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第150話 徳川埋蔵金、未来の国民を呼ぶ

 群馬県・赤城山南麓。

 秋の冷たい風が吹き抜ける山間部に、物々しい重機のエンジン音が響き渡っていた。


 表向きの調査名目は『地質調査および埋蔵文化財保全調査』。

 周囲には、一般的な黄色いヘルメットを被った地質調査員、文化財調査員、そして地元業者や重機オペレーターたちの姿がある。

 だが、その一見すると平凡な土木工事の風景の裏側で、この現場を完全にコントロールしている指揮系統は、どう見ても異常だった。


 現場の周囲を何重にも取り囲むのは、民間警備会社に偽装した警察庁警備局の精鋭部隊。

 指揮テントの中でモニターを睨みつけているのは、防衛省技術班と内閣情報調査室(内調)の特務要員たち。

 そして、彼らに直接の指示を下しているのは、首相官邸に直結する『既存技術外事象評価セル』の担当官であった。


「……なぁ、おい」

 地元の土建業者から派遣された中年の重機オペレーターが、休憩中に缶コーヒーを握りしめながら、隣の同僚に小声で囁いた。

「俺ら、徳川埋蔵金の調査だって聞いてこの山に入ったけどよ……。なんか、官邸案件だとかで、周りの空気がヤバすぎないか?」


「ああ。普通、埋蔵金探しなんてもっとロマン溢れるっていうか、郷土史研究家の爺さんとか、テレビ番組のクルーとかが、ワイワイ騒ぎながらやるもんだろ?」

 同僚も、周囲のピリピリとした黒服たちを盗み見て、露骨に顔をしかめる。

「なんだよ、あの警備の数は。俺たちがスマホを取り出しただけで飛んできて『撮影は禁止です』って凄まれるんだぞ。……マジで何が出るんだ?」


 現場の彼らが抱いている最も強烈な違和感は、警備の厳重さだけではなかった。


「……それにしてもよ」

 重機オペレーターが、首を傾げて呟く。

「なんでこんなに【ピンポイント】なんだ?」


「……俺も、それ思ってた」


 通常の埋蔵金探索であれば、何年、何十年と古文書を読み解き、地元の伝承を頼りに広大な山を歩き回り、怪しい場所を何十箇所も掘り返しては空振りに終わるのがお約束だ。

 だが、今回の政府の調査隊は、全く迷いがなかった。


 彼らは、初日からこの赤城山南麓の、とある一点だけを真っ直ぐに目指した。

 古い水脈が二つ交わる場所。

 葵の紋に似た傷のある、伏せられた石。

 三つ目の沢。

 それらの目印を、まるで『最初から答えを知っている』かのように最短距離で辿り、迷いなくその一点だけを集中的に掘り返しているのだ。


「知らねえよ。俺たちは上から言われた場所を掘るだけだ」

 同僚は、気味悪そうに話を打ち切った。

「いや、でもよ。徳川埋蔵金だぞ? 普通もっと外すだろ……」


 現場の作業員たちが抱く、その強烈な違和感。

 外から見れば、「なぜ日本政府は、徳川埋蔵金の正確な場所を知っているのか?」という、不気味極まりない謎に見えるだろう。


 彼らは、政府の中枢が『魂の庭』という神話級のアーティファクトを通じて、徳川慶喜本人の魂から直接その座標を聞き出しているなどとは、夢にも思っていないのだから。


 ***


 同時刻。

 東京、首相官邸地下。既存技術外事象評価セル。


 矢崎薫総理は、メインモニターに映し出される赤城山発掘現場のライブ映像を見つめながら、静かに紅茶のカップを置いた。


「現地には、通常の地質調査と埋蔵文化財調査と説明しています」

 沖田室長が、手元のタブレットで情報の統制状況を確認しながら報告する。

「当然ながら、『魂の庭』については、現場の末端には一切共有していません」


「ええ。死者(徳川慶喜公)から直接場所を聞きました、なんて言えるわけがないものね」

 総理は、苦笑交じりに言う。


「言った瞬間、徳川埋蔵金どころの騒ぎではありませんよ」

 円卓の隅で、パイプ椅子に深く腰掛けた月刊ムーの三神編集長が、楽しそうに口を挟んだ。

「世界中の歴史学者、宗教家、政治家、死んだ独裁者の遺族、そして陰謀論者が……『魂の庭』へアクセス権を求めて日本に殺到します。第三次世界大戦の開戦事由としては十分すぎる劇薬です」


