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第11話 帰還と出撃

 

 ギルデウス領の土を踏んだのは街をいくつも通って、更には村を数個通り抜けて、ようやっと辿り着いた。

 テオドールとは一旦別れており、後で合流するとのことだった。ライラは推測で追っ手をどうにかするんだろうと踏んでいたが、半分当たりで半分外れだ。かのペテン師はペテン師ゆえにやりたい事があるのだ。――二人にはまるで関係はないが。

「この橋を渡り終えると――俺の領土です」

 太い河に架かったそれはそれは大きな石橋だ。河を挟んで向こう側をハルトの領土とされている。長らく、河が侵攻を阻んでいたが橋を架け始めたことにより、亜人領土を侵し、蹂躙して、レドアスター王国は新たな土地を手に入れた。それが彼が所有する土地の由来だ。もう百年以上も昔になる。

 しかしながら、亜人の寿命は人間より遙かに長いのでいまだにその侵攻をはっきりと覚えている者が多くいる。

「河を境界線にするのは良いんだけれど、あんまり変わらないわね」

 あっちもこっちも似たような景色だとライラは言っている。その感想は全くもって正しい。

「ええ、そりゃね。いきなりこっちの土が青色だったら発狂するので」

「そうじゃないわよ。でも、そうよね。河を挟んだ程度で植生が変わるわけないものね」彼女は木々を見ながらそう呟いた。木は材木に適している針葉樹。背の高いそれらのてっぺんは風に揺られていた。橋を渡ってからはきちんと石畳が敷設してあり、長い大街道が街までずっと続いていた。

 いくつかの村々を通り過ぎて、街へと到着を果たした。住民はハルトの姿を認めなり「領主様万歳」だの「領主様!」だの「お帰りなさい!」だとか帰りをとても歓迎されていた。

「大人気ね、ハルト」脇腹を突っつく気持ちでライラは言った。「ええ、良い領主であろうと心掛けた結果がこれです」領民に手を振りながら答えるハルト。そんなこんなで、街の真ん中を突っ切り、更に中心部の辺りで道を曲がって彼らは小高い丘の道を登っている。より正確を期すと丘ではなく、城の背後には山があるので山にある丘のような場所の道、が正しい。

「あれがあなたのお城?」

「それ以外に城が見えますか?」ハルトお得意の口調に彼女は同じく皮肉で返す。「見えないけれど、アイヴァーグが住むにしてはずいぶんと飾り気がなくて無骨だったものだから」

 ハルトは彼女に言い方にふっと笑う。「防御のみを重視したんですよ」城の近くへ来るといよいよもって全貌が明らかになった。城堀が掘られており、水が張っている。今は跳ね橋が下りているが、上がった時には船か泳ぎで侵入することになるのだろうが、良い的だ。どれだけ防御を重視したのか堀に飽き足らず城壁が高く聳え立っていて、奥に一際高い尖塔が見えた。

「あ、ハルトのだ」と、彼女は風に揺られ空をたなびく金色の旗を指差す。金の素地に黒色の線で描かれるは月に吠える金狼――ギルデウス家の紋章。上級貴族として歴史は浅い家だが、有名なため一般市民の平民でさえたまに知っている者がいるくらい立派な紋章だ。城に到着まであと少しのところになると跳ね橋の上に軽装鎧を身に付け盾を持った小集団が集まっていた。

「ライラ、急いで着いてきて下さい」彼は馬の腹を蹴って走り出した。軍団の目の前に来ると、誰かを探すように視線を動かした。

 彼女はこの軍団の何かがおかしいと思った。近くに来てそれが分かったが、誰も兜をかぶっていないのだ。兵士は頭を保護するために兜をかぶるものだと思っていたが違うらしい。加えて、おかしな点が更にあった。この軍団は見たところ全員が外国人である、ということだ。

「バルキアヌス! バルキアヌスはどこだ」少なくともレドアスター人の名ではなかった。「ここだ、我が主」低い声で、集団を押し退けるようにハルトの前にやって来た。彼らの装備は一様に果たして守る気があるのかと問いたくなるほどだった。兜はかぶっていないし、胸部・腕部・脚部を守る鉄があっても腹の部分にはなかった。まるで徹底して、重さを排したような装甲だ。装甲と言えば、この軍団の全員が見事なまでの体をしている、それこそ、腹筋はまるで鋼のようで、だから腹に鎧はいらないと言っているような。

