第12話 伴侶
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夕暮れがなくなって真っ暗になり、それからしばらく経ってハルトは帰ってきた。王女と彼の妻はお喋りを堪能して、気さくに笑い合う仲になっていた。すぐに仲良くなったのは夕飯を共にして、それもリリアナの手料理だったのも大きいだろう。
そして彼女らは食後のお茶と洒落込んでいた。
「ああ、そうだリリアナ。聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか、ライラ」
彼女たち二人はお互いに呼び捨てになるほど仲が良くなった。実を言うと、リリアナと話していたものの最初は楽しくなかったのだが段々打ち解けてくる内に楽しいことに気が付いた。仲良くなったからではなくてリリアナは親しくない人間とは面白い話ができない性格なのだろうとライラは考えた。それは大当たりだ。
「さっき――といっても昼間だからけっこう前だけど。橋の前に軍隊が集まっていたじゃない? あれってハルトの私兵よね」私兵とは領主などの身分の持ち主が自分のために常設している軍隊を言う。公には属さず、国家に帰属しないため国王に兵士招集のお伺いを立てなくとも済む。つまるところ好き勝手ができる軍隊ということだ。
「そうですが、何か気になる点でもございましたか?」首を傾け疑問を表明してくるリリアナ。「ええ、まあ。彼ら外国人よね」
「はい。ええと、確か」と思い出すようにリリアナは髪を撫でた。「ベルンハルト人、アルデン人、ゼキーア人、ベスクリア人で構成されています。最大派閥はゼキーア人ですね。数が一番多いです。バルキアヌス様が率いています。アルデン人はロキ様が。ベルンハルト人とベスクリア人は数が少ないですから派閥とは言えないですね」
「……なんか、凄いわね」ライラは軍隊とは一つの目的に向かって進むものだと思っていたから派閥がある事に少し驚きを感じた。
「ん? ベルンハルト……?」彼女が驚くのも無理はない。ベルンハルトととは少し前まで戦争をしていたのだ。戦争していた国の人間が味方になるとは到底思えなかった。
「ご心配なく。ベルンハルト人ですが忠誠はハルト様に誓っておられますわ」
「ちょっと待ってどういうことなの? あの軍隊はそもそも何?」
「何と言われましても、先程ご自分で仰いましたようにハルト様が組織している私兵集団です」淡々と質問に答えるリリアナ。淡々としているが冷たさは一切ないのが彼女という人間を表している。
「元々はノエリオン大帝国の剣闘士でした。ハルト様が指揮して反乱を起こしたそうです」集団の過去を説明する。
「ハルトが指揮を? ということは――」
「ハルト様も剣闘士でした。王者に上り詰めたこともあったらしいですよ」にっこりと誇らしげに微笑む。「ハルト様の腕をご覧になったことは? ノエリオン語で焼き印を入れています。兄弟の証、だそうで」
「だから兄弟とハルトは呼び掛けていたの」比喩ではなく、義理ではあるが兄弟であった。
「剣闘士は強いですよ。普通の兵士三人分はあるとか。実際に見てて強そうです」
「ハルトは?」
「本人曰く、百人は倒せると」
これはまた大きくでたわね、と彼女は呟いた。が、内心では二百人いけるんじゃないかなとかなり贔屓目に見ていた。
「へえ、剣闘士って戦う奴隷のことよね。そんなに強いんだ」
「――かなり強いですよ、姫」ノックもなく、いつの間にか入って来たハルト。
「ご無沙汰しておりますわね、あなた」どこか拗ねたような言い方に彼は困ったように笑って。「すまんな、リリィ。おいで」リリアナを引き寄せて、軽く額にキスをした。レドアスター人ならばこういう場面では普通キスだが彼の性格上額が一番良かった。
「おかえりなさいませ、ハルト様」
「ただいま」微笑むリリアナにたったの一言。だが妻はその一言に確かな愛情を感じた。
「さて、今まで一切どのように亜人を利用するか決めていませんでしたが、決まりました?」王女に問い掛ける。「決まったわ。あなたの奥方が手伝ってくれたもの」
「それは良かった。で、どのように? リリアナ、茶を頼む」彼女は頷くとカップに紅茶を注いだ。「……茶葉を変えたのか。これはこれで良いな」