「分かっているわ。だからこそ、絶対に秘匿よ」

 総理は、厳しい声で釘を刺す。


 モニターの中で、現地の技術班が操作する地中レーダーの波形が、突如として激しく乱れた。


『――地下に、人工構造らしき反応を確認!』

 現地の担当官の声が、スピーカーから興奮気味に響く。

『自然空洞ではありません! 石組み、木材、そして明確な【金属反応】が混在しています!』


 沖田が、身を乗り出す。

「……魂の庭で聞いた目印と、位置は一致しているか?」


『はい!』

 担当官が、即座に答える。

『赤城山南麓。古い水脈が二つ交わる場所。葵を伏せた石。三つ目の沢。……すべてが、総理からいただいた事前情報の通り、完璧に一致しています!』


 三神編集長が、こらえきれないというように、フッと楽しそうな息を吐き出した。


「いやあ。……徳川慶喜公本人の証言で、徳川埋蔵金を掘り当てる。

 ……凄い時代になりましたねえ」

 三神の顔には、オカルト編集者としての純粋なロマンと歓喜が溢れ返っていた。


「……三神さん。楽しそうにしないでください」

 総理が、ジト目で彼を睨みつける。


「無理です」

 三神は、あっさりと開き直った。

「これは、歴史ロマンとしては最上級のイベントですよ? 日本中のオカルトファンが何十年も夢見た瞬間に立ち会っているんです。笑うなという方が無茶です」


「安全保障上は?」

 沖田が、冷や水を浴びせるように問う。


「……最悪に近いです」

 三神は、笑顔のまま即答した。


「その顔で言われても、全く説得力がないわ」

 総理は、深くため息をついた。


 ***


 赤城山、発掘現場。

 掘削作業は、人工構造物の反応が出た時点で重機を止められ、極めて慎重な手作業(発掘)へと移行していた。


 まず、普通の山の土層ではないものが、次々と現れ始めた。

「……木炭層です」

 文化財調査員が、土の断面を刷毛で払いながら、震える声で報告する。

「その下に、分厚い粘土層。さらに……石灰らしき防湿層。水を避けるための古い排水路の遺構も確認できます」


 調査員は、汗を拭い、確信を持って言った。

「これは……間違いなく、意図的に作られた【人工的な封印構造】です」


 さらに数時間の慎重な掘削の末。

 ついに、地中深くから『石室の入り口』とおぼしき巨大な石の扉が姿を現した。


「……紋様があります」

 入り口の石を泥から洗い流した調査員が、ライトでその表面を照らし出す。

 そこに刻まれていたのは、誰もが知る『三つ葉葵』……徳川家の家紋に似た紋様だった。


 だが、それはただの葵紋ではなかった。

 葉の葉脈に見える部分の細線が、異常なほど緻密で、まるで現代の電子基板の回路図プリントパターンのような、複雑な幾何学模様を形成していたのだ。


 防衛省の技術班が、即座に特殊な測定器をその石の扉へと近づける。


「……ピピッ」

 測定器が、微かな、しかし明確な反応音を鳴らした。


「既存技術外反応、確認」

 技術班の顔が、強張る。

「微弱ですが、空間の位相の歪みと、未知の電磁シグネチャを検出。……これは、ただの古い文化財ではありません。アーティファクトの結界構造です」


 官邸地下の会議室。


「……当たりですね」

 沖田が、冷徹に事実を口にする。


「ええ。徳川埋蔵金、発見です」

 三神が、満足げに頷いた。


「まだ、中身を見ていませんよ」

 総理が、慎重な姿勢を崩さずに言う。


「ここまで舞台装置フラグが揃っていれば、もうほぼ確定でしょう」

 三神は、缶コーヒーをプシュッと開けた。「歴史の扉が開く瞬間です」


 現地の作業員たちは、互いに顔を見合わせていた。

 彼らは、政府中枢が握っている『魂の庭』の事情など何も知らない。

 しかし、自分たちが今、日本の歴史を揺るがす途方もない瞬間に立ち会っていることだけは、肌で感じ取っていた。


「……開けるぞ」


 現地責任者の合図と共に。

 数人の作業員がバールとウィンチを使い、軋む音を立てて、封印の石扉をゆっくりと開け放った。


 ***


 石室の中は、ひどく乾燥し、ホコリの匂いすらしない、完全な保存状態が保たれていた。


 ライトの光が、奥へと差し込む。


 そこには。

 無数の【木箱(千両箱)】が、整然と積み上げられていた。


 調査官が、最も手前にあった一つ目の箱の蓋を、バールでこじ開ける。


 ……チャリン。

 鈍く重い金属音が響き、ライトの光を受けて、山吹色の輝きが暗闇に弾けた。


「……小判です」

 調査官の、掠れた声が響く。


 二つ目の箱を開ける。

「……大判」


 三つ目。

「……金塊です。刻印が打たれています」


 さらに奥の木箱を開ける。

「古文書の束。朱印状。……そして、蠟で厳重に密封された文書筒が多数」


 現地の空気が、完全に静まり返った。

 風の音すら消えたかのような、圧倒的な静寂。


 やがて、作業員の一人が、堪えきれないように、思わず呟いた。


「……本当に、あった」


「徳川埋蔵金……」

 別の作業員が、へたり込むようにして尻餅をつき、うわ言のように繰り返した。


 文化財調査員は、興奮で手が震えるのを必死に抑え込みながら、カメラで記録を撮り、本部に報告を入れる。

「江戸末期のものと見られる金品、多数。保存状態は極めて良好。徳川家関連の印、および幕府の公式記録とおぼしき文書群を確認。……詳細な真贋の確認と鑑定を要しますが……」