 彼らの格好はまるで剣闘士のようだった。

「これはどういうことだ? 何が起きた。まさかどこぞの国が我が領土を侵したわけではあるまい」

 問われたバルキアヌス。彼の相貌は黒色の髪に翡翠色の瞳。射貫くような目と、幾多もの傷を残す鋼のように鍛えられた体に野獣のような粗暴さを身に纏っていた。

 分からないのが、野獣はこの集団全員で、彼らが何故ハルトに従っているのかライラには見当もつかなかった。

「我らが主の土地を穢した盗賊共を狩りに行くところだ。我が主――我が兄弟」ハルトは質問を重ねる。「何人出た?」その問いに彼はなんて事ないように答えた。「百程度だ。それに奥様から許可は取ってる」

 ハルトはしばしの間だ絶句した。山賊がそんなに大規模になるなど聞きはしない。

「俺も行った方が良さそうだな。兄弟」

「ハルト、お前の手間は取らせん。長旅で疲れているだろう。我らだけで充分だ」傲慢なほどに自信満々のバルキアヌス。

「勝ち負けではなく。同数を真っ向から相手をするのは得策ではないし、疲れてなどいない。良いか、俺も行くからな。指揮官が必要だ――それもまともな判断ができるな」

「……良いというのに」

「黙れ」ぴしゃりと言い返す。

「仰せの通りに、主」

 不満げではあったが、渋ることなく頷いた。

「ユーリアを呼びにやってくれ」

 ハルトがそう言った瞬間。「もうおります。坊ちゃま」集団の後ろから冷たい声が響いた。

「――やめないか。俺はもういい大人だ」イライラと不機嫌丸出しの口調。集団が縦に割れて、冷たい声の主が通る道ができる。

「あら、そうでしたか? 坊ちゃまがお産まれになってたかだか三十数年しか経っていないように思えますが」その口調は皮肉を言うハルトにそっくりだった。「お前と違って俺は人間だからな。百年経たないとガキ扱いされるエルフと一緒にするな」

「これは申し訳ございません。旦那様」メイド姿の女性はまるで反省の色がない。メイド帽でしっかりとまとめられている淡い金髪に、黒縁の眼鏡の奥にある青色をした切れ長の目。まるで貴族の出で立ちだが、長い耳が人間のそれではない。「ご用件はなんでございましょう」つんと冷たい口調に、鉄面皮を貼り付けたかのような無表情も相まって一種の凄みが伺えた。というより、ハルトにこんな口を利ける時点ですごいと言えばかなりすごい。

「この方はライラ・レドアスター姫殿下だ。妻に会わせてやってくれ」ミドルネームを省いて言う。特に理由はないが、いちいちフルネームも面倒だと思ったからだ。

「は、かしこまりました」

「姫、妻と話していて下さい。今後のことについて。そして、仲良くなってくれると嬉しいですがね」剣を引き抜き、高く掲げると声高に呼び掛けた。「――兄弟達よ! 我らの土地を穢した代償を払わせてやれ!」獣のような咆哮が集団から上がった。

 鍛えられ、躾けられた獣達は主の呼び掛けに応と答えた。その声は、遠く遠くにいる盗賊達を心底から震え上がらせたことだろう。黒い闇が降りてきて全てを覆っても、軍勢が闇を引き裂くように進軍を開始した。

 


§       ¶       §       ¶



「ユーリアと申します。旦那様の(もと)で メイド長をさせて頂いております。以後、お見知りおきをお願い致します」

 彼女はとても美しい所作で私に向かってお辞儀をした。こちらも軽く頷くように応じる。

「よろしく、ライラ・メルケルス=レドアスターよ」

 そうして、知ってはいるだろうけど名を名乗る。「ライラ様。では、旦那様のご命令通り奥様のところへご案内致します」それにしても、すごい美人。――冷たそうで怖いけど。

「あなたってその、エルフよね?」

「はい、この耳の通りエルフで間違いありません。ハーフエルフということもございませんので」だいたい予想していた通りの答えが返ってくる。元々は亜人の領域だったのだから亜人のエルフがいても何らおかしくはないのだから。

「さっきのはどういうこと? ハルトのこと坊ちゃんって」

 彼女は私を案内するために背を向けながら話していて、目線も合わせていなかったのを今の質問でちらっと私を見た。「そのままです。かつては坊ちゃんでした。私はギルデウス家にお仕えして四十年ほどになります。旦那様の教育係を務めたのも私ですし、世話役やその他雑務も全て担当させて頂きました。たった三十年と少ししか経ってないのにあんなに大きくなられて」