「でしょう? これもよろしかったらお食べ下さいな」勧められたのでクッキーをつまむ。程よい甘さがハルトの好みだ。リリアナはハルトの好みに合わせて作ったので美味いのは当然だが。
「……話して良いかしら? リリアナ」
あまりにもハルトの世話を焼くものだから話ができずにいたライラはそろそろ我慢できずに口を開いた。
「ええ、もちろんですわ」
「ありがとう。――決めたのだけれど、利用ではなくて正しくは協力よ」
「どちらでも良いでしょうに」
「良くないの。で、彼らエルフの王族とはとても遠いけれど私達王家と血の繋がりがあるのは知っているわよね」
ハルトは利き手ではない方の手でクッキーをつまんだり紅茶を飲んでいた。――右腕にはリリアナが抱きつくようにしているため、右手は使えないからだ。ライラはハルトの腕が柔らかいであろう二つの塊に挟まれているのをなんだか複雑な気持ちで見ていた。
「ええ、そりゃあ俺もこう見えて貴族なのでね。良かったじゃないですか、王家には美形しか生まれなくなったんだから。老けにくいし」
「そうなのかしらね。確かに顔が良い方に生まれついて良かったとは少し思っているけど、って話が逸れたわね。革命の手順はこうよ」
方法を順繰りにライラは説明していった。
エルフとは血の繋がりがあるため、王家はそれを無視できない。そのため、エルフが和解の名目の元に謁見を申し込んできた場合には、無下にできない。それを利用し、謁見の間に集まった王族をライラ以外殺害する、というのが計画。
「ふむ、八十点ですね」「どうやったら百点になるの」「この問題では無理です。ですので、実質八十点が満点ですよ」「何よそれ」
と、偉そうに総評するハルト。
「悪くないです。というか、これ以外には比較的安全な方法という物がなくなる。この国は耳長共を無視できやしなんだから」
レドアスターが国教としている神の〈金狼〉リガはエルフの神でもあり、他国に比べればエルフを悪く思ってはいないし貴族や王族の間では血が驚くほどの効力をもたらす。エルフを他国と同じほどにぞんざいに扱ってしまうと自身の先祖も軽く扱っていると見なされるため、それなりの対応を迫られる。
「……ねえ、ハルトはエルフのことが嫌いなの?」
耳長共は一つの蔑称だ。
「女は、好きですよ。気高くて、凛々しい。エルフの男が嫌いなだけです。大嫌いです」
不機嫌そうにクッキーを口でぱきんと割った。
「だから八十点だって言ったんです。男共はまともに戦えないんだから暗殺だって上手く行くか怪しいもんです。エルフはびっくりするほど男女平等なんです。なんでか知ってます? 腕力が同程度だからです。ハッ、笑える。あれで金玉ついてんだから爆笑もんだ。実際に酒飲んでりゃ吐いても笑ってますよ」
かなり嫌悪感を滲ませて言う。
ハルトは男ならどんな状況だろうと女を守る、という主義だ。だから男は強くあるべきだと、そうでなければ男ではないと考えるほど偏っている。
「…………エルフの男性ってどれくらい弱いの?」
「そうですね。姫の年齢と同い年のエルフの男が腕力で競い合ったら互角かな」
そこまで弱いだなんて想定外だ、と思わず嘆いた
「それは困ったわね……」
「弓を持たせれて奇襲掛ければ俺達兄弟で潰せます。真っ向から行くのが危ないだけで搦め手使ってやれば行けますよ」
「そうだと良いけど。考え直した方がいいのかしら……」
「このまま一気に畳みかけた方が気分的に良いともいますよ。だらだらするよか、ね」
「そうね……」
エルフ族、とは金髪碧眼で尖ったような長い耳と美男美女しかいないのが特徴の亜人種だ。寿命は長い者で二百年を越える。弓を好んで使うが、争いを好まないためベスクリア民族と比べると格段に弱く、更に剣の腕は十歳児より劣ると揶揄されるほどに腕力が欠けている。腕力がないため弓矢の弦もそこまで重くないのであまり飛ばない。争いを好まないのは戦う能力が欠如しているからだ。そこに人間が付けいった。
だが、この世界。負けた方が悪い。嫌ならば、勝てば良い。降ったならば、反乱を起こせば良い。エルフにはそんな気概すらないのだ。