 彼は、息を呑んで結論を口にした。


「……間違いありません。徳川埋蔵金です」


 本当に、見つかってしまった。


 この時点で、政府が目論んでいた『完全な情報統制』は、事実上不可能となった。


 一部の地元関係者や作業員が、震える手でメモを取り、あるいは隠し持っていたスマートフォンの電源をこっそりと入れようとする。

 警察の警備部隊が「スマホの使用は厳禁だ! 端末を預けろ!」と厳しく制限し、通信ジャミングを強化するが。……「人間の口(噂)」までを、完全に塞ぐことはできない。


 ましてや、それが『徳川埋蔵金』という、日本人のDNAに刻み込まれた最高のエンターテインメントであるならば。


 ***


 最初は、地元の群馬県・赤城山周辺の、ごく小さな噂から始まった。


「赤城山で、政府がなんかデカいもん掘り当てたらしいぞ」

「金が出たってよ」

「マジで? 徳川埋蔵金?」


 その小さな火種は、数十分後にはSNS(旧Twitter)へと飛び火し、爆発的な速度で拡散を始めた。


『赤城山南麓、完全に警察と自衛隊に封鎖されてる。近寄れない』

『うちの親父が地元の土建屋なんだけど、なんか「政府関係者が多すぎてヤバい」って言ってた』

『徳川埋蔵金ってマジ? 令和になって見つかるとかある!?』

『いやいや、今まで何十回もテレビの特番で掘って出なかったんだから、デマだろww』

『でも、なんかガチで「金」が出たって噂が回ってるんだが……』


 その熱狂の渦を、ネット専門のニュースサイトがいち早く拾い上げた。


【速報】群馬県・赤城山で江戸期の大量の金品か? 政府関係者が極秘調査


 この一本の記事が投下された瞬間。

 テレビのキー局も一斉に動き出し、ヘリコプターが赤城山の上空へと殺到した。


 日本のインターネットは、完全に【爆発】した。


「徳川埋蔵金、マジだったの!?」

「赤城山伝説の完全勝利キターーーーー!!!」

「何十年も番組で穴掘り続けてたテレビ局のスタッフたち、今ごろ血の涙流して泣いてそうww」

「ていうか、なんで政府はいきなりピンポイントで場所分かったの? 絶対に裏でなんかアーティファクト使っただろ!」

「これ、国のものになるの? 徳川家の子孫のもの? それとも群馬県のもの?」

「国民の財産だろ! 俺たちに配れ!」

「埋蔵金で消費税下げろ!!」

「徳川埋蔵金で国の財政再建とか、字面が草生える」

「でも夢あるな……。最近アーティファクトの恐ろしいニュースばっかりだったから、こういうロマンあるニュースは本当に嬉しい」

「令和に徳川埋蔵金発見は、熱すぎる」


 官邸地下の会議室。


 沖田室長が、頭を抱えながら報告した。


「……総理。完全に、漏れました」


「でしょうね」

 矢崎総理は、特に驚く様子もなく、静かに紅茶を飲んだ。


「徳川埋蔵金が本当に出たとなれば、人間の口を完全に塞ぐことなど不可能ですからね」

 三神が、どこか楽しげに言う。


「金の発見については、事実として認めるしかないわね」

 総理が、腹をくくって言った。

「文化庁と連携して、公式発表の準備を進めて」


「ただし」

 沖田が、鋭い視線をモニターに向ける。

「アーティファクト(未来を呼ぶ札)の存在については、徹底して【非公表】とします」


「絶対に出せません」

 総理も、強く同意する。


 三神は、ここで不敵な笑みを浮かべた。

「……しかし、金の発見は、むしろ最高の【目眩まし】になりますよ」

 三神は、モニターに映るネットの狂騒を指差した。

「世間の視線と関心は、すべて『財宝(金)』と『歴史ロマン』へと向かう。

 ……そのお祭り騒ぎの裏側で、本命の『小さな木札』からは、完全に目が逸れる。Cicadaの連中でさえ、まさかあの金塊の山の中に、時間干渉系のアーティファクトが混ざっているとは、すぐには気づかないでしょう」


 総理は、その皮肉な構造に気づき、ハッと息を吐いた。

「……徳川幕府がやったのと同じことを。現代の日本政府も、繰り返すというわけね」


「歴史の反復です」

 三神は、満足げに頷いた。

「金で目を眩ませ、本当に危険なものを隠す。……為政者の手口は、何百年経っても変わりませんねえ」


 ***


 赤城山の石室の奥深く。


 調査隊は、積み上げられた大量の千両箱のさらに中心、部屋の最も奥まった祭壇のような場所に、一つの【小さな木箱】が安置されているのを発見した。


 それは、他の豪奢な金箱とは異なり、極めて質素で、何の飾りもない桐の箱だった。

 財宝を入れるための箱ではない。……重要な『書状』や『手形』を収めるためだけの、小さな箱。


 その表面には、墨で、力強い筆致でこう書かれていた。


『往き限り。戻りなし。』


 その文字が、調査隊のカメラ越しに官邸のモニターに映し出された瞬間。

 会議室の空気が、一気に引き締まった。


 三神編集長が、笑みを完全に消し去り、低く呟いた。

「……片道切符、ですね」


「開けなさい」

 総理が、現地の調査官に指示を出す。


 調査官が、震える手でその木箱の蓋をそっと開けた。


 中には、金銀財宝は入っていない。

 ただ一枚の、古い【木札】が、紫色の袱紗ふくさの上に静かに置かれていた。


 表面には、江戸期の関所を通るための通行許可証のような、見事な崩し字で文字が刻まれている。


御時渡御免おんときわたりごめん

『通行一人』

『往き限り』


 調査官が、手袋をした手で慎重にその木札を裏返した。


 その瞬間。

「……ッ!!」

 技術班のスタッフが、悲鳴のような声を上げた。


 木札の裏面には、肉眼ではほとんど見えないほどの微細な線で。……木目に擬態するように、金箔を用いて描かれた【超高密度の電子回路】のようなパターンが、びっしりと刻み込まれていたのだ。


