シソウシコウ05
◆◆◆
放課後。俺はファミレスで幸治さんから話を聞いていた。
「つまり幸治さんに見えているオーラは、別に人間や動植物等の生物だけに限らないって事ですよね」
幸治さんの彼女である藤野さんを守る事になってから二週間ちょい――既に半月近い時間が経過していた。
死相や桜の呪いなんて懸念事項があるものの、今のところ藤野さんの身には特に何の異常もなく、実に平穏無事な生活を送っている。
「ああ、そうだよ。生物だけじゃなく食べ物や飲み物、洋服や靴、車にバイク、時には何もない空中に見えていたりする事もある」
「えっと、オーラが見えない物も有るんですよね」
「ああ。生物はだいたい見えるけど、例えばこのスプーンなんかには見えないね」
そう言って、幸治さんはコーヒーに添えられた小さなスプーンを振ってみせる。
「見えている色にもそれぞれバラつきが有って、たまに前とは違った色が見える時もあると」
「そうだね。対象によって見える色は様々だけど、大抵はいつも同じ物に同じ色が見える。でもたまに、それまでとはまるで違った色に変化する時もあるんだ」
「ふむ……」
幸治さんから聞いた話を手帳に書き込んでいく。
だがこの話の内容は、既に幸治さんから何度も聞かせてもらっているものだ。
なので今のこの話し合いは、あくまで確認と報告の意味合いが強い。
あとはまぁ、俺たちの息抜きも兼ねている。
「法則とか判りましたか?」
「すまない。自分でも色々と調べたり試したりはしているんだが、まだ見当が付かないんだよ」
「いえ、気にしないで下さい。この手の事は気長にやるしかないんで」
なんでも幸治さんはこれまでの人生で、自分に見えているオーラらしきものの正体を、真剣に調べたり知ろうとはしてこなかったらしい。
彼の言う“オーラ”や“死相”などもあくまで彼の経験則からの判断で、本当にそうなのかの検証もした事がないのだという。
もしかしたら、彼の言うオーラはオーラではなく、死相は死相ではないのかもしれない。
実際に俺たちの調べた内容でも、幸治さんに見えているものと俗説として語られているものに、色々と類似や相違が見付かった。
なのでもし幸治さんの言うことが間違っていたら、この半月の間にしてきた俺たちの苦労が、ただの徒労に終わる可能性がある。
まぁ人命が関わっている以上、何も無いに越したことはないのだが……。
だが、それも所詮は俺たち素人が調べた結果であり、調査に利用したのは主に一般的な某有名検索サイトだ。
それすら本当に正しいのか定かではないし、専門家と呼べるほど詳しい知り合いも俺たちにはいない。
あえて言えば日咲先輩なのだが、先輩曰く「私、死相なんて見たことないから」と、なんとも簡素なお答えを頂いた。
なので幸治さんにはこの半月の間、藤野さんの護衛と監視に平行して、自分に見えているオーラや死相について調べてもらっている。
俺たちは俺たちで調べているが、やっぱり本人からの視点でしか気が付かないこともあるからだ。
「まぁたまにアッサリ判明する事もありますけどね。俺みたいに」
「ああ、君の場合は確か、日咲君が見抜いたんだったよね」
「そうですね。別に精密検査とかした訳じゃないですけど、あの人の指摘が一番理に適ってると思います。お陰で長年の悩みが色々スッキリしました」
「そうか。良かったじゃないか」
「ええ、俺は運が良かったです」
ここ半月の間、今回のような報告や連絡を繰り返すうち、俺と幸治さんはお互い意外なほど仲が良くなっていた。
幸治さんとの連絡役に部長が俺を指名したこともあるが、特に幸治さんが俺に対して興味を持ったことが要因としては大きいだろう。
お互い人には見えないものが見え、性別も同じで年も近い。俺もこの人も、単純にお互い他の人間より話易かったのだ。
幸治さんは今まで抱えていたものを吐き出すようにして、自分が調べてきた事や藤野さんの状況以外にも、色々と俺に自分の話題を振ってきた。
人の身の上話になんて興味のない俺だが、似たような境遇だと矢張り自然と親近感が湧いてしまう。
