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12.盗賊団6


 腰を落とし、身を屈める。全身の力を適度に抜きつつも、どんな刹那のタイミングでも反応できるように足先まで神経を張り巡らす。

 捕食者が獲物に飛び掛るタイミングを計るように。獲物が捕食者と対峙するように。互いが互いであり、お互いが捕食者にも獲物にもなり得る状態が続く。

 緊張が一本の糸を引き合う様に張り詰める。徐々に張り詰めていく糸のテンションが最大に達し、悲鳴を上げ、限界点を越えた瞬間、音も無くそれは切れた。


 脱力状態から一気に脚に力を込め、飛び出すように勢い良く地面を蹴る。石畳を踏み割る音が響き、その感触が地面から脚を通して体に通じる。

 速さに身を任せ、真っ直ぐ、トロルロフと最短の道を駆け、距離を詰める。

 互いの距離が一気に縮まり、互いの死線を切る。

 刀を右に構え、柄を握り直し、持つ手に力を込めた。

「あと一歩」

 トロルロフは反応していない「今ならいける」最後の一歩に合わせ、上半身をひねり、刀を振りかぶる。


 ほんの少し、ほんの少しだけトロルロフの斧が動いた気がした。

 そう感じた瞬間、全身に凍えるような寒気。いや、寒気なんて生易しいものじゃない。体温が一気に反転するかのように、全身の血が抜けたかのように。息が――止まる。

『左に飛んで!』

 怒声とも思われる声が頭に響く。頭から全身に声と共に抜けきった血が駆け巡る。声に身を任せ、駆ける勢いそのままに地面を蹴り、左に飛んだ。

 崖でも抉り取るかのような一撃が暴風を伴い横をかすめる。

 冷たい汗が頬を伝う。空の彼方に居た竜が次の瞬間真横をかすめたような感覚。生きた心地がしない。一瞬たりとも、油断できない。

 飛んだ勢いを殺さず、軸足を中心に体を回転させ、纏わり着く様にトロルロフの後ろに回り込む。

「決める」

 トロルロフの真後ろまで回りこむと、両脚を開き、急停止をかける。停止でかかる惰性の一部を後ろに回し、半身引いて突きの体制を取る。

 前方。地面が爆ぜる轟音が、僕が先程まで居た場所から鳴り響く。トロルロフの振るった斧が地面を割り、その衝撃は砦全体をも揺るがした。

 暴れ馬に乗っているかの如く揺れる石畳に脚を取られ、つられて体勢が崩れてしまう。

 トロルロフの顔が半分こちらに向いたかと思うと、そのまま勢い良くコマのように振り返る。遅れて大斧もその動きに追随する。風を切り裂くように、うねりを上げて。

 石畳の揺れはまだ収まらず、体勢もくずれたまま――。圧倒的プレッシャーが目前まで迫る。

 ならばッ――。

 強引に体勢を崩し、身を屈める。地面に伏すように、地面を這うように。

 逃げ遅れた髪を大斧がなぎ払い、直後に暴風が吹き荒れる。

「ここだッ!」

 暴風に立ち向かう様に低い体勢のまま刀を構え、トロルロフのむき出しのわき腹目掛け突き出した。


 甲高い金属音と共に火花が散る。


 トロルロフは強引に肩膝を折って体勢を下げ、刀の突きを腕に付けた金属の防具で受ける。

 切先にまで神経を張り巡らせるように意識を集中させ、刀を持つ手に力を込める。

「ウォォォォォォオオオオオッ」

 刀が淡い桜色の光を発し、輝き出す――。

 刀を押し出すように、押し刺すように。低い体勢からバネが伸びるかの如く、体を伸張させる。


「チッ」

 トロルロフが鈍い声で舌打ちを発すると同時に桜色の光が爆ぜ、刀を受け止めた防具が金切り声を上げて砕けた。鉄片が飛び散る。巨体が宙に浮き、吹き飛んだ。

「行くよ」

 トロルロフを見据える視線を強めながら腰を落とし、脚に力を溜める。

 溜めた力を解放して地面を蹴り、吹き飛んだトロルロフを追うように駆けた。

 桜色の軌跡を一筋の光として残し、瞬く間に距離を縮める。


 トロルロフは吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、不恰好ながらも着地する。

 突進する僕を見据え、大斧を構えて迎撃体勢を取ろうと動く。


 跳べば届く――。


 その距離まで達した瞬間、僕は”手に持つ刀”を宙へと放り投げた。トロルロフ目掛けて。


 困惑の表情を浮かべながらトロルロフの目が見開く。


 僕も刀を追う様にトロルロフ目掛け、全力で跳ぶ。

 弧を描くように宙を舞う刀が光に包まれ、一人の少女へと移り変わる。少女は淡い桜色の髪をなびかせながら空中で姿勢を整える。

 意識を集中させ、一本の剣をイメージする。体が燃えるように熱くなるのを感じ、僕の体が一本の黒剣へと変貌する。黒剣へと移り変わった僕は、奇麗な弧を描きながら桜色の髪の少女、ソフィを追い抜く勢いで舞い飛ぶ。


 ソフィと僕の線が重なった瞬間、宙を舞う黒剣《僕》の柄を、ソフィが掴んだ。


 トロルロフの目が驚愕に見開き、顔が歪む。


「覚悟なさい」

 不敵な笑みを浮かべ、柄を両手で握り、力を込めた。


 落下の勢いのまま、トロルロフ目掛け剣を振りかぶる。

 トロルロフも応じるように大斧を構える。


 ソフィの言葉を思い出す。そして、復唱する。

 心を……通わせるように。委ねるように。精神を、意識を集中させる。ソフィの意識を受け入れるように。意思を受け取るように。


 漆黒の剣が黒い光に包まれる。深遠を思わせるような、全てを飲み込むような黒に。


「『ウォォォォォォオオオオオオおおおおッ』」

 ソフィと僕の声が重なり合う。

 墨でも振るったような黒い光の軌跡を残しながら、空間を裂くように黒剣が振り下ろされた。


 トロルロフが大斧が黒剣を受けとめる。

 鼓膜を破らんばかりの巨大な衝撃音が一面に轟く。衝撃波が二人を中心に風となって広がり、辺りに吹き荒ぶ。

 黒剣と大斧がひしめき合う。黒剣の光が増すにつれ、石畳が悲鳴を上げ、割れ、潰れ、トロルロフの身体が地面に沈む。


「――――――ッ!!」

 声にも成らない声を上げ、歯を食いしばる。剣を握る手に力を込め、一気に振り抜こうとする。

 トロルロフの大斧を持つ手が次第に下がり、斧と体の距離を縮めていく。

 大斧から鉄の鳴く悲痛な声が上がり、トロルロフの表情に焦燥感が漂う。


 全てが緊張しきった中で一番初めに限界を迎えたのは、足場となっている石畳であった――。



 石畳がひび割れる鈍い音が響いたかと思うと、巨大な崩壊音と共に、足場となっていた石畳が崩れ落ちた。



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