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第81話 いいなぁ、ドバイ……

 ミラージュ・コア限定起動の翌日。


 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。

 核攻撃にも耐える極秘危機対応会議室は、数日前の「万象器パニック」の際のような、首を絞められるような緊迫感からは解放されていた。

 だが、その代わりに……何とも言えない、どんよりとした『羨望』と『歯痒さ』が、室内の空気を重くしていた。


 壁面のマルチモニターには、ドバイからの最新レポートが映し出されている。


『ミラージュ・コア、限定起動成功』

『工事現場周辺の限定区画において、気温マイナス二度の低下を観測。……周辺地域・他国への熱的・気象的悪影響は、一切確認されず』

『他者攻撃ロックの存在を確認。アーティファクトの能動的軍事転用は不可能』

『UAE政府、都市誓約の遵守を公式声明。国際社会に対して透明性をアピール』

『将来的には、都市全域の快適化、砂嵐防護、大気水回収、建設支援、そして強固な【都市防衛網(認識攪乱防壁)】の展開が可能と推定される』

『ドバイ上空に、未来都市の青白いグリッド(設計図)が展開中』


 国務長官、エネルギー長官、国防長官、そしてCIA長官が、その報告書を無言で見つめている。

 彼らの顔には、安堵はあった。ロシアや中国の手に強大な兵器が渡らなかったことは、アメリカにとって間違いなく喜ばしいことだ。


 だが、それ以上に。

「手に入れたUAE」に対する、強烈な嫉妬ジェラシーが隠しきれなかった。


 円卓の最上座。

 キャサリン・ヘイズ大統領は、組んだ両手に顎を乗せ、モニターの中の『青白く輝く未来都市の幻影』を、じっと、穴の開くほど見つめていた。


 長い、長い沈黙だった。


 やがて。

 ヘイズ大統領は、ポツリと、心の底から漏れ出たような一言をこぼした。


「……いいわね、ドバイ」


 会議室の空気が、ピタリと止まった。


 国務長官が、コホンと一つ、わざとらしく咳払いをした。

「大統領」


「分かってるわよ」

 ヘイズは、国務長官のたしなめるような視線を遮り、少しだけ口を尖らせた。

「UAEの主権は尊重する。強奪作戦もしない。不当な圧力もかけない。ちゃんと『おめでとう』の外交メッセージも送るわ。分かってる。分かってるわよ」


 ヘイズは、バツが悪そうにモニターから目を逸らした。

「でも、少しだけ言わせて」


 大統領は、子供のように深くため息をついた。

「……いいわねぇ、ドバイ」


 そのあまりにも素直すぎる愚痴に、張り詰めていた会議室の空気が少しだけ緩み、数名の長官が思わず顔を見合わせて苦笑した。


「だって、そうでしょう!?」

 ヘイズ大統領は、堰を切ったように羨望の理由を並べ立て始めた。

「アメリカにだって、砂漠はあるのよ!?

 フェニックス、ラスベガス、ネバダ、アリゾナ、カリフォルニアの内陸部! 夏になれば異常熱波で死人が出て、エアコンの電力需要でブラックアウト寸前になる。……ボタン一つで冷やしたい都市なんて、アメリカにはいくらでもあるじゃない!」


 ヘイズの熱弁は止まらない。

「深刻な水資源問題もある。大規模な山火事もある。……なのに! ドバイには、わざわざあんな『親切な異星人』が、至れり尽くせりの『都市管理セット(アーティファクト)』を、地下に丁寧に埋めておいてくれたのよ!?」


 ヘイズは、机を軽く叩いた。

「アメリカには? どうして、アメリカにはそういう『優しくて親切で便利なもの』がないの!?」


 画面越しに通信を繋いでいたケンドール博士が、極めて冷静な、学術的なトーンで口を挟んだ。

『大統領。……我が国には、【アンデスの小箱】があります』


「あれは、【論文】でしょう!」

 ヘイズは、即座に食ってかかった。

「ありがたいわよ! アメリカの科学技術を数世紀分ジャンプさせてくれる、とてつもない宝物よ!