そのせいか、幸治さんの話を聞いているうちに、俺もいつの間にか自分のことを色々と話してしまっていた。
この手のタイプは基本苦手な俺だが、気が付けば同年代の明雄より多くの事を話しているのに気付いた時は、我が事ながら本当に驚いたものだ。
「藤野さんの様子はどうですか、何か変化とかありました?」
「相変わらずだよ。元気なもんさ……ただ、またあの影が濃くなっている気がするんだ」
「そうですか……」
さっきも言ったが、藤野さんにはいまだ命に関わるような凶事は起こっていない。
しかし幸治さんが言うには、彼女に憑いている死相らしき影の色が、発見当初より確実に濃くなってきているのだという。
本人の体調にはまるで変化がないにも関わらず、死相かもしれないその影だけが日に日に濃くなっていくのが、こちらの不安を否が応にも掻き立てる。
「このまま何事もなければ良いんですがね」
「ああ……」
勿論、幸治さんからは死相についても詳しく話を聞いている。
だがこちらもオーラと同じく、詳細については何も判明していない。
そもそも幸治さんがその影を死相だと思うようになった切っ掛けが、あるとき病院で見掛けた一人のお年寄りだったという。
幸治さん曰く、それまでも影そのものは割と頻繁に見えていたのだが、何故かそのお年寄りだけ見たことのない濃い影が纏わり憑いていたらしい。
幸治さんには、それがとても禍々しいものに見えたそうだ。
その時はそのまま見送ってしまったのだが、後日気になりそのお年寄りの事を病院関係者に訪ねてたところ、その頃には既にお年寄りは病気でお亡くなりになっていたとのこと。
発見してからわずか三日後のことだったらしい。
他にも、駅のホーム内で同じような影の見える女性が、突然気を失って線路の上に落ちそうに成ったという話も聞いた。
此方は周りの人たちに助けられて事なきを得たが、ひょっとしたら大惨事に繋がりかねない危険な状況である。
以上のように、幸治さんに見えるその影が憑いている人物には、状況は違えどその大半に不吉な出来事が起こっている。
「出来ることならこのまま自然に消えてくれれば良いんだけど……なにぶん、ここまで長く見えたのは初めての事でね」
だが救いなのは、いくら影が見えるとはいえ、どうやら“必ず死ぬ”という訳ではないという事だ。
更に、影が見えていてもその大半が次の日には消えてしまうらしく、今迄は長くてもニ~三日程度で消えてしまう事が殆どだったらしい。
だからこそ、半月ほど経った今でも影の消えない藤野さんのことが、いつも以上に気がかりなのだろう。
「君たちの方はどうだい。何か新しく分かった事とかは」
「残念ながら、こちらも進展と言えるものは何も」
この半月の間、俺たち〈超常部〉は幸治さんとは別に、俺たちなりに“オーラ”や“死相”、そしてあの“呪いの桜”について調べを進めていた。
無論、一番精力的に動いていたのは我らが部長さまなのだが、あの人はたまに無茶をすることがある。また一人で暴走しなければ良いのだが……。
他にも、日咲先輩や新入部員の恭子ちゃんも頑張っていたし、明雄や山辺さんにも大いに力を貸して頂いた。
にも関わらず、未だコレと言った成果は上がってはいなかった。
「確か、知り合いに“頼りになる人が居る”と聞いたけど。そっちの方はどうなんだい?」
「ああ。そっちも今のところは望み薄ですかねぇ」
「そうか……」
幸治さんの言うように、専門家という訳ではないが、こういった事柄に詳しそうな人物に、俺には何人か心当たりがある。
ただ、あの桜の所有者が〈山辺組〉という事もあり、“関沢刑事”の協力を仰ぐことは難しいだろう。
昔の事とはいえ、本当に死体が埋まっているとなれば尚更だ。
そして何より、この手の問題に一番頼りに成りそうな“イッキ先輩”との連絡が取れない事が、俺にはもどかしくて仕方がない。
俺の知り合いであるイッキ先輩は、こういった一般的な常識からちょっと外れちゃった時などに、一番頼りになる人だ。
