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第6話 彼の友達


 日が沈んで夜が闇の帳を降ろし、夜と昼の狭間の象徴である橙色がすっかりとなりを潜めた頃、彼らは宿屋を出た。その日は雲が出ていて、月も星も見えないものだから真っ暗でライラは歩くのを四苦八苦していた。彼はそれを見て、黙って手を差し出した。少女も黙ってその手を取ると今度はしっかりとした足取りで歩いて行った。いくつもの通りを歩いていると、彼女は北へ向かっていることに気が付いた。

「ねえ、ハルトのご友人は北の地区に住んでいるの?」

「住んでいるわけではありません。あいつは流れ者ですから特定の住居は持っておりませんよ。元は貴族――それも上位の――だったんですが、少しばかり問題を起こしまして」

「それを解決してあげたのがハルトなのね」王女は前に聞いた話と照らし合わせた。

「解決というには程遠いですがね。ともかく、あれが最良だったかと。この問題についてはいつになるかは分かりませんが本人が話してくれると思います」

 思い出すような声音のハルト。それに不思議そうな顔をして彼女は尋ねた。

「どうして? 話せないような問題なんでしょう?」

「そうなんですが、そいつは稀代のお喋りでしてね。俺に誰にも喋るなと言って俺はそれを律儀に守っています。しかし、困ったことにそいつ自身が片っ端から喋ってしまうので知り合いの間では知らぬ者はいませんよ。変人ですが、良い奴です」

 思わず、あなたも相当変人よね、と口走りそうになったので慌てて口を噤んだ。

「……お、姫。この辺りからは少し明るくなりますが、手を絶対に離さないようにお願いします。そしてフードを目深にかぶって」彼の言葉に黙って従い、フードを深くかぶった。

 二人は北地区へと足を踏み入れた。ハルトは既に経験しているし、当たり前の事なので驚きは一切ない。ライラはまるで違った。北地区は驚くほど、まだ明かりが多かった。このくらいの真夜中になると南地区であればもう明かりはしまってしまうのだ。だが、ここは違った。明るさもそうだが、いる人間が外国人かと見間違えるほどに違った。建物の前に立っているのは体を隠す役目を果たしていない女が何人もいて、その内の幾人かはパイプを吹かして楽しそうにしていた。

「…………あの人たちはなんで楽しそうなのかしら。それは構わないとしても家の中に入れば良いのに」

「ああ、彼女たちは客を待っているんです」

「客? 何かを売っているの? そういう風には見えないけれど」

「春を売っていますね」

「……?」

 ハルトはこれで分からない彼女を唐突に愛おしく思えた。

「早い話が売春婦ですよ、ライラ」

「――ああ、そうなの……うん、そっか……変なこと聞いてごめんなさい」赤くなって俯いたライラの頭を撫でる。

「いいえ、分からなくて当然です。幸せそうなのはそういう葉っぱを吸っているからです」

「それは良い物?」

「体に大変悪影響です。お願いですから姫は絶対に手を出さないように。幸せなのは一瞬だけです」険しい顔で語る彼は真実を良くわかっている者の表情をしていた。

「うん、分かった。絶対手は出さないからそんな怖い顔はしないで」

「おや、これはすみません」すぐににこりとするハルト。「ねえ――お兄さん。一晩どうかしら?」道端にいた一人の女性が誘いを掛けてきた。大きな乳房を揺らして扇情的な服で妖艶に迫ってくるのは大変魅力的ではあったが、隣に少女がいたので断った。「すまんな。また今度誘ってくれ。連れがいるもんでな」「お兄さん小さい子好き? うわ、この子すごい可愛い。あちゃーそりゃ断るよね。邪魔してごめん」「構わねぇさ。これ取っとけ」銅貨を数枚渡す。「お、ありがとー。愛してるよお兄さん」「そりゃ俺も同じだ。今度会ったらそのでかい乳揉ませてくれよ」「あはは、良いよー。いくらでもね」手を振って、別れた。

