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影と光のガイドポスト  作者: 黒白紫苑
ギルド加入編
9/9

シオン、キレる。



「……どうしたの? 何だかげっそりしてない?」

 ブラッドに呼ばれて再び団長室に入ってきたアスカが、開口一番シオンを心配する。無理もない。シオンは明らかにアスカが出て行く前よりも強烈に負のオーラをまとっていた。

「俺……マジでこのギルド入りたくない……」

「何があったのよ」

「ロードライト副団長。人には踏み込んで欲しくない領域があるのだよ」

 なぜか、ブラッド団長が悟った表情でアスカを咎めた。

「お前が……言うなっ……!」

 シオンの力ない絶叫に、アスカは余計にハテナを増やした。



「冗談はここまでにして、本題に入ろう」

 表情と雰囲気を改めたブラッドに、アスカは表情を引き締めて直立する。シオンは何がそうなったのか床に腰を下ろしてくつろいでいる。生真面目なアスカも、シオンの生気のない表情に哀れみを覚えて特に何も言わなかった。

「シオン君。君には早速だが、初任務を行なってもらう」

「あ……? 任務?」

「そうだ。君には、奪われたデバイスの回収を命ずる。それが終わるまで、シオン君は仮団員として扱い、指導役としてロードライト副団長を付ける」

 不意に向けられた矛先に、アスカが大いに慌てた。

「団長、私には巡回の仕事が――」

「シオン君の指導役の期間は巡回の任を免除する」

「で、でも……」

 もちろん、今ブラッドが言った言葉には、全て強制力がない。少なくとも、ブラッド自身はそう考えている。しかしアスカはその性格ゆえに、上官の命令に逆らうという選択肢がなく、シオンは、そもそも何も知らないので逆らうという選択肢がなかった。

 もっとも、シオンの場合は逆らう気力も無かった、というのが正しいかもしれない。

 ともかく、この任務、断るという選択肢は、二人には存在しない。

 それを分かった上で“命令”を下したブラッドは、やはり腹黒である。

「それはいいけどよ、仮団員ってどういうことだよ」

 無気力に、だが鋭くシオンがブラッドの言葉を指摘する。わざわざ明言するということは、聞き逃していいワードではない可能性が高い

 満足気な顔でブラッドが頷いたことで、可能性は確実に変わる。

「いい質問だ。仮団員とは、ブラッド騎士団の団員が本来持つ権利を一切持たないが、所属だけはしている団員のことを指す。つまり、君に誰かを捕縛する権利はないし、他人の罪を断罪する権利も存在しないという事だ」

 興味なさげに聞いていたシオンが、僅かに表情を曇らせる。

「でも所属はしてる、ってことは、義務は発生するんだろ?」

「……今度こそ、本当にいい質問だ。その通り、君には他者を捕縛する権利はないが、犯罪者から市民を守り、また犯罪行為を阻止する義務がある」

 流石のブラッドも、やや驚き顔だ。よもや、気力ゼロのシオンにそこを指摘されるとは思っていなかった、と彫りの深い痩せ顔に書いていた。

「はぁぁ……メンドクセ。つーか、捕まえられないのに、犯罪者は見逃すなって矛盾してね?」

「その為に私が“指導員”として付くんでしょ。全く、面倒臭いは私の台詞よ」

「なーるほど、それはそれはお疲れ様です」

「殴るわよ」

 アスカの割と本気めのお叱りにも、今の(無気力な)シオンには効かなかった。はーどっこい、と年寄り臭い気合を入れて立ち上がると、パキパキと肩や首の骨を鳴らして体を慣らす。

