第14話 白昼夢
「……うーん、やっぱり慣れませんわね」
そりゃそうだろうよ、と俺は内心思う。
「なあ、リリアナ。俺の耳の中きちんと見えてるよな?」
俺はなんだか心配になって妻に声を掛ける。唸ったりして、不安を煽るのが上手い女性だ。
「ええ、ええ、大丈夫です。見えてはいます」
なんか引っかかる言い方だな、おい。言いしれぬ不安感が襲うが一切気にしないことにしよう。
「あ、割とたまっていますね……」
俺は今リリアナに耳かきをされている。別に俺は耳かきくらい自分一人でできるんだが、妻がやりたいと言ったのだから断ってわざわざ機嫌を悪くさせる必要もないだろう。
リリアナの膝枕は非常に嬉しい。柔らかいし、良い匂いだ。
だがな、彼女の場合膝枕すると高確率で俺の耳なんぞ見えん。
何故かって、そりゃおっぱいおっきいんだぜ?
乳のせいで耳かきがあまり上手くないのでちょっと心配だ。鼓膜くらい破れても構わんが、ちょっと支障が出る。
「……ん、しょ、んと」
やけに艶っぽい。
「あ……こんなところに」
本人は狙ってないのがすごいところだな。おっぱいもすごいけどな。
「んー、取れました……と」
「全部?」
「それはまだです」
「だよな」
「反対側が残っておりますので」
くるんと回転すると、腹の方を向くことになる。リリアナは胸が大きい。尻もそれなりだが、くびれがすごい。痩せてる。
正直言うとな、不安になるからもうちょっと太って欲しい。
どこの漫画から飛び出してきたんだよお前って体型をしているんだから。
折れそうで、少し怖い。大丈夫なのは重々承知だとしてもだ。
「なあ、こういうと悪いかも知れないが頼むから太ってくれ」
「……女性に言ってはいけないことを仰いますのね、あなた」
ふう、彼女はと呆れたように息を吐いた。
「分かってはいるが、健康面的に大丈夫か?」
「もちろんですわ。今すぐ子供だって産めます」
「いや、その、もうちょっと待ってくれないかな」
「お待ち致しますよ、ずっと」
まだ子供は困るんだ。それにリリアナ普通ならガキ一人いる年齢だがまだ十七だ。問題ない。
今赤ん坊が産まれても満足に構えない。それはガキに良くないだろう。
多分な。
構われずとも俺は立派に育ったが、それはユーリアのおかげであって普通は違う、はずだ。
「――はい、終わりです」
ベッドの上でやって貰っていたので、そのまま縦に膝枕して貰う。
見上げると、顔じゃなくて乳だ。
――見事。
「楽しいです?」
そりゃもう。
「では、このままの方が良いですか?」
即座に俺は頷いた。しばらくはこの体勢で楽にするさと言って目を閉じる。
柔らかい感触に良い匂い。どうして女性はこうも良いものなのか。
俺が男だからだろうな、と結論づけて試しに寝てみる。
「少し、眠る。辛くなったら言ってくれ」
意識的に眠るよう精神に働きかける。そうすると、だんだんと意識がはっきりしなくなって。
……眠りに入った。
§ ¶ § ¶
「二十一人で間違いなさそうだ」「小規模だな」
暗視機能付き小型望遠鏡で森の中から偵察を行う二人の人間がいた。大国の特殊部隊かと思いきや、装備が銃のみだ。
ベストすら着ていない。そこらの露店で売ってそうな中国製の原色が酷いシャツを着ている。
「地元のギャング団らしいからそんなものだろう。しかしここら辺の取引は全てあいつらだ」
「報酬が情報ってのはどうかと思うぜ?俺」
日本人が小さくあくびを漏らした。英国人はそれに気にすることなく続ける。
「何にしろ、非常に美味しいのは確かだからな。独占状態だからか警戒もしていない。お陰で、こんなチンケな建物にどれだけの金とヤクがあるのやら」
「二日偵察を続けたが、どうする?本来ならもっと入念に行うべきだが武装も練度も大したことはない。今からでも行けるぜ?」
自信満々に薄く笑う日本人の相棒。それに少し悩んで、決断を下す。
「よし、援護をする。ステルスでどれだけ数を減らせるかが楽になるかちょっとだけ大変かの境目だぞ」
「了解、了解――っとぉ」
