上山家・坂本家の場合 1
『…お客様にご案内申し上げます。只今より、一階、ガーデンチャペルにおきまして
上山家、坂本家、ご両家様の挙式を執り行ないます。ご参列のお客様は
一階、ロビーまでお越しくださいませ。繰り返しご案内申し上げます…』
憂いを帯びた、女性のアナウンスがホテル中に響き渡った。
アナウンスに従うように、シルケット加工されたカクテルドレスを着飾った若い女性たちが
にわかに移動を始める。その後に続いて一張羅で決める若者たち。
さて、アナウンスが終わったらすぐに親族・新郎新婦を案内しなければならない。
その前に、インカムで式場前にいるスタッフに連絡を入れなければ。
ホテルという手前無茶なダッシュはできないが、競歩並みのスピードで
下るエスカレーターをさらに駆け下った。
「ただいま上山・坂本のお客様下ろしました…開場準備お願いします!」
最近はホテルウェディングが減ってきたとはいえ、やはり土日のピークは衰えない。
ここは県内でも有数のホテルに名を連ねる…とまでは行かないが、二流には入るだろうという
「アクア・コロナキャッスル」。
五月・六月ともなればブライダル真っ只中なのだ。
私はここで宴会サービススタッフのアルバイトとして働いている。
宴会といっても、どこぞの会社のオヤジ達の立食パーティーやら、還暦祝いの和会席やら、
結婚披露宴まで、かなり幅広い作業をこなす。
サービススタッフの中でも私は、滑舌の良さを推薦されて「式案」という仕事も傍ら
アルバイトをしているのだ。
「式案」と言うのが、今私が慌しくこなしている、この仕事のこと。
「お待たせいたしました。それではチャペルへご案内いたします」
はっきり言ってこの仕事は、挙式が始まるまではほぼ走りっぱなし。
今日だって一階のチャペルから五階にある控え室までを何度往復したことだろう…。
けれど、この瞬間のためならば私はそんな苦労は知ったことじゃない。
そうこの、バージンロードへの扉を開ける瞬間のためなら。