 そのままストレッチに移行し、存分に体をほぐすと、いつもの不敵な笑顔になってもう一度コキリと首を鳴らした。

「ま、俺には関係ないけどね」

「ふむ、どういう意味かね?」

 聞き返すブラッドにシオンは、

「ナイフ持って暴れてるのが居りゃぶん殴って捕まえるし、罪人も俺の判断で裁いたりする、って意味」

 ニヤリと口元を歪めながら、挑発じみたセリフを吐く。

 言うだけ言うと、シオンは体を反転させてそのまま出ていこうとする。

「それは――――」

 呼び止めるつもりで放たれたブラッドのセリフは、シオンに遮られて最後まで続かなかった。

「へーきだって。なにせ、怖いこわーい“指導員”様が付いてんだから、無茶はしないさ」

 振り返らないで扉を開けながらそう言い放ったシオンに、ブラッドは思い直して何も言わないことにした。

 小声で「人を乱暴みたいに……」と呟きながら、アスカも一礼して出ていく。

 バタンと閉まった扉を見つめながら、ブラッドは浅くため息を吐いた。

「それはいいが、心当たりはあるのかね――っと、言おうと思ったのだがね」


 ――まあ、期待しているよ、シオン・シャドウハート。


 一人の部屋で、ブラッドは静かに、ニヤリと微笑んだ。


 ✽


 騎士団を出て空を見上げると、太陽がやや西に傾き始めていた。

 時刻は正午を少し回った辺りか。まだまだ日は高い。

「んあー……」

 間抜けな声を漏らしながら、シオンはさてどうしようか、と悩んでいた。

「何よ、阿保みたいな声出して」

 やや遅れて出てきたアスカが、気の抜けたシオンの顔を軽く睨みながら訊ねる。

「いやぁ……手掛かりねぇーのにどうしようか、と思って」

「……馬鹿、ね」

「うるせーよ」

 ギルドの正面にはフランジュ通りという大通りが伸びていて、様々な店が軒を連ねている。その通りを歩きながら、アスカは表情を改めて顎に手を添えた。

「手掛かり、って訳でも無いけど、貴方のデバイスを奪った犯人は分かってるわ。……多分、だけど」

「へぇ?」

「私が見たのは一瞬だったから確実じゃないけど、あの男は【ハンザ・ラナウェイ】っていうA級犯罪者よ」

 何か、物騒な単語が出てきたな、とシオンは内心で冷や汗をかいた。

「えーきゅう、ってことはかなりの極悪人だろ? そんなのが白昼堂々歩いてるわ人のもん盗るわってどうなんだよ」

 騎士団として、というセリフを省いた質問に、アスカは少しだけ表情を曇らせる。

「ハンザは、どちらかというと小悪党よ。最初は軽い窃盗や詐欺を繰り返す小物だったんだけど……逃げ足が早くて中々捕まえられなかった。

 そうこうしているうちに、徐々にあの男は強盗とかにも手を出すようになって、特にデバイスの盗難被害が悪化した辺りから、ハンザをA級指定の手配犯にしたんだけど……」

 そこで一度言葉を区切り、一層苦々しい顔になる。

「何が厄介って、あの男は顔が温厚そうなのよ。幾ら手配書を広めても、街の人は疑問には思っても通報まではしないの。きっと、似てるだけかって思っちゃうんでしょうね」

 憤りを抑えて語るアスカの話を聴きながら、シオンも自分のデバイスを奪った男の顔を思い出していた。

 確かに、どちらかというと人畜無害な商人、といった風情だった。何より、あの恰幅のいい姿に騙された人は多そうだ。とても犯罪者には見えない。

「ナルホドねぇ。しかし、だとすると難しいな。騎士団でも捕まえられない人間を、俺たちだけで捕まえろってこったろ?」

 シオンの心配はもっともだった。パッと数えただけでも、ブラッド騎士団には二十人以上の団員がいた。総数はもっと多いのだろうが、逆に言えば本部に残っているだけでもそれだけの数がいるのだ。

 そんな大所帯の組織が捕まえられない人間を、個人の力でどうにかしろと言われても無理な話だ。

「何か、いい策とかないのか?」

「無いわね」

 楽をしようという簡単丸見えの質問を、アスカはばっさりと切り捨てる。

 二人とも全くの無策。手掛かりは犯人の顔と名前のみ。――手掛かりとしては十分な気もするが、なにせシオンは捜査の素人、アスカに頼るほかないが、今まで捕まえられなかった人間を急に捕まえろと言われても難しいだろう。

