05.野党討伐2
青い空が徐々に茜色に染まる中、ルシルさんとソフィは野営地に向かい歩いていく。
「そろそろ日も暮れるな。せっかくだ、片が付いたらここで宿を取るか?」
「冗談はやめてください。血生臭いとこで寝るなんて嫌です」
淡々と。まるで散歩でもしているかのように。彼女達は野営地の中へと入っていった。
「ほう。かわいいお客さんじゃねぇか」
野営地の中央に存在する焚き木に火を付けようとしていた大男が、彼女達の存在に気付き、近付く。
大男はしばらく彼女達を眺めると下卑た笑みを浮かべ「夜のお供でもしてくれるってのかい?」と言い放った。
きっと今のソフィの顔は凄いことになっているだろう。哀れみの顔か、蔑みの顔か。
こっちからは見えないんだけどね。
見たいような見たくないような。きっと見ないのが正解だと思う。
「ちょっと聞きたい事があってね。ここらで一番でかい奴隷商を教えてくれないかい」
いつもと変わらない口調。逆にそれが怖い。
「なんだ?人売りか?って事はそっちのガキは商品か?」
ソフィを見据えた大男の目が上下に移動する。品定めをするかのように。まるで舐めるかのような目で。
ソフィが堪えかねたのか後ろを振り向く。僕と向かい合わせの状況だ。
うわ……。
見たくないものを見てしまった。
ソフィの体が小刻みに震えている。
そしてその顔は、近付いてくる害虫を目前に、原型の残らなくなるまで踏み潰し、すり潰せるのを、今か今かと待ち構えているような……。
凄く、すごく楽しそうな顔だった……。
黒いよ……ソフィさん……。
夢に出てきそう……。あの振るえはきっと武者震いの類なんだろうな。と僕は勝手に納得した。
大男は大男でソフィが震えているのを恐怖からの震えと思ったのかニヤニヤ顔を浮かべている。
「どうだい?教えてくれるのかい?」
ルシルさんの問いかけに反応し、大男がルシルさんに視線を移した。
そして、同じように肢体を見回しその口を開いた。
「ああ、紹介してやるよ……。お前ら全員売り捌くときになあ」
大男の口元が歪み、黒い笑みを浮かべる。
まあ、予想どうりの展開か。と、僕は呆れた。
「まあ、そうだろうね」と、ルシルさんは淡々と答えた。
「ふふ……。ふふふふふふっ……。」
ソフィはニヤけるのを堪えてか、顔がちょっと引きつっている。
先程までの黒さはどこにも存在せず、頬が紅潮し、輝きに満ちたその目は、まるで初めておもちゃを貰った子供のようだった。
白いよ……ソフィさん……。
三者三様の反応を見せつつ、周りを確認すると、野党共が何人かがこちらに向かって歩いてきている。
4……6……9。9人か、多いな……。
「さあ、いくぞ。ソフィ」
ルシルさんの掛け声に「了解」と、応じたソフィの体を淡い光が包み込む。
光は次第に強くなり、やがて、収束する。
そこには一本の剣が佇んでいた。
僕は目を見開いた……。
薄い桜色の片刃の剣……。見蕩れてしまう程、美しい剣。
大男はその様に一瞬硬直し、直ぐに満面の笑みを浮かべ、声を張り上げた。
「魔剣か!女の魔剣!しかも刀ときた!これはいいぜ!」俺達にもツキが回ってきた。……と。
大男の言葉に周りの野党もいろめき立つ。
亡国の皇女様……。
魔剣となった皇女……。
ルシルさんの言葉が思い起こされる……。
次々を沸いてくる疑問に蓋をして、心の奥に仕舞い込んだ。
「考えても仕方の無い事だ」
考えたくないってのが本音だったのかもしれない。また……逃げたのであろうか……。
「考えても……。仕方の無い事だ」
再び自分に言い聞かせた。
ルシルさんが桜色の刀を手に取る。それに応じて野党共も各々の武器を手に持つ。
「相手は女と言えども魔剣使いだ。気ぃ抜くなよ」
大男が回りに向けて言い放つ。
空気が重い。
静寂――。
