第13話 頼れる兄弟
二話くらい前間違ってほぼ同じこと書いてしまった。
間の話を作ると間違えていけない。
「で、だ。ハルト、お前は何故馬を放って徒歩なんだ」
これはハルト達が盗賊を討伐しに行った時の事だ。
馬を置いて、自分たちと同じように歩いているハルトに対してのバルキアヌスの発言。
「俺だけ馬に乗っているのもなんだか居心地が悪いんだ」
「誰も気にしていない――この馬鹿でさえだ」
バルキアヌスは横を歩いている赤髪のアルデン人を見た。
「馬鹿はそっちだろうが脳足りんの兄弟。ゼキーア人はまぬけで有名だぞ。剣のどちらを持てば良いか分からずに死んだ奴がいるらしいしな」
鼻を鳴らし、バルキアヌスも負けじと応酬する。
彼はロキという名でバルキアヌスと並び、この集団の中心的存在だ。髪は赤色で、部分的に髪は編まれていている。それが風によって時々揺らめいていた。それこそ炎のようにゆらゆらと。体も立派な物だった。何一つバルキアヌスに負けていない。
「アルデン人は髪を編むのに夢中で、他の奴と絡まっちまって身動きが取れなくて死んだと聞いたぞ――クソッタレの兄弟」
ロキがそれに反応し、剣に手を掛ける。彼は短剣の部類に入るであろうグラディウスを腰に差していた。他の兄弟もほとんどがそう。一部に斧だの大きめの長剣だのを装備している者がいるくらいだ。加えて、元投網剣闘士が槍を携えている。剣闘士には色々と種別があるのだが、戦場で有用ではない装備だった者は変更を余儀なくされていた。
当然、これにはバルキアヌスも双剣に手を掛ける――が。
「ロキ、バルキアヌス。その辺でいちゃつくのもやめておけ。俺も混ざるぞ」
ハルトにそう諫められて、二人は渋々剣から手を離す。
「とにかくだ。なに、別に歩くさ。大した距離でもないのだから」
二人を止めるのはいつもハルトの仕事だ。
「なあ、ハルト」
ロキが話し掛けてきた。ハルトはそれに返事をする。
「お前が連れてきた娘はこの国の王女なんだろう? あの娘と結婚すればお前は王になれるんじゃないか」
「お前は突飛な事を言うよなぁ、兄弟。そうだが、俺は王の器じゃない」
「ははは、ハルトが王の器でじゃないのならこの世の王は全員が王をやめるべきだろう」
この言に対し、兄弟達は声に出す者と出さない者がいたが内心では同意していた。
ロキは少し、ハルトに対する忠義心というか、そういう物が他の兄弟に比べてもかなり強かった。心より尊敬する者が見合った地位にいないというのが気に食わないのだ。だから王になれという。
「やはり馬鹿なようだな、ロキ」
「黙ってろよバルキアヌス。お前はそう思わないのか。ハルトこそが王に相応しいと」
「思う、思うが、確かにハルトは違うのだろう。こいつはどちらかというと大将の器だ」
そう。ハルトは王ではない。器でもない。彼には無理だ。だが、将というのならばハルトほど相応しい人物もそういはしない。将に相応しい能力を最も高い値で持っている。
「なあ、おい兄弟達よ。そう褒めるな。背中が痒くなって困る」
すると小さな笑いが起こる。
「なんにせよ――来るぞ兄弟! 防御態勢! 盾構えぃ!」
盗賊の姿こそ見えなかったが矢の羽音が盗賊共の存在を知らしめていた。
大将の掛け声により、彼らは一斉にハルトを中心にして盾を上に向かって隙間なく構えた。そして、取り終わったと思うと矢が立て続けに盾に当たり、雨音のように響いた。雨といっても霧雨程度だが。
ハルトとバルキアヌスは盾を持っていなかったが、兄弟の誰かの盾に隠れ、弓には当たらなかった。
「よし、終わった。――――行くぞ兄弟! 皆殺しだ! はははははははは!」
兄弟達は剣を抜いて盾の矢を切り落とし、豪と盗賊共へ襲いかかった――それも笑いながら。
盗賊は弓を防がれたからには第二射を行わなければならないのだが、呵々大笑と襲いかかってくるのを見て弓兵は恐慌状態になり全体の二割は逃亡を選んだ。残りは剣を抜いての戦いを選んだのだが、その判断は自殺をしたい場合を除き間違っていた。
