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シソウシコウ03


 ◆


「う~ん♪ ステーキうんま~~~♪」


 部長が幸せそうに牛肉を頬張っている。


「はぁ、良かったッスね……」


 長年の夢が叶ってご満悦の様子だが、俺はといえばそうでもない。


 矢張り火に当てる時間が長過ぎたのだろう。肉の食感が若干パサついてしまっている。

 部長は美味い美味いと言ってはいるが、俺的には余り納得のいかない仕上がりだ。

 肉の質も脂の質もサシの入りも良い。この手の肉は余り火を通さないことが鉄則なのだが、これだけ厚みがあるとどうしてもその見極めが難しい。


 だいたい、これだけ上質の肉を用意しておいて、なぜ調味料が普通の塩胡椒と“焼肉のタレ”しかないんだ?

 料理の成否を道具や材料のせいにはしたくないが、ここは矢張り岩塩に荒引き胡椒、それと火の調節が楽なコンロに鉄板でもあれば、もう少しまともな調理ができただろうに。


 “美味い物を美味く食う”――それがどれ程難しいことなのか、改めて思い知らされる経験となった。


「部長。肉切り分けましたから、皆の所に持って行って下さいよ」

「これ食べてからねー」


 そう言って、部長さまは自分用に切り分けられた肉を引き続き頬張っている。

 できる事なら冷める前に持って行ってもらいたいのだが、それよりも今の俺には少し気に成ることがあった。


「……部長、少し聞きたいことがあるんですが」

「ん? ふぁんふぁい(なんだい)?」

「まさか今回の花見、その呪いの“検証”をする為とか言い出しませんよね?」

「ンく、アハハハ! まっさかー! そんな訳ないない!」


 俺の問い掛けが可笑しかったのか、部長は手に持った箸を振りながら笑い出した。


「ただそういう曰く付きの桜があるって聞いてたから、この機会に見てみたかっただけだよー。今日のメインはあくまで皆でお花見を楽しむこと。それだけー」


 ウチの部長さまには、余人には理解し難い少し変わった趣味がある。

 まぁ自分が創設した部活に〈超常現象認定部(仮)〉なんてふざけた名前を付けるあたり、変っているのは趣味だけとは思えないが。


 この人には怪現象や超常現象などといった、不思議な話に積極的に興味を持つ習性がある。

 それだけならまだ唯のオカルト好きで済ませられるのだが、この人が他のオカルト好きと違うところは、“真相には余り固執しない”と言う点であろう。

 この人にとって重要な事は“不思議そのもの”であり、話の真相は二の次でしかないのである。


「それにもしも呪いが本物で、本当に誰かが死んじゃったら大変じゃん」


 真相には興味はない。

 したがって逆説的に、聞いた話を無条件に信じる事もなければ、在り得ないと一蹴する事もないのだ。


「そうですか……」


 それを聞けて安心した。

 もし本当に検証するとか言い出したら、どう阻止するか本気で頭を抱える羽目になっていただろう。

 この人に関して言えば、力尽くなんて方法は“絶対”に通用しないだろうから。


「それじゃあ部長、最後にもう一つだけ聞いて良いですか?」

「ん? まだ何かあるの?」


 懸念の一つは解消された。だが、実はもう一つだけ気に成ることがある。

 と言うより、たった今気に成った。


「もしあの桜を無断で伐り倒した場合、どうなりますかね?」

「どうなるって、そりゃあ……」


 部長は数秒間だけ頭上に咲き誇る桜を仰ぎ見ると――


「まぁ一部例外を除いて、男女関係なく“ただじゃ済まない”とは思うけど」


 さも当然と言った様子でそう答えた。


「ですよねぇ……」


 矢張りこの人の言う“面白い話”なんて、例え暇潰しとはいえ聞くものじゃない。

 春麗らかな日に開催されたせっかくの花見。なぜ最初から最後まで、穏やかに過ごす事ができないのだろうか……。


「すみませんが部長。俺ちょっと外しますんで、火見てて下さい」

「へ? 別に良いけど。どしたの急に?」

「いえ、ちょっと“自殺志願者”を止めてこようかと思いまして」

「ふえ??」


 部長にそう伝えた後、俺は花見参加者の一人である明雄あきおを引き連れ、部長と話していた例の枝垂桜の下へと向かった。

 坂を下り、近づいた枝垂桜の裏側を覗き込むと、そこには戸惑った様子で立っている一人の男性の姿があった。


「あのー」

「うわっ!?」


 その男性の年齢はだいたい俺たちと同じくらい。

 俺が声を掛けると、余程驚いたのか目を丸くしてその場に固まってしまった。


「躊躇するくらいなら止めておいた方が良いですよ。まぁ、それでも“やる”って言うなら止めませんけど」

「き、君は……?」

「鐘護くん、そこに誰か居るの? うわっ!!」


 俺の後からきた明雄が男性の姿を目撃すると、明雄もまた男性と同じように驚いて固まってしまう。

 まぁ気の弱い明雄には無理のない話だとは思うが、悪いがここは堪えてもらおう。

 なにせ、花見の参加者に男は俺と明雄の二人しか居ないのだ。