ふっ……。と風が動いた気がしたと思った瞬間。
大男の上半身が宙に舞い。一瞬の静寂の後、血飛沫が舞った。
「……ッ!!」
周りの野党の動きが止まる。
ルシルさんの動きは止まらなかった。
ルシルさんが剣を薙ぐと同時に野党が次々と肉塊と化す。
――軌跡は綺麗な赤色に輝き。
――風切り音は子守唄のような優しい音色で。
――溢れ出る血飛沫は夕日に染まった桜のように赤く儚く舞い散る。
まるで舞でも見ているかのような動きに見蕩れ、ただ見蕩れ、誰一人動くことはできなかった。
一人。血飛沫に舞い、怪しげな笑みを浮かべているルシルさんを除いて……。
「粗方、片付いたかな。」
血と夕日に染まる中、桜色に輝く刀を持ち、佇んでいるその様は、とても美しかった。
「!?」
僕は突如横からの気配を感じ、振り向く。
「……弓!」
野党が構える矢の先端は真っ直ぐルシルさんに向けられていた。
「気付いて……ないッ!」
僕は駆けていた――
野党の弓がはち切れんばかりに反り返る。反りが限界に達し、野党の手から矢が離れると同時に矢はルシルさんに向けて放たれた。
「届くッ!」
僕は腕を伸ばしながら矢の軌道上に飛び込んだ。
矢が肉を突き刺す鈍い音が体中に響くと同時に、手のひらが熱くなり、痛みが走る。
着地と同時に転がって受身を取り体勢を整え、一瞬の躊躇いの後、手のひらに刺さった矢を一気に引き抜いた。
「ッ・……」歯を食いしばり痛みを堪え、野党に視線を戻す。
「……二本目」
野党は続けざまに二本目の矢を構えていた。
「少年。これを使え」
後ろから声が聞こえ、あわてて振り返ると、そこには宙を舞っている桜色の刀があった。
地面を裂く音と共に刀が地面に突き刺さる。僕は一気に刀を引き抜いた。
「か……軽い!?」
手にした刀はまるで羽でも持っているかのように軽く、重さをまったく感じない。
『ぼさっとしない!来るよ』
僕の頭の中に声がこだまする。
「ソ……ソフィ……?」
もう何が何やらわけがわからなかった。
刀を握ると、矢傷から激痛が走った。
「ッ……。……大丈夫。僕は……戦える!」
野党に向かい、僕は全力で駆けた。
二本目の矢が放たれる。体を屈ませて矢を回避する。
「三本目は撃たせない!」
風となった僕は一気に野党との距離を詰める。
「あと一歩!」
屈んだ状態から右足を踏み込み、そのままの勢いで一気に切り上げる。
『あ、ちょっと!そいつ最後っぽいから生かしといて!』
鈍い音が鳴り響き、確かな手応えが手から体全体に伝わる。
血飛沫が散り。空に、野党の腕が舞った。
「少年。そっちの奴は生きてるかい?」
刀の剣先を野党に向けたまま、顔だけをルシルさんに向けた。
ルシルさんは、体の半分の大きさはあるであろう大斧を引きずりながら、こちらに歩いてきていた。
「ル……ルシル……さん?」
「ん?なんだい?少年」
「その……斧は……?」
「ああ、これかい?一番初めに斬った野党さ。」重くて使いにくくてさ…と。
よく見るとルシルさんがさっきまで居た場所の野党の死体が増えている。
突然、ルシルさんの持つ斧がボロボロと音も無く崩れだした。風化するように、何かに侵食されるように。
「これには意思を持つことを許可しなかったからね。まあ、魔剣の末路さ」
ルシルさんは淡々と語り、「君達は特別さ」と続けた。
『そろそろ開放してくれないかな?』
頭の中にソフィの声が響き渡る。
「あ、ごめん、えっと……どうすれば?」
『地面に刺してもいいし、放り投げてでもいいから、とりあえず手――離して。』
僕は刀を地面に突き刺した。地面を裂く音が響く――
桜色の刀が光に包まれ、ソフィが再び姿を現した――
「さあ、野党君。覚悟は……いいかい?」
ルシルさんはいつもと変わらず淡々と語る。
君にとっての地獄の始まりだよ。……と。