先陣を斬ったのはバルキアヌスだった。かつては双刀剣闘士として二刀流を極め、ハルトと同じく王者にまで上り詰めたのだ。敵はその元王者に向かって錆び付いた長剣を振り下ろした。バルキアヌスは対抗するかのように剣を振り上げて、ぶつかり合わせる。振り下ろしたにも関わらず、力負けして敵は隙だらけになった。
「オオッ!」
合わせた剣とは違う剣で敵の胸を切り裂く。肉を絶ち、骨を砕く。すぐ横合いから別の相手が来たが素早く身を寄せ、喉を切り裂いてやる。今度は二人同時来たので、一人の剣を流し、もう一人の剣にぶつけるように誘導する。二本の剣が火花を散らしたと同時にバルキアヌスはトンネルのようになった剣の下を蛇のような俊敏さでくぐり抜けて二人の太ももを切り裂く。
ここは戦場で、見せる観客はいないのだから過激に殺す必要はない。確実に殺す必要もない。戦闘不可能に陥らせることができればそれで良い。
グラディウスと盾を持ったロキが轟くような声を上げた。
「ぃあッ!!」
飛び込んで来た敵をしゃがみ込むようにして盾で持ち上げて、そのまま後方に落とす。勢い良く落としたのですぐに戦闘復帰はできない。処理は後ろから来た兄弟がやってくれる。
剣を盾で跳ね返し首を狙って落とす。血が吹き出て、それを浴びる。その姿に敵は怯えて逃げる者が増えたが味方の士気は上がる一方だ。
槍がロキを突いたが、盾の縁で頭の上へ滑らせる。そこへ剣を振り下ろして挟み込むようにしてへし折る。
「うらぁ!」
短くなった槍を見て呆然としている阿呆の頭を二つに割ってやる。
更に五人を殺して、一旦落ち着いたのでハルトを探す。前方に目をやると盾がないのにも関わらず、最前線にて剣一本で虐殺を繰り広げていた。
剣を躱して首を刈る。剣をいなして心臓を抉った。
攻撃を防ぐとハルトは体をくるりと回転させて敵の背中を切りつける。別の敵が来たが、慌てずに敵を観て剣が脆すぎるのに気が付いた。掛け声と共に振り下ろした剣の根元をハルトは狙い、ぼきりと折ってやる。そのまま剣を喉元へと食い込ませる。
折れた剣はたまたま別の敵に刺さったので一石二鳥だ。
「押せえ! 兄弟!!」
ハルトの声に獣達は一斉に声を上げ、既に戦意喪失をした哀れな集団を駆逐した。
何の技術もないただの素人相手。ほぼ一方的な虐殺となったが手間は掛かった。そこそこの数が弓を持っていたのだ。ハルトが共に来た理由はこれだ。バルキアヌスもロキも、指揮は上手くない。きちんとハルトの指示通りに動かせはするが、基本的に彼らは指揮官の器ではないのだ。
ハルト抜きでも盗賊は倒せたが、下手すると重傷者か最悪死者を出したかも知れない。最悪を避けるためにハルトは自ら指揮を執る必要があった。
「……逃げたやつら以外は殺したか」
血を顔から拭って息を吐く。横合いから血装束を纏ったバルキアヌスが来た。
「十人程度捕虜にしたぞ。どうする?主よ」
バルキアヌスは指示を仰ぐ時はハルトを主として呼んだりする。後は気分次第だ。
「戦って死ぬか自分で死ぬか処刑されるか好きなのを選ばせろ」
逃亡奴隷であった昔であれば、捕虜は仲間同士で戦わせて生き残った者は生かすと言って最期には殺す、という方法を彼は取っていた。ノエリオン人への憎悪だ。兄弟を大勢殺されたのだから。
この盗賊共はノエリオン人ではない。だから、少なくとも名誉ある死に方を選ばせる。これがノエリオン人だったら、もっと惨い方法で殺している。ハルトは博愛主義者ではない。平等を謳ってもいないし、差別撤廃も唱えていない。
特定人種を嫌っているのだから差別主義者だと、言えるかも知れない。
結局、捕虜はどれも嫌がり、無理矢理に処刑された。剣闘場で行われていた処刑スタイルだ。処刑人は殺す者の後ろへ立ち、首を掻き切るか、剣をうなじへ突き立てる。
「さあ、盛大な焚き火だ。薪を集めて来い。それと、首とか手とか足とかもちゃんと持って来いよお前ら」
疫病の原因となるので死体は大きな火を起こして全て燃やしてしまう。そしてこれが葬式だ。盗賊に墓はいらない。
「帰って酒盛りだ、兄弟。盛大にやろうや」
おおう、と声が上がる。
炎は揺らめいて彼らを照らし、煙は月へと上り道しるべとなる。焼けて、燃えて天へと還る。
死に行く者へのせめてもの鎮魂がこの炎だった。燃え盛り、全てを飲み込む炎。
彼の瞳はゆらゆら揺れる火を静かに映していた。