第1話 円卓会議
「いいじゃないか。ねえ、姫様?」
円卓へと着席しながら参上の挨拶を済ませる。
「構わないんだけど周りがねぇ。私はあんまりへりくだられても困るんだけど」
と、金髪碧眼の絵に描いたような姫様が答えてくれた。まだ十四歳の美少女。美少女、という表現はこれ以上ないくらいに適切だろう。
「ですよね。ということで俺はこのままで」
くすくすと姫様は笑うが周りの奴に睨まれる。
「――それで、率直に意見を聞きたいんだけれど私はどうすれば良いかしら?」
雰囲気が変わり真剣な表情でそう聞かれた。
「あまり良い案は出なかったんですね?」
「ええ、そうなの。出たには出たんだけど……それで仕方なしにあなたをね」
「……まあ、三つくらいは」
「言ってみて」
「無礼に当たるかも」
「気にしないわ」
即答。教育係は俺だが良い子に育った。
この場においての会議内容はだいたい把握している。
――どうすれば安全に革命を起こせるか、だ。
「それなら言います。まず、この革命が怖いのは他国の侵略。状況的には民衆を扇動して革命を起こさせて姫様を女王にするくらいわけないですが、弱国ですから混乱に乗じて攻め込まれます。それが怖い。いまの王――姫の父親ですが親子とは思えないほどのアホですから、どうにかできるんですけど。さて、この革命を起こしても攻め込まれない方法がいくつかあります」
アホと言ったら姫は苦笑していた。事実だから仕方ないと言った風だ。
「一つ目、他国と同盟を結ぶこと。ま、難しいですけど。だから政略結婚がおすすめです。二つ目、王及び王位継承者の暗殺。三つ目、俺が本気を出す。以上です」
俺が言い終わると、姫は少し思案するように。
「今までの意見よりは建設的ね――多分。皆、姫様だったら大丈夫ですとしか言わないんだもん。それで、三つ目がよくわからないんだけど?」
「つまりですね。今すぐ俺が玉座へ単騎突撃皆殺しをするという意味です」
「……できるの?」
「ん~、分が少々悪いです。これなら混乱も最小限に抑えられますが、俺は確実に死ぬので避けて欲しいです」
全てを最短でやるから殺す人数的には可能だが、曲がりなりにも王の身辺警護を務める近衛兵だ。強いだろう。
「じゃ、それはダメ。二つ目は?」
「暗殺ですね。現王と、姫の腹違いの兄弟である呆けた男共を殺します。ただ、これも身辺警護が……」
魔法によるセキュリティがあるため、厳しい。
まあ、暗殺は暗殺で得意ではあるのだが、警備が硬すぎる。それなら三つ目の案の方がまだ警備を考えれば成功の確率は高い。
「一つ目」
ところで何故、数字が逆からなんだ。
「政略結婚すれば助けてくれると思いますが、傀儡政権になると困ります。そして個人的に気にくわないので却下です」
そこらの馬の骨に俺が手塩に掛けて育てた姫様はやらん。
「全部ダメなら、どうすればいいと思う?」
「……四つ目になります。もう外部に協力を仰ぐしか方法はありません。それも――政治に関心のない集団。それは亜人です。ただし、人間は亜人を差別しています。また、亜人も同じ」
一呼吸置いて。
「さあ、ご選択を」
姫様は目を瞑り、少しだけ考えて。
「――それで行きましょう。私の目指す理想は皆が差別もなく穏やかに暮らせる国だから」
ライラ・メルケルス=レドアスターは迷いのない瞳でそう言い切った。
「仰せの通りに」
軽く顎引き頭を垂れる。
「それで私は何をすれば良いの?」
「協力関係を結びに行きましょうか。姫様の性格ならどっかに遊びに行ってもそんなに不思議に思われたりはしないでしょう。俺はよく無断で消えたりしますから問題ありません」
「旅行の振りをするのね?」
お転婆娘のような笑みを浮かべる。いや、お転婆娘だったな。
「俺の領地が亜人・魔族の元領域にありますから、田舎に行ってみたいとでも言って下さい」
そこでライラははっとした表情になった。
「もっと前から計画してたのね?」
どうして責めるような目で見られなきゃダメだなんだ。
「そうですね。ただ、これは全員の賛成を得られるとは思ってませんから」
「でも、これが最善でしょう?」
「俺はそう思います」
自信を持って答える。
「なら、大丈夫。誰か異論はある?」
不満そうな顔の奴が何人かいたが姫様の決定には逆らえない。
「うん、今日は解散ね。ありがとう皆」
この言葉でお開きとなった。
「あ、ハルトは残って。――そんな嫌そうな顔をしないでよ」
していない。
§ ¶ § ¶
「おお、朝だと冷えるなぁ」
アルヴィ・アリハンド=ヴェンスという中級貴族の屋敷を警護する衛兵は、交代の時間になって持ち場に就くなりそう零した。
レドアスター王国はようやっと冬の終わりに近づいて雪が溶け始めたばかりだ。寒さは向こう数ヶ月は続くだろう。早朝は吐く息が白いほどに寒い。だから衛兵がそう言うのも無理からぬことだ。
彼の持ち場は、屋敷を襲撃に来た者でさえ通らない場所だった。
この屋敷の裏側は、ちょうど河の方向にある。彼の仕事は河から誰か来ないか見張る事。実を言うとこの河は幅がとても広く、船でなければ溺死できる。余程泳ぎを得意としない限り。
たとい、河から来てもすぐに見つかり援軍を呼ばれるのがオチ。更に河からの侵入に際し設置型の弩が標準装備されている。
だから河から来るのは愚策でしかない。今の時期、水はとても冷たく、侵入は困難で、見つかりやすい。であれば、まだ正面からの方がマシと言える。
「お、魚だ。釣りてぇなぁ」
ぴょんと跳ねた魚を見て彼は村での川釣りを懐かしみ、もっと水面が見えるようにと川へとそりだした桟橋に移動する。
「んー、何とか釣れないかな。竿もないしな」
交代までずっと暇なのだ。衛兵はどうにかして魚釣りの方法を考え出そうと頭を捻る。
ぱしゃん――と音がした。
「あ? 今の音は大きかったな。どんなでっけぇ魚だ?」
水面をよく見えるようにしゃがみ込む。しかし水面は少し濁った凪のまま。
目をこらす、すると大きな魚が――魚?