ハルトが彼ら耳長を嫌っているのは、女を大事にする、女を守る、という意識がない雄というのが嫌いだ。男女平等が過ぎると男がだめになる。女が下、ということではなくて男は守る存在がいるから強くあることができる。
――というような彼のいた世界からすると時代錯誤も良いところな思想を持っているからこそ、ハルトはエルフが嫌いだ。この世界の、時代では女は弱い、だから男が守るのが当たり前。それなのにエルフは共に戦う。要するに、人間から見ると女も戦わせなければ生き残れない種族。
弱い弱い、か弱い種族だ。
§ ¶ § ¶
今後の方針を決めたので、後は夕飯を共に食べ楽しくお喋りをして良い頃合いになるとライラは自分の部屋に戻っていった。
そして、夫婦は応接室から自分たちの部屋に引っ込んだ。
リリアナの部屋にユーリアが立ち入り禁止なのはリリアナが部屋の中のことは全てやりたがるから、ハルトが掃除も全てしなくも良いと言うことをひっくるめて立ち入り禁止としている。ハルトにはハルトの部屋があるのだが、仕事部屋にしていて書類や本で溢れているので落ち着けやしない。
だからリリアナの部屋をハルトは生活空間としていた。屋敷でも最も広い部屋をあてがっていた。
「……リリィ。何を縫ってるんだ?」
ハルトは暖炉の前のソファにだらしなく座り、本を読みながら酒をやっていた。リリィと呼ばれた奥方はゆったりとした優しい声で夫の質問に答えた。
「マントですわ、あなた」
彼女は安楽椅子に座り、夫の防寒具のほつれた場所を縫い合わせていた。本来であれば、誰かにやってもらば済む話。だが、リリアナは夫のためにしてあげたいしハルトも妻にしてもらうと嬉しいのだから他の人間は必要ないだろう。
「それは助かる」
「いいえ、趣味ですのでお気になさらず」
互いにながら作業をしているため会話が上の空状態なのだが、それがまた心地良かったりする。会話は多くなくとも一緒にいることが幸せだ。
「…………」
ハルトはなんとなく自分の妻を見た。
金色のふわっとした柔らかな髪。綺麗な色をした青色の瞳。これ以上ないと言って良いほどに整った容姿。そして――驚異的な胸囲。
「ハルト様」
くすくすと上品そうに笑いハルトに呼び掛けてきた。
「ん?」
「触ります? 胸。わたくしは構いませんよ」
にこっと笑いかけられる。
ハルトもそれに笑って。
「今は良いさ、後にする。見てるだけ」
「それなら、わたくしのでよろしければいくらでもどうぞ」
「お前のだから良いんだよ」
そうですか、とリリアナは答えた。
実際、彼女はハルトに胸を見られるのは恥ずかしいが嬉しくもある。自分を見てくれて。他の人間――特に男性の目は苦手だ。けれど、ハルトは夫だし何より愛している。
「アホな話の後ですまんが――なあ、リリィ」
「はい」
「あんまり言わなくて悪いが」
「はい」
「愛してる」
顔を合わせて話していないし、声に感情もこもっていなかった。それでも、照れ隠しだというのはもう夫婦になって長いリリアナは充分わかっていて、だからとても嬉しかった。
「……ありがとうございます。わたくしも、お慕い申しておりますよ」
これ以降、就寝に至るまで会話はなかったが、寝る時に妻は夫の腕枕で寝ることになった。
寝静まった寝室でリリアナは突然ぱちりと目を覚ました。彼女が何らかの危険信号を察知したわけでは断じてない。この女性はそんな能力など持ち合わせてなどいない。
どうして、起きてしまったのか分からなかった。下半身の感覚からして化粧室に行きたいわけでもない。多分、なんとなく目を覚ましてしまったようだ。
ふと隣にいる夫を見る。暗闇で普段ならよく見えないはずだが夜闇に目が慣れて割合はっきりと見えた。
枕にしているのはハルトの腕、重たくないのかと思った。その不安は彼の腕をよくよく見て考え直した。リリアナよりも何倍も太いのだから重たくはないだろう。ハルトは他の兄弟と比べるといくらか細身だ。それでもかなり太いが、丸太のような腕はしていない。けれど兄弟と力比べをしても負ける事はあまりなかった。よく考えたら不思議だなぁ、となんだか眠れなくなった彼女は思っていた。
