7話 教師として
「クッヒヒ……来たわね今まで眩しすぎて手が出せなかったけど今日の私は違うの今度こそあの私の憧れいや人類の頂と言ってもいいあの秘境いやいや人間一人昏倒させそうなあの魔境へと突入するのよ待ってなさいよいや覚悟しないよ麗里さまぁぁぁぁぁぁぁぁんアッハァもうすぐそこだわ!」
ギラリ、と。
教室に戻るために廊下を歩いていたクラス一の美少女、榊原を狙う獰猛な目に、閃光が走る。ついに来た、ついに来たわよぉぉぉぉぉ!っと今にも咆哮しそうな変態少女の神谷は今、教室の入り口、榊原が向かう扉のすぐ近くで息を潜めていた。
そう、榊原に奇襲を仕掛ける為である。狙うは榊原のスカートの中。この変態少女は、女子生徒のスカートの中に頭を突っ込ませるという卑猥な行動を何度も繰り返している。クラスでは若干浮いていた榊原に手を出す事を躊躇っていた神谷だったが、とうとう我慢の限界を超えてしまったらしい。
すぐ近くに迫る、誰も突入した事がない(当たり前だが)魔境。自らが憧れ続けた場所に顔を埋めるべく、神谷の聖なる戦いが始まった。
「あの子は確か、神谷……っていう子だったかしら」
こちらをジィっと見つめているツインテールの少女を見て、榊原は呟いた。本人は扉の影に隠れているつもりなのだろうが、何かに吸い寄せられる様に扉から半分顔を出してしまっているのでバレバレである。
しかし、そんな馬鹿を見ても榊原は、別の入り口から教室へ入ろうともせず、そのまま神谷が潜む扉へと入っていってしまった。
(来た!)
気付かれていないと思い込んでいる神谷は、罠に掛かった獲物へ食いつこうとした……が、
グイっと、誰かに襟首を掴まれたのか、神谷の体は後ろに引っ張られる形でその場に留まった。
「ヵァッッ!?!?!?」
奇怪な声を挙げ、事の元凶を探るべく急いで振り返る神谷。
そこには、クラスの担任教師、子守が呆れ顔でこちらを見咎めていた。
「何をやっているんだお前は」
神谷の意図に気付いた子守が、間一髪の所で神谷を引き止めたのだ。憧れの榊原に対する聖なる行いを見事に邪魔された神谷が、もの凄い見幕で子守に言い寄った。
「ねぇ何でこんな時に出てくるかな?てか何教師ぶってるの?そういうキャラじゃねぇだろ!」
「バカヤロー。目の前で行われようとしている不純行為を見過ごす教師がどこにいるんだ?変態から生徒を守る事も当然の事だろうが。やべぇ俺かっけ」
「今醜い本性がポロっと出たよね。やっぱり駄目だこの教師!」
「うっせーんだよ!何人の生徒がお前の犠牲になってると思ってんだ!こっちは度々校長から注意されてんだよ!わかるか?お前の変態っぷりが校長の毛細胞を順調に蝕んでんだよ!可愛そうだとは思わねーのか!」
っという風に、わーぎゃー言い争う二人を横から楽しそうに見ている榊原は、二人の肩をトントンっと軽く叩き視線を自分の方へと向けさせた後、膝辺りをポンポンっと埃を払うように撫でながら、優しい声でこんな事を言ってきた。
「いいわよ?おいで?」
その瞬間、子守はゴバァッ!勢いよく空気を吹き出し、神谷の鼻からは何やら赤い液体がちょろちょろと流出した。ちなみに、一連の流れを近くで目撃していた榊原の幼馴染の強面少年、浪川もまた、口に含んでいたコーヒーを盛大に撒き散らし、顔を微妙に紅潮させ、近くにいた生徒から、うわお前何……?みたいな感じで若干引かれていた。
そして、予想外の言動に完全に不意を突かれた神谷はというと、
「いいいいいいわよ!そこまで言うなら突入してやるわよ!!!かかか勘違いしないでよね!貴方の為に魔境入りするんじゃないんだから!」
「落ち着け神谷ァ!興奮のあまりツンデレの使い方を盛大に間違っているぞ!」
「どうでもいいのよ!ツンデレとかいうわざとらしい萌えポイントなんか!」
「ちょっと待て!一旦落ち着け!」
っと、そんな半狂乱状態の変態をなんとか鎮めようと、子守は神谷の肩をガシリと掴み、両目を閉じて、まるで仙人を気取った様な表情で、ただ語る。
「いいから落ち着け。そして、俺の言う事に少しでいいから耳を傾けろ」
「……」
流石の子守も、今は教師としての責務を全うしようとしているのだろうか。普段の時とはまた違う雰囲気を感じとった神谷は、次第に落ち着きを取り戻していく。そして、そんな神谷に、子守は静かな声で、諭す様にこう言った。
「俺がいく(榊原のスカートの中に)」
瞬間、神谷の中に一瞬芽生えた反省の念が一気に霧散し、子守の顔面に拳が突き刺さった事は言うまでもない。