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9話 カオスへ

「子供っていいよねー基本的に何しても最終的には許されちゃうんだから。本当に良いよ。あーあー今日で僕も十四歳か。嫌だな、年は取りたくないし、大人にはなりたくない。『子供だから』って理由で大人から舐められる今が一番楽しいよ。 ウン」

「……大抵の子は思春期に入ると子供扱いされる事に対して嫌悪感を抱くと思うのだけれど」

「まぁそうだね。 僕にはちょっと理解できないけど。でさ、ガキだと舐めきってる年上の人間を下から見上げて小馬鹿にするのがヤバイ。快感。年齢と精神年齢や技術、知識が伴ってない大人なんか特に滑稽。 生きてて恥ずかしくないのかな? あ、別にアンタに言ってる訳じゃないから安心してね」

「あんまり大人を馬鹿にするといつか痛い目に合うわよ。でも、まぁ、アンタに限っては幼い頃から『社会の裏の部分』をだいぶ目の当たりにしちゃってるから性格が歪んでしまうのも仕方がないとは思うけれど。でも、一人の大人として忠告しておくわ。少しは目上の人間を心の底から敬う事を覚えなさい」

「……前々から思ってたけどさ、僕にそんな説教じみた事を言ってくる人間ってアンタだけだよ。ちょっと珍しいよね。今度からママって呼んでいい?」

「勘弁してもらえる? アンタみたいなクソガキに母親呼ばわりされるのなら、まだ不細工なインコにママって言われる方がマシね」

「そうかー死ねババア」

「殺すぞクソガキ」


 街中から離れた裏路地で、少年と女の声が響き渡る。

 少年の方はかなりの童顔で、男か女か判別できない程の中性的な顔立ちだった。屋外だというのに何故かパジャマを着ており、十四歳にしては背丈はかなり低く、小学生と言われても誰もが頷いてしまう程の幼い印象を見る者に与えるだろう。

 もっとも、それは少年の指先でクルクルと踊っているコンバットナイフを見なければの話だが。

 

 対して女の方は、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした長身美人だった。歳は二十代後半といった所だろうか。背丈は相対する少年より頭二つ分は高く、女性用のビジネススーツの様な服を纏っているその姿は如何にも大人の女性といった感じだ。


 そんな親子、いや姉弟にも見える二人の元に、今度は黒いスーツを纏った屈強な男が姿を現した。


「葛葉さん、奴ら火枝神社に入りました」


 葛葉と呼ばれる少年に、畏まった調子で報告を告げる男。自分よりいくつも年下の少年に対し、明らかに目上の人間を扱うような遜った態度を取っている目の前の男を鼻で笑いながらも、今度は女が少年へと問いを投げかけた。


「で、どうするの? 本当にやるの?」


 そう呆れたように視線を移してくる女に対し、少年はニヤリと表情を緩ませながら、その幼い外見に不相応な言葉を吐き出した。


「やるにきまってるでしょ。 ちゃっちゃと裂条の娘さんを攫っちゃおう!」


 瞬間、女の口からは漏れたのは溜息だった。

 全く悪びれる様子もなく、大企業の令嬢を誘拐すると快活に宣言した異様な少年を見て、黒いスーツの屈強な男が恐る恐る少年へと尋ねる。


「本当にやるんですかい……? 綾小路にはヤバイ用心棒がいるってのは有名な話ですけど、なんか裂条んとこにもヤバイ奴がいるって噂が……」

「ふーん、それもボディーガードか用心棒かな? でも綾小路の方ならまだしも、少なくともあの裂条のお嬢様には護衛なんてものはなかったから誘拐の支障はならないと思うんだけど?」 