「あ、てっ――!」
大きな水音を立て、彼は 敵襲と叫ぶ暇もなく水中へと何者かに引きずり込まれた。
「――――!」
まず感じたのは皮膚を刺すような水の冷たさ。続いて、恐怖。
敵の姿は水の中ではぼんやりとしか見えなかった。
――そんな事は問題ではない!
彼は泳ぎは得意な方だった。田舎の出身で、幼い時分、川でよく泳いだものだ。川の水は常に流れているため夏であってもかなり冷たい。
だから、この冷水の中でも短時間であれば身体は硬直せず泳げるはずだった。
何も着ていなければ、だが。
衛兵は当然装備である鎧を着用している。鎧の重量は彼の重しになり、泥が沈殿する底へと誘う。
肺から空気が抜け、ついには意識を喪失。
その内、生命も消失するだろう。
「――はぁっ!」
身体を震わせながら桟橋へとハルトは上がった。
「寒い寒い寒い」
ぶるぶる震わせぶつぶつと呪文のように唱える。
「衣服・身体・物品//乾燥」
彼が得意とする、訂正――彼は全ての魔術体系が得意だ――の口述術式を使用。
「身体//加温……」
幸せそうな顔だ。
彼がわざわざ河からの侵入を選んだ理由はただ一つ。
無呼吸で長い間泳ぎ続ける事ができる。
彼は特殊な部類の人間だろう。最も効率よく泳げるのだから。この世界ではまだ効率の良い泳ぎ方は開発されていない。
この世界に彼以外に無呼吸で長い間泳げる人間は存在しないのだ。魔術を使えば別だが、そんな魔術もまた開発されていない。
意表を突ける。それがまともな理由か。
そして、衣服を乾燥させる魔法もまだできていない。彼だけが知っている。他には身体を温かくする魔術はあるのだが、そんな下らない理由で魔力は誰も消費したがらない。
彼の衣服は少々特殊な様相を呈している。一見地味だがよく見れば黒に統一されているだけで装飾過多である。貴族に相応しい装いといったところか。
不思議な事に、どこにも防御できる装備がない。単なる衣服である。鎧だったら既に溺れているから当然かも知れないが。
彼はまるで自分には攻撃が当たらないとでも思っていかのような装備。
「さて、暖まってる場合じゃないね」
素早く行動を開始する。もし、ここの衛兵が真面目であれば困るからだ。うっかり姿を見られるわけにもいかない。
まず、彼は屋敷の裏側にいるわけだが、この時間目標は二階にて睡眠を取っているらしい。なので屋敷の壁と向かい合い、そこから助走を付けベランダの縁まで一気に駆け上がる。
彼は貴族のくせに一時期軽業師として生計を立てていた事もあり、とても身軽だ。
縁から手摺りに掴まり、ベランダへと降り立つ。
あとは中に侵入するだけ――なのだが。
「……人はいない」
窓のようなガラス扉に耳をぴったりと付け人の気配を疑う。カーテンで向こうは見えはしない。夜であれば明かりで見えるだろう今は早朝だ。誰もいないことを確認すると、手品師の如くどこからか開錠器具を取り出した。鍵口に数秒触れるとそれこそまるで魔法のように開いてしまった。
するりと中へと這入る。
「……さて」
彼の任務はアルヴィ・アリハンドへの尋問。
現在の部屋を後にし目標がいる部屋へと急ぐ。やはり外からの攻撃を警戒しているのか寝室は中央にある。
と、残り半分まで来たところで巡回中の衛兵に出会った、がこちらに背を向けている。
明け方なので当然眠たいらしく欠伸をしている。かなり注意力が落ちているとハルトは見て取った。
だが、目標へ到達するためには避けて通れない。眠たがっているせいなのか同じ所でサボっているからだ。
交代の時間まで動かないつもりだろう。
ならば、と。
ハルトは、行動を開始する。
投げナイフでも充分当てられる距離だが、ナイフを無駄にする道理はないだろうと、勢い良く走る。
こちらに気が付いた瞬間、応援を呼ぼうと笛を口に当てたが、当て身を行いそれを阻止。鎧に包まれているため一番楽な方法で殺害を決行する。
静かに足を払い、転ばす。そして喉元へと思い切り――足を振り下ろす。
喉骨が折れ肉が潰れる独特の心地良い感触が足から伝わった。
ひゅーひゅーと笛でも吹くかのような呼吸。あと数分で死ぬ。
「置いといても大丈夫かね……うーん。そこらの部屋に放り込んでおくかな」