「彼女たちもっと暗い性格してるのかと思ってた。ほとんど知らなかったけど。想像でね」離れると、ライラが言った。フードのせいで表情は窺えなかった。

「人によりけりですが、あの子は良い性格をしています」

「知らない男の人とそういうことをしてもあんな明るいなんて信じられないわ」

「それが普通でしょうが。彼女たちはそうは言ってもいられないんです」

「ところで、さっき言ったことは本気?」 突然話題を変えてきたライラに戸惑うハルト。

「と、言われますと?」

「えっと……おっぱい、揉むって……」真っ赤でなんとかそれだけ言うライラ。

「まあ、男なので。ああ、世の中にはこんな不誠実な男ばかりではないですよ」

「自分で不誠実って言うのね」

「妻がいますが、今でも他の女性を楽しみたいと思っている時点でね。そしてそれを実行しなければ良いんですが、俺は割と実行してしまっているので」言い訳がましく言った。

「それ奥さん知ってるの?」

「ええ、何も言ってきませんが。元々が大人しい性格なので。言い訳ですが、妻より愛している女性はいませんよ」

「……言い訳ね。そういえば、ハルトの奥さん胸が大きいって有名だった気がしたんだど。大きいの好きなの?」

「あ、友人の滞在場所が見えましたよ」

「ねえってば」

「いやあ、あいつ酔ってなきゃ良いけどなぁ」

「ちょっとねえ、答えなさいよ!」

「ほら、ライラ入りますよ」

「答えなさい!」

 結局、ずっと無視していたハルトだった。彼に怒っていたライラだったが中に入るとすぐにハルトの腕に抱きつくようにして寄り添った。すると彼の腕に二つの柔らかいものが当たった。もうそこそこに大きいので正直嬉しかったが自制して一切表情は崩さなかった。

 そこは場末の酒場だった。明かりは薄暗いランプ一つだし、天井には煤が溜まっていて、ときたま上の振動(・・・・)によって煤がぱらぱらと零れ落ちてきた。それがエールの中に入るのもお構いなしに男たちはひたすらに酔っ払っていた。思い出したように喧嘩が巻き起こったりして、エールが誰かの顔面にぶちまけられたりする。

 生粋の王女であるライラがこんなところに来て恐怖心を抱かない方がどうかしているだろう。ハルトはライラを連れ、ずんずんと奥へ進んでいく、一番端に辿り着くと蝋燭の明かりでカードゲームに興じているテーブルがあった。隣に二人掛けの席が空いていたので、奥の角の席ににライラを座らせる。ハルトも座ると、手を挙げて給仕を呼ぶ。

「注文は?」貴族だということに気が付き、舌打ちと共にやってきた男性のウェイターはあまり態度が良くなかった。

「エールとミルク。あと、礼儀を」

 またも舌打ちされたハルトはかちんと来たので、足払いを掛けて給仕を転ばせる。

「――さっさと持ってこい。急げよ」小さく罵ると、さっさと持ってきてくれた。

 金を支払って。「ありがとよ。次に何か汚い言葉をこの子の前で使ってみろよ。――お前さんの鼻っ柱へし折ってやるからな」今度は何も言わずにカウンターへ引っ込んだ。

「ここで待っていて下さい。あっちのテーブルに用があるんです」

 ライラは仕方がないのでちびちびとミルクを飲み始めた。ハルトは席を立つと、隣のカードゲームのテーブル席へ移動した。といっても、席についたわけではなくカードを見られれば良いので後ろから覗き見る程度であればそれで良い。

 ちょうど真正面に彼の友人は座っていた。背は若干平均よりは高かったが、中肉中背と言えはするだろう。灰色の髪は明らかに自分で切ったであろうことが窺える不揃いさ。髭も伸ばし放題で、片手にエールをもっているせいか髭には雫が見える。窪んだ目はしていて、鼻の横には筋が一本通っていた。恐らく、一度折れて治ったのだろう。顔には小賢しそうな笑みが浮かんでいた。そしてこちらに気が付くと、笑みを深めた。

“やあ、ハルト。久しぶりだ。ところでそいつらのカードはわたしより強いかい?”