 正確には、裂条には護衛を付ける必要性がない、というのが正しい。

 もっとも、少年達は数時間後にその理由を知るハメになるのだが。


「し、しかし、後になってそんな奴が出張ってきたら……」

「あのさ、そんなに僕をイライラさせたいの? 今ここで切り刻まれるか、最悪そのヤバイ奴と戦うか、さっさとどっちか選びなよ。はいさーん にー」

「ひ、すすいません!」


 幼い顔の中で蠢く狂気を孕んだ瞳が男を刺し、無理矢理委縮させる。

 まだ見ぬ人間を危惧する前に、目の前にいる一人の幼い少年の異常性を改めて肌で感じとった男は、逃げ帰るように自分の持ち場へと向かっていった。


「失敗を祈るわ。アンタは一度痛い目にあった方がいいと思うの」


 一連の流れを見ていた女が、呆れ顔で少年の方を見咎める。


「失敗、それも面白いかもね。まぁ僕を止められる人間がいればの話だけど。いや寧ろそっちの方が意外性があっていいね。僕も自分の失敗を祈る事にするよ」

「救いようがないわね。一回死ねばいいわ」


辛辣な言葉を浴び気掛けてくる女だったが、少年の心は既に別の事へ惹きつけられていた。


「やー身代金要求ってどんな感じなのかなー!」


 そんな物騒な言葉を吐きながら、危険な好奇心に心を躍らせる少年は誘拐の標的がいる場所へと向かっていく。

 その先に待つ人間が、魔王であるとは知らずに―――


*



「……怪しいと思っていたらそういう事でしたのね」


 悪事を行う事に対する高揚感からか、少年は『やってはいけないミス』を犯していた。

 路地裏から姿を消した少年を見送っていたのは、少年と対話していた女だけではなかったのだ。

 少年と女の会話を傍受する形で全て把握してしまった一人の少女。

 白いワンピースを着飾っているその少女は笑みを浮かべながら、すぐ隣にいる黒を基調としたアロハシャツを来ている男へと声をかけた。


「面白くなってきましたわね。矢吹?」

「おーおーこえーこえー。本当に綾小路の嬢ちゃんは鼻が利くよな~。 下手な情報屋よりこの町の情勢に詳しいんじゃねぇか?」

「大切な人を守るためにも、まずは何が起こっているのか把握する事が大切なのではなくて? 情報はあらゆる出来事を左右してしまうものです」

「大切な人ねぇ……駒の間違いじゃ? おっといっけねぇ冗談が過ぎちまった。 今のは軽い冗談でさぁ。 聞き流してもらませんか。 俺もまだ東京湾に沈められたくないんでねぇ」

「……ふふっ面白い冗談は嫌いでなくてよ」

「だから笑顔が怖いっての! ……で、今の奴らどうします? 俺が一分でちょちょいっと片付けちゃいましょうか?」

「いえ、あの方達が一か所に集まってから行動に移す事にしましょう。仲間が他にもいると思うので」

「へいへーい、じゃあ今から火枝神社へ向かいますか?」


 矢吹と呼ばれるアロハシャツの男の問いに対し、綾小路は笑みを崩さぬままこう答えた。


「……ええ。 悪い子供にはお説教が必要ですわね」




*


 とある生徒がドス黒い笑みを浮かべている一方で、街中を歩いていた子守もまた、訝しげな表情で一人の黒いスーツを着た男を凝視していた。


(あの男……裂条と八雲を尾行してるな……怪しすぎる。 つーかデート中の男女をつけるとか空気読んでやれよマジデ)

 

 っと「面白そうだ」という理由で自らの教え子を尾行していた子守が、全力で自分の事を棚に上げて黒いスーツの男を睨みつけた。


(なーんか人ごみに紛れるのはやけに上手かったな。その手のプロか? つーか明らかに危なそうな雰囲気醸し出してんだけど。 ちょっと危険かもなあいつら)


 どう見てもただの一般人には見えない男を前に、子守は自分がこれからとるべき行動について暫く悩んでいたが、ふと、近くにまだ比較的新しい乗り捨てられた自転車を子守は見つけた。

 いや、見つけてしまった。

 

(っふ……フハハハッ! 人の教え子に手出すとはいい度胸だ。俺の自転車の錆にしてやるッ!)


 そう奮い立つ子守は、急いで自転車跨った。

 そして、勢いよくペダルを漕ぎ、変人変態同士の抗争へと身を投じていったのだが……そこで、子守は自らの身を隠すという点において、一つ重大な事に気が付いてしまう。


(あ、ヘルメットがねぇ)


 その後数分に渡り、近くにバイクを止めていたライダーに土下座をしている教師の姿があった。

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