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理不尽な足

作者: 九田無

 ◆



 私があの巨大で、不可解な“足”を見たのは、まだ幼い──保育園卒業まじか──の時だった。齢でいうならば、六歳か七歳の頃だ。

 住んでいた地域が都会から離れた場所、いってしまえば田舎だったこともあるのだろう。道路には生き物の轢死体がたくさんあった。今思うに、本当に車で引かれたのかどうかは、定かではない。

 私は女の子にしては活発──いってしまえば、ヤンチャ娘だった。

 幼い頃は四六時中、外にでて遊んでいたものだ。

 ある日のこと、私は道路に蛙を見つけた。少し大きめの蛙だ。もしかしたら、牛蛙だったのかもしれない。

 その道路は、小学校の前を通る道路だった。近くの公園よりも設備は整っており、格好の遊び場だった。その小学校の敷地内にある池の中に、その蛙は住んでいたのだろう。

 

 私は驚き、好奇心旺盛だったために、蛙に向かって駈け出した。

 その時だ。蛙にふっと、影がさした。蛙をらくらくと覆って、なおあまりある巨大な影だった。

 電柱や家のように、どこかに繋がっているわけでもない。

 なので幼い私は、なにかが落ちてくる、そう思ったのだろう。足を止めて、蛙の上を見た。

 

 その時は、特に怖がるわけでもなく、ただ驚いて唖然としたのを覚えている。強烈な記憶だ。

 足首までしか無い“足”が、空に浮かんでいたのだ。

 その足は黄色を汚くしたような、不潔な茶色をしていた。毛は一切生えておらず、のっぺらとした不気味さがあった。

 それはほんの少しだけ、上にゆらりと揺れて、勢いよく振り下ろされる。

 残ったのは、特に代わり映えもない夏真っ盛りの道路と、轢死体そっくりの蛙だけだった。


 それからも、私はたびたび“足”を見た。

 様々な所に現れ、どう考えても可怪しいと思うような時は、自然とあの“足”がヤったんだとわかった。

 特にそれが顕著だったのは、学校の飼育小屋で飼われていた鶏と兎だ。あの狭い小屋の中で、二、三匹まとめて一気に潰す事ができる人間なんて、とても信じられない。結局、変質者ということで終わった。

 “足”は、鶏、兎、犬、とんび──と潰す生き物を、段々と大きくしていった。

 

