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魔法学院編 第三話

 最初の生徒が前に出て装置に触れる。魔力が流れ、数値が上昇していくが…

 「うわっ!」

 警告音が鳴り、慌てて手を離した。

 「止める判断が遅い。魔力を流してから安定させるまでのタイミングを早めろ。」

 「はい…。」

 篠宮は叱らず、事実とアドバイスを的確かつ淡々と述べていく。

 次の生徒は篠宮のアドバイス通りに行おうとし過ぎて、逆に数値が規定まで上昇しきらずに終わってしまった。

 「慎重になりすぎるな。加速は緩やかに、減速は加速よりも速く。」

 次の生徒も、その次の生徒も中々上手く出来ないが、篠宮は的確な指摘を繰り返す。

 彼等が苦戦するのも無理はない。()()とは言えど、規定数値範囲は学院入学試験の時よりもずっと狭い。国内に五つしかない魔法学院。名門と名高いのはその講義内容の厳しさが一つの要因だ。

 一朗が隼人の方を振り返り、小声で話しかける。

 「なあ、隼人ってさ…こういうの得意?」

 「さあな。ここまで厳しい基準でやった事はない」

 「そりゃ俺だってないけど…。」

 「不安か?」 

 「――苦手なんだよね、これ」

 「篠宮先生は一人一人に合わせて的確にアドバイスをしてくれている。むしろ失敗した方が今後の為になるんじゃないか?」

 「そう言われると気が楽になるよ。へへ、ありがとな」

 「――次。」

 「はい!――それじゃ、行ってくる」

 前に出た一朗は、他の生徒と同じように装置に触れる。数値の上昇速度は順調だったが、ブレーキが遅れて結局規定範囲外。

 「魔力出力はコントロールできているが、収束に向かわせるまでが遅い。」

 「分かりました。ありがとうございます。」

 一朗は礼を言い席へ戻っていく。ここで感謝を述べたのは媚び諂うためではない。一朗も、他の生徒も感じ始めているからだ。篠宮という男は見た目こそ残念だが、その実力は疑いようが無いものだと。一目見ただけでその生徒の課題をピンポイントで把握し、アドバイスしていく。数値が表示されるモニターは生徒側にしか無いため、篠宮がそれを把握することは不可能。だと言うのに、まるでずっと見ているかのような正確さ。その観察眼の鋭さに誰もが気づいていた。

 「次。」

 隼人の番が回ってきた。装置に手を伸ばし、魔力を流し始める。

 数値は順調に上昇を始め、程よいタイミングで失速。規定範囲内に収まりそうに見えたが、ギリギリ範囲外に出てしまった。

 しかし篠宮は隼人を一瞥しただけで、なんのアドバイスもしなかった。

 隼人が席に戻ると、一朗が再び話しかける。

 「惜しかったな。でも凄いぜお前。成功してるやつなんかまだ3人だけだ。」

 「ああ。あと少しだった。」

 「でもよ…なんで篠宮先生はお前にだけなんも言わなかったんだろうな?目立って指摘するところが無かったとか?」

 「さあ…。それは篠宮先生にしか分からないな。」

 ここで篠宮が隼人に何も言わなかったのには理由がある。だが、その理由に気付いているのは篠宮当人以外では隼人だけだろう。

 その後数人が呼ばれ。

 「次。」

 立ち上がったのは、九条澪。彼女が前に出た瞬間、教室の温度が下がったように感じた。宗家の名は、それだけで場を支配する。

期待と嫉妬と警戒が同時に混じったような視線が向けられていた。

 澪は一度深く息を吸い、測定器に手をかざした。指先が、ほんの僅かに震えている。

 魔力が流れ込む。装置が淡く光り、数値が凄まじい速度で上昇する。規定範囲に迫っているというのに減速する様子は見られない。それどころか、ぐんぐんと加速し続けていた。

 澪の表情が強ばる。この先起こりうる未来の光景を考え、澪はぎゅっと目を閉じた。

 その異常さに気付いていたのは篠宮も同じだ。

  ――不味い。

 そう思った瞬間。数値は止まり、規定範囲上限のギリギリに収まっていた。

 装置は緑のランプが灯り、成功を知らせている。

 澪は、数秒遅れて手を離した。

 「……え?」

 声は小さく、間の抜けたものだった。

 自分の手と器具を交互に見比べ、理解できないという顔をする。

 「すげえ…」

 「さすがは五大宗家か」

 「止めるの上手すぎるだろ」

 

