノーリエの郊外。只だだっ広いだけの草原だが、朧は其処に居るのが、あの煉瓦造りの偽物の町よりも良かった。
「ふぅ…今日は一段と霧が濃いねぇ…。……え?」
草原の周りにある、見晴らしが良い林、といっても今日は霧に覆われていたが、其処に足を踏み入れていた朧は少し向こう側に人の白い足と、白い布切れが一瞬だけ横切った。
「………ゆうれい……?」
朧は思った。偽物の町なんて嘘。本物です。帰ります。怖いです。幽霊とか居ないけど。人、一杯居るし。帰ろう。
なんて。
銀は帰路を急いでいた。またあの人に怒られる。
「た、ただ今戻りました。 」
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
あぁ、バレなかった。良かったと、銀は思った。婆やが此方に向かって、またあの話をする。
「お嬢様、この方や、あの方は、あの議会に入っていらっしゃってーーーーーーーー」
途中の方から頭に話が入って来ない。婚約者の話なんて、もううんざりだ。
「聞いてらっしゃいますか!お嬢様!」
「あ、あぁ!ごめんなさい。今日はもう疲れたわ。シャーロットを呼んで頂戴。お風呂に入りたいの。」
ばあやは一つため息を付いて、了承した。直ぐにシャーロットが来てくれた。シャーロットはとある事情で引き取った孤児で、腰まである茶髪の髪を三つ編みのお下げにして、メイド服を着ていた。
「もう!お嬢様!何処に行って居らしたのですか!身体中びしょびしょじゃあありませんか!」
シャーロットは銀の踝まである銀髪もびしょびしょだと怒っていた。それに対してうふふ、と銀は笑ってこう言った。
「霧中の草原に居たの。ねぇ、とっても面白い方を見つけたわ!またお話してみたい!」
銀ーーーーー白檀は笑顔でそう言った。
翌日。
朧はお化けなんて居ないし。怖くないから等と思いつつ、林の中から草原に出た。季節は春。この時期の草原は、水魔法を使うのにもうってつけの季節。その上、木の下で本を読むのも悪くは無い季節だ。思いっ切り深呼吸すると、その瞬間、風が思い切り吹いた。
その音に紛れて馬の蹄の音が聞こえた。振り返ると、其処には馬に乗った女性が居た。其の女性はチャイナ風よりもう少し裾が開いた、白いドレスに鳥や華の刺繍。そして腰には茶色い硬い帯。青緑の玉の簪を頭に差して、銀髪は結ってある為に膝裏程になっていた。
「あら、昨日のお方?」
「……えぇっと、昨日と言うと?」
「私の事を幽霊と勘違いしたのでしょう?」
うふふと白檀は笑う。
「…昨日のあれは貴方でしたか。白狐のお嬢さん?」
白檀は驚いた顔をした。
「まぁ!私の事を狐だと見破ったのは貴方が初めてですわ。」
「まぁこれでも魔法使いの端くれなので。」
朧はにこやかに笑う。白檀は言った。
「ねぇ、朧月夜さん?私、金剛院 白檀に街を案内して欲しいんです。」
朧は一瞬だけ驚いたが、直ぐに笑った。
「白檀嬢の仰せのままに。」
白檀はくすり、と笑ってこう言った。
「ねぇ、今日だけでもいいですわ。私の事は白檀と呼んでほしいのです。私は今まで友達という人が居なくて、とても寂しかったものですから。」
表情を変えず、ただ笑う。
「じゃあ、僕の事も朧で良い。だって名前、2人とも長いでしょう?」
朧は笑いながら応えた。そして白檀が変えず。
「ええ、全くですわ!」
馬を置いて、2人は街に出かけた。
「へぇ……こんなに街って広いのですね…。」
「白檀は街に出た事が無いのかい?」
「何せ婆やメイドが煩くて敵わないのです。」
「そりゃ、大変だね。」
2人は街の広場に着いて座る。朧は売っていたジュースを白檀に差し出した。一緒に飲む。ふと白檀が、何かを思い出した様に言った。
「そう言えば……。朧月夜って、代々『ラプラスの魔物』の血筋ではなかったのですか?」
朧は顔色の変えずに言う。