しかし、何故か頼りにしたい時に限って必ず連絡が取れないという、神懸かり的なタイミングの悪さを発揮する人でもある。
一番頼りになる人が、実は一番頼りにならないというオチを抱えている人なので、もういっそ居ない方が良いと想うことすらある。
だが、あの人もウチの部長に負けず劣らずしぶといので、居なくなるのはきっと俺の方が先だろう。
色々と物騒な仕事をしているイッキ先輩より、ごくごく一般的な生活を送っている俺の方が先に居なくなるというのは、なんとも皮肉な話としか言いようがない。
――その時、俺の携帯が鳴った。
「携帯が鳴っているけど、出ないのかい?」
「……幸治さん。俺が死んだら、仏壇に線香の一本でも立ててやって下さい」
「ど、どうしたんだい突然!?」
こっちが捉まえたいタイミングで捉まらないイッキ先輩。
だが逆に、こっちが捕まりたくないタイミングでこっちを捕まえるという、理不尽極まりない特技まで持っているから性質が悪い。
俺は十三段の階段を昇るが如く、覚悟を決めて通話ボタンを押した。
「イッキ先輩が本気で居なくなればいいとか、俺全く想ってないんで」
『ふえっ!? あ、あの??』
「ごめん恭子ちゃん。間違えた」
『い、いえ。こ、こちらこそ……?』
しまった。動転して着信表示を見ていなかった。
「えっと、何かあった?」
『そ、それがですね……』
当然だが、俺と幸治さんがこうして話をしている間は、幸治さんが藤野さんの傍に付いている事はできない。
なので、この時ばかりは幸治さんに代わり、〈超常部〉の部員が影ながら藤野さんを見守る手はずになっている。
確か今日の当番は、部長と恭子ちゃんの二人だった筈だ。
あまり考えたくはないが、ひょっとしたら幸治さんが傍にいない今に限って、藤野さんの身に何か良からぬ事でも起こったのかもしれない。
「……もしかして、ヤバイ感じ?」
それを聞き付けた幸治さんの顔に緊張が奔る。
『“ヤバイ”と言えば、確かに“ヤバイ”んですけど……』
……何だろう? 恭子ちゃんの歯切れが妙に悪い。
「どうしたの?」
『その、色々と複雑でして……あ、でも藤野さんには何も起こってません。いつも通りの無病息災です。今はお家にいます』
「ああ、そうなんだ。それは良かった」
不安そうにこちらを見る幸治さんに、「大丈夫」とだけジェスチャーを送っておく。
「……ん?」
藤野さん“には”?
『でも、その代わりと言いますか――』
「うん」
『部長さんに“車が突っ込んできました”』
「うん――――は?」
◆
「うん、うん……うん、ありがとうお姉ちゃん」
そう言って、恭子ちゃんは携帯の通話を切った。
「今お姉ちゃんに確認してみましたけど、ついさっきちゃんと病院に搬送されたそうです」
「怪我の具合は?」
「結構重傷みたいです。両腕に右足の複雑骨折。でも、奇跡的に命に別状はないとのことです」
「そっか、それは良かった」
どうやら最悪の事態は免れたらしい。
どのような理由にせよ、こんなことで人死が出ては流石に目覚めが悪すぎる。
「それで、一体何があったの?」
恭子ちゃんから連絡を受けた後、俺たちは急遽俺と幸治さんのいるファミレスへと集合することになった。
集まったのは初めからいた俺と幸治さん、そして恭子ちゃんと日咲先輩の四名のみである。
そろそろ夕食時ということもあり、店内の喧騒も大きくなってくる頃合だった。
「ええっと、それがですね。今日は放課後から、私と部長さんの二人で藤野さんを見張っていたんですけど」
「けど……?」
「何だか部長さん、自分だけで藤野さんのこと調べていたみたいで。その……私の目から見て、ちょっとやり過ぎなくらい」
それを聞いた瞬間、俺と日咲先輩の目線がかち合った。
先輩は直ぐに俺から目線を逸らすと、そのまま顔を伏せて溜息を吐く。
黒髪美人さんには似つかわしくない、疲労を象徴するかのような深い溜息である。
実のところ、俺も溜息の一つでも吐き出したい心境なのだが、そんな先輩の姿を見た後では、同じように溜息を吐くのが憚られてしまう。
