光の神様になった女の子
あなたは光の神様になりますか?
人里から遠く離れた山奥に、アンジェロという村がありました。
昔はにぎやかで、人々が多く集まり活気のある村でしたが、今では戦争でほとんどの男性が兵としてつれていかれ、村に残っているのは女子供や老人ばかり。力仕事には限界があったため村の畑は荒地が多く、人々は毎日十分な食事ができませんでした。そのため、はやり病にかかり死んでしまう人や、栄養不足で倒れて寝込む人が多く、人々の目はひどくにごっていました。
しかし、ただ一人、皆と同じ環境にもかかわらず毎日笑顔を振りまく明るい16歳の少女がいました。
彼女の名前はルーチェと言い、皆からルーとよばれていました。幼いころに親を失くし、村の人たちに支えられながら生きてきたルーチェは、誰にでも優しく育ち、弱音をけして吐かない性格から多くの人が励まされ、ルーチェを愛していました。
ある日、人がめったに訪れないこの村に、一人の男性が訪ねてきました。その男性は旅人らしく、大きなカバンを持っていました。帽子を深くかぶっていて顔が見えていない状態でした。不思議なことに、その男性からは黒くにごっているものが体から湧き出していて誰も近づこうとはしませんでした。体から湧き出す妖気のようなものはまるでこの村の人々を飲み込んで体の一部にしそうな殺気を放っていました。
人々は村長が住むやぐらに身を潜め静かに男性がいなくなるのを待っていました。その中にいた一人の年老いたおばあさんが言いました。
「あれはきっと冥府の神オシリスに違いない。彼は長い間自分にはない光を求めて人間界を年に一度偵察に来る。気に入られた人間は無理やり地獄の世界へ連れて行かれ、二度と戻ってくることはないらしい。ルーチェはこの村で一番明るい娘だ。彼に連れて行かれる可能性は十分ある。けしてオシリスと接触させてはいけない。」
おばあさんの話を聞いた村人たちは怖さで震え上がり誰も声を出そうとしませんでした。しかし、ルーチェと同い年の少女があることに気づき皆に言いました。
「ねぇ、ルーは?ルーがいないよ。ルーがいない!!」
人々は少女の声とともにあたりを見渡しルーチェがいないことに気づくと顔色を変えて外へ出ようとしました。しかし、村長が人々を止め言いました。
「外へ出てはいけない。おばあさんの話が本当なら君たちも危険だ。目をつけられれば地獄へ連れて行かれるかもしれないぞ。」
村長の言葉を聞き人々は足を止めましたが、片腕を戦争でなくした若者が言いました。
「でも、ルーが地獄に連れて行かれたら、俺たちはどうやって希望を持って生きていくのさ!!ルーがいないなんて考えられない。」
村の人々も、おばあさんも村長も苦い木の実を噛み砕いたような悔しい顔をし、誰もルーチェを助けることができない悲しさに胸が締め付けられ、泣くことすらできませんでした。
強い日差しの中、ルーチェは一人川で水を浴びていました。いつにもまして暑い気温に思わずため息が出るほどでした。水浴びを終えたルーチェは同い年の友達に会いに行こうと住宅路へと歩きだしました。
歩いていて気づいたのですが、村はシーンとしていて誰もいませんでした。友達も家におらず、ルーチェはだんだん不安になってきました。しかし、見慣れない男性が歩いていたのを見かけたので村の人々のことを知っているのではないかと思い、声を掛けました。
「すみません。村の人々を知りませんか?ずっと探しているのですが見つからないのです。」
その男性はルーチェのことをジッと見て言いました。
「あなたはこの村の人ですか?きっと皆この私に怖がって隠れているのでしょう。でもいいです。こんなに明るいお嬢さんがいるとは知らなかった。まさに光そのもの。私の元へいらっしゃい。連れて行ってあげます。」
実は、この男性はおばあさんが言っていた冥府の神、オシリスだったのです。ルーチェは会ってはいけない相手にとうとう接触してしまったのです。そうとも知らないルーチェは皆のところに連れて行ってくれるのかと思い、警戒心なく男性について行きました。しかし、皆この私に怖がっていると言っていたのが気になって男性に聞いてみました。
「あの、どうしてあなたを皆怖がっているんですか?確かにほかの人とは変わっている気がするけど悪い人には見えないわ。あなたは優しい人にみえるのだけれど・・・。」