「そうだねぇ。あんまり良いものでも無いけどね。」
「どうしてです?」
朧は少し考えつつ応えた。
「まず『ラプラスの魔物』は生まれつきで出てくる物じゃない。精神的苦痛と肉体的苦痛がピークに達した時に生まれるんだよ。その時の苦痛は一生忘れない。あとね、最初の方は全く力が操れない。あれ大変なんだよね。修行しなくちゃいけないから……。後ね、本当に稀有で有り得ないんだけど、『ラプラスの魔物』の力を欲しいとか言い出す輩がいるからね……。」
「…はい?」
白檀が顔を顰める。
「『ラプラスの魔物』はこの世界を作った、言わば龍神の創造神だ。その血は朧月夜の家に殆ど色濃く残ってる。で、何でか知らないけど、『ラプラスの魔物』の力が欲しい!とか言ってた奴もいた…。」
白檀はくすくす笑いながら言う。
「そんな面白い方いらっしゃるんですね。」
朧はそんなんだったら良いよ、と言い出した。
「『ラプラスの魔物』は世界創造神話の中で、良くなったり悪くなったりする優柔不断な存在で、それを知った…ええっと、1000年前かな?『マクスウェルの悪魔』の力を持つ人たちに迫害されてた。もう本当に此奴は困るよ。ほら、出てきな。今でも迫害する人が居るしね。どれだけ僕が困ったと思ってるのさ。」
朧が一つ毒づく。白檀は目をぱちくりした。朧の足元には小さい白い犬が居たのだ。
「……犬?」
「そうだよ。此奴が『ラプラスの魔物』。割と弱い。普段はね。でも、この状態でもどんな魔法でも死なないんだから凄いよね。」
「くぅぅん…。」
白い柴犬の様な子犬は、白檀の膝の上に座った。
「…か、可愛い……!」
白檀は目を輝かせる。
「でしょ。昔飼ってた犬を想像して創ったんだよ。」
朧は白檀ににこやかに微笑んだ。
「…創る?」
白檀が問う。
「『ラプラスの魔物』自身は、煙の様なもの。正しく言うと、龍神だけど、基本は煙の状態で過ごしてるんだ。」
「す、凄いですね…。」
「だろ?でね、其の煙は、主の想像を読み取って、その形になる。って原理。ほら、戻っといで。久し振りに出してやったんだ。もう良いだろ?」
朧は子犬に手を翳すと、子犬は白い煙となって消えた。ちゅるちゅると、ジュースを飲む。今度は白檀が話す番だ。
「私は、『マクスウェルの悪魔』の一族なんです。」
「それは、その、」
「あ、慌てないで下さいね!迫害してたのは事実ですし、えっと、その、はい!」
白檀は無邪気に笑う。彼女は続けた。
「『マクスウェルの悪魔』は『ラプラスの魔物』の天敵。全ての力を無効化出来ますわ。それを代々受け継いで来たのです…。でも、」
朧が口を挟んだ。
「力が、出ないの?」
「良くお分かりで。そうなんです、『マクスウェルの悪魔』は、感情が死ぬ程揺れ動いた時に見られるものなのですが…大体それは、10歳前後に見られるそうですわ。でも私は…。」
「今迄、そういう前兆が無かった…?」
白檀はしょぼくれた。
「婆やが煩いんです。陰であの娘は全く駄目だとか…もう…。」
朧は微笑した。
「大丈夫だよ。白檀。僕がついてる。ねぇ、もし僕が危なくなったら、宜しくね。」
白檀もつられて笑う。
「嫌ですね、縁起でも無い事言わないで下さいよ。」
朧は遠くを見た。
「ほら、もう夕暮れだ。帰ろう。送ってあげるから。」
白檀は朧を見ながら言った。
「ねぇ、明日も会いません?私とっても楽しかったのですわ。だから、ね?」
「はいはい、分かりましたよお嬢様。」
白檀は態とらしく怒る。
「こんな時だけ、お嬢様扱いやめて下さい!」
そして、事柄は動き出す。
翌日。
「やぁ、白檀、おはよう。こんなに朝早くから出かけても良いのかい?」
朧は街の広場で白檀を待っていた。
「良いのですよ。もう適当に色々済ませて来ましたから。さぁ、今日は何処に行きましょうか?」
「今日は広場の近くで色んな市をやってる。そこに行こう。」
