戦場の華
「なぜおまえはそんなにいきいそぐ」
そう言われて初めて自分が何の根拠もなく、死ねば元の世界に戻れるのではないかと思い込んでいたことに気づいた。
今自分が在るこの世界が、『自分が本来在るべき世界』ではないからなのか・・・それともこの世界での自分の存在感が酷く希薄だからなのか。
手にした二振りの剣から滴る鮮血さえ現実感を酷く欠いていて、それを液晶画面を通して見ているかのような気分になった。
人を殺しておいて現実感を欠くなど、普通に生活していれば決して有り得ない。
それを言うならば剣を自在に操ることさえ普通ではないのだ。
実際、現実世界で自分は剣を振るった経験などない。
それでもこの世界で今まで生き残れたのは、妙に欠けている現実感と自分自身の希薄さと、仮想世界へのフルダイブ技術ーーーその恩恵を一身に受けていたからなのだとわかっていた。
「いきいそぐ」
それは生き急ぐなのか、それとも逝き急ぐなのか。
ぽつりと呟き、うっすらと感情の欠片すらない笑みを唇に引いた私に目の前の男はすうっとその隻眼を眇めた。
そうここは戦場。
たった一つのミスで命を拾うより容易く命を落とすところ。
何の因果か、神の悪戯か、私が落とされ、生きることを強要された世界ーーー戦国乱世。
「何をそんなに怒っている?政宗?」
笑い声はまるで調律されていないピアノのよう。
よくわからないと首を傾げて見せれば、歴史上の人物であるはずの男は『そんな風に笑うな』と一言呟いて、鮮血を滴らせている二振りの剣と共に私をきつく抱きしめて肩口に顔を埋めた。
だから私、は。
彼がどんな顔をしているのかを知らない。