無人を確認した近くの部屋へと死体になる予定の肉袋を転がしておく。
遂に、目標の部屋へと到着。
また、兵がいた。
主を護衛しているのであろう、椅子に座っていびきかいていた。
「良い子だから。起きるなよ」
と、無視して静かに侵入した。ぱたん、と扉が閉まる音が小さく響く。部屋がやけにに暖かい。見ると、暖炉が赤黒い光を放っていた。
部屋の主は反応する事なく、一定間隔で寝息を立てている。妻とは一緒に寝ていないようだ。
結局、自分以外信じていないのだろう。
レドアスターではない民族の血が入っているのだろう。肌がこの国の人間にしては浅黒い。
「アルヴィ・アリハンド=ヴェンス」
正式な名を呼ぶ。
「ん……? 誰だ、貴様……ッ!」
寝ぼけ眼にハルトの姿を見るや否や叫ぼうとしたが、首元を掴まれ握力のみで締め上げられる。
「し、ししし、しーっ……静かに、皆が起きてしまうだろう」
優しげに、そして静かにと指で合図する。
「安心しろ。殺しはしない。だから静かに」
「……わかったから手を放してくれ」
「おっと、これは失礼した。さて、アリハンド卿。訊きたい事があるのです」
「何だね、ギルデウス卿」
低い声で不機嫌そうに応じた。もっとも、こんな風に起こされ不機嫌にならない人間はいないだろうが。
「ん、と。私の姫へ暗殺者を仕向けたのはどこの殿下ですかな?」
一切、回り道せず切り込んだ。
「……あれは暗殺自体があったことにはなっていないはずだが。何故知っている?」
そう彼が返すと、ハルトの表情が消えた。
「――貴公、私が誰だか知っているか?」
「失礼……」
勿論知っていると、内心愚痴る。
レドアスター王国、王位継承権第四位、ライラ・メルケルス=レドアスターのたった一人の騎士。ハルト・ギルデウス=アイヴァーグ、上級貴族。
そして、先の大戦隣国ベルンハルト帝国戦での英雄。その戦果により領地拝領及び上級貴族の称号を名乗る事が認められた。
あまりの活躍ぶりに二つ名が付いたくらいだ。その勇猛果敢ぶりに誰が評したか〈金狼〉、と。
「……暗殺が失敗したのはご承知の通り。そも、誰も暗殺が成されようとした事すら気付いておらぬでしょう。であるから、未遂ですらない」
表情を消したのは、少しばかりの怒りから。暗殺を失敗に終わらせたのが誰かすらも分かっていない相手に苛立ったためだ。
「情報が漏れたましたかな?」
「いいえ、私が気付いただけにございます。そも、私は暗殺も得意でしてな。暗殺者共の手際があまりにも稚拙すぎて悪戯したのですよ」
「つい、事故に偽装したと」
「ええ。それで、ご質問にお答え願いたい」
早い話彼は暗殺者を暗殺したのだ。誰にも気付かれる事なく。それこそ、首謀者にさえ単なる事故と思ってしまったほどに完璧に、偽装されていた。偽装できたのはいくつかの協力があったからなのだが、誰にも気が付かれないのは彼の手際の良さだ。
「……グレン・アースタンド=レドアスター殿下のご命令だ」
簡単に口を割るものだが、この状況で霞のような忠誠心より自分自身の命に軍配が上がったのだろう。
「なんとまあ、レドアスター王家の長男が、ね」
浅黒い肌をした彼は、訝しげに問うた。
「どうなさるおつもりだ?」
「我が主に全てを委ねるつもりにございます。さて、それを聞き出せれば卿に用はない」
「そうか。ならば、さっさと出て……? …………――」
一瞬だ。この場に第三者がいてもその者が余程の使い手でもない限り、ハルトが指一本で細長い針を飛ばしたことに誰も気付きはしない。それ程までに速かった。
「すまないな、アリハンド卿。姫様の邪魔になると思ったものでな。殺せなんてまさか言われていないが、自己判断だよ」
悪びれた様子は一切なく、針を回収すると流れるように彼は踵を返した。途中、部屋に設置されている暖炉から火かき棒を使い、赤々と煌めいている薪をベッドの裾へと物を持ち上げる要領で飛ばしてやる。
すると、めらめらと小さな音を立て布は燃え始めた。
初めに弱く、だんだんと炎は盛り。
戦場は赤黒く 全てを包んで行く 踊れや歌え
世界の端っこで 心を染めて行く 燃えろや溶けろ