気軽に返事をして小型通信機を耳に付ける。「通信テスト、どうよ?」「感度良好だ。問題なし」
「じゃ、行ってくる」立ち上がり音も立てずに森から出ていった。
後ろに置いてあった消音器付きスナイパーライフルを手に取り、構える。数日前に購入し、試射も既に済ませている。型は最も入手しやすいドラグノフだ。中国製のコピー品が蔓延りすぎて正規品とあまり差はないので、安価で信頼もそこそこ置ける。夜戦を念頭に準備していたので夜でも見える暗視スコープを取り付けていた。
「おい、見えるか相棒」
視界の端に捉えてはいたのですぐに相棒を見つける。
「ああ、よく見える。中指立ててんじゃねえぞこの野郎」「はは、見えてるんならよしだクソ野郎が」
作戦はこうだ。日本人が建物へ潜入できる限り、数を減らす。発見されたならば、すぐに外へ出てライフルの支援を受ける。
普通の部隊ならばやらない戦法だが、彼らはたった二人しかいないし普通ではない。
裏口から入ろうとしたところ、二人ほど出てきた。
「……小便らしいが、トイレくらいあると思うんだが」「あれだ、壊したんじゃねえの?」
ごそごそと用を済まそうとしているらしいが、酔っているのか上手く行かずその上手くいかなさに爆笑している始末だ。
「俺が右な。念のためだ」
撃つ、同時に相棒も撃った。いちにのさんなんて必要ない。どれだけ同じ時間を戦場で過ごしたのか、いつ撃つかなんて予想は当たり前にできる。
相棒ならば二人同時に始末できるだろうが、念のため支援が必要だった。
死体を適当見えないようにする。ほんの少し発見されなければ良いのだ。
「入るぞ」
扉を開けて、サプレッサーを付けた銃を差し込みながらクリアリングを行う。廊下が数メートル続いていた。深夜というより夜が明ける数時間前を狙ったのでほとんどが寝ているはずだ。深夜帯は起きていれば、最も楽しい時間なので寝るのはまれだ。だが、夜明け前なら楽しさよりも疲れが来る。
おかしな警戒を行っていなければ眠っているはずだ。
扉を一つ一つ開けて確認を行う。やはり壊れたいた元トイレらしき場所で、ダンボールをベッドに寝ている者がいたのでどん引きしながらナイフで殺す。喉を掻き切るのではなくて、こめかみに一刺し。脳に損傷を与える方が彼の好みなのだ。
「おい、便所で寝てる奴がいたぞ。マジうけるわ」
「静かにしろ。話すな!」
真面目な相棒に舌打ちをして、続行する。他の部屋を当たるとお粗末なベッドに眠る者がいたので丁寧に殺していく。肉を突き刺す小さな音しかしない。酔ってる奴がほとんどなので起こす心配はないだろう。
奥へ進むと、居間でまだテレビを見ている三人がいた。
眠そうにしてはいるが、ポップコーンを食べながら通販番組を見ていた。
「……そちらから居間のあたりにいる人間を確認できないか?」
小声で目標からも離れた場所から、通信を行う。
「――……ああ、ポップコーンを食べているのが一人見えるな。こいつか?」
「よし、味は?」「関係あるのか」「確実にそいつか分からん」「……商品名からしてキャラメルだ」「間違いねえな」
「だとして窓ガラスが割れるぞ?」音で気が付かれる可能性があるのを指摘される。
「そうなんだよな。もし仕留め損なったら支援を。ポップコーンちゃんを最後にする」
「了解」
位置関係はポップコーンを食べている奴がほとんど一人でテレビを見ていて、一番遠い。近くの二人はテーブルを挟んで駄弁っている。二人を射殺し、ポップコーンが驚いて銃を構えきる前にタブルタップで撃ち殺す。
「クリア。オールクリアかもしれない」
「んなわきゃねーだろ」
しばらく殺していると適当にやり始めたのかばれてしまった。
「あ、ミスった。リカバリーよろしく」
舌打ち一つで相棒が引き連れてきた敵を一人一人狙撃していく。当てれば良いのは楽だ。
「よーし、生きてる奴は殺してやるー。楽勝だったな?」
「適当にやるな」
笑い声が帰ってくるだけだった。全く、とスコープから目を離す。
回収作業に入らなければ。モノは大量にあるだろうから。