「測定器を当てろ!」

 現地の技術官が叫ぶ。


「……時空位相反応を、確認!」

 測定器のモニターが、異常な数値を叩き出す。

「微弱ですが、反応は継続しています! 完全に停止(死んで)はいません!

 ……休眠状態です。何らかの条件が揃えば、限定的起動が可能な状態である可能性が高いです!」


 官邸地下の会議室。


「……これが」

 沖田が、モニターに映るその奇妙な木札を見つめ、息を呑む。

「徳川幕府が、未来人アドバイザーを呼ぶために使っていたという、アーティファクト……」


「ただちに、厳重に搬送を」

 矢崎総理が命じる。


「すでに、特殊部隊の護送ルートを準備しています」

 沖田が即答する。


 三神は、その木札の裏面に刻まれた異星の回路を見つめながら、静かに言った。

「……徳川埋蔵金の『本命』は、やはり、金ではありませんでしたね」


「歴史的な大発見(金塊)が、ただの目眩まし(カモフラージュ)になるなんて」

 総理は、深くため息をついた。

「本当に、嫌な話ね」


 ***


 数時間後。

 木札は、電磁シールドが施された特殊なジュラルミンケースに収められ、陸路と空路のフェイクを交えた厳重な警備のもと、東京の首相官邸地下へと運び込まれた。


 赤城山の現地では、金品の目録作成と、公式発表に向けた準備が進められている。


 表向きの政府発表は、こうなる予定だった。

『群馬県・赤城山周辺で、江戸末期に埋納されたと見られる大量の金品および古文書が発見された。徳川幕府関連の可能性が高く、文化財として保全し、詳細な調査を行う』


 もちろん、アーティファクトの存在や、「魂の庭」からの情報提供については一切触れない。ただの歴史的な大発見として、世間の熱狂に火をくべるだけだ。


 一方、官邸地下の隔離実験室では。

 回収された【木札】の、本格的な解析が始まっていた。


「……材質は、一見すると江戸期のヒノキ材と和紙に見えますが」

 防衛省の技術班が、3Dスキャン画像を見ながら報告する。

「内部に、非地球由来の微細なナノ構造が組み込まれています。金箔の部分が導体(回路)として機能しており、裏面の回路設計は……完全に、星間文明由来のオーバーテクノロジーです」


「使用された痕跡は?」

 沖田が問う。


「あります」

 技術班が答える。「使用履歴らしき残響(エネルギーの枯渇パターン)が、複数回確認できます。時空位相干渉の痕跡も残っています。……間違いなく、過去に何度か『起動』されています」


「そして、まだ完全に停止してはいないのですね?」

 総理が確認する。


「はい。完全停止ではありません。……正しい手順を踏めば、限定的な再起動が可能である可能性が高いです」


 この段階では、まだこの札が【どの時代の未来人】に繋がるのかは、科学的には断定できなかった。

 分かっているのは、魂の庭で得た証言と合わせて、「未来人を呼ぶアーティファクトである可能性が高い」ということだけだ。


「……本当に、起動できるのですか」

 沖田が、不安を隠せずに言う。


「可能性はあります」

 技術班が答える。「ただし、どの時代の人物に繋がるか、どのような形で(肉体としてか、ホログラムとしてか)現れるかは、完全に不明です。……最悪の場合、空間が崩壊するリスクもゼロではありません」


 三神編集長が、腕を組んで分析する。

「徳川幕府は、この札を政権の節目で何度か使っていた。

 ……つまり、これは完全に一回きりで壊れる『使い捨ての消耗品』ではないということです。

 ただし、起動のたびにエネルギーが劣化するのか、使用者の条件によって繋がる相手が変わるのかは……使ってみなければ分かりません」


「……危険ね」

 総理が、顔をしかめる。


「危険です」

 三神は、きっぱりと肯定した。「ですが、仕様リスクを全く知らないまま、地下に封印しておくのも、同じくらい危険です。……いざという時に使えない、あるいは暴走する可能性がある」


「……起動実験を行うのですか」

 沖田が、総理を見る。


 矢崎総理は、数秒間目を閉じて考え、そして、決断を下した。


「……【限定起動】を行います」

 総理の目が、鋭く光る。

「目的は、あくまで『挙動の確認』のみ。

 ……もし未来人が現れたとしても、我々から国家機密や未来の歴史を聞き出そうとはしないこと。

 相手を混乱させないことを最優先し、安全に通信を切断する。……いいわね?」


「賢明です」

 三神が、深く頷いた。

「未来人召喚装置に対して、一番やってはいけないのは、いきなり『次の戦争の勝敗は?』とか『株価はどうなる?』といった国家機密や欲望を聞くことです。……タイムパラドックスの地雷を踏み抜くことになりますから」


