クランク クランク?
「やあ、遅かったじゃないか二人とも」
「「…………」」
場所は再び団長執務室。下での出来事を知らないブラッドは気楽にそんな挨拶をしてきたが、シオンどころかアスカすらも無言で会釈しただけだった。
そんな二人の様子に疑問を抱いたが、ブラッドは面には一切出さずに会話を続けた。
「呼び出した内容は分かってると思うが、シオン君の今後の待遇についてだ。ああそうだ、一応の確認だが、ダンリー部隊長に余計な事は話していないな?」
ブラッドが口走ったワードに、二人揃ってぴくりと反応する。
ダンリー・ロウ。
彼のシオンとアスカからの評価は、半端ない二面性男、であった。
二人はブラッドとの会話も放棄して数分前にトリップしていた――
――数分前、〈黒鉄塔〉前。
シオンが黙ったのを合図に、アスカはダンリーへ向き直った。
「ダンリー・ロウ。もう一度言うけど、先程不適切な表現が聞こえた気がするのですが」
ダンリーはまだまだシオンに言いたいことがありそうだったが、敬愛するアスカに話しかけられては、そちらに意識を向けざるを得ない。
「何の事か分かりかねます。ロードライト副団長」
「……その、親衛隊がどうこうと聞こえたのだけれど?」
親衛隊、という単語を口にするのが恥ずかしいらしく、少し目を逸らしながらアスカがさらに問い詰める。
「それのどこが不適切なのか、全く理解できませんが」
しかしダンリーは、堂々たる姿勢で言い切った。
蚊帳の外のシオンは、その姿にいっそ清々しさを感じつつ、面白そうなので事の成り行きを傍観することに決定した。口元が思わずニヤついてしまうが、今のアスカにそのことを認識する余裕はないだろうと判断して、無理に表情を引き締めようとはしなかった。
「不適切でしょうどう考えても! というより……いつの間にそんな変な集団を作ったのよ!」
もはや、アスカには副団長としての威厳を維持する余裕も無いようで、口調が砕けてきていた。
「ふっ、愚問ですな……。そんなの決まっておりますでしょう! 貴方様が騎士団に入団したその時にですよ!」
「どうして偉そうなのよっ! 即刻解散しなさい! 今すぐ! 即座に!」
「無理ですな。親衛隊の隊員は今や百を下りますまい」
うわーお、と感嘆の声を漏らしたのはシオンだ。
確かに、アスカは街中、否大陸中を探してもそうは見つからないレベルの可憐な美人だと言っても過言ではないが、どちらかというと怖ーい部分ばかりを目撃している気がするシオンは、いつの間にかアスカの美貌に対する感動を忘れていた。
――最初は流石にちょっと気後れした記憶があるけど、レイピアで突かれたり刺されたり斬られたりしそうになったからなぁ。
まあもっとも、怒った顔もまた美しいと思えるくらいの余裕はシオンも持ち合わせている。――その怒りが自分に向いていなければ、という条件が大前提だが。
その点、ダンリー部隊長改め親衛隊員は自分に対して怒り心頭のアスカの御尊顔すら堪能しているようだった。
もはや本物の変態……いや親衛隊だな、とシオンは感心した。親衛隊の意味はよく分かっていないが、とにかく感心はした。
「おい貴様、何を頷いている。貴様との話はまだ終わっていないぞ」
なので、シオンが腕を組んでうんうん頷いていたのは(意味を知らないが故に)素直な賞賛の感情のみがこもっていたのだが、何故かダンリーは不快そうな顔で睨みつけてきた。
「…………え? 俺?」
「貴様以外に誰がいる」