心労著しいのは、間違いなく俺よりこの人の方なのだ。
家族連れで賑わい始める店内で、俺たちのいる一角だけが重い雰囲気に包まれる。
「えっと……?」
「ああ、うん。恭子ちゃんは知らなかったよね」
俺たちの様子に恭子ちゃんが戸惑う。
そういえば、去年の恭子ちゃんの一件以来、それほど目立った事件は起こってはいない。
恭子ちゃんがウチの学校に入学してからまだ一ヶ月も経っていないので、まだあの人の悪癖を知らないのも無理はないだろう。
「ウチの部長、のめり込むとたまに暴走する癖があるんだよ」
「ぼ、暴走ですか?」
「うん……」
“暴走”――そう、あれは暴走と言って差し支えない。
ウチの部長は余り物事の真偽に拘らない人だが、ひとたび本気で興味を持てば、自分なりのやりかたで真相の究明に乗り出してしまう。
それは余り手段を選んだものではなく、時にはそのせいで学校を休むことすらある程だ。
「前にもこんなことがあってさ。いや、ホントに徹底的というか、自分が満足するまで止まらない人なんだよね」
その手法は、徹底的な“現地調査”。
現場を見て回ったり、周辺の人たちに聞き込みをして回ったりと、一時たりともじっとしていない。
別に本職の探偵でもないので、手に入れた情報には間違ったものや疑わしいものも多いのだが、なにしろその量が半端ではない。
果たして、どうやったら一個人でアレだけの量の情報を集めてくるのかと思うほど、大量の情報をかき集めてくるのだ。
俺や日咲先輩のように、じっくりと本や資料を読みあさるのは苦手なくせに、“成果”という面においては、俺たちより部長の方が多く上げているだろう。
だがそんな暴走のせいで、今回のような危険な事態を引き起こすこともある。
そのため、日咲先輩は部長のことを常に危惧し、日頃からその胃にダメージを蓄積させているのだ。
かく言う俺はといえば、実のところ先輩ほど部長のことを心配してはいない。
俺が心配するのはあくまでも“被害をこうむる側”で、部長が今回のような目に合うのはある種自業自得であると、この一年間の付き合いで既に割り切りを付けている。
「で、今回は何やらかしたの? あの人」
「は、はい。実は部長さん、今日の放課後だけじゃなく、先輩たちに内緒で丸一日藤野さんのことを調べていたみたいで……」
「若菜のことを……?」
「あれ? でも確か部長、桜について調べてなかったっけ?」
「えっと、桜の方はもう調べ終わったとか言ってましたよ」
終わったならそう言って下さいよ部長……。
皿の上なら綺麗に食べ尽くすくせに、本当に“ホウレンソウ”が苦手な人だ。
「それでその、部長さんが藤野さんのことを調べていたら、こんなモノを見付けたらしくて」
そう言って、恭子ちゃんは鞄から取り出した物を俺に差し出した。
どうやら手紙らしいのだが、一度バラバラに破かれた後らしく、それがテープで復元されている。
表面にベタベタと貼られたテープのお陰で、明らかに紙一枚分以上に重さを増したそれを受け取って中を見てみると、そこには一般的な書体で印刷された文字が並んでいた。
内容は――
【オトコトワカレロ
アナタニハフサワシクナイ】
「……恭子ちゃん、あんまり聞きたくないんだけど……部長、コレどこから見付けてきたの?」
「えっと……今朝、藤野さんが捨てた“ゴミ”の中から」
「あ、あの子はぁ……」
いかん、日咲先輩が頭を抱えてしまった。
まぁここに来て最初の台詞がソレなのだから、頭も抱えたくなるだろう。
しかし、流石は我らが部長さまと言うべきか、ここにきて藤野さんの死相の原因が新たに一つ浮上した。
「成る程。“ストーカー”か」
「ストーカー!?」
それを聞いた幸治さんの顔色が変る。
「幸治さんは、藤野さんから聞いてませんでしたか?」
「い、いや! もし聞いていたら真っ先に君たちに話してるよ! ちょっ、ちょっとソレ見せて貰っていいかい!?」
「どうぞ」
俺から手紙を受け取ると、幸治さんはたった二行、二十文字しか書かれていない手紙を食い入るように読み始める。
