番外編 とある学校のとある生徒会長
緋色の夕日が、人気のない教室に奔った。
演出されるは、劇的な無音に机の影が乱立する朱色の空間。例えるなら、恋愛漫画やドラマのワンシーンにあるような甘酸っぱい男女の告白現場。
そんな放課後の教室に、僕はこの学校の美人生徒会長に呼び出された。今まで女の子に告白された事もなく、彼女もできた事がないこの冴えない僕に対し、生徒会長は何やら口を濁らすように身を縮めている。会話を交わすにしては少し遠い距離感を保ち、体をモジモジと震わせている彼女はなんとも可愛らしかった。そして、そんな生徒会長と二人っきりの空間である。僕は未知の体験に落ち着きを失っている自分の体をなんとか鎮めながら、生徒会長から発せられる言葉を待ち焦がれていた。
身の程を知れと自分に言い聞かせながらも、心の中で希望を込めて言わせてもらう。
こ れ は 期 待 せ ざ る を 得 な い だ ろ う。
「す、すまない。態々放課後に呼び出して……」
「いやいいよ。要件って何?」
申し訳なさそうに頭を下げている生徒会長を抱きしめたくなる衝動を抑え、僕は無表情で言葉を返す。
胸の内で溢れる期待を気取られないように無関心を装おうとしている自分はどれだけ必死なのだろうか。ちょっと冷たくはないだろうか。っとそんな事を考えている内に、ついに待望の時がやってきた。
「要件というのはだな……あの……私と……」
(ついに来た!ついに来た!これで負け組とはオサラバだ!しかも初の相手がこの美人生徒会長?やっべハードルたけーよマジオイ。つか、こういうのって皆に自慢しちゃっていいのか?うっわまじパ)
「私と漫才をやろう!」
「雰囲気と空気よめやァァァァァァァァァァァ!」
恥ずかしいくらいの見事な撃沈である。僕はすぐさま生徒会長の頭をスパァン!と叩き、絶望という名の錘を背負ったようにその場に倒れ込んだ。その横で「いいぞ!そのツッコミだ!」っと何故かテンションが上がっている生徒会長。
そうだ。この生徒会長はそういう人間だった。冷静に思い返せば、生徒会長はこんな素敵な環境で告白を決め込むピュアな少女じゃなかったはずだ。日常生活、人間関係、学校生活と、全てにおいて「マンネリ」を嫌い、時には行き過ぎた行事を提案し、教師に即却下されてるようなアホだったのだ。
この学校で一番といってもいい程……いや、違う。あのクラスの人達に匹敵する程の変人が、何故生徒会長という重要な役職に就いてしまったのだろうか。今現在も、告白というフラグを見事に叩き折り(俺が勘違いしてただけとかいうくだらん現実は無視する)目の前で異様なテンションになっている、このアホが何故……。
「君は素晴らしいぞ!間髪入れず私にツッコミを入れる人間なんてそうはいない。大抵の人間は私の漫才になろう、という提案を聞いた後、え……?とか、は……?みたいにくだらん間を置いてしまうものだが、君は違った。涙目になりながら即座に渾身のツッコミを炸裂させるとは、素晴らしいな」
「うっせーよ!どーでもいいわ!」
「しかも、君は私からの告白を微妙に期待していただろう。俺別に恋とか興味ねーし、告白とか別に期待してねーし的なオーラプンプンで此方が笑わせられる所だったぞ。やーいやーいお前は厨二病かって……ぷっふふ」
「やめて!もう言わないで!」
全てを見透かされ、試されていたのだ。漫才をする上で、自分の相方に足りうる存在かを。
純真無垢な少年の心を弄ばれ、僕はその場に打ちひしがれるしかなかった。
「ここ最近、定期テストが近いせいか生徒達の間ではピリピリとした雰囲気が漂ってしまっている。今、この学校には笑いが足りないのだ。皆が思わず笑顔になるような笑いがな」
「だからって漫才じゃなくてもいいだろうが!」
「そうだな。だがそう思い掛けていた所に、君という素晴らしい才能を持った人間が現れた。これはもう漫才をするしかないだろう。光栄に思え!お前の平凡な日常は全てお笑いに塗り替えられる事になったのだぞ!」
「嬉しくねーよ!テスト勉強で忙しいし俺もう帰る!」
そう言い捨てると、僕は素早く教室から脱出しようとした、が。漫才やる気マンマンのアホはそれを許してはくれなかった。生徒会長は逃走する僕の襟首をすぐさま掴むと
「待て!ふふ、勉強熱心なのは良いことだ。何故ならお前は今からお笑いの勉強をするのだからな!」
「離せアホ!まって!嫌だ!誰か助けて!うわー!」
「あ、ひ!っく、どさくさに紛れて胸を触るとは……だがここで悲鳴を挙げて平手打ちというのは流石にありきたりきたりすぎる。こ、ここは少し頬染めておくだけにしておいてやろう!」
「な、なにこの人本格的におかしい!」
こうして、僕は生徒会室へと連行されていった。
新しい風を学校に吹き込む、というスローガンを掲げた美人生徒会長。
彼女に清き一票を捧げたとある生徒は後日、こう語る。
「学校に吹き込まれたのは風ではなくサイクロンでした」