オシリスはびっくりしましたがすぐに落ち着いて微笑みました。今まで出会った人間の中で優しい人に見えるなど言われたことがなかったからです。ものごころついたときからずっと冥界にいたオシリスは人間の浅ましい感情や腐った魂しか見たことがなかったのです。目の前の少女はまさに自分が欲しがっていたきれいな光の持ち主。思えば思うほどルーチェのことが欲しくなりました。
質問に笑顔で答えたオシリスを見て、ルーチェは少し胸がドキドキしました。16歳と言えばそろそろお年頃。男性にときめくのは無理もありません。しかし、相手は冥府の神オシリス。このままではルーチェはだまされて地獄へ連れて行かれるに違いありません。
オシリスがルーチェに言いました。
「少し、眠っていてもらえますか。おきたら私の国へ着いていますから。」
男性が国と言ったことにおかしいと思ったルーチェですが、皆を助けてくれているのだろうと思い、オシリスに渡された薬を信用し、全部飲みつくしてしまいました。その薬を飲んだとたん、急に目眩がして穴のそこへ突きをとされる感覚がルーチェを襲い、深い眠りについてしまいました。残念なことにルーチェが飲んだ薬は冥界へ導く道のようなものだったのです。オシリスにまんまと騙されてしまいました。
光を持った少女を手に入れたオシリスは満足げに言いました。
「やっと、この私の世界に光を連れ込むことができた。これで何も悲しむことはない。」
オシリスの手によって、この村からルーチェが姿を消した悲しい悲しい日でした。
悲しむ人の声が響き渡り、人々の叫ぶ声が反響した音でルーチェは眼を覚ましました。
そこは炎で埋め尽くされた、真っ赤な場所でした。とても人が住めるような場所ではありません。しかし、さっきから人々が苦しんでいる声が聞こえてきます。その声は、大きな穴の中から聞こえていました。不安ながらも不思議に思ったルーチェは、その穴を覗きこんでみました。
そこにはひどい姿をした人間たちがいました。顔が燃えていたり、体がクモなっていたり、とても人間とは言いがたいものでした。その人々は、無理やり炎の中で踊らされていたり、何度も何度も殺されていたりしていました。それを見たルーチェはとても悲しくなりました。
昔、村のおばあさんが言っていました。
「この世には地獄という国がある。その国は、悪いことをした罪人が連れて行かれるんだ。地獄に行ったもの達はずっと苦しまなきゃぁいけない。」
まだ幼かったルーチェはおばあさんに聞きました。
「どうして悪いことをした人はずっと苦しまないといけないの?」
糸車を扱っていた手が止まり、おばあさんがゆっくり口を開いて話し出しました。
「悪いことをしてしまったらその人の魂は汚れてしまうんだ。汚くなった魂は地獄へ行くしかないんだよ。それに、その人のせいで死んでしまった人々はその人のことを許さない。ルーチェは、悪さをして怒られたことがあるだろう?地獄へ行く人はルーチェが想像もできないほどの罪を犯してしまったのさ。だから、ずっと永遠に苦しんで罪を償わなければいけないんだ。」
今いるこの場所は、おばあさんが言っていた地獄だとルーチェは感じました。
穴の中で永遠に苦しまないといけないことがかわいそうで悲しかったのではありません。こんなに多くの人々が罪人になってしまっていることをルーチェは知りませんでした。それがとても悲しかったのです。
ルーチェは知っています。貧しい人たちのこと、盗みをしないと生きていけません。人を殺さなければ殺されてしまう人。そういう人たちも地獄にいることを。どうして皆明るく生きていけないんでしょうか?どうして皆同じように豊かな暮らしができないんでしょうか?ルーチェにはそんなことを考えても何もできません。自分の無力さに涙が溢れ出しました。
そこへ笑いながら、黒いマントと杖を持ったオシリスが現れました。ルーチェは一目見て、さっきの男性だと分かりました。しかし、話しかけたときに微笑んでいた笑顔とは違い、今笑っているオシリスの顔はすべてを馬鹿にしたような笑い方でした。それが分かったルーチェはオシリスに尋ねました。
「あなたは冥府の神様ですか?私は大きな罪を犯してしまったのでしょうか?どうして、そんなふうに笑うことができるんですか?」
杖を地面に突いてオシリスは言いました。
「私は冥府の神、オシリス。あなたは私が無理やりこの国へ連れてきました。罪を犯しているならとっくに穴の中ですよ。笑う?当然のことでしょう?自分が無力なことに悲しんでいるあなたが滑稽だったのですよ。」
表情一つ変えず話すオシリスを見て、ルーチェは言いました。
「私が滑稽に見えたのならそれは仕方ありません。しかしなぜ、私はあなたに連れて来られたのですか?」
この質問を待っていたというように微笑んでオシリスは答えました。