 ……でも、あれは論文データなの! 明日のラスベガスを冷やしてくれたり、砂漠に水を出してくれたり、ミサイルから都市を守ってくれたりはしないじゃない!」


『アンデスの小箱が提示したFTL(超光速航行)と星間通信の基礎理論は、人類の文明史的には極めて巨大な意義があり――』

 ケンドールが科学者としてのプライドで反論しようとする。


「分かってる! 分かってるけど!」

 ヘイズ大統領は、両手で頭を抱えた。

「今は……今はただ、ドバイが羨ましいのよ!!」


 その大統領の飾らない悲鳴に、同席していた各長官たちも、完全に同意するように深く頷き始めた。


「……大統領のお気持ちは、痛いほど分かります」

 国防長官が、忌々しげに腕を組んで言った。

「あの『都市防衛機能(認識攪乱防壁)』は、軍事的な観点から見ても極めて魅力的です。……敵のミサイル誘導システムを無効化し、偵察ドローンを狂わせ、軍事衛星の監視網すら欺くことができる。都市防衛のシールドとしては、まさに理想的すぎる」


「でしょう!?」

 ヘイズが、我が意を得たりと身を乗り出す。「いいわよねぇ!?」


「エネルギー・インフラの観点からも、喉から手が出るほど欲しい技術です」

 エネルギー長官が、ため息混じりに報告する。

「もしあの『都市冷却機能』と『大気水回収機能』だけでも解析コピーできれば。……米国内の莫大な電力需要と水不足問題に、完全な革命を起こせます。クリーンエネルギー政策なんてレベルの話じゃありません」


「ほら!!」

 ヘイズが、テーブルをバンと叩く。「みんな、羨ましいんじゃない!」


 国務長官が、冷静さを取り戻すように、少し冷水を浴びせた。

「……しかし、大統領。UAEがあのアーティファクトを得たことで、中東のパワーバランスは確実に変わります。手放しで喜んでばかりもいられません」


「分かってるわ」

 ヘイズは、為政者の顔にスッと戻った。

「でも、今回はUAEが『正しく』動いた。強引に独占せず、日本を間に入れ、アメリカの監視を(渋々ではあるけれど)受け入れ、限定起動に留めた。……何より、『他者攻撃ロック』があることを、世界に向けて透明性を持って宣言した」


 ヘイズは、肩をすくめた。

「これだけ行儀よく、ルールに従ってアーティファクトを使われたら。……アメリカとしては、いくら本音では羨ましくても、『それをよこせ』と因縁をつける名目(大義名分)が立たないのよ。文句を言いにくいわ」