それまでに2人は話した。家の事、自分の能力の事、家族の事、最近の出来事…そんな時だった。人混みに紛れて、白檀が消える。
「くっそ…!」
消えかける白檀を朧は追いかけた。そして連れ去っている相手は止まった。何人かの男に取り押さえられ、逃げられないようにアキレス腱を切られている。路地裏が交差している、全く人が来ない場所。そして悲鳴を上げても、絶対に誰も来ない場所。朧は激昴した。そして言う。
「…よくも、よくも白檀に手を出したな……!死んで償え……!!!」
目が、紅く染まる。右腕にある『ラプラスの魔物』紋章が金色に光り、腕は白龍のそれ。白檀は焦燥した。
「駄目!朧さん!戻って来て!」
もう、朧の意識は殆ど『ラプラスの魔物』一色だ。這ってでも行きたいが男に掴まれて、進めない。自由なのは、手だけで。
「ねぇ!戻ってきて下さい!暴走したら、駄目ですわ!」
その束の間だった。白檀の左腕に月の紋章が浮かび上がる。そして、朧の龍化は解かれた。そして白檀は欠かさず叫ぶ。
「『マクスウェルの悪魔』!私に力を貸して!」
刹那、周りから科戸の風が吹き、白檀の目の前には一角獣が居た。そして一瞬で男達を蹴飛ばした。
「ぐぅるるる……。」
美しい銀の毛並みは太陽を受けて煌びやかに輝いていた。その角の先は。
「ねぇ……ごめんね。君の主を守れなかった。」
朧の首に触れるか触れぬか。先は刃物の如く光り、皮に刺さるかどうか。
「どうして……言う事を聞いて!戻りなさい!『マクスウェルの悪魔』!」
白檀が言う事を聞かぬ神獣は、そのまま朧を見据える。銀灰色の瞳には曇り一つなく。朧は手を上げながら溜息を付いた。
「君の主を守れなかった事、それは謝る。だからこれから守る為にこの角、退けてくれないかな?」
「………。」
朧の眼は一瞬で曇る。どろどろとした何かが朧の思考を覆う。
「ねぇ。言う事を聞け。『マクスウェル』。じゃないと消すよ。」
そうすると朧は『マクスウェル』の角を持つ。それを一気に自身の足元に落とした。
「『ラプラス』の言う事を聞かなくちゃ駄目だろう?」
『マクスウェル』はぎりぎりと歯軋りをする。そして仕方無く跪く。
「よしよし、良い子だ。」
そして、『マクスウェルの悪魔』は消えた。朧は白檀の傍に近寄る。そして言った。
「大丈夫かい!?白檀…!こんなに血が出て……!あぁ、どうしよう、ええっと、ううんと、あ、そうだ!」
朧は白檀に向き直ると、こう言った。
「少し買い物してくる。それまで待ってて。絶対に動かないでね。」
白檀はこくり、と頷くと、数分程待っていた。直ぐに朧は来た。手には薬草を持っている。にこやかに笑って、薬草を傷口に当てる。
「大地の土、豊穣なる雨、我等が愛し栄光なる富。汝の傷を癒せ。」
ふわり、と緑色の治癒魔法が起こる。白檀の傷は一瞬で治った。
「え、あ、治っ……た?」
「うん、治ったよ、白檀。」
「凄い……凄いですわ朧さん!」
白檀は目をきらきらさせる。でも、と挟んだ。
「『ラプラスの魔物』の力を『マクスウェルの悪魔』が無効化するんじゃ……。」
朧は悪戯っぽく微笑むと、こう言った。
「ちょっとした、裏ワザさ。」
空が、紅く崩れ落ちる。その壁から紫色の宝石が除く。2人は、白檀のお屋敷の前。
「じゃあね、白檀。」
「あの、朧さん……。」
白檀は俯いた。
「明日も、明明後日も、会いたいんです…!でも、…っ…。」
朧は顔色を変えずに言った。
「明日が結婚式なのかい?」
「…そう、なです、ねぇ、私、もっと朧さんと一緒に居たいですわ…!」
朧は顔を真っ赤にした。
「わぁ、それは、嬉しいな…。」
白檀はそれでも顔色を変えずに言った。
「だから…!明日の、結婚式は、どうすれば…!」
「明日の結婚式かい?僕等の結婚式に変えてみせるよ。」
「へ…!」
白檀は驚く。朧は悪い笑みを見せながら言う。