「それくらいは、分かっています」

 総理が、釘を刺すように言った。


 ***


 官邸地下、最高レベルの防護が施された隔離実験室。


 出席者は、極限まで絞られた。

 矢崎総理、沖田室長、三神編集長。そして、計測を行う技術班、万が一の事態に備える医療班、記録班、そして警備班のみ。


 部屋の中央、透明な防爆ガラスケースの中に、あの木札が置かれている。

 周囲には、時空位相センサー、脳波観測機器、高速度カメラ、そして暴走時に空間ごとシャットダウンする緊急遮断装置が厳重に配置されていた。


 三神が、マイク越しに最終確認を行う。


「……魂の庭で得た情報が正しければ、この札は未来人を呼ぶためのものです。

 ただし、どの程度未来の人間なのか。呼ぶ相手を我々が選べるのか。相手が肉体を伴って物理的に出現するのか、それとも意識ホログラムだけが繋がるのか。……何も確定していません」


「徳川幕府が呼んだ未来人と、同じ時代の人物が出る可能性は?」

 沖田が問う。


「あります」

 三神が答える。「全く別の、さらに千年先の未来へ繋がる可能性もあります。……今はまず、結果を見るしかありません」


 起動のプロトコルは、魂の庭で徳川慶喜から聞いた『言葉』を使用する。

 これが、このアーティファクトの音声認識キーになっている可能性が高かった。


 矢崎総理が、マイクの前に立ち、深呼吸をした。

 そして、はっきりと、静かな声で紡いだ。


「……『往き限り。戻りなし』」

「……『時の向こうより、一人、言葉を』」


 その言葉が、実験室のスピーカーから響き渡った、瞬間。


 ピシッ……。

 ガラスケースの中の木札の裏面の金箔回路が、眩い青白い光を放った。


「時空位相センサー、反応あり!」

 技術班が叫ぶ。「空間の歪曲率が急上昇しています!」


 空気が、陽炎のようにゆらゆらと揺れる。

 周囲の環境音(空調の音など)が、まるで水の中に潜ったかのように、急激に遠く、不明瞭になっていく。


 そして。

 防爆ガラスケースの向こう側の、何もない空間に。

 青白い光の粒子が収束し……一つの【人影】が、ゆっくりと実体を結び始めた。


 総理も、沖田も、警備班も、息を呑んでその影を見つめた。

 未来の英雄か。天才科学者か。それとも、進化した新人類の姿か。


 光が収まり。

 そこに現れた人物は。


「…………え?」


 ……あまりにも、予想外に【普通】だった。


 学者を思わせる白衣でもない。軍人の制服でもない。未来的な銀色のスーツでもない。

 むしろ……ヨレヨレのグレーのスウェット上下。足元は裸足。髪には寝癖がついている。

 どう見ても、休日の昼間に家でゴロゴロしている『普通の中年男性(あるいは若い会社員)』の、寝起きのようなラフな格好だった。


 その人物は、自分が突然見知らぬ部屋に立たされていることに、完全に混乱し、目を白黒させて周囲を見回していた。


「……えっ?」

 男は、自分の手を揉み、周囲の物々しい機材と防護ガラスを見て、ポカンとしている。

「……なにこれ。

 ……明晰夢?」


 そして。

 男の視線が、防弾ガラスの向こう側に立つ、スーツ姿の女性――矢崎総理に止まった。


 男は、目を限界まで見開いた。


「え、総理!?」

 男は、信じられないものを見るように、思わずガラスに顔を近づけた。

「矢崎総理が、俺の目の前にいる……!?」


 矢崎総理は、そのあまりにも庶民的で「普通のリアクション」に、一瞬だけ困惑した。

 だが、相手を刺激してパニックにさせないため、彼女は為政者としての見事なポーカーフェイスを崩さず、柔らかく、苦笑交じりに言った。


「……ええ。夢ですよ」


 横で聞いていた沖田が、微妙な顔をして総理を見る。

 三神は、口元を手で覆い、必死に笑いをこらえていた。


 男は、総理の言葉を聞いて、あっさりと納得したように自分の頭を掻いた。


「……ですよねー! やっぱり夢か!」

 男は、安堵したように笑った。

「そりゃそうか。日本の総理大臣が、俺みたいな平社員の目の前に、いきなり現れるわけないもんな。……にしても、最近ニュース見過ぎたせいか、リアルな夢だなぁ」


 総理は、相手が「夢だと思い込んでいる」この状況を最大限に利用し、穏やかに問いかけた。


「……せっかくの夢ですから。何か、日本政府に言いたいことはありますか?」


 男は、不意に振られて戸惑った。

「えー……? 日本政府に?」

 彼は、スウェットのポケットに手を入れて、天井を見上げて少し考える。

「急に言われてもなぁ……」


 そして。

 彼は、ハッと思い出したように、目を輝かせて言った。


「あっ。

 ……徳川埋蔵金、見つかったんですよね?」


「……っ」

 総理の表情が、わずかに、しかし確実に固まった。


 男は、全く気づかずに、興奮気味に続けた。

「ニュースで見ましたよ! 赤城山で出たって! スゲェなって思って!