 部長を連れてくれば此方の安全は保障されたようなものだが、一応あの人も女性であることに代わりはない。


 それなら一人で来るのが一番良かったようにも思えるが、残念ながら俺には“斧を持って佇む見知らぬ男性”と二人きりで向かい合う程の度胸は無い。


「ただ、それなら日を改めてもらえませんか? 今日俺たち花見に来てまして、目の前でこんな立派な木が伐られるのは見たくないんですよ」

「あ、ああ……」


 男性は突然のことに動揺しているのか、斧の柄を両手で握り締めたまま俺と桜の幹とを何度も見返している。


 思ったより腰が引けている。このまま押せば、この場は素直にお帰りいただけるかもしれない。

 しかし、後から本当にこの桜を伐り倒されても目覚めが悪い上、部長や日咲先輩に何を言われるか分かったものではない。

 なので、ここは少し脅しと言う名の忠告をしておくことにする。


「でも、もし本当に伐り倒したりしたら、たぶん貴方“殺されます”よ」

「えっ! こ、殺される!?」


 男性の顔がより一層困惑したものになる。

 どうやら自分が一体どれ程の暴挙を犯そうとしているのか、まるで理解していないらしい。

 尤も、知っていれば最初からこんな愚を冒そうとは思わなかっただろうが……。


「う……」


 男性はその台詞で張り詰めていたものが切れたのか、その場でガクリと膝を折ってしまった。

 そして、彼は深くうな垂れたまま――


「……助けてくれ」


 喉の奥から搾り出すようにして、見ず知らずの俺たちにそう懇願してきたのである。




 ◇◇◇


「――それが、俺たちと幸治さんとの出会いでした」

「そう、幸治がそんなこと……」


 俺がそこまで説明すると、藤野さんは少し悲しそうな表情を浮かべる。


「……ねぇ、彼、本当にその桜を伐ろうとしてたの?」

「まぁ木の前で斧持って立ってたんです、やることは一つでしょう。本人も認めてましたしね」

「そう……」


 藤野さんが悲しむのも無理はない。

 以前幸治さんから直接事情を聞いたが、どうやら俺たちがあそこで花見をする数日ほど前に、彼はあの桜の下で彼女に想いを伝えていたらしい。

 その記念とも言える場所に生えている桜を、彼自身が伐り倒そうとしていたのだから、良い気分とは言えないだろう。


「でも知らなかったわ。まさかあの枝垂桜にそんな曰く“も”あったなんて」

「まぁまるっきり正反対ですからね。幸治さんだって決して悪気があった訳じゃないでしょう」

「ええ……そうよね」


 そこで気に成るのが、なぜ幸治さんはわざわざあんな物騒な曰くのある木の下で、藤野さんに告白などしたのか、だ。


 実は巷では呪い云々の他にも、あの枝垂桜に関する奇妙な噂がまことしやかに囁かれている。

 そして不思議なことにその噂のほぼ全ては、何故か“恋愛成就”に関わるものばかりなのだ。

 そこには木の下に埋まる“死体”だとか、一年以内に死んでしまう“呪い”の類など、影も形も見当たらない。


 女性に死を呼ぶ呪いの桜が、噂の中では随分とロマンチックなものへと改変されたものである。


 幸治さんはその噂の一つ、“桜の下で想いを伝えれば結ばれる”と言った、どこかで聞いた事のあるような都合の良いフレーズを聞きつけ、苦労してあの枝垂桜を探し出したのだと言う。

 そうして、幸治さんはあの場所で藤野さんに告白した。あの枝垂桜に伝わる、本当の曰くを知らないまま……。

 

「でも、それはつまり、幸治はその呪いの話を信じていたってこと?」

「そうでしょうね。幸治さんは後からその呪の話を知り、呪いが貴女に危害を及ぼさない内に、あの桜を伐り倒してしまおうとしたんですよ。でもそれが無理だと悟り、俺たちに助けを求めた訳です」

「そんなことって……」


 注文したコーヒーの表面を覗くように、藤野さんは俯いてしまう。


「納得いきませんか?」

「だって、呪いだなんて、そんなの……」

「まぁ、少なくとも幸治さんは信じていたみたいですよ。何せ“想いを伝えれば結ばれる”なんて話を信じていた位ですし」

「……それだってバカな話よ。別に、あんな場所じゃなくても……私は……」

「ええ。まったくもって“バカな話”です」

「え……?」


 ズズズゥ~~


 ストローで残りのジュースを吸い上げる。

 やっぱり慣れない長話なんかすると口の中がすぐ乾く。もうグラス一杯飲みきってしまった。


「噂なんて、自分にとって都合の良い部分だけ信じておけば良かったんです。呪われるなんて不都合な話、鼻であしらっておけば良かったんですよ」


 だが、生真面目な性格の持ち主である幸治さんには、それができなかったのだ。

 自分にとって都合の良い話も、悪い話も、みな平等に受け止めてしまったのだろう。なかなか損な性格であり、そして損な役回りだ。

 彼が多くの人に好かれていた理由にも納得がいく。なんといっても彼は、他人の損まで請け負っていたのだから。


「で、でも、貴方たちだってその呪いを信じてたんでしょ?」

「は?」


 予想外のことを言われて若干驚く。

 あの呪いの噂を信じた? 俺が?


