第9話 Vivere est militare
一月中じゃなくてすいません。インフルになったので仕方ないと思うんですよ。
プロローグご指摘くださった方へ、修正しますのでお待ちを。
すっかりと春が目に見え、肌に暖かな風を感じ始めた頃にハルトとライラはある街に滞在した。王都からも離れ、田舎と都会の境目辺りだ。境目付近は田舎とそう変わりはないのだが、人口が違う。
暖かな陽気が辺り一面に漂って、花畑を揺らしていた。
「すごいわね」
ライラが呟くのも無理はない。これは誰かが花を植えようと思ってした結果ではなく、ごく自然的に発生したのだから尚のこと美しい。
「よく咲いていますね。ああ、桜の季節か。ん、もう終わったか?いや、まだ咲いてるか。こっちのは少し長いしな……」
「サクラ?」
「ええ、出日の花です。色の派手さは薔薇などと比べると落ちますが、落ち着いた色合いがこれがまた良くて」
「それ見られるの?」
「……どうでしょうね。家の庭に植えてありますが、行くまでに散ってるかな」
「だとしたら残念ね」
ざあ、と風が花を揺らして、その間を二人は馬で歩く。
「花畑はこの町の名物なんです。唯一の売りと言ってもいいかな」
その言葉に軽く頷く。花を見るのに精一杯で大した反応ができないのだ。色とりどりな花の間にできた僅かな道、花々を踏みつけないよう慎重に馬を歩かせる。
花畑を抜けるのに要する時間はほんの数分。
もう少しで道も終わろうかと言う時に後ろから声がかかった。
「やあやあお二方!」
ハルトはこの上なく嫌そうな顔をして後ろを振り向いた。
「……尾行は巻いたんだろうな?」
「もちろんだとも。皆仲良く冷たくなってるさ」
馬に揺られながら彼は笑った。ハルトは疑わしい目つきで言った。
「なら、良いんだがな。次が来たらどうするんだ?」
テオドールは二人に並んで歩き出した。なんだかふらふらした動きなのは酒が入っているせいだろう。
「一緒に殺してくれると大助かりなんだがね」
「はっ、あっちの仲間になってお前を殺してやろうか?」
「勘弁してくれ。さすがの私もハルトにはちょっと敵わない。ちょっと殺しきれる自信がないんだよなあ」
ひらひらと白旗を揚げる。ライラはひょっとすると男の友情というのは『殺す』という文言は挨拶代わりなのかも知れない、と間違った認識を抱き始めていた。半分本気で、もう半分はもちろん冗談だが。
「お前は俺に殺し屋というがな、本当の本職はお前だろうに。俺は戦士だから単なる戦争屋だ」
「いやいや!私こそ単なる諜報員さ。殺しなんて恐れ多いことはできないさ」
「よく言うぜ……いくらなんでも嘘って分かりすぎるぞ」
「おかしいなあ、私は嘘を吐くのがとても上手なんだがね」
彼は片眼でウインクしてみせた。まるで少年のような男である。ハルトよりは幾分か歳を取っているように見えた。
そこでふと、お姫様は思った。ハルトっていくつなのだろうか、と。
「ねえ、ハルトっていくつ?」
「ん、私ですか?えーと、実はあんまり覚えてないんで……いくつだっけなぁ」
指折りで数え始めて、時間はそう掛からずすぐに答えは出た。
「ああ、多分今年の冬で三十二歳になりますね」
「見た目、けっこう若いわよね」
「そうかも知れないですね。見た目はね」
彼女はハルトが二十代後半だと勝手に思っていたが、よくよく考えると先の大戦に参加したと言うことは歳はそれなりに食っているのだ。
「テオドールは四十に入ったばかり、だよな?」
自信がないような様子で尋ねる。
「ああ、歳を食ったよ。まだまだ生きたいがね」
「安心しろ、明日には死ぬ」
「美女の胸元でね」「ふざけるなよ?」
軽口を言い合う男同士だった。
そんな男達を邪魔するようにマントで身を覆った集団が道を塞いだ。
「……なあ、テオやっぱりお前のこと殺していいか?」
「やめてくれよ――新手のようだね。ジェオノーレはずいぶん、人が余っているらしい」
「間引きしてやらないとな?」「全くだね」