リリアナは夫を見て、幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。こんなに素晴らしい人の妻になることができたのだから。素晴らしいというのは権力とか地位とかそういう事ではなくて、ハルトという人間そのものだ。だから他に妻を迎え入れることがあったとして、きっと身分からすると妾になるんだろうなとリリアナは思っていた。もしそうなっても愛して貰えるだけで幸せと思うくらい彼女はとてもハルトを愛していた。
さて、二人の馴れ初めはなんと言うことはない政略結婚による結婚だ。ただ経緯が他と大きく異なった。
昔、ハルトが独身だった頃。リリアナの両親はなんとか上に位置するギルデウス家と関係を持ちたかった。ギルデウス家が元々がそんなに地位の高くないヴェンスだった事でチャンスがあると睨み、そしてハルトが変人であるという噂があったため絶世の美人であり男受けはとても良い自慢の娘を結婚させることはできやしないかと躍起になっていた。
そこらの貴族と結婚させるにはとても惜しいほどの娘だったが、ただの上級貴族と結婚させるには彼女もまた変人という噂が立ちすぎた。他のマシな貴族と見合いをさせると相手が怒って帰ってしまう。それは娘をどれだけ叱っても直らなかった。嘆いても仕方がないので唯一貰ってくれそうな貴族であり、地位も権力も充分なハルトに白羽の矢が立ったわけだ。
仕事でハルトと面会をする機会を得たため、父親は仕事を終わらせた後に娘とあって欲しいと言うことをハルトに伝え了解をなんとか得た。乗り気ではなかったハルトを説得するのに父親はかなりの精神力を消費した。
リリアナに精一杯のおめかしをさせ、ハルトの執務室へと向かった。
「良いか、リリアナ。くれぐれも粗相のないようにな。失礼があると、下手したら私達の首は文字通り斬られてもおかしくはないんだぞ」
この言葉は事実を表している。ハルトは領主だ。領主はかなりの自由を与えられており、領地から美女を集めてハーレム作ったって国王から少し怒られるだけで問題はない。例え同じ貴族であろうと、階級が違えば、しかも直接の臣下をどうしようとそれは上級貴族の自由だ。
「……はい、お父様」
元気がないリリアナ。結婚なんてしたくないと、雰囲気が言っている。彼女は自分で料理したり、自分の部屋を掃除したり、自分の衣服を洗濯するのが幸せなのだ。結婚すればそれもできなくなる。それがとても嫌だったが、親の言うことは絶対だ。
そして今回に掛ける意気込みも普段とは違うようだった。いつにも増して父は緊張していた。
彼女もそろそろ結婚する時なのかなと、諦め始めた。
聞くところによると、ギルデウスというお方は英雄で大変な武功を立てたらしい。その功績を讃えアイヴァーグになった、というのがハルトに対するこの時の知識だった。
結婚相手の事なんてどうでも良かった。親が結婚しろと言うのならば、どんな醜い男だろうが処女を捧げる覚悟くらいは貴族に産まれ落ちたのだから当然している。
「良いか、ご機嫌を損ねることのないようにな。そこらの貴族とは訳が違う」
確かに、違うのだろうと彼女は思った。
今回のお見合い相手であるハルト・ギルデウスという人物は。
噂に良く聞く。
曰く、英雄。曰く、戦神。曰く、天才。曰く、男前。
そんなことを思い出していたら父が扉を叩いたところだった。
「……ハンス・コンスティでございます」
一、二、三、と待ってみても一向に入れと声が掛からない。もう一度ノックしようとしたところに。
「――どうぞ」
と一言が扉の向こうから聞こえた。
どうぞ、というのがどうも噂に聞く彼の人物像と一致しなかった。もっと偉そうな話し方だと思っていたのだ。
「失礼致します」
扉を開けて、入る父に彼女もついていく。どうやら執務室兼応接室のようだった。大きな机に座って短剣を研いでいる男性がいた。机には書類が山積みだったし、床には本が山と積まれていた。
「失敬、剣を磨くのに夢中でして」
こちらちらりと見ると、手を止めて砥石を机の上に置いた。
「大事な相棒ですからな」
父親はハルトに調子を合わせる。彼は剣だけを見ていて、こちらに注意を払っていないのか上の空だ。
「ええ、そうです。さてと、確か貴殿の娘を紹介して頂けるとのことでしたな」
