4話 点滅する孤独
さざめく風を身に感じながら、学校の屋上で黒髪の美少女が小さく息を吐いた。
授業開始のチャイムが鳴り響いているにも関わらず、少女が校舎へと戻る様子はない。毛先の方でウェーブがかった髪の毛をゆらゆらと躍らせ、透き通った青碧色の瞳は立ち並ぶ住宅街が大半を占める面白みのない風景を見つめているだけだ。お世辞にも絶景とは言えない景観だが、それでも、校舎の頂上から周辺の町全体を見渡せるこの場所は、些細な悩みで思い耽る生徒達が思わず足を運んでしまう人気スポットだった。
しかし、今は授業中だ。
少女の他に人影はない。教室では、担当教師である子守が、彼女が欠席している理由を他の生徒達に尋ねている頃だろう。それでも、今何処で何をしているかを明確に答えられる生徒はいないはずだ。何故なら、自分が何処へ行くかなんて誰にも告げていないからだ。いや、自分の行方を態々知らせる必要のある人間がいないと言うべきか。
榊原 麗里。
周囲からはモデルに見間違われる程の美しい容貌を備えたその美少女は、子守クラスでは一際浮いた存在となっていた。常に冷静な大人びた性格に、他人を一瞬で魅了するような容姿とミステリアスなオーラが、他の生徒達の憧れや羨望の眼差しを集中させる事になり、逆に畏れ多く近づき難い人物として敬遠されてしまっていた。故に、榊原を持て囃す者はいても、友達として接する人間は誰一人といなかった。
だたし、一人の男を除いては。
「やっぱりここにいやがったか」
退屈な殺風景を眺めていた榊原に、男子生徒特有の太く低い声が飛んだ。振り返ってみれば、そこには髪を短く刈り上げた強面の少年がこちらを見咎めていた。彼とは幼い頃からの幼馴染であり、榊原が心を許せる唯一の存在であった。
「そんな恐い顔しないでよ。私、貴方に何かしたかしら」
「っち、俺の顔を見る度にそれだな。俺は別に怒ってねえよ」
「そう?でも、想い煩う乙女にはちょっと刺激的すぎるかな、貴方の顔」
「想い煩う?似合わねえ言葉を吐きやがる」
「あら酷い。時には情緒的な言葉を並べて思い耽りたくなるものよ。特に、年頃の女の子はね」
「くせえな。ポエマーにでもなったつもりか」
強面の男子生徒はそう吐き捨てると、校舎の中へと引き返そうとする。
「あら?もう帰っちゃうのかしら?一緒にいてくれないのかしら。隣、どう?」
目の前にいる幼馴染は、基本的に異性と接する事を苦手としているシャイな性格だった。その事を理解した上で、不敵な笑みを浮かべながら榊原が言う。魅惑的な瞳を幼馴染の方へと向けて、誘惑するように手招きする。
そんな自分の幼馴染を見て、男子生徒は舌打ちした後、
「……とんだメルヘン女だな。つか、あのアホ教師がお前の事探してんぞ。もうすぐここに飛んでくるんじゃねぇか」
強面男子生徒の話によると、何度も授業を欠席していた榊原を見兼ねた子守が、「どうせ何処かでサボっているのだろうあんの色気の塊がうっほ!」っと榊原の事を探し回っているらしい。恐らく、榊原の事をクラスで一番知っている幼馴染は、子守と一緒に自分の事を探していたのだろう。
「いいんじゃない?……見つかったら見つかったらで、別にそれでいいわよ。面白いわよね、あの人」
「てめぇ、あの教師に何を期待してやがる」
「意味深な事を言うのね。貴方、創作家に向いているんじゃないかしら?」
「そりゃ嬉しい事だな」
そう呆れた用に言うと、男子生徒は今度こそ校舎の中へと消えてしまった。
つまらないわね、っと榊原が言葉を投げたが、恐らく聞こえてはいないだろう。
一人残された榊原は、再度頂上から見渡す風景を見つめ直した。
相変わらず、退屈な風景ね、っと心の中で漏らすが、やはりその視線は動かない。
そして、風で靡いている黒髪を手で押さえながら榊原が呟いた。
声を濁らせて、呟いた。
本心なのかは、本人にもわからなかった。
それでも、榊原は、喉の奥から搾り出す様に――
「傍にいてよ……浪川……」
そう、強面男子生徒の名前を口にした。