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魔法学院編 第七話

 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、第五クラスの教室から午前の講義の熱が抜けていく。

 隼人は立ち上がり、廊下に出た。その横には当然のように一朗が並ぶ。

「隼人、今日があれだっけ?」

「ああ。席が無くなる前に確保しないとな。」

 二人は喋りながら歩いていく。向かう先は院生食堂。食堂とは言えどそのクオリティは非常に高い。学院には多くの名家が寄付を行っているため、雇われているシェフは超一流。和洋中全て揃った高級レストランのようなものだ。尤も、院生が利用する事を考慮して廉価に設定されているが。

 そうなると当然昼時は混雑する訳で。

「いやー、ほんっとに混んでるな。」

 一朗は食堂に集まる大量の院生を見て嘆息する。

「そうだな。だが、席は取っておいてくれたみたいだ。」

 隼人と一朗の視線の先には、二人に向かってヒラヒラと手を振る院生の姿があった。

 人混みを抜けた先で待っていたのは――

「この前ぶりだね、籠目くん。横にいるのが…」

「俺、佐倉一朗。一朗って呼んでくれな!」

「一朗くん。よろしくね。」

「おう!」

「……。」

 端正な顔立ちと和やかな雰囲気で周囲の目を引いていたのは玲司。その横で晃平は何も言わず二人に会釈していた。

「お節介だったかもしれないけど、二人の分も用意しちゃったよ。混みすぎていて注文するのも受け取るのも時間がかかりそうだったからね。」

 玲司が卓上に置かれた四つの定食を示す。

「何から何まですまないな。」

「構わないよ。さっ、冷める前に食べよう。」

 四人は席につき、昼食を食べ始めたのだが…。

「なんか落ち着かないんだけど?」

「そう言うな。第一クラスの生徒と第五クラスの生徒が同席すること自体珍しいんだろう。それに加えて俺や玲司は目立つからな。」

 隼人の言葉に3人は苦笑する。玲司のルックスが注目を集めるのは当然そうなのだが、さらに新入生総代という肩書きもある。食堂内――特に一年生からの視線は避けられない。

 しかもその玲司と同席しているのは第五クラスの二人。晃平が傍にいるのはいつもの事だが、白髪の青年が傍にいることでより一層注目の的となっていた。

「籠目くん。改めてこの前の授業では助かったよ。ありがとう。」

「礼を言われることをした覚えはない。それと俺の事も隼人でいい。こっちも玲司と呼ばせてもらう。」

「わかったよ、隼人くん。しかし参ったよ、晃平も僕も負けるとは思っていなかったからね。」

「そうだろ〜。流石、俺が見込んだ男なだけあるぜ。」

「なんでお前が得意気なんだ…。」

 自分の事のように嬉しそうな一朗の様子に玲司が笑う。

「二人は仲がいいんだね。入学する前から友達だったのかい?」

 その言葉に隼人と一朗は顔を見合わせる。

「いや、全然。入った時の隼人は本当に無口だったなあ。俺が強引に喋りかけたら少し話してくれるって感じ。」

「フフッ…晃平、君も一朗くんを見習いなよ。」

「…善処しよう。」

 困り顔の晃平を見て、今度は一朗が笑う番だった。

 第一クラスと第五クラス。四人はその壁を取り払ったように談笑していた。

 そんな中、不意に玲司が真顔に戻る。そして声を潜め、テーブルの中心に顔を寄せた。

「そういえば今年も合同演習があるらしいけど、聞いた?」

「知らないな。情報元は?」

「いや、僕も噂で聞いただけなんだけど…。」

「なあなあ、合同演習って何だ?」

 晃平は勿論だが、玲司も真面目な顔を崩さない。ピンと来ていないのは隼人と一朗だけのようだ。

「合同演習は学年全体で行う実戦想定の演習授業だよ。」

 玲司の簡潔な説明に晃平が補足する。

「内容は敵性犯罪者集団制圧と災害対応の複合。評価は撃破数に加えて被害抑制と二次被害の防止、状況判断を総合して下される。」

「つまりはガチな戦闘ってこと?」

 一朗の言葉に全員が呆れた顔をする。

「え、そういうことだろ?」

「…そういう事だ。取り敢えず――「話し中すまないな。鷲宮玲司、少しいいか?」

 突如テーブルの横に影が落ちる。

 声をかけてきたのは上級生だった。胸元の徽章で評議会の執行部だと分かる。彼の背後に、同じ徽章の院生が二人。全員が第三学年の制服を着用していた。

「これは先輩方、ご要件はなんでしょうか?」

 玲司は立ち上がらず、話しかけてきた三年生の話を聞く。しかし和やかな雰囲気は鳴りを潜め、僅かな苛立ちを滲ませている。

 昼食を邪魔されたからではない。三人の上級生が隼人と一朗に向ける軽蔑の目線を感じ取ったからだった。

 三年生はそんな玲司の様子を気に留める素振りを見せず、話を続ける。

 「評議会として今年度の実働班を増やす。その際に君の名が挙がった。家の事情も、君の立場も承知している。だからこそ表に立つ人間が必要だ。」

 「評議会は院生による自治組織のはずです。教員の関与しない評議会で、名が挙がると言うのは誰の判断ですか?」

 玲司の声は表面上柔らかいが、問う内容は鋭い。上級生は一瞬だけ目を細めた。