 ……だから、お願いです!」


 男は、総理に向かって、両手を合わせて、満面の笑みで言った。


「徳川埋蔵金見つかったんだから、消費税下げてください!」


「…………」


 隔離実験室の時間が、完全に止まった。


 三神編集長が、ついに堪えきれずに肩を激しく震わせ、音を殺して爆笑し始めた。

 沖田室長は、頭痛を堪えるように眉間を押さえた。


 矢崎総理は、数秒間フリーズした後……ふっと、本当に可笑しそうに、苦笑を漏らした。


「……すみません。それは、できないわ」


「なーんだ」

 男は、少し残念そうに肩を落とした。

「そりゃそうだよな……。埋蔵金が出たくらいで消費税下がるわけないか。夢なのに、妙に現実的で厳しいなぁ……」


「消費税は下げられません」

 総理は、それでも、国民の代表として真摯に答えた。

「……でも、徳川埋蔵金は、国民のために『有効活用』することを約束します」


 男の顔が、少しだけ明るくなった。

「おお、そうですか!

 ……夢だけど、言ってみるもんだなぁ」


「ええ。言ってみるものです」

 総理は、優しく微笑んだ。


 男は、少し満足そうに笑った。

「じゃあ、よろしくお願いします。

 あ、あと、最近物価も高くてキツいんで、なんとか……いや、夢の中で総理に文句言っても仕方ないか」


 その時。

 木札の青白い光が点滅し始め、男の身体の輪郭が、ノイズのようにブレて薄れ始めた。


「おっ……。変な夢だったなぁ……」


 男は、自分が消えかかっていることに気づかないまま、大きく欠伸をし。

 ……そのまま、光の粒子となって、完全に空間から掻き消えた。


 木札の光も、スッと消え、実験室にはいつもの冷たい照明の光だけが残された。


 ***


 実験室に、重い、しかしどこか脱力したような沈黙が落ちた。


 最初に口を開いたのは、沖田だった。


「……一般市民でしたね」


「一般市民でしたね」

 三神が、まだ笑いの余韻を残しながら頷く。


「かなり、率直な要望でしたね」

 総理が、苦笑交じりに言う。「消費税下げろ、とは」


 だが。

 三神編集長は、笑いをスッと収め、記録された映像データを巻き戻しながら、極めて冷徹な分析の目つきに変わった。


「……笑い事ではありませんよ。

 重要なのは……彼が【何を知っていたか】です」


「何を知っていたか?」

 沖田が眉をひそめる。


「はい」

 三神は、映像を一時停止させ、男の発言のポイントを指差した。

「第一に、矢崎総理の顔を見て、即座に『総理』だと認識したこと。

 第二に……【徳川埋蔵金が赤城山で発見された】という事実を、ニュースで知っていたこと。

 第三に、消費税や物価高を、現代日本の切実な政治課題として語ったこと」


 矢崎総理の目が、鋭く光る。

「……つまり?」


「彼は、数百年先の未来人ではありません」

 三神は、決定的な推理を口にした。

「彼は、少なくとも我々と同じ【202X年現在の日本人】……あるいは、徳川埋蔵金発見がニュースで大々的に報道された直後の、【ごく近未来(数日~数ヶ月後)の人物】である可能性が、極めて高いということです」


「遠未来人では、ない……」

 沖田が、息を呑む。


「少なくとも、今回の接続先はそう見えます」

 三神は、男の服装や言葉遣いを指差す。

「彼が着ていたスウェットのブランド、言葉のアクセント、総理へのフランクな反応。すべてが、202X年の現代日本の一般市民として、完全に自然です。違和感が全くない」


 総理が、木札を見つめながら言う。

「……では、このアーティファクトは……」


「『未来人を呼べる』という徳川慶喜の証言は、正しかった」

 三神は、ロジックを組み立てる。

「ただし、今回呼ばれた『未来人』は、我々から見ればほぼ同時代の人間だった。

 ……しかし。江戸時代の徳川幕府から見れば?