 話し掛けてきた友人にイカサマを頼まれたので、快く引き受ける旨を伝えると、手札の情報を寄越した。

“オールインだ。勝てるぞ”

「オールイン」

 イカサマを使って、ハルトの友達は大勝ちした。にこにこと金を集めて、ハルトを見るとウィンクをしてきた。

“どうだい? もう一回”

“これでおしまいだ。お前が呼び出したんだろう。テオ”

「――悪いが、わたしはこれで抜けるとしよう。友達がイライラしてるんでね」

「ああ、そうしてくれ。テメェがいるとツキが落ちるみてぇだ」

「わたしは世界一運のいい男と呼ばれているのだが、不思議だ」

「おい、テオ」そろそろ本気で友の芝居好きな性格にイライラし始めた。

「上で話そうか。ウェイター! エールをもう一杯!」

 ライラを呼びに行くとまだミルクをちびちびやっていた。

「すごいですね。ミルクだけで粘るとは――上に行きましょう」

「ええ」

 ハルトはエールをぐいと仰いで飲み干すと、ウェイターを怒鳴りつけてもう一杯を片手に階段を昇っていった。二階は宿屋として使っているのか部屋ばかりだった。真夜中なのに喧噪に満ちている時点で良い宿とは言い難い。

「部屋を無闇に覗き込まないように。男女がベッドで遊んでいるので」

「……どうして半開きなの」

「夢中なんでしょう」どうでも良さそうに両肩をすくめる。

 鼻の折れた友人の後をついていくと、部屋に案内された。

「さあ、どうぞ。王女様もどうか遠慮なさらず」

 扉を開き、入るように促されるので入ったが部屋の中は何かの臭いが充満していてライラは正直入りたくなかった。

「ええ、ありがとう」

 だから王女と言われたことに気が付かなかったのは仕方がないだろう。

「……相変わらず、この宿屋は掃除をするという言葉を知らんらしいな。男と女の臭いで酷いことになっている。早く用件を済ませよう。我が主をこの部屋に置いておくわけにはいかない」

 ハルトとライラは埃が積もっているテーブル席についた。王女様は居心地が悪そうにそわそわとしている。テオドールは自分のベッドに座り込んだ。衝撃で飛び出した埃が雪のように大量に舞ってライラはくしゃみをしてしまった。

「わかってるさ、友達」

 エールを一飲みして、へらへらとした態度。

「だと良いがな、友達」ハルトはそんな友に冷ややかだった。

「さて、ライラ王女殿下。わたしの名はテオドールと申します。ジェオノーレ人のしがない商人でございます。以後、どうかお見知りおきを」媚びに媚びた声音でわざとらしいテオドール。そんな彼にふんと鼻を鳴らすハルト。

 ライラはこのおかしなハルトの友人をどう扱って良いか決めかねていたが、とりあえず挨拶はするものだと思ってスカートをつまんでお辞儀しようとしたがないことに気が付き、名を名乗り軽く頭を下げるに留めた。

「どうしてあなたは私の名前を知っていたの?」

「わたしは誰のことも知っているつもりですよ」

 本気なのか全く分からせない人物だという感想をライラは抱いた。

「テオ、用件を」とげとげしい言い方だった。

「ああそうだな。だがしかし、だ。友人同士が数年ぶりに再会にしたんだぞ。やっておくことがあるだろう。なあ、おい」

 早口すぎてよくもまあそこまで回る口があるものだと感心するほどだった。

「では、再会を祝して――」ジョッキを掲げた。テオドールも同じ動作をする。「乾杯!」乱暴に交わしたせいで中身の大部分がこぼれたが気にも留めずに二人はエールを少量口に含んだ。

「――この詐欺師め。何の用だ?」親しげに声を掛ける。

「殺し屋友達に人殺し以外の頼み事があるんだ。そうそう、借りは返せたかな?」テオドールも穏やかな声だった。

「ああ、ようやっと」ハルトはジョッキを傾けた。

「それは良かった。お願いというのはだな、君の屋敷で匿ってくれないか」

「どういうことだ? なにをした」彼の目が細くなった。

「その――非常に言いにくいことなのだが、魔が差したんだよ。ああ、もちろん反省はしているよ。いや、非常に軽率だったことは認めよう。だが、しかしだ。あの誘惑に逆らえる人間は一握りと言ったところだろうさ。君だって無理だとわたしは思うよ。と、誤解しないでくれ、なにも君の意志が弱いだとかの話をしているわけじゃない。ハルトの精神は鋼のようだとわたしは常々思っている――」