 感慨深そうにため息を吐いた。エルフは長命で成長速度が人間と違うらしい。だいたい五十年掛けて人間の二十歳の見た目になる。しかもそこから歳は取らない。

「ハルトの子どもの頃ってどんなだったの?」そんなに昔から使えているということはハルトの昔を知っているということだと思い、なんだか気になって聞いてみる。

「そうですね――」

 顔は見えなかったけど、間違いなくユーリアはくすりと微笑んだ。

 この人笑えるんだと、思ってしまった。

「とても可愛らしいかったです。――私の胸で遊んでいたことを除けば」

 言われて、彼女の胸元を見てみる。横から見た胸はなかなか大きかった。どれくらいかと言うと、将来あれくらいになりたいと思ったくらいね。

「その頃から大きい胸が好きだったみたいね」全く、ハルトったら。

「旦那様だけではなく、殿方というのは得てして大きいのを好みますよ」

 確かにそう、と心の中で同意すると彼女が立ち止まった。「ここです。――奥様、お客様でございます」

「どうぞ」

 ユーリアとは正反対の柔らかい、穏やかな声だった。

「ライラ様、お入り下さい。私は中には入りませんので。申し訳ありませんが、奥様のお部屋には入ることはできません

「……そうなの。分かった」

 メイドを部屋にいれない人を初めて見た。密会をするなら話は別だけど、ユーリアはどう考えても計画を知ってる。

私の言葉に彼女は扉を引き、中へ案内される。

 中に入ると、ユーリアが扉を閉めた。

 部屋の奥に目をやると、重厚そうな机で書類を書いていた女性が立ち上がった。

「お初お目に掛かります。わたくし、ハルト・ギルデウスの妻、リリアナ・リィ・ギルデウス=アイヴァーグと申します」彼女――リリアナはドレスの端をちょんと掴んで、お辞儀をする。

「お見知りおきを」

 ――驚いたわね。

 びっくりしたのは伏せて書いていたから顔はよく見えなかったし、体も同じだったから。立ち上がって彼女を見ると圧巻だった。間違いなく、私が人生で見た中で一番の美人だ。ユーリアも美人で劣っているとは言わないけど、何故だか彼女が一番美人に思える。優しそうな顔つきに、緩やかにカールするふんわりとした金髪。艶やかな髪は私よりも長い。私も相当長いと思っていたんだけど、それ以上。ぱちりとした大きい目、少し色の薄い青色の瞳。

 そして何より、胸。

 大きいという部類じゃなかった。凄く大きい。とても大きい。

 こんなに大きな胸の女性見たことない。噂では聞いたことはあった。ハルトの妻の胸がまるで西瓜のようだと。

「…………私はライラ・メルケルス=レドアスター。初めまして、ハルトからお噂はかねがね」

「まあ、申し訳ありません殿下。その――失礼があったらですけれども」

 リリアナは目を見開いて、口に手をあてるようにして驚いた。

「大丈夫よ。気にしないし、そんな失礼をするような女性には見えないから」

「ありがとうございます。どうぞ、お掛けて下さい」

 机の前方辺りに迎え合うようにして座れる四人掛けのソファがあった。今までに比べればふかふかだと思う。すぐ下地面だったし。

「ありがとう」

「――少し良いでしょうか、殿下」

 腰掛けると、彼女は躊躇いがちに口を開いた。

「何かしら」

「……その、胸ばかり見られると恥ずかしいのです」少しはにかんだように言う表情が女の私から見てもとても可愛らしい。

「――……ああ、これはごめんなさい。だって、そのドレス胸元が開いているし――あなたのそれ、目立つんだもの」

「それは自分でも自覚しておりますわ」苦笑いも可愛い女性ね、本当に。

「でしょうね。それで本題なのだけれど」

 お喋りはこれが終わってからにしましょう。ハルトは盗賊を退治しに行ったから、帰ってくるのは夜でしょうし時間はたっぷりある。

「私達がしようとしていることは知ってる?」

「ええ、把握しております。――革命で相違ございませんか?」

 そう革命。現王の私の父があまりにも、良い政治をしているとは言い難い。貴族の言葉は平民の命より重くて、貴族の腐敗はあまりにも酷い。

 私がやれば全てうまく行くとは思っていないし、現状でも民は貧困と言うほど困ってはいない。今日の食べ物にもありつけない民はそこまで多くない。だけど、いる。その人達を無視したくはない。

