08.盗賊団2
「それじゃ、いっちょ派手にいきますか!」
剣を持った腕をぐるぐる回しながらソフィは軽快に言い放った。
砦の入り口付近で辺りを警戒していた盗賊がこちらに気付く。
一応、警戒はしているようだが、特に行動を起こす事はなかった。どちらかというと、いぶかしんでいるご様子。そりゃね……。女の子一人で盗賊団の砦に突撃してくるなんて誰も思わないよ。
盗賊との距離が徐々に縮まる。流石に盗賊も腰に差していた剣を手に取り、応戦の構えを見せている。
「おい。止ま……」
トンッ。ソフィの身体が宙を舞う。
落下の勢いに身を任せながら身体を横に一回転させ、その勢いのままに剣を水平に薙ぐ。
盗賊も咄嗟に反応し、ソフィの一撃を剣で受け止めようとした。
鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響き渡ると同時に、剣を持つ手に強い圧力がかかる。
圧力に対して押し返すように、剣を持つ手に力を込め、一気に振り抜いた。
「なっ……」
一撃を受け止めた盗賊の身体が、か細い声を発すると同時に浮き、中庭まで吹き飛んだ。
カンッカンッカンッ……!。突如辺り一体に大きな鐘の音が鳴り響く。どうやら他の見張りがこちらに気付き、鐘を鳴らしたようだ。
「気付かれたか!」ソフィは目を見開き、驚愕の眼差しで鐘を鳴らしている盗賊を睨みつけた。
僕も同様に目を見開き、驚愕の眼差しで見据えた。見据えた先はソフィだけど……。「本気で言ってるの?」という言葉を必死に飲み込んだ。
まあ、今は剣の状態だから、目なんて無いんですけどね。あれですよ、あれ。心の目です。
「いちっ!」
突然、ソフィが外壁の角を目がけて剣を薙いだ。
石の砕ける音と共に石欠が飛び散る。柱には大きな窪みが出来ていた。
「にいっ!さんっ!しっ!」
掛け声と共に先程とは少し上の部分目がけて順次、剣を薙ぐ。
「ごっ!ろくっ!」
五回目、六回目はジャンプしつつ、届く限界の位置まで窪みを作る。
『まさか……。登るの?』
「とーぜん!」
中庭を見ると、盗賊が数名こちら目がけて走っていた。
ソフィは作った窪みに手を添え一気に登り、最後の窪みに手を掛けると同時に、腰に差していた鉄の剣を抜いて手の届く限界の場所に突き刺した。そしてそれを足場に砦の外壁を登りきる。
柱に突き刺した剣は放置したまま、一気に走った。
中庭に目をやると、盗賊が驚いた様子でこちらを見ていた。……そりゃ驚くよな。
ソフィは鐘を鳴らしている盗賊目がけ一気に距離を縮めていった。
『ソフィ!梯子!先に梯子』
僕の声に反応したソフィは急ブレーキをかける。そして中庭から外壁に登る為の梯子に目を移した。
「あれを壊せばいいのね?」目が爛々としている。
『壊さなくてもいいから!あいつらが登って来れないようにするだけでいいから!』僕は必死になって答えた。……必死です。
ソフィは梯子までたどり着くと、おもむろに梯子を掴んだ。
……掴む?
中庭に目をやる。盗賊が梯子目がけて走ってきている。
砦に目をやる。砦の二階部分からも盗賊が現れ、こちら目がけて走ってきている。
鐘を鳴らしていた盗賊も鐘を鳴らすのを止めて剣を抜き、こちらに向かって走ってきている。……あいつが一番近いな。
『ソフィ!早く!梯子と踊り場を繋いでる部分を切って梯子を落とすだけでいいから!』
「うるさい!」怒られた。
僕が次の言葉を発そうとした瞬間、ミシミシと鈍い音が聞こえたかと思うと、木の割れる音と共に梯子が中央付近から真っ二つに割れた。割れた……。まじで……?
