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影と光のガイドポスト  作者: 黒白紫苑
ギルド加入編
5/9

アライアンス


 重い扉を開いた途端、強い白光に眼を襲われ、思わず顔をそらした。

 すぐに目が慣れて顔を正面に戻すと、全面ガラス張りの壁を背にした男の姿が目に映る。

 年の頃は三十前半か、もしかしたらもっと若いかもしれない。ダークグレーの髪は後方に撫でつけて固められていて、おかげで痩せた顔がよく見える。

 やや窪んだ(まぶた)の中の眼球にはコレといった感情を浮かばせず、しかし全体としては優しげな表情で来訪者――つまり俺――を迎え入れたこの男が、アスカの所属するギルドのリーダーなのだろう。威圧感はないがどことなく風格の漂う立ち姿だ。

 重そうな茶色い木の机の横に佇んでいた男は、不意に深紅の軽鎧をガシャっと鳴らして姿勢を正すと、右の拳を左の胸に当てた。

「ようこそ。私はギルド〈ブラッド騎士団〉のリーダー、ブラッド・J・アライアンスだ。良ければ君の名前を聞かせてもらえるかな?」

 騎士団ときたか、と内心で感心しつつ答える。

「俺はシオン・シャドウハート。よろしく」

「ほう。シャドウハートとは変わった姓名だな」

 何だか前にも言われたな、とデジャブを感じた。

 一日に二度も同じようなことを言われると、流石に少し不安になって訊ねる。

「なあ、それ副団長殿にも言われたんだけど、俺の名字ってそんなに変わってるのか?」

 ちらりと横目で斜め後ろに立つ少女を見ると、険しい顔で俺を睨んでいた。なぜだ。

 しかしその疑問が解決するより先に、ブラッド団長殿が鷹揚に頷いたので、意識をそちらに戻す。

「少なくとも私から見れば変わっている。君の名字には、普通は入っていない忌み詞が含まれているからな」

 知らない単語の出現に、おや? と首をひねる。

「イミコトバ? ってなんだ?」

「忌み詞っていうのは、特定の場合では避けられるガリア語の単語のことよ。例えば冠婚葬祭の時とか、名付けの時とかには特に忌避されるわ」

「そういうことだ。ちなみに忌み詞は具体的には悪いことや悪いもの、またそれを連想させる単語が該当する。闇を意味するダークや死を意味するデス……それと、影を意味するシャドーなど、だな」

「……俺、思いっきり該当してるじゃん」

 衝撃の事実に軽く打ちひしがれそうになる。そんな俺に微笑――やや苦笑気味――を向けたブラッドは、赤色のアイアンブーツを鳴らしながら移動して黒革の椅子に腰掛けると口を開いた。

「特にハートやロードなどと組み合わせることは絶対に避けられるのだよ。普通はね。なにせ、シャドウハートでは訳すと影の心、もしくは心の影という意味になってしまうからね」

「……普通、そこはフォローをするとこだろ。なんで追撃してくんだよ……」

 ブラッド・J・アライアンス。喰えない男だな。

 馴れ馴れしく接しても眉一つ動かさないあたり、相当人間ができてるのか特にプライドだの自尊心だのが高くないのか……どちらにしても、自分のペースを崩さなそうだし、やりづらそうな相手だ。

 ――コイツに協力してもらうのは難しそうだなぁ……。

 表情は動かさないように、心の中で嘆息した。


  ✽


 シオンの心内状況を知ってか知らずか、ブラッドはあくまで自分のペースで話を進める。

「さて、本題に入ろうか。シオン君、まず確認したいのだが」

 表面上は知りたくなかった事実を知らされて落ち込んでいる青年風のシオンを、底の知れない灰褐色の瞳で見つめる。相手の雰囲気の変化を過敏に感じて、怪訝そうながらシオンも意識をブラッドの話へと向けた。

「君が不法入国者であること。それと、ロードライト副団長に実力で勝っているというのは、事実かね?」

「……前者は事実だけど、後者は何とも」

 少しの間、どう答えるか逡巡したシオンは、少しだけ濁して答えた。その返答に、ブラッドと、アスカが片方の眉を釣り上げた。

「何とも、とは何とも言えないという意味、と考えていいのかな」

「それ以外に無いだろ?」

「イエスかノーで回答できる問答に曖昧な返答を返すのは感心できないわよ」

 平然と(うそぶ)くシオンに怒りを含んだアスカの叱責が飛ぶ。それでもシオンは物怖じせずに一瞬だけ横目でアスカを見ると、ブラッドの無機質な瞳を見返しながら言い返す。

「そんなことないぜ。少なくとも『実力が上か下か』ってのは、その時の状況やコンディションなんかで簡単に覆るもんだろ。だから何とも言えない。

 まあ、今この瞬間に勝てるかどうかなら、YESだけどな」

 そう言ってニヤリと笑う。

 当人を目の前にしてこの大胆不敵さは本物ね、と、受け取り方によっては馬鹿にされたアスカはむしろ呆れていた。そういう意味でなら本人が目の前にいるのにお前はこいつより強いのか? という内容を問うてきたブラッドも中々のものである。