「違うの?」

「ウチの部長や他の部員は知りませんけど、俺は別にその桜の呪いなんて信じてませんよ」


 変だな。

 いつの間にか藤野さんの中では、俺があの桜の呪いを信じているものと解釈されていたらしい。

 そんなこと、俺は一言も言った覚えはないのだが……。


「だって、貴方さっき言ったじゃない。『伐り倒したら“殺される”』って。それってつまり、あの桜を伐ったら“呪い殺される”って事でしょう?」

「ああ、そのことですか」


 それで合点がいった。どうやら酷い誤解をされている模様。

 考えてみれば藤野さんも、その辺りの事情には余り詳しくはないのだろう。


「あれは別に呪いのことを言った訳じゃありませんよ。ただ“現実にそうなる可能性”が高いから、そう言ったまでのことです」

「どういうこと?」

「まぁこれは幸治さんの件とは余り関係ないんですが……。藤野さん、実はあの山“私有地”だって知ってました?」

「……ええ、知ってたわ」


 あれ、意外とあっさり認めた。


「この期に及んで隠してもしかたないでしょうし。それでなに? 土地の所有者に報告でもする? それとも警察に突き出す?」

「いえいえ、しませんよそんなこと」


 それは流石に面倒が過ぎるし、俺がそこまで世話を焼く義理もない。


「何か悪さをした訳でもないですし、こっちだって別に何の得にも成りませんから。寧ろこの機会に正式に謝罪しようなんて考えないよう、強くお勧めするくらいです」

「?」


 藤野さんが怪訝そうな顔付きをする。

 どうやらこちらの真意を測りかねている様子だが、別に俺は何かを企んだりなどしてはいない。

 ただ、この人にも少し忠告になればと思っているだけだ。


「それじゃあもう一つ聞きますけど、あの山の所有者が誰なのかはご存知ですか?」

「……いいえ、そこまでは知らないわね」


 そうか。まぁそれはそうだろう。

 もしそれを知っていたら、藤野さんもあんな場所に行こうとは思わなかった筈だ。


「あの山はですね、〈山辺組〉と言う、この辺りじゃ一番大きな“極道組織”の持ち山なんですよ」

「…………え?」


 藤野さんの目が点になる。


「幾ら呪われているなんて曰くがあったとしても、極道の敷地内に生えている立派な一本桜を無断で伐り倒したらどうなるか……。あそこの組合員さんは俺の知る限り良心的な人たちですけど、幾ら幸治さんが堅気の学生だとは言え、ただじゃ済まなかったと思いますよ」

「……」


 その話を聞いた藤野さんは、カップを持ち上げたままの姿勢で固まってしまった。

 ちゃんと息はしているようだが、心なし顔色が青いようにも見える。


 無理もない。〈山辺組〉と言えば極道組織の中でも昔気質の武道派集団だ。

 表向き目立った活動はしていないものの、きな臭い噂も確かに存在している。

 そのため地域住民からは色々と畏れられていたり、時には頼りにされたりするのだ。


「ちょ、ちょっと待って。貴方たち、そんな場所でお花見なんかしていたの!?」

「ええまぁ。知り合いが〈山辺組〉の関係者なものでして、比較的快く場所を提供して頂きました」

「そ、そうなの……」


 しかもあの手の人たちは、一度仲良くなってしまうと過剰に気を使ってくれるようになる。

 あの花見の時も色々と準備をして頂き、あまりの待遇の良さにこっちは逃げ出したくなる程だったのだ。


 ちなみに、部長との話の中に出てきた“源蔵”さんとは〈山辺やまべ 源蔵げんぞう〉。

 正真正銘、現〈山辺組〉の親分さんである。


「それより話を戻しても良いですか? 〈山辺組〉の件は幸治さんの事とは関係ないので」

「え、ええ、そうね。ごめんなさい」

「いえ……。まぁ突然のことで戸惑いましたけど、助けを求められた以上見捨てるのは気が引けたので、話だけでも聞かせて貰う事にしたんです。そこで、幸治さんがあの桜を伐ろうとした理由と、彼の抱えている悩みを聞いた訳なんですけど……」


 そこで一旦言葉を区切る。


「……藤野さん」

「なに?」

「“ソレ”って癖ですか?」

「え?」


 俺からの唐突な問いかけに戸惑う藤野さん。


「今、すねの辺りで足を交差させているじゃないですか。癖なのかなと思いまして」

「? 確かに意識してはいなかったけれど……それがどうかしたの?」

「いえ、ちょっと気に成っただけです……すみません、話を続けます。ここから先は少し理解するのが面倒になりますけど、先程も言った通り信じるかどうかは貴女にお任せしますので」

「何なの? 余り勿体振らないでちょうだい」


 別に勿体振っている心算はない。

 だが、後から文句を言われても此方が困る。

 何故ならここから先の内容は、徐々に一般の常識からかけ離れて行く……。


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