07.盗賊団1
『ほらほら!走った走った!』
刀となったソフィの声が僕の頭の中に響き渡る。
朝からずっとこの調子で走りっぱなしだ。確かに二人で歩くよりは早いけどさ……。
太陽が頂点まで昇り、少し沈みかけた頃だろうか。この調子で進めばもう少しで砦に着くな。と考えていた矢先、ソフィがおもむろに喋り出した。
『流石は風の民って言っちゃあれだけど、やっぱ速いわねー。風の民ってみんなこんなに速いの?』
「人にもよるよ」謙遜気味に答えた。自分の中では速さなら誰にも負けないと思ってるんだけど。
『ふーん』
一呼吸置いて。
『あんたさ、何で街まで行こうとしてたの?』
僕は少し悩み、
「ん~……。ちょっと……長くなるかもよ?」
記憶をたどりつつ、語ることにした。『じゃあ簡潔に』と言ったソフィの言葉を聞かなかった事にして。
「一通の手紙が始まりだった」
「風の民は狩猟を生業としていた民族だ。最近は街に拠点を置く人が多いけど、街を嫌い、未だ遊牧民として生きている人も結構いるらしい。
僕の家は街に拠点を置いていて、父は狩人、母は踊り子をしていた」
「届いた手紙は仕事の依頼だった。
街で近々祭りがあるので、祭りで出す食事用の食材調達依頼と、踊り子としての出演依頼だった。あんまり興味がないので詳しくは知らないんだけど、母はそこそこ有名な踊り子らしい。妹がいつも『私もお母さんみたいな踊り子になるんだ!』って」
「そして、その手紙には合わせて『よろしければ、ご家族で祭りに参加してください』と書いてあって。ご丁寧に街までの地図と道順まで添えてね」
「ほんとは父も行く予定だったんだけど、急遽仕事が入ったみたいで行けなくなったんだ。
出発同日の朝、依頼された食材や演舞に使う衣装と宝石、僕らの食料を積んでる最中、父が『母さんとルルの事を頼んだぞ』って。情けない話だよね……。何も守れなかった。ああ、ルルって妹の事ね」
「道中は穏やかだったよ、少なくとも始めはね。」
「出発してから三日目だった。突然、目前の丘から砂煙があがり、盗賊団が姿を現した」
「僕は剣を取り必死になって、戦った。――後は知ってるとおりだよ」
静寂の後、『そう……』と、短い返事が返ってきた。
思う事は色々ある。でも、もう不幸自慢はやめよう。まだ、やるべきことが残ってる。
僕は、走る速度を上げた――
あれからどれだけ走っただろうか。
目の前に石作りの砦が見えてくる。結構大きいな……、小さな村程度の大きさはあるんではないだろうか。
空を見上げ、太陽の位置を確認。まだ、日没まで時間があるな。予想以上に早く着いた。走りっぱなしだったしね。
『下ろして』ソフィの言葉に応じ、刀を地面に突き刺す。光と共にソフィがその肢体を現した。その視線の先には砦がある。
「ねえ、どうし 「よっし!突撃するぞ!」 よっか?」僕の声は見事にかき消された。律儀に握りこぶしを天高く上げて、突撃のポーズまで取っている。
突撃?今から?本気で?僕……ずっと走りっぱなしだったんだけど……。休み……なし?ちょっと涙目になる。
訝しげにしている僕をよそに、ソフィは後ろ手を組んで、くるっと半回転して僕のほうを向き、にやりと笑った。続け様に、手のひらを上にした状態で片腕を突き出し、くいっくいっと指を動かす。
「ん?」僕は意図が解らず眉を顰めた。
くいっくいっ。再度、指が動く。
「あんた疲れてるんでしょ?だから私が変わりに戦ってあげるから、早く剣になっちゃって」
ニコっと笑いながら目をキラキラ輝かせてソフィは言った。
うん。いい笑顔だ――
僕は意識を集中させ、自分の身体が剣に変わる姿をイメージした――
身体が光に包まれると同時に体全体を浮遊感が襲う。
――身体が……。熱い。
燃えるような熱さの中、僕の身体が剣に変わっていく事を感じる。
光が収まると共に浮遊感が消え、剣となった身体が落下する――
ソフィが、落下する僕の柄を取った。
僕の意識の中心が、ソフィに移る――
この感じ……。慣れないな――。
「んふ~」ソフィのため息が漏れる。頬を薄い桜色に染め、目をキラキラ輝かせ、いたくご満悦の様子だ。
剣を手の上で転がしたり、ぽんっぽんっと左右の手で持ち替えたりしてしばらく遊んだあと、両手で柄をぎゅっと握り、ブンっブンっと何度か素振りをし、今度はにかっと笑った。
うん。嬉しそうだ――
「確かに、普通の剣よりは若干重いね。好み的にはもうちょっと重いほうがいいんだけど」何とかならない?……と。何ともなりません。
「大きさも、もっと大きくてよかったな~。憧れない?自分の身の丈以上の大剣をぶん回すのって。身の丈の倍はあろうかと思われる大剣を、棒切れの如く振り回す少女!どうよ?」憧れねーよ。そして怖えーよ。
「こらー。何か返事しなさーい」頬を膨らませながら剣をちょんちょんっと突っつく。
うん。あざとい――
『ノーコメントで』とりあえず明言を避けた。ソフィは返事があった事自体が嬉しかったらしく、膨らませた頬を元に戻して、また笑顔になった。
「じゃー行きますか!」
ソフィが砦に向かって歩き出す。
堂々と。
真正面から――。
え?本気ですか?ソフィさん……。