 貴族は裕福で学校にも行っている。でも民は字を読める人は少ないし、まして書くことができるのなんてどれくらいいるのか。貴族が横領している分で学校を作れば、国民皆とまで行かなくとも読み書きできる人は増える。そして、良い仕事に就ける。そうしていつかきっと皆幸せになれる。そのためには貴族と平民の行き過ぎた格差を是正する。平民が貴族に逆らったら最大で極刑だなんて、あまりにも重すぎる。

 今の政治は圧政の一歩手前。もしもこの状態で戦争が起こったら一体何人が飢えで死ぬか。たくさんたくさん死ぬ。いっぱいいっぱい死んでしまう。

 でも、このままじゃまたベルンハルトと戦争になる。だからその前に私が王位を簒奪しないといけない。なんとか隣国と和解をしなきゃいけないと、私は思う。

「私はね、この国のみんなを幸せにしたいの。その為の一歩が革命。ハルトがあなたに今後のことを話しなさいと言われたのだけれど、良いかしら」

 こう言っては失礼だけれど、彼女に限らずこの国の女性は賢くない。ろくな教育を受けないのも理由だけどね。だから、リリアナがどうなのか気になる。

「わたくしは賢いとは言えませんが、ハルト様がおいでになるまでのお話相手にはなるかと思います」

 話せると言うことは少なくとも、胸にしか栄養が行っていない馬鹿な女性ではないようで良かった。失礼すぎるけど、この国にはそんな女性もいるものだから。

 まあ、ハルトがそんな女性と結婚するわけないわね。

「もし、言外の言葉が伝わって不快な思いをさせたならごめんなさい。それじゃあ、相談なのだけれど。ハルトがここに着いてから話し合いをすると言って、具体策を話し合っていなかったの。革命は亜人に協力して貰って起こすしかないという結論に至ったのだけれど――どの亜人なら協力してくれると思う?」

 私は亜人との今現在どんな関係を築いているのかまるで分からない。

「そうですね、比較的どの亜人でも協力してくれるとは思いますがどのように革命を起こすのですか?」

「武力に訴えるわ。話し合いで解決することではないの、残念なことにね。ただ、武力に訴えるにもこちらの戦力は少なすぎる。だから、隙を見つけることが成功の道が開ける――と思う」

「暗殺はできないのですか」穏やかそうなリリアナからそんな言葉が出てくるとは思わなかったが、ハルトの妻だものね。

「ええ、ハルトでも難しいって」

「でしたら――」

 それから私達は小一時間ほど話し合って、解決策を見つけた。紆余曲折して話がどこかへ飛んで行ってしまうこともあったけどたったの一時間で良い案をよく思い付いたものだと思う。

「……さて、決まったことですしお茶をおいれしますわ。今までなんのおもてなしもせずに申し訳ありません」

「良いのよ。こちらが来てずっと話していてそんな暇もなかったのだし」

 リリアナは別の部屋へ行くとティーポットとカップを持って来て、手慣れた仕草でお茶を淹れてくれた。

「どこからこれを持ってきたの?」

 紅茶の香りと味を一口分楽しんで、私は疑問を口にした。メイドが入って来たようにも思えない。

「隣が台所になっているんです。わたくし、自分で言うのもおかしいですが変わっていまして、全て自分でやっているんです」

 開いた口がふさがらないとはこの事ね。

「嘘。じゃああなたがユーリアを部屋に入れない理由ってただ単に自分で全部やりたいからなの?」

「だいたい、そうです。お料理も自分で作ります。お掃除も自分でやります。できることは全てやっています」

 これは貴族の女性として変わっているどころではなく、頭がおかしい。リリアナには悪いけれどそれは貴族のすることじゃない。

 私は貴族と平民の格差を是正したいけど、何もすぐに立場を平等にしようなんて思っていない。それにそれは不可能だ。

 貴族とは、見栄が全てだから。

 何をするにも誰かを使うのが普通。

「それがあなたの貴族としての欠点ね」

「そうですわね、ライラ殿下。本来、貴族の女性がすべき事は他のご婦人方と仲良くなって、お喋りをしてライバルの方を蹴落とす情報を虎視眈々と狙うべきなのでしょう。舞踏会に夫の立派な妻として出席しなければいけないのでしょう。お料理も、お掃除も、お裁縫も自分でやっている暇があるのなら貴族の女として恥じないようにマナーを学ぶべきなのでしょう」

 一度、言葉を切った。

「でも、です。わたくしの夫はそんな事ができるわたくしが良いと言ってくれたんです」

 ああ、なるほど。だからあなたはハルトの名前を出す度そんな顔をするのね。


 とても可愛らしい表情。まるで恋する乙女みたい。



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