「分からないのか?あなたは、ここの人間たちにはない光を持っている。この私が長年求めていた強い光だ。私は、私が持っていない光を傍においておきたかったのだ。ただそれだけだ。」
オシリスは気づいていないようでしたが、だんだん表情がさびしいと言っているように変化していました。ルーチェはそれを見逃しませんでした。冥府の神オシリスはきっと、人間の荒んだ心が好きになれず、暖かい光を求めたのでしょう。オシリスは、本当は冥府の神なんかやりたくなかったのです。
もともと人間が大好きだったオシリスは、人々が苦しむ姿を見るのがいやだったのです。しかし、無理やり周りの神に教育され、とても歪んだ性格になってしまいました。
ルーチェは思いました。オシリスは本当にさっき、私のことを滑稽だと思ったのか。自分にはそんなことを考えることができず、悔しかったのではないか。考えすぎかもしれませんが、不思議なことにルーチェには、オシリスの本当の声が聞こえてくるのです。自分でも何でこんな力があるか分かりませんでしたが、オシリスのことを抱きしめたくなりました。気づいた時にはもう、ルーチェはオシリスを抱きしめていました。
急に抱きしめられたオシリスは、とても複雑な気持ちになりました。今まで思っていたことと全く別の言葉が浮かんでくるのです。まるで、子供のときにもどったような。自分が感じたことにびっくりしてオシリスは震えた声で言いました。
「この私は、人間が大嫌いだ。大嫌いで、大嫌いで・・・」
気づいたときにはもう、オシリスはルーチェの肩の上で泣き出していました。光を求め続けたオシリスはやっと、本当の気持ちに気づくことができたのです。
ルーチェは微笑み言いました。
「あなたはやっぱり、悪い人じゃなくて、優しい人だったんだね。」
オシリスはルーチェを見て、小さな声で言いました。
「ありがとう。」
太陽の神アポローンは、ずっと空からルーチェを見ていました。ルーチェが持つ光は、並大抵の強さではありませんでした。ルーチェは神のような光を放っていたのです。アポローンはこのとき思いました。彼女の力で、人々が皆同じ豊かな暮らしができるように暖かくすることができるのではないか、と。
アポローンはすぐにルーチェとオシリスにお告げを告げました。
「ルーチェ。私は太陽の神アポローンだ。オシリス、貴様もよく聞いておけ。私はルーチェを光の神にしようと思っている。光の神は苦しむ民を救うことができるかもしれない。ルーチェ、お前はそんな人々を救いたいと思っているのではないか?私が示す日の光をたどって進みなさい。そして私のもとへきて光の神になりなさい。で、オシリスよ。そなたとは、ルーチェは二度と会えなくなってしまう。光と闇はけして会うことはできない。そなたはルーチェのことを好きになってしまっている。別れはつらい。そなたの意見も聞かなくもない。」
ルーチェはオシリスを見て、びっくりしていました。オシリスはそっぽを向いて下に顔を伏せていました。しかし、すぐに覚悟を決めた顔でオシリスが言いました。
「ルーチェは、光の神になるべきです。光の神になって、たくさんの人々の歪んでしまった心をこの私のように直すべきだと思います。私は、それしか望んでいません。」
強く響いたその声は、冥府の神にはとても似合わない決断の勇気が感じられました。
横で見ていたルーチェが真剣な顔で言いました。
「なります。私は無力な自分でいたくありません。苦しむ人々を救うことができるのなら、私は光の神になります。」
二人の強い決心の固まりは、太陽の神アポローンに強く響きました。アポローンは微笑んで言いました。
「よろしい。では、日の道をたどりながらやってくるがよい。」
ルーチェは立ち上がり、笑顔でオシリスに言いました。
「ありがとう。」
オシリスは何も言わず、あの時微笑んだ優しい表情でルーチェを見送りました。
一人残されたオシリスは、ルーチェがいなくなってから、涙が頬を伝っていきました。
ルーチェは光の神様となり、アンジェロを救いました。他にもたくさんの村を救いましたが、まだまだほんの一部です。いくら光の神様でも一人では限界があります。私たち人間がたくさんのことを学び、同じ人間を助けることができれば、苦しんでいる人が減るかもしれません。私たち一人ひとりがルーチェのように光の神様になれれば豊かな世界がつくれるのではないでしょうか。
(おしまい)
私が伝えたかったことをこのお話に埋め込みました。
最後まで読んでくださりありがとうございました。