 とんびの時は強烈で、影がさしたと思ったら、とんびが空から落ちてきたのだ。

 グラウンドを走っていた私の目の前で、とんびは砂をけぶらせて、真っ赤な花を咲かした。

 周りはみんな、「何かにぶつかったのか?」、「日射病?」、など口々に囁き合っていた。けれど、どう考えても自由落下でここまで潰れるとは、とても思えない有り様だった。

 あの“足”が、私にしか見えない。そのことに気付いたのは、この時だ。


 私が小学校を上がり、中学、高校とたっても、“足”は私を驚かせた。

 彼氏がたった一人しか出来なかったのも、“足”のせいかもしれない。

 生涯たった一人の彼氏は、それはもう無残なものだった。


 どんな田舎にも、ある程度発展している所はあるもので、私の住んでいる所も同じだった。

 県の名をとった駅の周りは、そこそこ都会じみていて、中高生のデートスポットといえば、駅周辺を回ることだった。

 まだ初なせいか、私たちは手をつなぐ程度で、歩く時の距離もそんな近くはなかった。

 歩いていると、ふと影がさして、私は空を見上げた。

 案の定、歩道側にあるビルの上には、“足”があった。

 デートの時に現れるなんて、そう思い少し苛立った。

 私は憤然たる顔をしていたのだろう。彼は不安そうな顔をして、私に声をかけてきた。


 その時だ、上から「いてぇ!」という声が聞こえたのは。

 声の主はビルの屋上で、作業をしていた作業員の声だった。私がそちらへ、ほんの少し意識を向けた途端、彼は圧死体になっていた。

 なんの因果か、鉄骨が落ちてきたのだ。「え?」、と私は声を上げて、気を失ったのだろう。気付いたら家族に付き添われ、車の中だった。

 後日、ニュースでは会社の管理不届きということで報道されていた。作業員の男性は、「何者かに()踏まれた」といっていたそうだ。

 私は疲れきった頭で、「“足”も失敗することがあるんだ」と、変なことを考えていたのを覚えている。


 今思うに、別にあれは失敗というわけではないのだろう。

 “足”は理解っていたのだ。人を無闇に潰すと、さすがに怪しまれると。


 なぜなら、それからも似たような事件はおきたからだ。

 鍵をさしたまま外へ出たトラックのペダルを踏み潰し、コンビニへ突撃させる。トラックは、私の目の前でガラスを突き破り、カウンターへ突っ込んでいった。店員と並んでいた幼い少女と母親は、トラックへ呑み込まれ、漏れでたガソリンは引火し、コンビニは火に包まれた。犠牲者は、十数人に及んだという。

 存外、頭はいいのかもしれない。


 しかし、二度も凄惨な事故に遭遇した私は、家族の厚意で家族旅行へ行くことになった。

 けれど、なぜか向かったのは都心だ。普通は心の療養といったら、大自然の避暑地なのではないか。そう思ったけれど、常が大自然みたいなものなのだから、気分転換ならば都会が適しているのかもしれない。


 関越自動車道を、父親はなかなかのスピードで走っていた。

 助手席には母親が、心配そうな声をあげていたけれど、父親は聞く耳を持たなかった。

 私はそれを、傍らに積まれた荷物に体を預けながら、ボンヤリと眺めていた。

 窓の外は霧で、真っ白だ。

 ここまで濃いのは、とても珍しいそうだ。妙に母親が心配なのも、そのせいなのだろう。


 しばらく走り続け、うつらうつらとし始めた頃、父親の「うわっ」と驚く声が聞こえた。

 母親の引きつった悲鳴も聞こえ、次いで車に衝撃が起こる。

 どうやら、事故にあったそうだ。いわんこっちゃない。


「なんだ? 玉突き事故か?」

「だからいったじゃない! もう少し遅くしましょうって!」

「まあいいじゃないか。ブレーキ間に合って、大した怪我もないんだから」

「そうかもしれませんけど……」


 そんな会話が聞こえ、またしても衝撃。

 こんどは後ろからだ。後ろを見れば、車が驚くほど近くにあった。どうやら無理やり詰め込まれた荷物が、緩衝材代わりになったようだ。

 その後も、続々と弱い衝撃は訪れた。

 ほんの数分すれば、右を見ても左を見ても、車が乱雑に押しめき合っていて、どう見ても車を動かすことはできない有り様だ。

 

「──恵子! ねえ、恵子?」

「あ、なにお母さん?」

「もうボーッとして……、怪我はない?」


 そう聞かれて、私は一度自分の体に視線を落とした。

 特に変わったことはない。

 怪我はなく、せいぜい頭をシートにぶつけた程度だ。そんなものは、怪我ともいえない。


「うん。大丈夫みたい」

「……そう、よかったぁ」


 そういって、母親は息を吐きながら背もたれに深く身を沈めた。

 私は自分が呪われているのではないかと、真剣に考えてしまう。そうして、なんともなしに視線を外に向ける。

 すぐ隣にある車が視界に入る。

 まさに大破、というに相応しい状況だ。


 車のミラーはへし折れていて、ぷらりと垂れ下がっている。

 その角度は丁度、私が乗る車の上を映していた。

 ほんの少ししか見えず、しかも霧で真っ白だ。けれど、どこか可怪しく思えた私は、目を凝らして鏡を見つめた。

 やはり、私の目は可怪しくはないようで、霧の中には不明瞭だけれど、巨大な影があった。


 なにかに近似していて、私は思い出そうと躍起になって、私は見続けた。

 ──そうだ

 そう得心が行くと同時に、急激な寒気に襲われる。背中に冷や汗がツツとたれ、動悸が鼓動を早め始める、呼吸が小刻みになっていく。

 

