15.歌と踊りの街へ1
「で。これからどうするつもりなの?」
砦の屋上で、朝焼けに染まる太陽を眺めつつソフィが問う。
闇が光に染まり行く空の下、全てが茜色に染まる中で、風を受けて靡く髪を煩わしそうに片手で抑える。その横顔は夢現で、まどろむように儚く。僕の視界に移る全てが幻想的で、一枚の絵にしてしまいたいぐらいに僕の心を虜にした。
「……聞いてるの?」
視線だけ僕に向けて、瞼を半分落としてジロリと睨む。
「とりあえず、ルシルさんと合流しようかと」
ま、そうでしょうね。と、ソフィが小さく口を動かし、再び視線を太陽に向ける。
「行きましょう」
朝焼けを名残惜しそうに見つめ、静かに振り返る。下の階に続く階段を目指し、ゆっくりと歩みを進める。
後を追う様に僕も続いた。
外に出る頃には闇は完全に消え去っていた。痛い程に眩しく、青々とした空が広がっている。
雲ひとつ無い空を見上げ、目を細める。
一羽の白い鳥が、翼を羽ばたかせ、滑るように空を飛んでいた。
隣に居るソフィも僕につられて空を見上げ、その眩しさに目を細める。そして羨ましそうに、どこか憧れめいた表情を浮かべながら、空を自由に飛ぶ鳥を目で追っている。
鳥のように、翼が生えたかのように、自由に動く事が出来たら……。たしか、そんな事をソフィは言っていた気がする。
ソフィの過去に関わる事なのだろう。
いつかは、僕にその過去を語ってくれる時が来るのだろうか……。
予感めいた予測はある。
あの話をした時の、悲しみを携えたソフィの声。刀から伝わってきた後悔や悔しさの感情の断片。魔刀となったソフィと行動を共にする、魔装を作る事の出来るルシルさん。
これらを組み合わせて辿りつく答えの数は、そう多くはない。
きっと、軽々しく触れてはいけない部分なのだろう。
それに、今の僕にはソフィが語ってくれたとしても、答えが出せないと思う。
ソフィが語ってくれる、その時までに。僕は、僕なりの答えを見つけよう。
僕の視線に気付いてか、ソフィが空を見上げる視線を下げ、僕に目を向ける、
「……なにジロジロ見てんのよ」
あからさまに不快げな表情を浮かべ、体を少し引く。
この調子だと、語ってくれるのかどうか凄く怪しいな……。
そんな事を思っていると、顔が自然と引きつったのを感じた。苦笑い。そんな表情を僕は今、浮かべているだろう。
ソフィが此れでもか。と、いうくらいに眉を顰め、恐る恐る口を開く。
「……なに?」
言い終えるや否や、何かを思いついたのか、焦燥感を漂わせた表情を浮かべ、顔を赤くしながら言葉を捲くし立てる。
「ちょ……ちょっとあんたッ!まっ……まさか昨日のアレで、私が心を……いや、違う!気を……いやいや違う!ええっと……とにかく!とにかく何でもいいから!ちょっとでも。ほんのちょっとでも!私があんたを認めたなんて思わないで欲しいわねっ!」
顔を真っ赤にしながら怒声を放ち、親指と人差し指で極僅かな隙間を作って僕に見せ、目を限界まで細めて隙間を凝視し、”ちょっと”をアピールする。
昨日のアレ?なんの事だろう。ひょっとしたら膝枕の事だろうか。
そうやって必死になっているソフィがあまりにも滑稽で可愛らしかったので、思わず噴出してしまった。
僕が噴出した瞬間、ソフィの体が一瞬、ビクッと振るえ、怒りに慄く。目を大きく見開いて瞳の光を揺らし、歯を食いしばるようにギュっと口を結ぶ。風船に空気が溜まって行くように、怒りがソフィに充満していく。送風口より怒りが漏れないように、必死に口を閉ざし、耐えてるように見える。
「あ、いや、その……ごめん」
咄嗟に、取り繕おうと口走ってしまった。
怒りが充満する風船の破裂する音が、確かに聞こえた。
「ご……ごめんって何よッ!あ……あれは、わ……私が固い枕じゃ寝れないから!仕方なくッ!」
眉を中央に寄せ、眉間に皺を作る。唇を上に吊り上げながら、瞳の揺らぎを一段と大きくする。
ちょっとした事でムキになり、怒りを隠すこと無く顕にし、捲くし立てる。ソフィの姿が妹と被る。
ルルも、こうやってよく突っかかって来たよな……。その度にあしらったり、ちょっと意地悪してみたり。むくれながらも、最後には笑って抱き付いて来たりしたっけ。
もう少しだけ、待っててくれ。お兄ちゃんが、きっと助けてあげるから。
「ちょっと!何?あんた!なに黄昏ちゃってるのよ!なに?ちょっとムキになってる可愛い女の子を前に、クールに決めてる俺カッコイイ!とか思っちゃってるわけ!?」
ソフィさんは怒り浸透のご様子です。だが、自分で自分の事を可愛いと言いますか……。
ちょっとだけ。ちょっとだけ、からかってみたくなった。
「なら、ローブでも丸めて枕にすればよか――」
僕が最後に見た光景。ソフィの拳と、高速に回転する景色であった。
ソフィが勢いよく僕に駆け寄ってきた所まではいい。妹と完全に一緒だ。
その後、殴りかかるか抱きつくか。そこだけが違った。小さくて、大きい違い。
薄れ行く意識の中、大地から伝わる冷たさを感じながら、僕はゆっくり目を閉じた。
ちょっとの代償は……とてつもなく大きかった。