自分の彼女にストーカーがいると判明したのだ、仕方のない反応だとは思うが、この様子だと彼女にストーカーがいたとは知らなかったらしい。
「確か、藤野さんは一人暮らしでしたよね?」
「あ、ああ。そうだよ」
「なら、この手紙が彼女の家のゴミから出てきた理由は二つ。一つは誰かから彼女宛に送られた場合。そしてもう一つは、彼女から誰かに送ろうとしてそれを取り辞めた場合です」
「コレを若菜が書いたと……?」
「まぁ後者は現状では考えにくいので、恐らく前者が正解だと思いますけど」
でなければ、幸治さんと付き合っている藤野さんが、こんな手紙を書く理由が思い当たらない。
誰かに送られたと考えるよりは、誰かに送り付けられたと考えた方が自然だろう。
藤野さんはソレを破り捨て、捨てられたソレをウチの部長が回収したという訳だ。
「しかし、ストーカーとは盲点だった」
藤野さんを死相から守るにあたり、俺たちは主に“事故”や“病気”などを危惧していた。
だが、そんな“偶発的”な要因だけじゃなく、“人為的”な要因というモノの存在を全く考えてはいなかった。
……いや、違うな。寧ろ、考えないようにしていたと言った方が正しいだろう。
人が死ぬ要因は、何も“事故”や“病”だけじゃない。“人”が“人”を殺す――つまりは“殺人”だって、立派な要因の一つだ。
それがニュースで聞くような遠い所の話ではなく、自分の身近でも割と簡単に起こる出来事であるということを、ここ一年間で十分に思い知らされていたというのに……。
「それで、なんかもう聞かなくても分るけど……部長、それからどうしたの?」
「あ、はい。それから部長さん、一人でストーカーを探し始めちゃいまして」
やっぱりか。
恭子ちゃんも一緒だから大丈夫だと思ったんだが、やっぱり俺か日咲先輩が付いているべきだったかもしれない。
「女の子一人でって、それは流石に危ないんじゃあ……」
至極真っ当な意見ではあるのだが、それは事情を知らない幸治さんだからこその台詞である。
「わ、私もそう思いまして、及ばずながら部長さんに協力することにしたんです」
恭子ちゃん。そこは部長に協力するところじゃなくて、止めるところだと俺は思うんだ。
「その後、部長さんの作戦通り動いてたら、そのストーカーらしき男の人が本当に見付かっちゃって」
本当に見付けちゃったのか。
まぁ恭子ちゃんに協力してもらえば、やり方次第じゃあストーカーなんか簡単に探し出せるだろう。
「見付けた男の人に部長さんが、「そこ動くなー! ストーカー!」って叫びながら、私が止める間も無く男の人に向かって走っていっちゃって」
「んな無茶な……」
「そうしたら、突然その男の人が傍の車に乗り込んで、部長さんに車ごと突っ込んできたんです」
「うわぁ……」
言葉が無い。
だが、どうやら過失はその男性の側で間違いなさそうだ。自業自得とはいえ……哀れな。
「私、あんなの初めて見ました……」
「まぁ交通事故の瞬間なんて、滅多にお目には掛かれないからね」
「それはそうなんですけど……普通の事故より凄いと言うか……」
「……良かったでしょ? 去年、恭子ちゃんの相手をしたのが部長じゃなく俺で」
「そ、それは言わないで下さいよ~。で、でも確かに、話には聞いてましたけど、アレ程とは思いませんでした」
俺は現場を目撃した訳ではないのだが、何があったのかは大体想像できる。
恭子ちゃんには初めての体験だっただろうから、さぞ驚いたことだろう。
「これで部長も、少しは頭を冷やしてくれると良いんだけど」
「……無理ね。どうせまた何も覚えてないわ」
「ですね」
ポロリと零れた俺の願望を、日咲先輩が一蹴する。
ウチの部長のことだ、今はまだ目を覚まさないだろうが、ベットの上で目覚めると同時に「どこだここ?」と言うのが割りと容易に想像できる。
事故の前後に起きたことなど、きっと一切覚えてはいないだろう。
「「「ハァ……」」」
俺と先輩、更には事情を察した恭子ちゃんも含め、三人の溜息が綺麗に重なった。