ソフィはそのまま梯子を一気に持ち上げると、鐘を鳴らしていた盗賊目がけ投げつけた。
目を点にしている盗賊に梯子が見事に命中し、梯子共々、外壁の外に消える。
「よしっ!」よしっ!じゃないから!ガッツポーズ取ってる場合でもないから!!
頭が……痛い……。
僕は端的に聞いた。
『火の民ってみんなそんなに力強いの?』
「いや、私だけ」
即答。
うん、そうだよね。そうであってほしい。僕は切に願った。
中庭の盗賊は、梯子から登るのをあきらめたのだろうか、砦内部に消えて行き、そのうち何人かは弓を持って再度中庭に現れた。
『矢に気を付けて』
「了解」
僕の言葉に短く返事する。
「じゃあ。いってらっしゃい!」
『……え?』
僕がその意味に気付いたのは、ソフィが全力で振りかぶり、剣を中庭にいる弓隊の中心に投げつける直前だった。
空気を裂く音が聞こえた後、地面を裂く音が中庭に響く。
着地を確認した後、僕は人の姿に戻り腰に差していた鉄の剣の一気に引き抜く。
引き抜く過程で一人、返す刀で一人。
二人の盗賊が切られた事により、他の盗賊も僕の存在に気付く。
弓を捨て、剣に持ち替えようとする隙を見逃さず、一気に距離を詰め、一太刀、二太刀と剣を振るう。
あと……三人!僕は斬りかかってくる盗賊を身体をひねって躱し、その勢いのまま、身体を回転させ剣を薙いだ。
あと……二人!盗賊を見据える。そこには、地面に倒れこむ盗賊とソフィが佇んでいた。
手のひらを上にして腕を突き出し、にやりと笑いながら指をくいっくいっと動かした状態で――
「あれ……?なんで降りてきちゃったの?」
外壁を見上げると、盗賊が顔を真っ赤にして怒り狂っているのが見えた……。
開けっ放しだった正門から砦内部に侵入すると、外壁の方向から盗賊の足音と怒鳴り声が聞こえる。
「クソッ!ふざけやがって!」「何なんだ!あのメチャクチャな野郎は!」
僕も同感です。
ソフィは一気に二階への階段を駆け上がった。
駆け上がった先、二階には十数人の弓を構えた盗賊が陣取っていた。限界まで弓をしならせた状態で。外壁からの足音も次第に大きくなってくる。……まずい。
『ソフィ!』
僕は咄嗟に叫んでいた。
「えー」
ソフィは残念そうな声を上げると同時に剣を宙に投げ、自身も小さく飛び上がる。
僕は人の姿に戻り、ソフィは刀となる。僕は、空中で刀を掴み、着地と同時に地面を蹴り、駆けた。
矢が一斉に発射される。「遅い」僕は全力で地面を蹴り上げ、弓隊の後方に向かって跳んだ。
身体をひねりながら着地しすると同時に刀を振るう。「まだまだ!」
二矢を打たせる暇も、剣に持ち替える暇もなく、数十人の盗賊は地面に伏していた。
『ちょっと!そこは代わりなさいよ!』
ソフィさんは激しくご立腹のようだ……。
「うーん……。じゃあ、あれお願い」
僕の眼には、外壁より戻ってきた盗賊が映っていた――
三階の扉を蹴破る音が響く。
目前に男が二人……。
僕は、限界まで目を見開いた――
「侵入者が一人と聞いていたから任せていたものを……。使えんクズ共め。」
中央のテーブル横のイスに座っていた大男が、ゆったりとした動きで立ち上がる。
「ヒッヒッヒ。お頭が不在でよかったですねぇ。こんな事が知られたら、あっしらもタダじゃ済まないですしねぇ……」
向かい座っていた小柄な男が、顔だけをこちらに向け、その蛇のような目でこちらを見据える。
身体が燃えるように熱くなり、鼓動がこの上なく早くなるのを感じる。
――あいつらだ……。