「当然、ロシアはそうは考えないでしょうがね」

 CIA長官が、インテリジェンスの現実を指摘する。

「彼らは間違いなく、あの都市核の弱点を探るため、あるいは認証キーを複製するために、UAE内部への工作やサイバー攻撃を仕掛けます」


「でしょうね」

 ヘイズは鼻で嗤った。「あの超絶便利な『魔法のクーラーボックス』を羨ましいと思っているのは、アメリカだけじゃないもの」


 その時。

 画面の奥の深い影の中から、セレスティアル・ウォッチのアルファが、感情の一切ない声で、極めて冷静な分析を口にした。


『大統領。……ミラージュ・コアは、確かに有益ですが、アメリカが本質的に求めている種類のアーティファクトではありません』


 ヘイズの視線が、画面のアルファへと向く。


『アンデスの小箱は、星間文明のネットワークに接続するための【理論的資格パスポート】です。

 対して、ドバイのミラージュ・コアは、特定の過酷な環境を生き抜くための【都市文明への実務的補助ツール】に過ぎない。

 ……役割ステージが、違うのです』


「……つまり」

 ヘイズ大統領は、少しだけ皮肉な笑みを浮かべた。

「ドバイは『完成された便利な都市』を手に入れて。……アメリカは、『自分たちの手で未来を作れという、難解な宿題』を手に入れたわけね」


『言い方は少しひどいですが。……否定はしません』

 ケンドール博士が、苦笑しながら答えた。

『科学者としては、完成品をもらうより、理論を与えられて自分で作る方が、遥かに興奮しますがね』


「それはあなたたち科学者の意見よ。政治家としては、完成品の方が手っ取り早くて好きなの」

 ヘイズは、ため息をついた。


 そして、大統領は、少しだけ遠い目をして、誰もが心の奥底で思っている『甘い妄想』を口にした。


「……アメリカ大陸の地下にも、どこかのアホみたいに親切な異星人が、そういう便利な道具をポロッと置いていってくれてないかしらね」


「大統領」

 国務長官が、頭を抱えるようにして言った。

「それは、いくらなんでも超大国のトップとして、公的発言としては少し……控えていただきたいのですが」


「今は、地下の極秘会議室よ」

 ヘイズは、悪びれずに笑った。

「愚痴くらい言わせて頂戴」


 だが。

 その冗談めかした大統領のぼやきに。


『……可能性だけなら、ゼロではありません』


 アルファが、氷のように冷たく、極めて真面目な声で返した。


 ピタリ、と。

 会議室の空気が、冗談の色を完全に消し去って停止した。


「……アルファ?」

 ヘイズ大統領が、目を細める。


『地球外テクノロジー(アーティファクト)の発見事例は、神話、古い伝承、特異な都市形成の歴史、あるいは古代遺跡と、強く結びつく傾向があります』

 アルファは、セレスティアル・ウォッチが蓄積してきたデータに基づいて分析する。

『ドバイのミラージュ・コアも、砂漠の客人の口伝という【伝承】が鍵でした。

 ……そして、アメリカ大陸にも。我々がまだ完全に調査しきれていない先住民ネイティブ・アメリカンの神話、未解明の異常地形、そして太古に地球外知性体と接触したと思われる痕跡オーパーツの噂は、無数に存在します』


『ただし、砂漠を掘ればすぐに出てくるような、都合の良いものではありません』

 ケンドール博士が、科学的な現実補正を入れる。

『万象器のコレクターがそうであったように、すでに誰かの手に渡り、長い間隠匿されている可能性も高い』


「……でも、探す価値はあるということね?」

 ヘイズ大統領の目に、先ほどの羨望とは違う、猟犬のような鋭い光が戻った。


『はい。あります』

 アルファが、短く肯定する。


 ヘイズは、小さく息を吐き、そしてパンッと一つ、手を叩いて会議の空気を切り替えた。


「分かったわ」

 大統領の号令が飛ぶ。

UAEドバイとは、良好な協力関係を維持。……ミラージュ・コアの観測データは、同盟国の強みを生かして、可能な限りリアルタイムで共有してもらいなさい。

 ロシアの裏工作は、CIAが徹底的に警戒。中国がインフラ投資名目で食い込んでくるのも、厳しく監視よ」


 各長官が、力強く頷く。


「それと――」


 ヘイズは、会議室の全員を、そして画面の向こうのセレスティアル・ウォッチを見据えた。

 全員が、次の命令に身構える。


「……アメリカ国内の、“親切な異星人が、どこかに置き忘れていってくれたかもしれないもの”の【探索リスト(候補地)】を、大至急作ってちょうだい」


「大統領」

 国務長官が、呆れたようにため息をついた。


「冗談半分よ」

 ヘイズは、ニヤリと笑った。


『……半分は、本気ですね』

 アルファが、影の中から見透かすように言う。


「ええ」

 大統領は、その強欲な笑みを隠そうともしなかった。

「半分は、本気よ」


 ドバイは、過酷な砂漠の下から、未来都市の心臓コアを掘り当てた。

 ならば、この広大なアメリカの大地の下にも、まだ誰も知らない『誰かの忘れアーティファクト』が眠っているかもしれない。


 そう、期待してしまった時点で。

 キャサリン・ヘイズ大統領もまた、そしてこの会議室にいる誰もが……あの『アーティファクト時代』という、底知れぬ魅力と恐怖に満ちた毒に、少しだけ、しかし確実に染まり始めていたのである。



次の章はライトセーバー回ですディズニーとバトルするコメディです。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
アメリカの場合、アーティファクトの手がかりを開拓者が知らずに破壊しまくった可能性が高いでしょうね。WASP白人ではなく、ネイティブアメリカンが「正当な管理者の末裔」と認められる可能性もある。
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