「ちょっと、それ以前に私の話も終わってないわよ!」
まるでこれにて問答は終了した、という雰囲気でシオンに向き直ったダンリーにアスカが怒るが、金髪ボウズの偉丈夫は爽やかな顔で右拳を胸に当てる騎士団の敬礼を返した。
「ご安心ください、アスカ副団長に悪い虫は近づけさせませんので!」
「どうしてそういう話になるの!? というかドサクサに紛れてファーストネームを呼ばないで!」
あくまで真っ当な主張をしているのだが、傍から見ると駄々っ子のように喚くアスカに流石にやや不憫さをシオンは感じたが、突然襟首をむんずと掴まれて、猫のように持ち上げられたせいでそんな感情は即座に吹き飛んだ。
「ちょ、なん」
「少し話をしようかシオン・シャドウハート。……拳でな」
「おい待てこの姿勢はフェアじゃねぇぞ」
問題はそこじゃない気がするが、シオンの感性はシミターの刀身くらいには湾曲しているので仕方がない。
「では、行くぞ!」
「おい聞けって! いいから離せ――」
ぶら下がった姿勢のままシオンがダンリーの腕を掴むのと、シオンの腹にロックオンしたダンリーが拳をスイングバックするのはほぼ同時だった。
そして――――
「や・め・な・さ・い!」
アスカがダンリーの後頭部を鞘に収めたままのレイピアで強打し、男二人の額が痛烈に衝突したのは、その直後だった。
悶える二人の内、シオンだけをずるずると引きずって〈黒鉄塔〉に運ぶアスカの目は据わっていて、なんの騒ぎだと近寄ってきた他のブラッド騎士団の団員は誰一人として声を掛けることが出来なかった。
そんなアスカに文字通り引きずられながら、ブラッド騎士団の副団長は意外に力持ち、と脳内メモに書き足したシオンなのだった。
「……どうかしたのかね。二人して遠い目をしているぞ」
一切事情を知らないブラッドに声を掛けられて、ようやく二人は嫌なトリップから引き戻された。
「い、いえ、何でもありません。……ただ、知ってはいけない事実を知ってしまっただけで」
「それは大丈夫なのか? まあ、君がそういうのならば構わないが……。それよりも、どうなのだね」
気を取り直して会話を元の軌道に戻そうと、ブラッドが再び問いかける。だがシオンもアスカも未だ微妙に軌道修正が完了していなかった。
「へ? どうって何がだ?」
本気で忘れ、軽く脳内の引き出しを探すが、どうにもダンリーとのアレコレを思い出したせいで全て吹き飛ばされてしまっていた。
マヌケ面で聞き返されて、ブラッドは呆れ気味にため息を吐いた。
「いや、何でもない。よく考えれば別にどちらでも問題の無い事だ」
そう言われては余計に気になるのが人間の性である。
が、今回はどうやら自分に非がありそうだと感じたので、シオンは自分の好奇心を押し殺した。
「さて――本題に戻ろうか。まずはシオン君、君は今現在を持って晴れて潔白の身だ。おめでとう」
「え、ああ、ありがとう? というか早いな」
「これでも色々とパイプを持っていてね」
事も無げにそういうブラッドに、シオンは内心かなり驚いていた。正直な話、自分の犯罪者というレッテルをどうにかするには二、三日掛かるだろうと思っていたのだ。お茶でもしてこいと言ったのも、何か策を考える時間をくれという意味だと思っていたので、こんなに早く自由の身になれるとは嬉しい誤算――などと考えていたのだが、
「そして、ようこそシオン・シャドウハート。今日から君はブラッド騎士団の一員だ」
――そうだった……!