 202X年の普通のサラリーマンであっても。……彼らにとっては、十分に過ぎるほど、途方もない【未来人】です」


 沖田の顔色が、変わった。


「……まさか」

 沖田は、信じられないというように言った。

「徳川幕府が、政権の節目で呼んでいた『未来人アドバイザー』も。……我々と同じ、202X年付近の、ただの現代人だった可能性があると……!?」


「可能性はあります」

 三神は、深く頷いた。

「もちろん、徳川が呼んだすべての未来人が、同じ時代(現代)とは限りません。アーティファクトの接続先がランダムなのか、法則があるのかはまだ不明です。

 ……しかし、今分かったのは。この木札が、少なくとも『202X年付近の人物』へと接続できる機能を持っている、ということです」


「未来の英雄や天才科学者ではなく。……未来の、普通の国民」

 総理が、その事実の重みを噛み締めるように言う。


「ええ」

 三神が言う。

「ですが、過去の権力者(徳川幕府)にとっては。……それだけで、国家の運命を変えるには十分すぎるほどの『異物(劇薬)』だったのでしょう」


 ***


 三神の分析は、さらに深く、歴史の真髄へと切り込んでいく。


「……徳川幕府が本当に求めていたのは、未来の強力な兵器でも、黒船を撃退する技術でもなかったのかもしれません」

 三神は、目を細めて言った。


「では、何を求めていたのです?」

 沖田が問う。


「未来の【常識】です」


 三神は、現代人にとっては当たり前だが、江戸時代の人々からすれば信じがたい「常識」を羅列した。


「身分制度(士農工商)が存在しない世界。

 将軍という権力者がいない世界。

 女性が、一国の総理大臣トップになる世界。

 庶民が、国のトップに対して平気で『消費税下げろ』と文句を言える世界。

 ……戦争を避けることが、国際社会の当然の価値観となっている世界。

 ……そして、徳川幕府はすでに滅んで復活していないが、それでも日本史の中で『平和な時代を築いた』と評価されている世界」


 三神は、総理を見据えた。


「……そういった『未来の普通の感覚』は。

 当時の幕府の権力者たちにとって、どれほどの衝撃だったと思いますか?」


 総理は、言葉を失った。


「つまり、未来人アドバイザーは、歴史に名を残すような偉人である必要は全くなかった」

 三神が結論づける。

「むしろ、歴史の全体像を知らない『普通の未来の庶民』だからこそ、意味があったのかもしれません。

 権力者は、専門家や家臣の賢い助言には慣れています。……けれど、数百年後の庶民の『当たり前(常識)』の言葉は、権力者の凝り固まった価値観を根底から破壊する、最も強烈な劇薬になり得るのです」


「……徳川幕府が、未来の普通の人の感覚(世論)を聞いて、政策を決めていた」

 沖田が、くらくらするような頭を抱えながら呟く。


「それは……少し怖いけれど。とても面白いわね」

 総理が、微かに微笑んだ。


「ええ」

 三神も笑う。「徳川幕府が二百六十年も長く続いた理由の一端が、『未来の庶民の愚痴を聞くこと』だったとしたら。……これほど痛快な歴史の皮肉ロマンはありませんよ」


 沖田が、実務的な疑問を呈する。

「……もし、過去に呼ばれた人物が現代の人間だとしたら。我々の時代で、その人物を特定することは可能ですか?」


「接続履歴の残滓はあります」

 技術班が答える。「ただし、そこから個人のIPや生体情報を逆探知して個人識別を行うには、相当な時間がかかります」


「現代側の人間は、それを『リアルな夢』として認識している可能性が高いですね」

 三神が推測する。


「夢?」


「ええ」

 三神は言う。「江戸城の広間で、徳川家康と話した夢。幕末の御殿で、徳川慶喜に会った夢。……妙に鮮明で、後から調べると、歴史の細部(史実)と恐ろしいほど一致している夢。

 ……そういう証言(書き込み)が、ネットのどこかにあるかもしれません」


「政府が、“江戸時代の夢を見た人”を血眼になってネットで探すわけですか」

 沖田が、呆れたように言う。


「絶対に、表には出せないわね」

 総理が苦笑する。


「Cicada 3301の連中が聞いたら、喜んで『徳川の未来人探し』の特番を組んで世界中に配信するでしょうね」

 三神が、嫌な未来を予想する。


「やめてください」

 総理が即座に拒絶した。

「極秘で、医療記録やネットの書き込みを広く漁るのは危険すぎるわ。個人情報保護の問題もある。

 ……まずは、技術班による木札の接続履歴の技術解析を優先。人間側の調査は、極めて慎重に進めましょう」


「了解しました」

 沖田が頷く。


「……それで。赤城山で発掘された『金品』の扱いは、どうしますか?」

 沖田が、現実的な問題に戻る。


「文化財として保全し、歴史資料として調査を進めます」

 総理は、明快に答えた。「ただし、その金銭的価値については……国民にきちんと説明できる形で扱う必要があります」


「先ほどの一般市民にも、夢の中で約束してしまいましたからね」

 三神がニヤリと笑う。


「ええ」

 総理は、真剣な顔で頷いた。

「消費税は、私の権限だけでは下げられないけれど。……徳川埋蔵金は、必ず『有効活用』しましょう」


「有効活用とは、具体的に?」


「文化財としての保全、研究、そして公開。さらに地域(群馬県)への還元」

 総理は、政治家としての判断を下す。

「そして、もし莫大な金銭的価値が認められたなら……必要に応じて、歴史教育の基金や、災害復旧の財源など、国民全員に説明可能な形で公に使うわ。

 ……少なくとも、明治の権力者のように、政府が裏でこっそり軍事費や秘密予算に横流しするような真似は絶対にしない」


「徳川幕府が、未来の日本の声を聞くために隠した金ですからね」

 三神が、深く同意する。

「未来にあたる『現代の国民』へそのまま返すのが、一番の本分でしょう」


「それが一番、筋が通るわね」

 総理が、安堵したように微笑んだ。


 ***


 数日後。

 日本政府は、世界中が注目する中、ついに公式発表を行った。


『群馬県・赤城山周辺において、江戸末期に埋納されたと見られる大量の金品、および古文書が発見されました。

 徳川幕府関連の遺産である可能性が極めて高く、政府はこれを文化財として厳重に保全し、詳細な調査を進めます。

 調査が可能な範囲で順次公開を検討するとともに、発見品の経済的価値については、文化財保護と国民への還元の両面から、透明性をもって有効な活用方法を検討してまいります』