「だから、そんな泣かないで。明日の僕が困るだろ?」
「…っ…!はい!」
紫水晶は、黒瑪瑙に変わって行く。
結婚式当日。
「白檀様!お綺麗です!」
シャーロットが言う。白檀は俯く。この結婚式は勝手に婆やが決めたもの。向こうから婆やの声が聞こえる。
「もうそろそろですよ、お嬢様。」
白い、白い部屋。白檀はドレスを身に纏った姿で振り向いた。この婆やは自分の事などどうでも良いのだと。男が来た。此奴は御曹司らしい。そして、音楽がかかる。バージンロードを歩いた瞬間だった。あの呑気な声が聞こえる。ばりん、と結婚式場の北向きに付いている、ステンドグラスが割れる。
「朧、さん!」
「そろそろ僕の事を滄助って呼んでくれないかな?」
結婚式場がざわめいた。白檀は涙ぐみながら朧を見上げる。男方の父親が声を上げる。
「貴様は何者だ!無礼だぞ!」
「嫌ですねぇ…?僕はしがないしがない魔法使いですよ?」
にやにやと、明らかに相手を莫迦にした笑い顔。一気に白檀の前へ降りると、そのまま抱えて出て行こうとする。しかしそれを止めるのが皆の役目で。しかし朧の力の前では何かもが無意味。軽やかに避けながら結婚式場を出て行く。そして最後にこう言った。
「そういう訳で、このお嬢さんは僕が貰います。」
にやりと笑って、朧は言った。思い切り、外へ飛び出す。それは美しい春のあの2人が出会った霧中の草原で。翠玉色の草原が無限に続いている。太陽が、2人を照らした。
「もう…the御伽噺!ですね……。」
「…でしょう?」
「朧さんのお父様ってお化け苦手だったんですね…。」
「うん。」
そして蓮花は紅茶を啜った。
「…そう言えば、どうして『ラプラスの魔物』が『マクスウェルの悪魔』の力を封ずる事が出来たのでしょう?」
「さぁねぇ……。それはあの人が死ぬ迄分からなかった。何たって今の私の倍ぐらいの魔力があったからね…。」
「……倍?」
蓮花が驚く。何故なら目の前で時空を開く姿を何度も見てきたからだ。まずその魔力でさえも大変なものなのに、それ以上とは。
「…そのお陰で毎日ちょっかい掛けてくるんだよ。鬱陶しくて、あの頃は…父親の復讐に掛けた思春期だった…。」
「そんなのに思春期掛けないでくださいよ。」
「全くですわ。この愚兄。」
からん、とドアの鈴の音。軽やかで高い小鳥の囀りの様な声。
「やぁ黎明。何時もの毒舌ありがとう。あと神無月も一緒だね。」
「邪魔するぞ。」
黎明は苛立ちながら言った。
「全く、兄様は自炊も1人で出来ぬ癖していきなり『一人暮らししたい!』とか訳の解らぬことを言い出して…。挙げ句の果てにご飯は私が作るとは一体どういうことですの…?」
「よく一息で言い切ったね黎明。」
黎明の頭を神無月が撫でる。もう、2人は仲間だ。其処に神無月の冷えた冷徹な視線が走った。
「…自炊ぐらいしろ。」
「簡潔に言ったね。」
蓮花は口を挟んだ。
「そう言えば、どうして朧さんは一人暮らしがしたい等と言ったのです?」
「黎明と離れたかったから。」
「…この簡潔糞兄貴。」
「ん?何か言ったぁ?黎明?」
黎明の罵詈雑言に対し朧はにこやかに問う。黎明は笑顔で切り返す。
「全くですわ。兄様。……………………自炊…………しろ。」
「何か最後の方に……うわぁぁぁぁぁ!!」
黎明の蹴りと拳が炸裂する。それを神無月の蓮花は唯々見ていた。蓮花が徐に神無月に聞く。
「神無月さんは御兄弟とかは…?」
「俺は1人っ子だな。蓮花は?」
「私もおりません。なので…。」
「兄弟喧嘩が珍しいのか?」
蓮花は目の前の修羅場を見て微笑んだ。
「珍しくて、……羨ましいです。」
神無月は蓮花を見ると、少し笑った。
これは春に向かう少し前の話。
蝶と瑞花が交わる間のお話。
麗らかな日々に行く前の、ちょっと前のお話。
これからもちゃんと上げていきますよーっ!