山田君の憂鬱
僕が通う高校は県内でも有数の進学校だ。
高校2年に進級した僕は、初めて、早苗さんの隣の席になった。
彼女とは小、中、高と一貫して同じ学校だ。元気で明るく、みんなから親しまれる彼女を見ているうちに、僕は自然と彼女の事が好きになっていた。だから今回、早苗さんの隣のになって、僕はとても嬉しかった。
ただ、僕はものすごく口下手なで、人と話すことがとても苦手だ。早苗さんとも仲良くしたいが、なかなか話題が見つからない。
どうしようかと悩むうちにも無情に時は流れ、気が付けば一週間が経過していた。この現状を打破するにはどうしたらいいのだろう。僕はありったけの自分の感覚を総動員して、普段は気にも止めないはずの情報にもアンテナをはった。
そうして見たところ、僕にある名案が浮かんだ。もしも僕が、突拍子もないことをすれば、その変化に気付いて、話しかけてくれるのではないだろうか。
……うん、いいぞ。これなら口下手な僕でも話題を作れそうだ。僕がそう考えていたとき、早苗さんと千恵さんの会話が聞こえてきた。
「……仲良くなるには、自分をアピールして、他の子よりも目立ったことをしないとね。」
ああ、僕と似たような考え方をしている人がいる。でも何の話だろう。マニキュア?
……もし僕が突然マニキュアをしてきたら、その違和感は半端ないはず。いける、何かいけるような気がしてきた。早速、明日実践しよう。……でも、ドキドキするな。もし嫌われたらどうしよう。……いや、このまま何もしないでいるよりは。全然マシだ。
明日、僕は変わるんだ。
決意の朝。
僕は両親が仕事に出掛けたあと、母さんの化粧箱を物色した。何か色々あってよくわからない。これ、何かテレビで見たことある、これかもしれない。グロス?マニキュアの名前かな?まあ、いいや、これで。
……うわ、何か、すごくキラキラしてる。全部の指に塗っちゃったけど、大丈夫かな?
……駄目だ、見れば見るほど気持ち悪いや。やっぱり、全部落としていこう。
もうこんな時間か……。余計なことしたせいで遅くなっちゃったよ。早く学校いこう。
教室に入ると、もう先に来ていた生徒がいた。クラス替えがあってからまだ一ヶ月もたっていない事もあって、僕はまだクラスメイトの名前を覚えきれていない。たしか、あの人は佐藤君?いや、山口君だっけ?あれ、誰だっけ?
考えている内に、いつの間にか、続々と人が集まってきた。こうなってくると、もうわからない。クラスメイトの名前ぐらい早く覚えないとな。そう思っていた時、
「おはよう、山田君。」
後ろから、早苗さんが声を描けてきた。
早苗さんに挨拶をされる事などほとんどなかったので凄く焦った。勿論、とても嬉しい。でもどうして急に?
僕はチラッと早苗さんを見た。……めちゃめちゃこっちを見てる。なんだろう。逆に怖い気がする。何でもないという風に手をふっているけど、見られ方が尋常じゃない。マニキュアはおとしてきたし。
……あれ?何かキラキラしてる指がある。……うわ、一ヶ所おとし忘れた。きっと原因はこれだ。参ったな。もう授業始まっちゃったし。どうしよう。
……待てよ。でもこれはチャンスかもしれない。これだけ早苗さんに意識されるのは凄く珍しい。もしかしたら今後もこんなことはないかもしれない。ここでビシッと男らしくきめれば。
「この問題わかるやついるか?」
今だ。僕は男らしくビシッと手をあげた。早苗さんも見ている。でも心なしかとても残念そうだ。何故だろう。先生に指されなかったからかな?
「この問題……。」
もう一度。僕はビシッと手をあげた。
あっ、しまった。こっちの手はマニキュアが塗ってある手だ。でも一度あげた手を下げるのは男らしくないし。
……しょうがない、奥の手だ。僕はマニキュアを隠すように。手をグーにした。……しかし、今回もあてられることはなかった。奥の手までだしたのに。早苗さんはやはり残念そうだ。
結局いいところがないまま授業が終わってしまった。せっかくのチャンスだったのに。……やっぱり駄目だな。
「山田君。」
早苗さんが声をかけてきた。何だろう?と思って振り向くと、
「明日も頑張ろうね。」
思いがけない言葉に、僕はまた頷いた。……心を読まれた?いや、それよりも、まだ今日が始まったばかりなのに明日って?よくわからないけど、今までよりも少しだけ距離が近づいたような気がした。
その日はそういう事もあって、なんとなく、いい気持ちで終わることができた。勿論、マニキュアはその日の内に洗い流した。