 篠宮は一瞬目を細めたが、不可解な現象については言及しなかった。

 「最初から勢いをつけすぎだ。緩やかに変化をつける練習をしろ。」

 「……はい。」

 澪が席に戻ると、一朗は再び隼人の方を向く。

 「おい、気づいたか今の?」

 「なんの事だ?」

 「あんなの絶対おかしいと思わない?」

 「そうか?」

 「そうさ。あのまま行けば魔法暴発が起こっていてもおかしくなかった。誰かが止めたのさ、九条澪の魔力を!」 

 「そうだったのか。それなら篠宮先生が止めてくれたのかもしれないな。」

 「たしかに。なんかやってそうな雰囲気はしてたんだよなあ……。」

 そのような会話をしていたのは隼人たちだけではない。

 クラス中が騒めいていたが、それを止めたのは篠宮だった。

 「静かに。今回なぜ失敗した生徒が多かったのか、そしてその解決策を具体的に教える。頭に叩き込め。」

 そう言って授業が再開されると、誰一人として先程のことに触れようとはしなかった。


 

 放課後。

 授業が終わり、生徒達が次々と教室を出ていく。そんな中、篠宮は一人最後まで残り、名簿と端末を閉じた。

 静かになった廊下を抜け、非常階段を上がる。

 辿り着いた先は、校舎の屋上だった。

 扉を閉めると、外の音が一気に耳へ流れ込んでくる。春先の風が微かに冷たい。

 篠宮はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 久しぶりだった。学院に来てからはほとんど吸っていない。

 煙がゆっくりと空へ立ち上って行く。

 (…起きなかった)

 午前中の光景が何度も目に浮かぶ。

 九条澪――宗家直系にして第五送り。

 μ相理論で説明できないわけではない。出力過多、干渉過剰…よくある話だ。しかし、問題なのはその”結果”。

 (落ちた…いや、落とされた―か。)

 篠宮は端末を開き、生徒の情報を確認する。

 スクロールしていた指が、1人の生徒で止まる。

 

 籠目隼人


 魔力量:平均

 干渉傾向:低

 制御評価:良好

 事故履歴:なし


 (綺麗すぎる)

 篠宮は煙をゆっくりと吐き出しながら目を細める。

 (さっきの籠目隼人。態と規定範囲をオーバーしていた。道化に付き合うつもりはないから何も言わなかったが…)

 篠宮は隼人の芝居に気づいていた。なぜなら、籠目隼人という生徒の事を警戒していたから。担任として受け持つ生徒の情報を確認した時から、()()()()()()()()()()のは籠目隼人だった。

 普通の教師であれば隼人のデータなど気にも留めないだろう。

 ただし篠宮は少し()()な経歴の持ち主だった。

 危険な個体ほど、「問題がない」ように書かれる。異常値は切り取られ、欠損は補完され、評価は“扱いやすい形”に整えられる。

 その理由はたった一つ。

 ――隠す必要があるから。

 

 篠宮の脳裏に、かつての作戦がよぎる。

 存在してはならない能力。記録に残せない挙動。だから、報告書は“正常”で埋められた。

 (あれに似ている)

 籠目隼人のデータは、間違っていない。

 数値も、評価も、理論的には整合している。

 だが――肝心な部分が、最初から存在しない。異常がないのではない。異常を測定する項目そのものが、外されている。

 篠宮は煙草を深く吸い、吐き出す。

 「…軍のやり口だな」

 独り言が漏れていた。

 隠蔽と情報統制、学院への最低限の開示。   

 (問題があるなら、最初から第五に放り込む)

 よくあることだ。例え異常(・・)があったとしても、周りがそれと同じく異常(・・)であるならば、異常は正常となる。

 

 だが――篠宮は見てしまった。

 あの時、既に九条澪による魔力暴走は始まっていた。あの段階から暴走を収束させることは極めて困難。本来であれば、クラス中を巻き込んで大爆発していてもおかしくない。――いや、そうなる()()()()()

 だが実際は危惧した事態にならなかった。百歩譲ってそれは良い。だが…

 (介入の痕跡が無い)

 そこが不可解な点だ。通常、魔法を使用すればμ相への干渉履歴が魔力情報体――残滓として残る。

 だと言うのにあの教室の中にはそれが見られなかった。

 

 煙草を消し、後ろの手摺りに凭れかかる。

 (今は未だ何も判らないな)

 軍による差し金か、はたまた九条の家から送り込まれた九条澪の制御装置(リミッター)か。

 何れにせよ、ただの一般生徒と言う事は有るまい。

 篠宮は屋上を後にする。嘗て感じたことのある嫌な予感を胸にして。

 

 

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