 ──そうだあれは

 そう思った瞬間、巨大な影はゆらりと揺れて、霧の向こうからぬっと現れた。

 それは“足”だった。巨大で、不可解な“足”だったのだ。


 人は死ぬ間際になると“走馬灯”といって、体感時間が急激に遅くなり、今までの生涯を追憶するという。けれども、私に起こったのは、似たようで違うものだった。

 私が思い出したのは、今まで見た“足”の記憶だったのだ。


 蛙、鶏、兎、犬、とんび──そして、彼氏を押しつぶす鉄骨、コンビニへ突き込むトラック。

 私は気付いた。

 今まで不可解に思っていたことが、スルリと解けた。

 

 “足”の裏には、顔があった。

 若い男の顔だ。それはニンマリと笑って、車を見ていた。

 理不尽だなぁ──そう思うと同時に、私の視界は暗転した。



 ◆


 

「──あれ?」

「どうしたの? ゆみちゃん」


 小学校低学年ほどの少女は、友人との下校中に首を傾げた。

 学校を出て、いきなり足を止めた友人に、もう一人の少女は訝しげな目を向ける。

 

「……なんかね。あそこにかがみがあるでしょー?」


 そういって、少女は学校すぐ前を通る道路を指さした。その道路の中程には、割れたガラスがあった。

 踏み潰されたのか粉々になっていて、沈みかけの夕日できらめいている。

 友人の少女は、鏡を割った犯人の目星がついていた。


 同じクラスの男子生徒だ。ヤンチャで、ガサツで、友人の少女にとっては苦手なタイプだった。

 苦手に思う気持ちが一周し、友人の少女は敵意を抱いていた。


「──きっと、また男子だよ! ガラスはきけんだから、さわっちゃダメって言われているのに!」

「ううん」


 憤った声で叫ぶ友人の少女だったが、少女は“違う”といった。


「あのかがみね、いきなりわれたのー」

「いきなりぃ?」

「うん……なんかねー、かげがさしたなーっておもったら、いきなりこなごなになってたの」

「かげって? どんなのだったの?」


 少女は顎に手を当てて、しばし、思案に耽けた。

 だんだんと首が横に傾いていき、ついには倒れそうになってしまう。

 友人の少女は苦笑しながらも、頭を支えてあげた。


「そう! “足”だ!」

「……あしぃ?」


 突然少女は、得心がいった! とばかりに叫ぶ。

 友人の少女はわけがわからず、ポカン、と口をあけた。


「かげの形がねー、足スタンプといっしょだった!」

「それなら、たしかに足だねー」

「でもなんで、あんなところに足があったんだろ?」

「うーん……、わかんなーい!」


 友人の少女がおざなりに応えると、少女は「まじめにかんがえてよー!」、と追いかける。

 そのまま楽しげに笑いあいながら、少女たちは家へ帰っていった。


 少女たちは気付かなかった。割れた鏡の向こう側。若い男の顔が、ジーッと彼女たちを見つめていたことに──



 ◆



 この地域では不思議なことが、たびたび起こっていた。

 定期的に“変質者”が出るのだ。小動物を潰す、悪質な変質者が。

 しかし、奇妙なことに毎回犯人は捕まらないまま、事件は迷宮入りしていく。


 彼らは知らない、“変質者"が“偶に起こる大事件”を起こしていることに。

 変質者が、人ならざるモノだということに──



 ◆終



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― 新着の感想 ―
[一言] 徐々にエスカレートする”不審者”の残虐な行為に、じわじわと恐怖が沸き上がりましたが、なにより怖かったのが、毎度目の前でそのような悲惨な現場を目の当たりにしている彼女が、取り乱しもせず、慣れて…
2015/08/30 16:46 退会済み
管理
[一言]  拝読しました。  淡々と周囲で続く異常を語られ、そしてとうとう見える足の「顔」。  それまでが無差別ではなく狙いすました犯行だとやがて理解する構成と、足の醸す圧倒的な異物感、異質感が脱帽も…
[一言] とても面白かったです。 文章も読みやすく、足の不気味さがより際立っていました。 こういう得体のしれないものには本当に恐怖を覚えます。 これからもまだあの理不尽な足の恐怖は続くのだと思うとと…
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