剣を机の上に置くと、淀みない動作で立ち上がった。
「はい、私の自慢の娘でございます」
父がリリアナをちらりと見たので、彼女は自己紹介を始める。
「リリアナ・コンスティ=リズンと申します。お目にかかれて光栄ですわ、ギルデウス殿」
貴族として何度も繰り返した女性特有のスカートをちょこんと持つ挨拶をする。
「――驚いた。純粋に驚いた」
ハルトの言葉にリリアナは初めてきちんと彼の顔を見た。
はっと彼女は彼の二つ名を思い出した。〈金狼〉と呼ばれていることを。
「その、想像以上に――美人ですな」
ハルトは基本的に女性を褒めたりはしない。思っても口に出せない。だが、今回は違った。
「……ありがとうございます」
彼女は頭を下げる。
「おお、気に入って頂けましたか。どうでしょうか、娘もいい歳です。ギルデウス殿は正室がおられませんが側室でも全く構いませんので……」
娘の意向は関係ない。当たり前だから、リリアナすら気にしない。
「ふむ。二人で少し話をしたのですが、構いませんかな?」
「え、ええ。もちろんですとも」
二人きりにすることを不安がる父親を後にハルトの屋敷の庭を散策することになった。
「さて、と。リリアナ、と呼んでも良いか?」
「ええ、構いませんわ」
「口調も許してくれ。あれは貴族用なんだ」
彼はだいぶ崩れた口調で話し始めた。
「ギルデウス殿は貴族でございましょう?」
「まあ、そうだが。貴族じゃない時も長かった。人生の半分は貴族じゃない」
「――でしたら、何だったんですの?」
「奴隷か旅人」
「……奴隷? ってあの奴隷?」
「金で売り買いされ、所有される人間のことだからそれで合ってる。俺な、ノエリオン大帝国に行った時に捕まって剣闘士にさせられたんだ。反乱起こして逃げ帰ってきた。ほら、その証」
ノエリオン語のGという焼き印がハルトの腕にあった。
「すごい経験をしていますわね」
「そうかもな。リリアナは噂によると、メイドの仕事をするのが趣味だとか言うのは本当か?」
「はい、本当です」
「掃除が好きか、洗濯も、料理も」
「はい」
「どうして?」
「何かしての考え事が好きだったりするんです」
「何かしての考え事は確かに良いものだ。通常よりずっと考え事が捗る。面白い女だな」
「…………」
彼女はハルトを驚愕の目で見た。面白いと評されたことは人生で始めてだ。貧乏貴族と呼ばれたことはあっても、こんな呼ばれ方はなかった。
「お、見えた。あれ見てくれ」
指を差したのは花。薔薇などの華やかな花ではなくて、薄い暗い色の花。木に咲いている。木に咲く花なんて初めて見た。
「良い花、ですわね」
風が吹いてきたので髪を押さえながら感想を述べる。
「良い、ね。うん、良い花だ。桜という花だ」
「サクラというのですか。薔薇などに比べると色が薄いですね。でも、何だか落ち着く花ですね」
彼女は素直な感想を口にする。嘘で媚びてもこのハルトという男はそれを見破ると、女の勘で分かったから。
「そう言って貰えると嬉しいね。好きな花なんだ。ところでリリアナ」
「はい」
彼の方を向く。
「俺は今回の話を受けようと思ってる。初めて見合いでいい女に会った。どの女も桜を見ると見え透いたお世辞言いやがって。何が俺に相応しい豪華な花だ。クソアマ共が。あの色で豪華はないだろう」
「そう、ですね」
彼が何故、結婚しないかが理解できた。自分と同じような理由。とても単純に相手が気に入らない。
「この花はもうすぐ散る。そしてその様が最も美しい。人間も死ぬ時が綺麗だろ?」
極めて、前時代的で狂的な日本人の思想。生き様より死に様よ、と。
「生きている方が、死んでいるよりは良いとわたくしは思いますわ」
「良いか悪いかが、基準か?リリアナ」
「そうかもしれません」
「取り敢えず、俺はお前をまだ好きじゃないし、リリアナもまだ俺のことを好きじゃないだろう。けれど、結婚してくれないか?お前以上の女はあんまりいなさそうだからな」
極めてシンプルに告白は成された。
「――はい。お願いします」
と、すんなりと二人の結婚は決まった。
ただし、夫婦生活はすんなりとは行かなかったが。
まあ、依頼したい人はいない気がしますが。
営業努力は大事だよね。多分。