完全に都合良く忘却していたが、ブラッドに言われてそう言えばそう言う契約だったと思い出した。
「まっったくもって……自由のみじゃねぇー!」
「おや心外だな。恐らくこのギルドは他のどのギルドよりも規則が緩いぞ? 望めば他所のギルドと掛け持ちも出来る」
衝撃の告白だった。
「そんなんでいいのかよ治安維持ギルド……」
「私としては“治安維持ギルド”のつもりは無いのだがね」
表情をピクリとも変えずにそう嘯くブラッド。
真顔の仮面に隠されたブラッドの言葉は、冗談なのか本音なのかの判断が付けられない。
「……おふざけはそれぐらいにして、何がそんなに嫌なのよ」
空気が泥沼にはまる前に、アスカが真面目くさった顔で話題の軌道修正を図る。シオンに向かって投げ掛けられたこの質問に、ブラッドも「私もぜひ聞かせて欲しいな」と興味津々の顔で乗っかった。
ギルドの2トップから『なぜ自分のギルドが嫌なのか?』と問われるという、ある意味極限の問い掛けにも、シオンはあまり臆した様子もなく理由を語った。
「だって……装備が真っ赤で派手じゃん」
子供の駄々のような事を言うシオンに、
「はあ?」
「……ふむ」
実はかなり期待して回答を待っていた二人は、拍子抜けというか肩透かしというか、その手のガッカリ感と意外感で何とも微妙な顔になった。
「装備が派手って……それだけ?」
「それだけとは何だよ! 大事だろ! 赤とか目立ちすぎで待ち伏せも出来ないじゃねーか!」
本気で馬鹿にした声で呆れられて、シオンがキレた。
「アンブッシュって……別に正面から戦えば良いじゃない。どうしてそんな卑怯な戦い方しなくちゃいけないのよ」
「俺は勝つ為には最善を尽くすタイプなんだよ。不意打ち、ブラフ、何でも使うね!」
シオン・シャドウハート。堂々と声高に卑怯なことを言い放つ男である。
戦闘巧者かつ強者なのは間違いないのに、時々ものすごく小物っぽくなるわね、とアスカは内心で肩を落としていた。
しかし――
「――ふふ、なるほど。確かに君の言い分にも一理有るな」
騎士団のトップ様には、何故かウケたようであった。珍しく本物の笑顔らしき物を見せるブラッドに、アスカの方が驚いていた。
「お、だろ? じゃあ――――」
騎士団長の笑顔に一瞬希望が見えたシオンだったが、次の瞬間ブラッドは大真面目な表情に戻っていた。
「だが、それとこれとは話が別だ。約束通りギルドには所属してもろうぞ?」
「……デスヨネ」
本気で落胆して肩を落とすシオンに、騎士団長はつかつかと近寄ってきて、その肩に手を置いた。
「君には期待しているよ。シオン君」
「あ、慰めとかじゃねーんだ……」
ツッコミにも元気がないシオンの姿に、アスカはひっそりと同情の念を抱いたのだった。
✽
――以下、アスカ退出後の団長室、会話と擬音多め――
「さてシオン君。女性も居なくなったことだし、脱いでくれ」
「……はい?」
「君の制服を作るために、正確な寸法が知りたいんだ。男同士、恥ずかしくはないだろう?」
「え、いや、まあいいけど」
ぬぎぬぎ。
「む? ……ほう、良い体だ」
「ちょ、あんまジロジロ見るんじゃねーよ。……ってなんでそんなとこ触ってんだよ!?」
「何を言っている。服を作るに当たって、ここは大事な場所なんだぞ」
「そ、そういうモンか……?」
「そう言うモノだ」
「……………………」
「……………………」
ベタベタ。さわさわ。
「……だからって、そんな全身ベタベタ触らんでも……
っていうか、触るだけで分かんのか?」
「ふっ、私を甘く見てもらっては困るな。
これでも筋肉には目がないのだよ」
「…………あれじゃないだろうな、なんだ、ゲイ? ってやつ」
「安心し給え。私は唯の、鍛え上げられた筋肉を見るのが好きなノーマルだ」
「(それは多分、ノーマルじゃないだろ……。このギルド……もしかして変人しかいない?)」
シオンは、数分前に出会った金髪ボウズ頭の団員を思い出していた。
「(やっぱ、このギルド入りたくねー……)」
先ほどとは別の意味で、肩をがっくりと落とすシオンなのだった。