 当然ながら、アーティファクト(未来を呼ぶ木札)については一切触れられなかった。


 だが、その「徳川埋蔵金発見」という圧倒的な歴史的ニュースは、アーティファクトの恐怖に疲弊しきっていた日本のネット空間に、強烈な熱狂とカタルシスをもたらした。


「徳川埋蔵金、マジで公式発表キターーーーー!!!」

「赤城山伝説、大勝利!! 埋蔵金特番のスタッフ、今ごろ泣いて喜んでるだろ!」

「『国民への還元』って言ったぞ! 消費税下げろ!」

「いや、国民一人一万円配れ!」

「文化財だから勝手に売れないだろ。でも、博物館で展示してほしい!」

「群馬県すごい。温泉と埋蔵金の県になったな」

「政府がピンポイントで場所を見つけた理由が一番気になるんだけど……絶対裏で最新の地中レーダーとか使ったんだろ」

「最近の世界、暗いニュースばっかりだったから、こういうロマンあるニュースは本当に最高だわ」


 ***


 その日の夜。


 あの隔離実験室の木札に呼ばれた、一般市民の男が。

 自宅のベッドで、目を覚ました。


「……んん……変な夢だったな……」


 男は、寝ぼけ眼をこすりながら起き上がり、リモコンでテレビの電源を入れた。

 画面には、朝のニュース番組が映し出されている。


『――続いてのニュースです。昨日、政府は群馬県の赤城山で、伝説の「徳川埋蔵金」とみられる大量の金品が発見されたと公式に発表しました』


 男の動きが、ピタリと止まった。


 ニュースの画面の中で。

 矢崎総理が、記者会見のフラッシュを浴びながら、真剣な顔で語っている。


『徳川埋蔵金については、文化財として保全しつつ……国民に説明できる形で、【有効活用】を検討してまいります』


「…………え?」


 男は、持っていたリモコンをポロリと落とし、テレビの画面を信じられないものを見るように見つめた。


 夢の中で、自分が「消費税を下げてくれ」と頼んだ時。

 目の前にいた総理大臣が、確かにこう答えたのだ。


『消費税は下げられません。でも、徳川埋蔵金は【有効活用】することを約束します』


 ……一言一句、同じだった。


 男の背筋に、ゾクッと冷たいものが走った。


「……いや、ないない」

 男は、自分に言い聞かせるように苦笑した。

「偶然だろ。……変な夢を見たせいで、記憶が混濁してるんだよな。総理と夢で話すわけないし……」


 それでも、なぜか妙に胸の奥がざわつく。


 彼は、無意識のうちにスマートフォンを手に取り、検索ウィンドウに文字を打ち込んだ。


『徳川埋蔵金 消費税』

『総理 有効活用』

『明晰夢 総理』


 彼は、まだ自分が日本の歴史の巨大な歯車の一部に組み込まれたことに、完全には気づいていない。


 ***


 徳川埋蔵金は、確かに赤城山の地中深くに存在した。


 だが、日本政府が本当に血眼になって探していたものは、金ではなかった。

 黄金の山の中心にひっそりと隠されていたのは、時の向こうから人を呼ぶ、古びた通行手形。

 徳川幕府が政権の最大の危機において使い、そして最後には、「未来を知る傲慢さ」を恐れて明治政府へ渡すことを断念した、片道切符だった。


 その札が呼んだのは、偉大な未来の預言者ではなかった。

 未来の英雄でも、天才科学者でも、無敵の軍事顧問でもなかった。


 ただの、現代日本の、どこにでもいる一般市民だった。


 彼は総理を見て驚き、徳川埋蔵金のニュースを話題にし、そして無邪気に言ったのだ。

「消費税を下げてください」と。


 あまりにも現代日本らしく、そして権力者にとっては拍子抜けするほど俗物的な願いだった。


 だが、三神編集長はそこにこそ、歴史の深い意味を見た。


 徳川幕府が呼んでいた未来人とは、必ずしも未来の偉人ではなかったのかもしれない。

 未来の、普通の人間。

 未来の、普通の常識。

 未来の、普通の不満と願い。


 それこそが、城の奥深くに閉じこもり、世間と隔離された過去の権力者たちにとっては、何よりも得難く、何よりも価値のある【真実の助言】だったのだ。


 徳川は、未来を聞いていた。

 そして令和の日本政府は、過去から掘り出された札によって、図らずも「現在の国民の生の声」を聞かされることとなった。


 金よりも重いものが、赤城山の土の中から掘り出されていた。


 それは、過去と未来を、そして権力者と名もなき民を繋ぐ……一本の、不思議な片道切符だった。



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― 新着の感想 ―
(͡°͜ʖ͡°)何なら、減税どころか埋蔵金文化センター等の施設諸々と警備のための臨時増税案を出してきそうな財務省…
この世界の工藤さんかな?
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