「手詰まり、か」

 がっくりと項垂れる。別に騎士団入団はどうでもいいが、相棒とも言えるデバイス〈アルド〉を奪われたままではいれない。

「……これも、確証がない話だけど」

 よほど落ち込んでいるように見えたのか、アスカが自信なさげな声で口を開く。躊躇っているのは、今から話す内容がよほど信憑性がない、噂レベルの話だからだろう。

「ハンザは、裏で犯罪シンジケートと繋がっていて、多数のならず者を雇って何かしようとしている、って話もあるわ。その拠点として、アジトを造ったとも」

「んー……あんまり、役に立ちそうな話じゃないな」

「そう、かしら。案外、ならず者からハンザに辿り着くとか、あるかもしれないわ」

 小声でそう簡単に行けばイイけどな。と呟きながら、キョロキョロと周囲を探ってみる。特に何もおかしな所はない。

 ないはずなのだが。

「どうしたのよ」

 様子のおかしいシオンに、アスカが怪訝そうな顔で問う。

 しかしシオンは副団長を無視して、気配を尖らせる。確かに、複数の気配がある。だが、どこにも気配の主は見当たらない。人通りの多いところを歩いている時は気にならなかったが、ここフランジュ通りは割と閑散としているため、違和感に気が付いた。

 ――地下か?