 「院生総代の意向が大きいが、決定は合議だ。君が入れば、君自身の安全にも繋がる。学院内でもずっと護衛を侍らせているのは如何なものかと思うが?」

 護衛という言葉で周囲の目線が晃平に集まる。しかし当の晃平は何も言わずに黙々と定食を食べ進めていた。

 玲司は少しだけ口角を上げた。

「安全を餌にするのは得策ではないですね。僕は安全のためであれば評議会に入りません。」

「では何のためなら入る?」

「学院を動かすためなら入りますよ。」

 上級生は短く息を吐き、頷いた。

「返事は急がせない。だが、今週中に一度、執行部へ顔を出してほしい。」

 そう言って三年生達は立ち去った。それを見て玲司は小さく溜息を漏らす。

「すげえな、勧誘ってあんなに堂々としてるのか。」

 一郎の言葉に玲司は苦笑する。

「バックにいるのが九条先輩だからね。それに評議会は一握りの院生しか所属できない憧れの組織、って感じだから堂々としているんじゃないかな。」

「へー、そういうもんか。」

 だが、彼らを訪れる者は評議会だけはなかった。

「鴉羽晃平。」

 呼びかけたのは別の上級生。制服の袖口に着けている黒い腕章。学内保安委員会だ。二人組で、片方は背が高く、片方は目つきが鋭い。

「学内保安委員会だ。君の動き、ログで見せてもらった。あれだけ実戦慣れした動きを出来る1年生は貴重だ。」

「…勧誘ですか。」

 晃平が短く声を発する。

「そうだ。委員会は名誉職じゃない。実際に起こる校内の事故、暴走、対人トラブルを対処する。そのために君みたいな人間が必要だ。」

「お断りします。」

 即答だった。守ると決めたものから離れない。玲司は横目で見たが止めなかった。

 鷲宮家を護る為の鴉羽家。そこで生きる者としては当然の判断であろう。

 だが、保安委員会の上級生は引かない。

「鷲宮を守りたいならば制度側に立て。委員会に入れば、君の行動には正当性がつく。」

「……。」

「それに、保安は学院内で必要であれば魔法の使用が許可されている。この権限だけでもあった方が良いと思うがな。」

 上級生の言葉に晃平の瞳が揺れる。ちらりと玲司の方を見るが、玲司は軽く頷くだけだった。

「…もう少し詳しくお話をお聞きします。」

 晃平の返答に上級生は満足そうに微笑み、名刺代わりの端末IDを置いた。

「放課後、第二体育館裏。五分でいい。」

 二組の勧誘が終わった後、テーブルには妙な静けさが残った。食堂の喧騒だけが遠くで続いている。

 一朗が隼人に視線を向ける。

「お前は?」

「何がだ。」

「勧誘。来ないのかよ。お前、あの授業で……」

 言いかけて止める。先日の隼人の勝利を口にすれば、余計に人を呼ぶ。代わりに口を開いたのは晃平だった。

「…籠目はそのままの方が良い。」

「僕も晃平と同じ意見だよ。」

 隼人は何も言わない。二人の言い分に同意していたからだ。

「なんでだ?隼人がそういうのに入れば第五クラスっていう枠組みから外れて良いモデルケースになるんじゃないの?」

「だからこそ、だよ。」

 玲司は眉を顰める。

「組織は、所属した瞬間に弱点になる。評議会も保安も同じさ。誰かの名札を付けた途端、相手はその名札を狙えるようになる。」

「要するに攻撃の的になるってことだ。もし俺が組織に所属すれば、それを面白くないと思う連中が粗を探すようになるだろう。」 

 隼人は短く息を吐き、続ける。

「そうなると一朗や玲司、晃平にまで嫌がらせが波及するかもしれない。それは避けたいところだ。」

「なんかさー…第一クラスだの第五クラスだのって面倒だよな。こんな差別、無くなればいいのに。まあ無理なことだろうけど…。」

 一朗の愚痴に玲司が笑う。

「一朗くんの言う通りだと、僕達も思うよ。だからこそ、僕が変える。評議会に入って、学院を変えるのさ。」

「おぉ〜、頼もしい。期待してるぜ、玲司!」

 一朗の素直なリアクションに玲司は照れたように笑う。

 瞬間、隼人は顔を上げた。食堂へと繋がる廊下。その柱の影。そこから今、確かに視線を感じた。だが誰もいない。

 (気の所為か?いや、今のは間違いなく…)

「…と、隼人!」

「どうした?」

「どうした?はこっちの台詞だよ!急に怖い顔するから…」

「すまん。今日は早起きでな。少し疲れているみたいだ。」

「ったく、ちゃんと休まないとダメだぞ。」

「悪いな。」

 食事を終えた四人は立ち上がり、食器の乗ったトレーを返却口へと運ぶ。

「じゃあまたね。これからお昼は時間が合えば一緒に食べよう。」

「そうだな!今度は俺らが先に来て用意しとくぜ!」

 別れを告げて、それぞれの教室へと戻っていく。


 そんな中、廊下の奥で九条御影は静かに歩いていた。評議会の執行部が玲司に接触したことは、彼女の許可した動きだ。保安委員会が晃平を狙ったことも、想定の範囲内。

 ただ一つ、想定外だったのは――


 「籠目、隼人…。」

 御影は、その名前を胸の中で反芻した。あの屋上で、教員の会話から拾った「制度で扱えない存在」。その影が、昼食のテーブルで形を持った。

 御影は視線を外し、端末の記録だけを静かに更新する。

 学院の盤面に、新しい駒が載った。名札を付けないまま、最も厄介な位置に。




 


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