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魔法学院編 第四話

 国立皇央魔法学院は敷地内及び校舎内ほぼ全てが魔法使用を前提として設計されている。だがここ――第二体育館は数少ない例外の一つだ。

 床は硬く、天井は高い。結界は貼られているが、それは破壊を防ぐためのものではなく、余計な魔力干渉を遮断するためのものだった。

 入学3日目。この第二体育館に集められたのは第一クラスと第五クラスの生徒達だった。未だクラスメイトとも打ち解けきっていないと言う理由だけではない、異様な雰囲気に包まれていた。

 第五クラス――通称、大誤(エラー)とは対照的に、第一クラスは模範的な生徒ばかりが集まっている。そんな2クラスが集まれば当然、そこには歪みが生じる。

 第五クラスを見下す第一クラスと、第一クラスを僻む第五クラス。勿論全員が全員そのような感情を抱いている訳では無いが、多数が()()であるのは疑いようのない事実だった。

 各クラスの生徒達が並んでいる中、その前方に立っていたのは第五クラス担任、篠宮真之と――

「第五クラスの諸君、初めまして。入学式の教員紹介で知っている者も多いと思いますが、第一クラス担任の中条貢(なかじょうみつぐ)です。」

 

 中条貢。その名前に第五クラスの生徒達は騒めく。彼はここ国立皇央魔法学院での有名人だ。いや、日本にいる魔法士であれば誰もが聞いた事があると言っても過言ではない。

 五大宗家の一角である九条家――その分家である中条家出身でありながら、日本国内屈指の魔法士と呼ばれるまでに登り詰めた男。

 彼は元々日本統合防衛軍所属魔法士で、殊に近接格闘術では国内屈指の実力を誇っていた。2158年に発生した大規模魔法犯罪集団――黄金の指(ゴールデンフィンガー)によるテロ制圧戦においては単独で敵魔法士20人を相手取り、人的被害をゼロに抑えながら勝利。その武勇伝はニュースを通じて日本中に広まり、彼を英雄と崇める者も存在したほどだ。

 そんな彼が魔法学院の教員として生徒たちの前に立っているのだ、騒つくのも無理はないだろう。

「本日は徒手格闘講義を行います。ですので、魔法使用は全面的に禁止とします。」

 その発言に両クラスはまたも騒めく。魔法学院だと言うのに魔法を使えないというのは可笑しな話だ。

「お静かに。これから魔法を禁止とする理由を説明します。」

 その言葉で生徒達は一斉に口を閉じる。中条の口調は丁寧なものだが、その奥底には第一線で戦った者としての重みが感じられる。その重厚な雰囲気を感じ取れない生徒はここにいなかった。

 静かになった生徒たちを満足そうに眺め、微笑みながら中条は話を続ける。

「近年、魔法犯罪集団は増え続けて行く一方です。君達は魔法士を志す以上、彼等との戦闘に備える必要があります。研究職を目指す場合であっても、それは同じです。」

 そこで一旦言葉を切り、中条は表情を引き締める。

「魔法犯罪者はこちらの都合で戦ってくれません。魔法発動準備中に待ってくれる程甘くありませんし、距離を取らせてくれる相手もいません。ですから、魔法が使えない状況下でも自分の身を守れるようにならなければいけないのです。」

 体育館が静寂と緊張感に包まれる。そこで初めて篠宮が口を開いた。

「今回魔法使用を禁じた理由は分かったな。理解できたら各自ウォーミングアップを始めろ。対戦の組み合わせはこちらで発表する。アフターケアのために学院の治癒魔法士も待機しているため、相手に対する手加減は不要だ。いざとなれば我々が介入する。」

 篠宮の言葉で生徒達は完全に理解した――生温い講義ではない、と。

 

 各々が散開してウォーミングアップを開始する中、隼人と一朗も同じように体育館の隅で体を動かしていた。

 入念に準備運動を行った後、2人は向かい合ってマススパーリングを開始する。

「まさか中条貢がこんな所にいるなんてな」

「そうだな」

「反応うっす…いつもの事だけど。」

「すまない、話すのは苦手でな。」

「いいって。それより隼人、随分慣れてるな。」

「ああ。父が格闘技の道場をやっていてな。それを言うなら一朗も慣れているように見えるが?」 

「俺は兄貴が軍人でさ。うるさいんだよ、そういう所は。」

「そうだったのか。お兄さんは入ってどのくらいなんだ?」

「今ちょうど2年経ったところ。」

 2人は他愛の無い話をしながらマススパーを続ける。一朗の額に汗が滲んできた頃、篠宮が手を叩いて生徒達のウォーミングアップを止めさせた。

「早速始める。身体は動かしていても構わないが、戦う2人を見てどう動くべきかを常に考えておけ。」

 そうして第一と第五から1人ずつ呼ばれ、試合が始まった。”名門”である皇央魔法学院に入学した生徒達による試合は、同世代のそれとは一線を画したレベルとなっていた。

 