 机の上で肘を付いて手を組み、組んだ両手で口元を隠しながら無表情に見つめてくるブラッドと、それを口角を上げたまま見下ろすように見返すシオンの間に沈黙が流れる。

 その沈黙を騎士団長が息を吐き出して破った。

「ロードライト副団長は王国内でも有数の実力者なのだがな。君より強いとなると、冒険者を含めてもトップランナー達くらいか?」

「……そう、らしいですね。私など彼らに比べればまだまだですが」

「謙遜も程々にな。度を過ぎれば敵を造るぞ」

「はいはい、仲睦まじく話すのも結構だけどさ、俺を挟んでやるなよ」

 いきなり二人の空間と化した空気を振り払うように手を叩いて間に入るシオン。呆れ声で言われてアスカは「そんなんじゃない!」と絶叫するが、シオンは分かった分かったとばかりに肩を軽くすくめるだけで受け流す。

 悔しそうに歯噛みするアスカとシオンを見比べて、今度はブラッドが空気から除外され、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。

 幸い(?)シオンはアスカと茶番を続ける気はないらしく、半ば無理矢理話題を元に戻した。

「それよりさ、さっき言ってたトップランナーって何なんだ?」

「ん? ああ、トップランナーというのは…………いや、シオン君がこの街で普通に暮らしていれば否が応にも理解するだろうからな、私が説明するまでもない。

 あくまで、普通に暮らしていければ、だがな。今の君には関係ないだろう? なにせ、不法入国者として追われる身なのだから」

 薄い笑みを浮かべて抉るように放たれたブラッドの言葉に、ぐ、と喉を詰まらせる。

 まったくもって真理である。今この瞬間も門番含めた衛兵の数人は彼を探して街中を走り回っていることだろうし、何とかしなければトップランナーがなんだと言っている場合ではないのだ。

 しばしの間、シオンは葛藤した。頼みの綱は、限りなく細い。少しでも引っ張ればちぎれそうなこの綱に縋っていいのかと、悩む。

 ――いや、違うな。

 ――俺にはもうほとんど選択権なんてモノはないんだ。

 ――だったら、もう、迷う段階じゃない。

 あとは、賭けだ。常識的に考えれば勝ち目など九分九厘ないが、残りの一厘に賭けるしかないのだ。

 シオンはこの部屋に入ってきてから初めて真に真剣な表情になり、強い意志を込めてブラッドの灰褐色の瞳を射抜いた。

「そのことで、頼みがある。アンタにゃ駆け引きだとかはあんまし意味なさそうだから直球で言うけど…………俺に協力してくれ。俺はなんとしても不法入国者の汚名を返上したいんだ」

 ジッと、ともすれば義眼なのではないかと思うほど感情の映らない瞳と視線を合わせ続ける。

 実を言うと、シオンは彼と対峙したその時から内心で僅かに(おそ)れを抱いていた。表情や口調には様々な色――感情が浮かぶのに、その実内面では何も感じていないかのような無機質な瞳は、シオンにとって未知の存在と相対したような感覚だった。

 その感覚は、自分の世界の半分を構成していた人物あってのものだ。彼の感性豊かな性格を知りすぎるほど知っているせいで、無感情という言葉がぴったりなブラッドはシオンにとって理解できない生き物として映っていた。

 そんな、簡単にいえば苦手な人種相手に視線を合わせ続ける行為は想像以上に辛い。

 しかしそれでも、自分の苦手意識と戦うだけで普通の生活が手に入るのならば、安いものだとシオンは考える。

 ――確率が限りなく低いという事実は今この瞬間だけは忘却の彼方に飛ばす。そんなマイナス方向の思考をすれば目を逸らしてしまう。

 時間にして10秒ほどの間、二人は一言も発さずにただ視線をかち合わせ続けた。シオンの方は全意志力を振り払って眼力だけで打ち倒すくらいの気概で鋭くにらみ続けるが、ブラッドからはなんの気配も感じられない。

 後ろで所在無さげに立つアスカがそろそろ何か言い出しそうになったとき、不意にブラッドが組んでいた手を解いて背もたれに深く沈み、団長室にギィィと軋む音が響いた。

「私はこのギルドのリーダーであると同時に創始者でもある」

 唐突に話を始めたブラッドに疑問を抱きつつも、シオンは意識を話に集中させる。

「このギルドは、特に治安維持のためなどという理由で発足させたわけではない。結果的(,,,)にそう(,,,)なった(,,,)だけなのだ。私がギルドに求めたのは自由に活動することだ。つまり、私はギルドの現状に何も言及はしないし修正も行わないが、私自身も今のギルドの活動指標に縛られる必要がないということだ」

 頬杖をつきながら薄く笑うブラッドは、顔そのものがどこか薄っぺらいせいか、やけに冷たく人の目に映る。アスカが僅かに顔を逸らしたが、シオンはその事に気がつかなかった。

「シオン君、君の要求を受け入れよう。ただし、条件が一つある」

「――――条件?」

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、俺には選択権はないのだ、と頭の中で言い訳のように呟きながら聞き返したシオンに、どうみても悪人面の笑みを浮かべるブラッドが、一際強く輝いた太陽の逆光を背負ってシルエットになる。


「君には我が〈ブラッド騎士団〉に入団してもらう。それが条件だ」


 シオンが眉間にしわを寄せ目を細めたのは、太陽光に目を刺されたことだけが理由ではなかった。

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