 放っておいたら永遠に本題に辿り着けないような、迂遠にもほどがある言い訳を始めた。つらつらと一切何があったかは言わないで要約すれば一言で済みそうな言葉を延々と羅列した。

「――テオドール、それ以上いらないことを喋ると首と胴体をさよならさせるぞ」怖い顔をしてイカサマ師を睨む。

「分かったから睨むなよ、友達。つまり情報局に追われる身になったんだ」ハルトは天井を仰ぎ大きなため息をついた。薄汚れた天井に蜘蛛の巣があって、彼のため息で吹き飛ばせそうだった。

「何をしたんだ?」諦めたような口調でテオドールを問い詰める。

「大したことじゃない――情報を他国に売って、多額の金を手に入れた。それだけさ」

「ジェオノーレ人のスパイが国を裏切ってどうする……」

「私は確かにジェオノーレ人だが祖国に愛着はないさ。あるのは金だけだ。金はわたしを裏切らない」

 むしろ楽しげに語り始めた彼は生き生きとしていた。

「お前が金を大好きなのは知っていたが、国を裏切るに値する額だったのか?」

「無論だとも。白金貨五百枚だ。一生困らない――かもしれない額だ」

「そうだろうさ。数日中にお前は死ぬだろうからな。それまでに使い切れると良いな」ハルトの反応は冷ややかだった。ライラは果たしてこの二人は本当に友達なのだろうかと、ずっと考えていた。

「それに、お前は金があったら満足して人生を謳歌するように思えん。むしろその金でもっと金を稼ぎたいんじゃないか?」

「大当たりだ! はは、流石は我が友」

「ありがとう。そして、くたばれ」

「百年後にね」

「鼻持ちならんやつだ」

「よく言われるね。それで、頼み事の件だが――」

 顔色を伺うようにハルトを見た。

「良いぞ。別にお前が国を裏切るなんて今に始まった事じゃない」どこか諦観を感じさせるような声音で言った。

「感謝するよ、ハルト」

「それが五分も続けば御の字だな」半ば笑っている表情のハルト。「いやいや、わたしはちゃんと借りは覚えているさ」身振りを交えて大袈裟に否定する。「返さないけどな」「時間差で返すさ」「百年後?」「数年後」

 すると二人して大笑いしてもう一度乾杯するなりエールを全て飲み干した。

「全く――ああ、全くどうしようもない奴だよ、お前って奴はな」

「そうともさ、そうであろうといつだって努力してきた」ふてぶてしい笑みを浮かべる。

「改める気はないんだろうな。さて、ここらでお暇させて貰うかな。主に悪い影響を与えそうだ」

 テオドールはにやりと笑うと。「お前さんと一緒にいること自体がすでに悪影響さ」

 違いないと彼は笑う。

「俺達より少し遅れて、来てくれよ。暗殺者が姫の近くに来るのは面白くないからな。我が領土内であれば問題ないが」

「そうするよ。今日は君との再会祝いにしこたま飲むつもりだからどのみち時間は掛かる」ジョッキを掲げて言う姿はとても説得力があった。

「では姫、行きますよ」席を立つように促した。「ええと、テオドール殿?」くくく、と声を掛けられたペテン師は意地悪そうに笑って。「テオドールで構いません」と、訂正してきた。「それじゃ、テオドール。今宵はあなたと会えて良かったわ。ハルトの友達にね」「ありがとうございます。旅は共に行くことは叶いませんが、幸運を」にこりとライラは笑って。

「偉大なる〈盗賊王〉オレヴォス――」この発言に大人二人は目玉が飛び出るほどに驚いて、テオドールは少しばかり固まってしまったが、すぐに気を取り直して返礼をした。「――彼の影が我らを隠匿せしめんことを」ところどころ驚きのあまり詰まってしまったが、そうおかしなものではなかった。

「……ライラ、どこでそれを?」

 彼女は悪戯っ子のようにくすくすと鈴の音が転がるように笑った。「本よ。あなたも本を読むのは好きでしょう?」

「ええ、まあ。にしても、姫様には驚かされるな。なあ、おい?」と、隣にいる友達を小突くように言った。

「同意するよ。油断のならない娘っ子だ」

 ライラはぱちんと、それはそれは可愛らしくウィンクをした。


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