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10話 導線チャイルド

 ヒラヒラと舞い散る葉っぱの隙間を澄明な風が吹き抜けて、張りつめた八雲の頬を優しく撫でる。

 先程までの賑やかな街並みからは一変し、周辺を緑の木々が囲み森閑とした神社に訪れた八雲と裂条は、特に何か会話を交わす事もなく、その場の風情に自分達の身体を溶かしている。

 辺りに二人以外の人影はなく、木々の揺れる音だけが響き渡る閑寂とした雰囲気が辺りを包み込んでいた。

 沈黙による気まずさは、不思議とない。

 二人っきりで街へと繰り出した最初の頃は、まるでデートの様な慣れないシチュエーションの上に、相手があの魔王という事で緊張を抑えらず、会話もぎこちなかった八雲だったが、裂条の超友好的で丁寧な会話運びに助けられ、今では普通に接する事ができていたのだ。


(……今思えば、結構楽しかったな)


 ついさっきまでは胸を押し潰されそうな重圧に襲われていたのに、今は随分と落ちて着いている。

 ここで改めて、八雲は自らが「魔王」と称した一人の少女に対しての認識を改めざる負えない事を自覚する。むしろ、相手の事を気遣い、常に優雅な振る舞いで言葉を発する心優しい少女を前に、八雲の心の中では一つの新たな気持ちが芽生え始めていた。


 彼女の事を、もっと知りたい。


 今までの自分は状況に限られたとある側面しか見ておらず、本当の彼女から目を背け失礼極まりないレッテルを張り続けていた。もっと彼女の良い所がある筈だ。自分の知らない一面を知りたい。あの豹変ぶりには何か理由があると信じたい。そして、今までの態度と偏見を謝りたい。

 それは、恋心というものにしては余りにも贖罪的で、謝罪にしてはあまりにも利己的な願望だった。


「……ここにはよく来るんですか?」


 心地の良い沈黙を惜しみつつも、様々な感情が入り混じった好奇心に駆られた八雲が裂条に問いかけた。

 すると、彼女は優しい笑顔を浮かべながら口を開く。


「ええ、幼い頃、お父様とよく」


 お父様……?

 八雲の中で何かが引っかかる。


―――そういえば、過去のニュースで聞いた事があったような。

 

 過去の記憶を思い起こすべく頭を巡らせる八雲。


(あ! そういえば裂条さんのお父さんは……)


 そして、過去に起きた一つの事件に辿り着く。

 だがその瞬間、八雲の思考を途中でかき消す様に、後方から少年の声が響いてきた。


「桜小路に誅殺されたんだよねぇ? アンタのお父様」


 ゾワリ、と只ならぬ殺気を感じたその直後。

 何事かと振り返ろうとした八雲の体は何かに突き飛ばされ、目の前の視点が反転する。

 それが自分を庇った裂条による行為だという事を認識できたのは、目の前で広がっている不可解な光景を目撃してからだった。


「あっれー……、そこのお兄さんを昏倒させるつもりだったんだけど、おかしいな」


 地面に投げ出された体を鈍い動作で起こし上げると、そこには首を傾げながら八雲の方へと視線を向けているパジャマ服の少年がいた。

 そして、彼の華奢な右腕が裂条によって掴み取られている。まるで、イタズラをしようとした子供の手を戒めるように。


「それにしてもよく反応できたね。 ちょっとびっくりしちゃった」


 外見からは小学生と予想できる幼い顔付の少年は、今度は歪んだ笑みを裂条の元へと投げかけた。


「もしかしてー! 裂条にいるヤバイ人間ってアンタの事? だとしたら嬉しすぎて身長が一気に伸びちゃうかも」

「……貴方のような坊やが、何を知って何をしようとしてるのかしら」

「そうそう、僕はまだ自分の責任の重さを知らない子供なんだよね。 だからこれからアンタを誘拐しようと思うんだけど許してねアイタタタタ!」


 減らず口を叩く少年の腕を強く握り締める裂条。

 だが、それでも彼は今にも笑顔が零れ落ちそうな表情を崩そうとしない。裂条としては少年の拙い犯行をここで諦めさせて事情を聴きたい所であったが、明らかに余裕を感じさせる彼の態度に気味の悪さを感じていた。


――この少年は、一体何だ?


 そう思っているのは裂条だけではなく、八雲も同じだった。

 とりあえず良くない事が起こっているという事は理解できるのだが、二人を取り巻く異様な雰囲気を前に足が竦み言葉を発する事すらできない。

 この少年は何かヤバイ予感がする。 長年不幸な出来事に巻き込まれて続けてきた八雲の勘がそう危険を告げていた。 


「怪我をしたくなければ大人しくしていなさい。 貴方のご両親は? どうしてこんな事を……」

「両親はいないよ? 一人小うるさいババアがいるだけで、僕は自由奔放な快楽生活を送っているよ」

「何を、仰っているのかしら。それでは誰か連絡のとれるご親族の方は」

「だから、いないってっば!」

「……!」

 

 痺れを切らしたかのように、少年は掴まれていないもう片方の手に仕込んでいたナイフを使い、裂条の手を振り払う。

 そして続けざまに流れる様な動作で片方の足を軸にして、大きく振りかぶったもう片方の踵を裂条の脇腹目掛けて横に薙いだ。

 明らかに普通の子供にできるような動きではないのだが、それは裂条にも言える事だった。


「……クソガキが」


 先ほどまでの言葉遣いからは考えられない言葉を吐き捨てると、裂条は迫ってくる少年の足を片手で鷲掴みにする。


 そして、自らが発した衝撃が完璧に殺されるのを感じた少年は、やはりニヤリと笑うのだった。

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