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14.盗賊団8


 誰から見ても致命傷と思われる傷を負いながらも、モルキーは僕達の前に立ちはだかる。全ては主を逃がす為に。


 トロルロフが立ち去る音を聞き遂げ”最期の仕事だ”と言わんばかりに低い唸り声を上げ、足を一歩前に踏み出す――。

 先程までの風の如き俊敏な動きは面影すら残っていない。泥沼を這うような歩みに、見ている僕のほうが、その痛々しさに顔を歪める。

 数歩、歩みを進めた後、膝から折れるように倒れ込んだ。

 それでも尚、立ち上がり、僕達を睨みつける視線を強める。


 僕の心に――締め付けるような鈍い痛みが走る。

 寒気に近い圧迫感が全身に押し寄せ、呼吸が薄く、浅くなる。


 こいつらは僕の家族を奪った奴等だ。倒さなくてはいけない”敵”だ。

 人の心を持ってない人間に、容赦などしてはいけない。

 そう、言い聞かせていた。

 剣を握る時も。剣を振るう時も。肉を裂く重みが、重圧が、剣を伝い、全身に響く時も。


『モルキー……済まない――』

 トロルロフが最後に放った言葉。不甲斐無さ、後悔、怒り、憤り。全が混じり合い、深い重みを伴った一言。

 人の心を持ってない人間に容赦は不要。


 では――。


 人の心を持った人間相手だったら、人の持つ優しさや温もりを相手が持っている事を知ってしまったら……僕は……。


 剣を……握っていられるのであろうか――。


「クルト」

 ソフィが短く、僕の名前を呼ぶ。

「あいつは、もう長くない」

 悠然と僕を見据え、腕を伸ばす。その表情からは感情を読み取れない。

「為らばせめて、私達の手で」

 全てを振り払うような、強き声が僕の心を震わす。

 その言葉には、ソフィが押し留め、押し隠した感情がはっきりと乗っていた。


 昔、父に言われた言葉を思い出す。

『我々は狩人だ。時には子を持つ獲物でも、容赦なく狩らねばならない時もある。

 必死で親は子を守るであろう。手負いに成ろうとも、死の瀬戸際まで追い詰められようとも。それでも尚、牙を立て、立ち向かってくる相手に対して、情けは侮辱でしかない。

 その時は、持てる全力で迎え撃ってやれ』


 ソフィを改めて見つめ返す。

 いつの間にか、全身を纏う圧迫感や寒気、息苦しさは無くなっていた。


 ソフィは……。強いな。


 突然、ソフィの顔が虚を突かれた様に呆け、目を丸くする。

「ソフィ……?どうしたの?」

 少しだけ目線を泳がせ、度惑った様子を浮かべながらもソフィは応えた。

「いや、あんたさ。そうやって笑えるんだ。って思ってね」

 視線を外し、伸ばした腕とは逆の手で頬を掻きながら、少し照れくさそうに。


 そうか……。僕は笑ったのか。


 僕は、ゆっくり目を閉じた。





 息を絶え絶えとさせながら、まるで僕達を見守るように佇んでいたモルキーに対してソフィが向き直る。

 その手に|漆黒に染まる剣(僕)を携え。


 ソフィが駆けると同時に、モルキーが吼えた。



 一筋の光りが走り、肉を裂く鈍く小さな音と共に赤き鮮血が舞う。


 低い唸り声と共にモルキーが両膝を付いて倒れ込む。力なく。崩れ落ちるように。

 溢れんばかりに体から滴り落ちる赤き涙がその流れを止め、その巨体が淡い光に包まれながら崩れるように塵と化してゆく。


 全てを見届けたソフィが僕を解放し、僕は人の姿へと戻る。



 モルキーが消え去った場所。虚空となった場所に、視線が無意識に移動する。


 君は……幸せだったのかい?

 消え行く間際に浮かべていた表情。確かに笑っていた様に見えた――。



 突如、ソフィが倒れ込む重い音が響く。


 脳裏に亀裂の入った刀の映像が過ぎる。背筋が凍りつき、冷や汗が頬を伝う。


「ソフィ!大丈夫!?」

 言葉と同時に駆け寄っていた。


「私は大丈夫だから……。あいつの後を追いなさい」

 僕を見据える目を細め、か細い声で声を紡ぐ。


 今から追えば、トロルロフに追いつくかもしれない。


 でも、ここでソフィを置いて行ったら後悔すると思った。

 何より、追うのが申し訳ない気がした。網膜に焼き付いたモルキーの最後の姿を思い浮かべる。


 きっと、追わない理由が欲しいだけなのかもしれない。

 ソフィは置いて行ったとしても何も思わないし、何も言わないだろう。逆に、追わなかった事に対して怒りを顕にするかもしれない。

 モルキーにしたって追わないでくれと懇願したわけでもない。追わない理由を彼のせいにしては、彼が取った行動が無意味な事であると言われてしまっても反論ができない。


 ただ、ソフィと二人で戦い。二人で生きて戦い終えた。大切な人を今度は守れた。

 その結果が、僕の心を優しく揺り動かす。ぽっかり空いた胸の穴に、確かに何かが埋まる。

 今は、この幸福感に身を任せていたい。


 漆黒に染まる黒き魔剣。

 死する時の思いが魔装として顕れるのであれば、この漆黒は、僕の心だったのだろう。

 絶望や復讐心に染まった心。自身の不甲斐無さを呪った心。


 その脆き心が色となり、剣に顕れたのであれば、いつかは、漆黒の魔剣は鮮やかな色を放ってくれるようになるのだろうか。


 結局の所、守ったとは言ったが、守られたほうが多い。

 今はまだ、それでいい。全てを守るなんて大それた事を言うつもりも、言う気もないけれど、目に届く範囲の大切な者が守れる強さを。

 僕は、手に入れよう。そう思った。


 その思いを、全て言葉に乗せ。


「大丈夫」


 そう、いった。


 僕の表情から何かを察したのか、視線を逸らせて数回瞬きをした後「そう」と、短くソフィは応え、再び僕に視線を向ける。

「私は、少し寝れば大丈夫だから」

 言葉を一度切り、少し恥ずかしそうに頬を柔らげる。

「あんた、傍に居るだけなんだったら……。膝……貸してくれない?」

 頬を桜色に染めて視線を泳がす。

「私……固い枕じゃ寝れないのよ」


 そっと、ソフィの近くに膝を付いて腰を下ろす。太腿の上にソフィの小さな頭が乗る。

「じゃ……少し寝るから。もう話掛けないでね」

 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな声で言葉を紡ぐ。

 そして、聞き取れないぐらい小さな声で「ありがとう」そう、言った。


 風穴が開き、吹き抜け状態となった天井を見上げ、僕は深く息を吐く。

 心はどこか落ち着き。澄み切っている。


 なぜだか、全てが上手くいくような。そんな気がした。



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