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5話 ゴ リ ラ

 まったくもって運が悪い……。


 人気に少ない路地裏で、ボキリボキリと腕を鳴らす不良グループに囲まれている少年は思う。

 どうしてこんな事になってしまったのか。自分が一体何をしたと言うのだ?手に持っていたコーヒーを何かの拍子に躓いて、数人の不良少年の頭に均等にぶちまけてしまっただけではないか?


それだけなのに……


(……まぁ怒って当然ですよねー!ハッハッハ!)


 極度の不幸体質な少年、八雲は心の中で失笑した。道行く先で必ず不幸な事に見舞われてしまう八雲にとっては、今回のような事は別段珍しい事ではなかった。髪の毛を熱々のコーヒーで濡らした不良少年達は、眉間に皺を寄せて血管を浮かび上がらせているが、彼にとっては、アハハまたやっちゃった♪程度の出来事であり、特に慌てる様子もなく、流れに身を任せて適当に殴られて済まそうと思っていた。

 要するに、慣れているのである。これまで幾つもの修羅場を潜り抜けてきた八雲にとって、目の前にいる不良少年達は数多に存在する恐怖を全く感じないミジンコの一集団でしかない。いや、元はと言えばコーヒぶっかけた自分が悪いのだが。


「舐めてんじゃねぇぞコラ」

 

 ミジンコ集団の一人が、八雲の元へと迫ってくる。

 だが、さぁて歯を食いしばろうか、と目を瞑ろうとした所で、今まで経験してきた事のない『不幸』が八雲の元へと降り注いだ。 



「オィ……覚悟はできてん……ッ!?」


 八雲の胸倉を掴もうとした一人の不良少年の腕を、ガシリと掴んだ人間がいたのだ。


「暴力はよくありませんわ。殿方の逞しき大力はこのような暴挙に用いられるものではないはずです」

「あぁ?」


 自分の腕を掴んでいる人間を見れば、そこには一人の少女がいた。ブロンド色の髪の毛は毛先の方で綺麗にカールさせてあり、何やら高級感溢れる刺繍が所々に刻まれている豪奢なワンピースを身に纏っている。獰猛な顔つきの不良少年とは対照的に、少女は余裕を感じさせる笑みを浮かべており、セレブチックなお嬢様を連想させる高貴な気品を漂わせていた。


 そんな少女を見て、少年はシメタと思った。この女はいい所のお嬢様に違いない。なら、こいつはいい金ズルになる、と。そんな考えを思い浮かべた不良少年は、目の前にいる八雲を適当に殴ってから、この少女から金を奪ってやろうと思っていた。いや、今後もこの女から金を搾取するために、何か脅しのネタはないだろうか、などと考え始めていた不良少年だったが……


 ふと、少女に掴まれている自分の腕がおかしい事に気が付いた。

 

「あれ……うごかな……お、おいてめ……」


 少女に掴まれている腕が、まったく動かなかったのだ。


 そんなはずはない。自分の腕を掴んでいるのは細身の少女だ。ある程度喧嘩慣れしている自分が、腕力で負けるはずがない、と不良少年は思っていた。だが、いくら動かそうと思っても、まるで機械に固定された様にびくともしないのだ。

 この理解不能な状況に対しカッとなった少年は、思わずもう片方の手で少女を殴り飛ばそうとした。

 

 しかし、その腕が少女の体に届く事はなかった。なぜなら、拳を振り上げた時には既に、少女の拳が不良少年の腹部にめり込んでいたからだ。


「あ……がぁっ!?」


 ドゴォッ!っと、強烈な一撃が臓物を揺らし、不良少年に猛烈な吐き気が襲い掛かった。その場に屈みこむ様に咳き込む自分の仲間を見て、他の仲間達が少女に対して怒号を浴びせるが、その声には動揺の念が混じっているのが間近で聞いていた八雲にも汲み取れていた。(ちなみに、八雲は見掛けプロボクサー級のボディーブローを放つ少女を見てドン引きしていた。)

 しかし、そんな不良少年達を尻目に、少女は笑みを崩さずに言う。


「まあごめんなさい。でも、これで貴方達が私の声に耳を傾けて頂けると嬉しいのですが」

「て、てめぇ!ただで済むと思ってんのか!」

「先程のお詫びは後ほどさせて頂きますので、どうかこの場は穏便に……」


 まあまあと目の前の少年達をあやす様に少女が言うが、少女のボディーブローを腹部に受けた少年の怒りは収まらない。


 そして、ついこんな事を言ってしまった。


「うるっせんだよゴリラ女が!」


 瞬間、少女の中で何かがブチィ!っと切れ、先程まで保っていた笑みが、崩壊した。


「あぁー……」


 先程とは対照的な、獰猛な感情を含んだ低い声を漏らしながら、少女の表情が歪んでいく。

 そして、黒い黒い、異様な雰囲気が彼女を包んでいく。おそらく、その場にいた誰もが凍りついただろう。彼女を豹変させてしまった不良少年もまた、バトル漫画のラスボス的な面持ちになりつつある少女を見て、ガチガチと震えている。

 そして、少女は静かに言葉を紡いだ。


「……もう一度言うわ。事は穏便に済ませましょう?」


 閉じ込められた憎悪が破裂しそうな声が、静かに、静かに辺りに響き渡る。


「それでも、まだ事構えてドンパチやろうってんならよぉ」

「……っひ」


 


「ナ・イ・ゾ・ウ・ブ・チ・マ・ケ・ン・ゾ・コ・ラ」


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