第2話 貴族
かなり削った部分があるんで、短いです。申し訳ない。
貴族の説明はタルかったら飛ばしても良いですよ。
できれば読んで欲しいですけどね。
貴族について触れておこう。
彼の名前にアイヴァーグという名が入っているが、他の貴族に同じ姓を持つ者が若干ながら存在する。これは地位が同じである事を示すのであって決して血縁関係があるというわけではない。
レドアスターと周辺国のいくつかが称号姓だ。隣国のベルンハルト帝国では貴族であることを示すのはただ『フォン』という名のみ。レドアスター王国では貴族としての格が名を聞いただけですぐに分かる。
王族の証、『アレン』
上級貴族を表す『アイヴァーグ』。
中級貴族の『ヴェンス』
下級貴族である『リズン』。
これが上級の称号を持つ家を本家に限定するとその国に二十あるかどうかだ。故に、上級貴族で有名な人間は称号姓を名乗らない場合がある。言わずとも知れているのだ。上級称号を持つ家は、多いところでは分家を含めれば百は行くのだが、分家は所詮分家である。
彼の家の規模は極めて小さい。
というのも、ベルンハルトとの大戦で元々少なかった人数がそれより少なくなったためだ。女も含め7人という少人数。最悪な事に子どもが男子はハルト以外にいなかった。――もっとも、ハルトにとっては僥倖であった。
分家を含めればまだマシな規模だったが、運悪く夫婦ともに死んだケースがほとんどであったため、分家との関係は断絶。
この世界の分家とは長男以外が他で家を構える事ではない。例えば、上級貴族の男性と中級貴族の女性が嫁ぐと、女性の家が上級貴族の称号姓を条件付きで名乗れるようになる。条件とは、嫁いだ女性が死亡するまで。死んでしまったら、元の姓に戻る。
基本的に称号姓は何らかの手柄を立て、王から上の称号姓を名乗って良しと許されない限りは変えられない。
例外としては本家が分家と完璧な併合に同意する事だ。だが、滅多にしない。何しろ他の家に自分の家が乗っ取られてはたまらない。
分家は称号姓の前に本家と分家の差別化を図るために、『ディ』とか『ダ』だとかの文字を付けるように義務付けられている。どの文字にするかはお好みで。
下級貴族の役割は、上級貴族が持っている領地の管理。領地における平民のまとめ役である。家によっては平民より地位が高いだけでそう変わらない。
税を徴収し、領主――上級貴族へと収める。
給与の面でもかなり違う。『アイヴァーグ』は必要な資材を納める代わりに、領地で得た税のあらかた懐に入れる事ができる。割合にすれば五割ほど。残りの一割を『リズン』たちへ。四割を国家へと収める。
このように、下級貴族とは大金持ちとはほど遠い。それも、たいていの『アイヴァーグ』は領地が広く、おおよそ十家もの『リズン』が一つの領地をいくつか小分けして担当している。なので、一割を十の家で分け合うのだから、とてもではないが貴族として満足できはしない。――平民であればこの上なく満足できる額ではあるのだが。
これがもし、『アイヴァーグ』の元へ嫁がせることができれば、給与は『アイヴァーグ』として受け取れる。つまり、本家の意向にもよるが貴族の面子として分家をないがしろにするわけにもいかないので、『リズン』とは比べものにならない額は貰える。
『ヴェンス』は自分の土地を持たず、ヴェンスの半分以上が王都で雑務をこなす。金は国家から直接支払われ、住む場所は王家から与えられる。分家との関係性は『アイヴァーグ』とあまり変わらない。
上級貴族は本来であれば自分の屋敷で暮らすのだが、年に一度階級問わず大会議があるため、ハルトは王都に来ていた。
彼の階級では、王宮内の一室が与えられる。
一室というのは控えめな表現で、正しくは王宮の一区画を居住とする。
中級貴族は自分が所有する王都内の小さな屋敷に。
下級貴族は王都の外である郊外の屋敷へと。
「……チッ、負けだ。降参だよ」
彼は両手をひらひらさせ、白旗を揚げた。
「おやおや、旦那様。衰えたのでは?」
ハルトと盤面を挟み対峙しているのは燕尾服を着た好々爺然とした男性。
髪は長く後ろでまとめている。丸眼鏡を片目にしており、執事を絵に描いた人物であった。
「うんにゃ、お前が強いだけさ」
「ほっほ、たまたまです」
朗らかに笑う。
老紳士の名はハロルド・ファンジンド。
称号姓がない事から分かる通り、上等教育を受けた平民だ。平民といっても、執事だけは少々特殊な立場である。
「さて、そろそろお出になりますか?」
ハロルドが胸ポケットから懐中時計を取り出した。
「……そうするかな」
ハルト立ち上がり、腕を広げると。
「では、お供致します」
執事が上着の袖を通し、ネクタイをこの場の装いに相応しい結びにする。ハルトは、これくらいなら自分でできるのだが、結びはどちらが上手いかと問われれば当然ハロルドに軍配が上がるために彼に任している。
貴族としては当たり前の事だとしてもたいていのことは自分でやりたがるのが彼だ。
「じゃ、面倒だけど行くかね」
「そう仰らず……豚共の相手を小一時間していれば終わることでしょう」
笑顔で他の貴族を豚と一蹴するところにこの執事の恐ろしさが垣間見られる。
「豚に餌やりに行くかぁ」
「いやはや家畜の世話は大変でかないません」
「全くよな」
それに間を置かず応じる主も主である。
部屋から退出し、《大会議》――実は単なる貴族の年に一度の顔合わせ――の舞踏会へ出席するため居住区を後にする。
王族・上級貴族のみが入場できる廊下を歩いていると、王女であるライラと顔を合わせた。
「あら、ギルデウス卿。……ちょうど良いからエスコートをお願いできるかしら?」
ハルトはもちろんと言って、腕を差し出す。
「一年で最も憂鬱な日が来ましたね。他の貴族共からすれば人脈作りと意気込んでいるんでしょうが、俺はいらない」
「どうして?」
「この国でのコネはもうあります。アイヴァーグに三人ほど知り合いがいれば充分です。これ以下と友好があっても役に立たない。平民であれば知識をくれますが、あいつらは強突く張りしかいません」
「あなたって貴族嫌いよね」
「姫様は?」
コツコツと大理石でできた床を歩く。
「私が好きと思った人は好きよ」
「俺もです」
大きな扉の前に立つ。
門番が扉を開けて、大声で叫ぶ。
「ライラ・メルケルス王女殿下! 並びにその騎士、ハルト・ギルデウス卿! ご入場なされます!」
それと同時に、盛大に喇叭の音が響く。
ハルトの内心は毎回うるさいな、と思っているが当然のことながらどうしようもないことだ。
「ライラ、あなたの戦場にご武運を」
「あなたもそれなりにやるでしょう? 全く。頑張って。私の騎士」
そう言われては壁の花になるわけにはいかない。
彼は、お姫様のために真面目にやろうと思った。