 隼人の番が回ってきたのは、いくつかの試合が終わり体育館の空気が”徒手格闘”というものに慣れ始めた頃だった。 

 「次。第一クラス、鴉羽晃平くん。第五クラス、籠目隼人くん。両者前へ。」

 呼ばれた隼人は一朗の元から離れ、中央に向かった。タイミングを同じくして鴉羽晃平も立ち上がる。

 2人は距離を取り、静かに向かい合った。

「最初に説明したように、手加減は必要ありません。全力で相手を制圧してください。わかっているとは思いますが、魔法の使用は禁止です。良いですね?」

「「はい。」」

「では向かい合って――礼。」

 中条に促され、2人は礼をする。

「それでは――始め!」


 先に動いたのは晃平。踏み込みは早いが、全力ではない。相手の反応を見るためだ。

 晃平の右拳が隼人に迫る。だが隼人はそれを受けず、半身を切って拳の軌道から最短距離で外れた。

 ガードは上げず、両腕は下がったまま。そこをさらに踏み込んで晃平の左が追う。隼人は前腕で受け、肘から肩へと衝撃を受け流す。

 (――硬い。)

 晃平は即座にそう判断した。相手の受けの軽さと、身のこなしを見て警戒レベルを数段引き上げる。

 距離を詰めて晃平が連打する。狙いは顔ではなく、鎖骨、肩、胸元。全てが相手の体制を崩すための打撃だ。

 隼人は後退しながら一つ一つを捌いていく。

 一発は当たりながら後退して威力を消す。

 一発は肩を透かす。

 一発は半身を残して躱す。

 見ている生徒達は晃平のワンサイドゲームだと思っているが、当の晃平は隼人の技量に驚嘆していた。

 (一発もまともに入らない。籠目隼人…何者だ?)

 晃平からすれば全ての攻撃が受け流されている今の状況は信じ難いものだった。彼は学業の傍ら鷲宮玲司のボディーガードも務めているが、その事実を知るものは学院内にほとんどいない。ボディーガードである以上、当然ながら他の生徒よりも実戦経験は多い方だ。幼少期から鷲宮家のボディーガードとして育てられた晃平は、同世代では群を抜いて徒手格闘に優れている。

 だと言うのに、無名の――しかも第五の生徒に攻撃が通用しない。

 

 拳を中心として攻めを組み立てていた晃平が、突如蹴りを繰り出す。しかし隼人はこれも脛でガード。そのまま身体を斜めにずらし、晃平の正面に立たないように位置を調整する。

 そこへ一歩踏み出して追撃仕掛けた晃平に、初めて隼人が拳を出した。

 その拳は正確に晃平の胸元を打ち抜いたが、決定打とはならず晃平の踏み込みを抑えるのみに留まった。

 (失敗か?いや――距離を作ったのか。)

 しばらく晃平の攻勢は続いたが、隼人は顔色一つ変えることなく全ての攻撃を()()()()()。しかし、隼人が反撃に動くことはなかった。故に晃平は一つの可能性にたどり着く。

 (このままやり過ごしながらこちらのスタミナ切れを待つ考えだな。)

 このままやっていても埒が明かない。そう確信した晃平は、完全制圧の為に大きく動いた。先ほどよりも早く鋭い、顎を狙った下段からの拳。先ほどのように後退して躱すか、衝撃の一部を吸収して往なすか。そのための次善の策として次に踏み込む位置、タイミングをパターンごとに組み立てていた。

 しかし、隼人は予想していなかった動きをする。迫る下段からの拳に自らの拳を合わせたのだ。捩じるように伸びた隼人の拳は、晃平の腕を勢いよく弾き飛ばした。

 (――踏み込んだ時点で負けだったか。)

 腕から伝わる衝撃を殺しきれずよろめく晃平。その一瞬の隙を見逃すほど隼人は甘くない。一気に距離を詰めて晃平の足を払うと、そのまま首元を掴んで馬乗りの体勢になった。

 

「そこまで。勝者、籠目隼人くん。」

 中条が隼人の勝利を宣告すると、隼人は立ち上がって晃平に手を差し出す。

「…ありがとう。」 

「構わない。それより腕は大丈夫か?」

「君――隼人の手加減が上手かったのだろう。特に問題なさそうだ。」

「良かった。また機会があればよろしく頼む。」

「こちらこそ、再戦を楽しみにしている。」

 二人の会話は無機質なものだったが、周りはそれを気に留める様子はない。先程の二人の戦いは、普通の生徒から見れば地味な戦いだ。実際にどれほどの駆け引きが行われていたのかは知る由もない。二人が繰り広げた戦いのレベルの高さに気付いていていたのは一部の生徒と――。

「篠宮先生、彼は一体…」

「私にも分かりません。ただし一つだけ確実に言えることがあります。」

「私も同じです。…後で少し話しましょう。場合によっては彼にも話を聞く必要がありそうです。」

 篠宮と短く言葉を交わした中条は再び名簿に目を落とす。そこに書かれているのは次の組み合わせ。


「次。第一クラス、鷲宮玲司くん。第五クラス、九条澪さん。両者前へ。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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