”Et arma et verba vulnerant”――燃えろ!」
ラティウム系詠唱呪文、後に口述術式を織り交ぜることにより陣を必要としない省略式とハルトは即座に判断。対応する魔術式を組み立てる。
敵が唱えた魔法の効果は単純に言ったことが現実化するというものだ。
”The sword is mightier than the words”
イングリッシュ系詠唱術式を展開。敵の魔法が発動する頃には、詠唱も陣の構成も終了させる。
魔方陣の中心へと剣を突き立て攻撃を防ぐ。ハルトの術により魔術により生成された炎は霞のように消えていった。
「――くそっ、何者だ!」
「知らないで巻き込んでんのか?相当おめでたいな」
現在の戦争に使用するような魔法はほとんどハルトが組み上げた物だ。魔術の最先端を行く者に喧嘩を売るべきではないだろう。
「どうやら本業が殺し屋らしいね。ジェオノーレ人かと思ったが、レアベル人か。ご苦労だねえ」
「本当にな。お前のためにわざわざ魔術師までいるんだぜ?よっぽど重要機密らしいな」
「まあね、それはそれとしてさっさと殺そうじゃないか」
一言同意を示して、詠唱を始める。
”吐普加身依身多女寒言神尊利根陀見波羅伊玉意喜餘目出玉”
ヤオヨロズ系詠唱を暗誦。「面倒だから、全員俺が殺るぞ」魔方陣を完成させると同時に発動させる。
敵は聞いたことすらない呪文に戸惑いながらも汎用的なシールドを発動させようとしたが、ハルトの剣が投げられた。先程唱えた術の効果によりハルトのみは魔法よりも剣が上位に存在する。故に剣を使えば防御など容易く崩すことができる。
崩したと同時に敵が全員苦悶の声を上げて崩れ落ちた。効果は敵を祓い清めて――清くなりすぎてありとあらゆる細菌やウイルス、自分自身の身体にさえ耐える事をさせなくする魔法。
「相変わらず魔法は訳が分からないね。だいたいどうしてほにゃほにゃと喋るだけでこんな事ができるんだか」
「魔法とは、魔術とはそういうものだからな。ああ、少し疲れたな。真面目に魔法で戦えるのはあと一回だけだな」
さて、どうしてこんなにも強力な魔法が戦場を謳歌していないか。それは単純に燃費の悪さだ。第一に、魔法は頭が天才レベルでないとそもそも理解できないことの方が多い。仮に天才であったとしてそれは学力のみであり、魔術を行使するのには純粋なる才能が必要だ。魔力量は産まれ持ったものが最大値であり、それ以上は絶対に増えない。そして燃費が悪い。
ハルト程度となると大国に一人いるかいないかまでになってくる。実を言うと、ハルトは常に亡命を求められている。
誘いには奴隷百人つけるだの更に妾百人だとかがあって、なかなか心惹かれたが彼が求めているのは愛なので却下した。
学力が極めて高く、魔法言語を理解し、魔力がなくては魔法使いではない。これがなかなか難しい。
魔法とは、大きな影響を与える物ほど魔力を消費する。例えば何もないところから炎を出すとかなり消費して並の魔術師ならば一回で終わり。ハルトならば四回できる。彼は無駄なことを結構好むので服を乾かすことにも魔法を使う。えらく魔力を食うにも関わらずだ。
要するに、戦争では最初のでかい一発にしか使われない。それもたいていあっちもこっちも使って相殺するので意味はない。ただ、どっちかに魔術師がいないと大損害だ。
弾数の少なく射手を選ぶ気難しい大砲、だとハルトは認識していた。
別に上限を超えても魔法は行使できるが何日か寝込んだり、最悪死ぬので国も貴重な魔術師をそう酷使はしない。むしろ兵士の命で賄った方が安上がりだ。
「じゃあ、普通に剣が倒せば良かったんじゃ?」
「この方が格好いいだろ?」
テオドールは呆れたように首を振った。ハルトはたまに少年のようなことを言うのだ。
「男の子だから格好つけなきゃ駄目なんだぜ?」
「虐殺に格好つけるのも糞もないとわたしは思うが」
「はっ、黙れ」
正論を言われたが、あったら使いたくなるものだ。