「なぁ、アスカ――副団長。ここらへんって、地下あるか?」

「地下?」

 突然の意味不明な問いかけに、アスカは一瞬ほうけたが、すぐに真面目な顔で記憶を探る。

「いいえ、ないはずよ」

 その答えに、シオンは顔を少し曇らせる。

「んー……気のせいか? でもなぁ……地下じゃない、とすると……」

 ブツブツとつぶやき始めたシオンを始めは黙って見守っていたが、焦れたアスカは無言で近くの露店で二つ饅頭を買うと、シオンに差し出した。

「はいこれ」

「へ?」

 美味しそうな白い饅頭に、間抜けな声を出す。

「取り敢えずこれでも食べて、作戦を練るのはそれからにしましょう」

 笑うでも照れるでもなく、真顔でそう言うアスカに、苦笑する。

「ありがとさん。……ま、気のせい、か」

 最後に一言呟いて、シオンは饅頭にかぶりついた。



 日が落ちる。

 廃れた倉庫の上から沈みかけた夕日を見ながら、シオンはこの街の欠陥をひとつ発見していた。

 壁が高くて、夕日が遮られる。

 もったいねぇなぁと思いながら、倉庫から飛び降りる。すたっと音も無く着地して、暗い空間に目を慣らす。

 あの後、二人は特に策も思いつかなかったため、仕方なく二手に分かれて探す、という作戦に出た。

 街の地形が分からないシオンは適当に建物の上に登って駆け回っていたため、気が付いたらこんな場所に来ていた。

「帰り道はどっちかなーっと」

 薄暗い、廃棄された倉庫群。

 蒲鉾形の大きな倉庫の間を歩きながら、師匠から授かった困った時の心得を思い出す。

『道に迷った時、そういう時は人に聞くのが一番だが、無理な場合もある』

 周囲に人の気配は、全くない。

『だったら話は簡単だ。壁を壊してでも、直進しろ。そうすればどうにかなる』

 ――直進ねぇ。流石に、壊すのはまずいか。

 そう考えながら、果たしてこの助言は信じるに値するかと考えて、答えが出る前に考えるのをやめた。

 多分、役に立たない。

 そう思いながら、シオンは直進を続ける。

 壁があれば飛び越え、建物があれば登り、建物の屋根から屋根へと飛び移る。適当に直進していると、不意に足下の方から話し声が聞こえてきた。

 時間帯のせいか、周りに人はいない。どこかもわからない住宅街らしき場所で、音を立てないように話し声を盗み聞く。

「聞いたか? 何でも、アレが完成したらしいぜ」

「あれ? ってああ、あのグローブか」

「そうそう。しっかしハンザのおっさんもスゲェよな。本人はただのおっさんなのに」

 ハンザ、という名前に、シオンの耳がぴくりと反応する。

「それに、アンリーの姐御もな。あの人にゃ敵わねぇよ」

「ああ、あの人も性格があれじゃなきゃ美人なのになぁ。もったいねぇ」

「言えてる」

 けらけら、と男の笑い声が聞こえてくる。どうやら話題はそれてしまったようだ。

 さて、と。どうしようか。

 このままこの男たちを尾行するも良し。脅してハンザの居場所を吐かせるも良し。

 よし、後者にしよう。

「テメェら! こんなとこで何してやがる!?」

 そう決意したシオンの気勢を削ぐ形で、大きな声がハンザの名を出した二人の男たちに叩きつけられた。

「や、ヤベェ! 軍だぜ、逃げるぞ!」

「お、おう!」

 二人は声の主を確認すると、一目散に逃げ出してしまう。声をかけた人間も追う気はないのか、その場にとどまったままだ。

「……ちっ」

 舌打ちをして、シオンは下に――声の主の近くに降り立った。

「ん? なんだお前は。お前もアイツらの仲間か?」

 立っていた男は、体格のいい青年だった。見た目は地味だが、白と青を基調としたきっかりとした服は、デザインや色調こそ違えど騎士団の制服に似た気配があった。

「いや、ちげぇけどな。アンタのせいであいつらを逃したんで、文句を言いに来たんだ」

 剣を含む声に、青白服の男が少しだけ不快そうにする。

「逃がしたんだったら、追えばいいだろう」

 もっともだが、今のシオンにはそんな理論的な話は通じない。

 ――気に食わないな。

 この男は、あの二人が悪人、少なくとも負い目のある人間だと分かっていたはずだ。だから声をかけた。何より、自分たちで『ヤベェ』などと言って逃げる行為自体が、それを物語っている。

 軍、という単語も気になったが、それ以前に、相手を威圧するだけで見逃すこの男の根性が気に入らなかった。

 シオンは、キレやすい性質だった。

「じゃあ、お前はどうして逃がしたんだ」

「なに?」

 予想外の質問に、男が眉を吊り上げる。

「なぜ逃がしたんだって訊いてんだ。お前だって、あの二人が悪人だと思ったから声を上げたんだろ。じゃあどうして逃がす」

「ああ、そんな事か。答えは簡単だ。俺の仕事じゃない。悪人を捕まえるのは、騎士団どもがやってりゃいいだろ」

 事も無げにいう男に、シオンは聞えよがしにため息を吐く。

「お前、縦割り行政って知ってるか?」

「はァ?」

「いや、俺もよく知らねぇけど、師匠が言ってたんだよ。『それはうちの担当じゃありません』『ああ、それならあそこが担当ですね』『すいません、こちらに確認してきてください』ってな感じでたらい回しにされんだと」

「何が言いてンだ」

「俺はそういうのムカつくんだよ。自分は担当じゃない? だったら融通利かせろや。あそこが担当? 他のとこでも同じセリフ言われたわ! 確認してきてくださいだァ? テメェで確認しろ!」

「だーかーらー、何がいいたいんだ」

 いい加減、男はイライラしてきていた。見ず知らずの男が急に意味不明な話をし始めたら確かにイラつきもするだろう。

 だが、なぜかシオンの怒りはそれ以上だった。

「お前みたいな根性腐ったやつはぶん殴ってやるって言ってんだよ。悪人も、それを見逃す奴ももれなく同罪だボケ」

 シオンはファイティングポーズを取って、ボキリと首の骨を鳴らした。

「ほーう?」

 男は、額に青筋を浮き上がらせながら、背中の斧の柄に手を添える。

「おもしれぇ。退屈してたんだ、相手してやるよ」

 喧嘩っぱやい二人の男の間に、火花が散った。

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