魔法学院編 第二話
朝の校舎は静かだった。
入学式を終えた翌日、昨日の高揚はすでに薄れて学院は本来の顔を取り戻しつつある。国立皇央魔法学院は「名門」という言葉で片づけられがちだが、実際は国家の装置に近い。
魔法士は才能だけでは生き残れず、才能は国家という枠組みに囲われる――その入口が、この学院だ。
一年第五クラスの教室も例外ではない。生徒たちは各々の席に着き、周囲を警戒するように視線を走らせていた。誰がどの程度できるのか、誰が危険なのか。測り合いは、もう始まっているのだ。
窓際の席で、隼人は前を見ていた。姿勢は正しく、表情は変わらない。
前の席の一朗が椅子を少しだけ後ろに引いて小声を落とす。
「おはようさん」
「おはよう」
挨拶されたから返しただけ。隼人のその態度に一朗は苦笑する。
「堅いねえ。」
「もっと柔らかくした方が良いか?」
「なんて言うか普通ならもっとこう…あるだろ?」
「今日の朝ごはんは何を食べた、とかか?」
「テンプレだな…。まぁいいんだけどさ。」
一朗は笑い、周囲を一瞥する。
誰も大声で話さない。雑談をしている生徒もいるが、周りに聞こえない声量だ。
「…やっぱ第五って空気重いなぁ」
「重いか?」
「なんとも思わないわけ?ほら、あの辺とかさ」
一朗が顎で示した先は教室の右後方。
名家らしい身なりの生徒もいれば、入学二日目だと言うのに制服がやけに崩れている生徒もいる。
括りとしては同じ”第五”でも種類が違う。故に互いに近付くことは出来ない。
始業のチャイムが鳴り、教室前方の扉が開く。入ってきたのは担任――篠宮真之。
風格のない格好は相変わらずだ。
「出席を取る。」
名簿を開き、淡々と名前を呼んでいく。篠宮は返事を聞くと1度だけその生徒へと目線を向けた。
「佐倉一朗」
「はい」
「籠目隼人」
「はい」
それは隼人の時も例外ではない。昨日隼人が感じた他の生徒よりも少しだけ長い時間の視線は無かった。
昨日は入学式ということもありクラスメイトの名など気にも留めていなかったが、今日は名前を呼ばれた生徒にクラス中が視線を飛ばす。
そして…
「九条澪」
その名が呼ばれた瞬間、クラスの空気が張り詰めた。
「…はい」
一拍遅れ、やや控えめに返事をした声の主に隼人は目をやる。
艶のある黒い長髪を肩の後ろでまとめた少女が視線を伏せ気味に座っていた。
その姿勢は名家の子女そのものであるが、雰囲気が固く、どこか緊張しているようにも見える。
「…九条ってさ」
隼人が視線を戻すより早く、一朗は口を噤んだ。話題に出すのを躊躇したのだろう。
この場で九条家の話をするのは地雷になり得る。しかし、別の席では押し殺した声が漏れていた。
「九条って…あの?」
「それ以外ないだろ。五大宗家の一角の…」
「なんで第五にそんな奴がいるんだよ」
「やべー…触れらんないじゃん」
囁きは連鎖し、すぐに途切れる。誰も表立っては言わない。だが、その名を知らない者はいない。
”五大宗家”
鷹司、九条、源元、蘆名、久堂
日本国内の魔法史は、この五つの名を軸に組み立てられている。かつて圧倒的な魔法資質を示した血統が、国家によって保護され、同時に管理されてきた結果だ。
魔法士としての才能には、否定しがたいほど遺伝の影響がある。故に宗家は血を守り、国家は宗家を制度に組み込み、学院はその中継点として機能している。宗家の直系は、文字通り「本流」だ。代々、最も強い魔法資質を示した系統が宗家を名乗り、家名そのものが権威として扱われる。
その一方で、分家と傍流も存在する。分家とは、宗家の血を引きながらも政治的・制度的理由で別の姓を与えられた家系だ。
宗家と同等の才能を持つことも珍しくはないが、あくまで立場は下位。表向きは独立した家だが、序列は誰の目にも明らかだった。
傍流はさらに外側に位置する。血縁はあるが、魔法資質が薄れた系統。宗家の名を名乗ることは許されず、才能次第では一般魔法士として扱われる。
――宗家の直系が第五にいる――
それが何を意味するのか、理解できないものはいない。
”制御不能な力の奔流”
強大な力を持つ者が、その力を制御できないというのはあまりにも危険。その力が暴走してしまえば、味方諸共消滅しかねない。
篠宮は出席確認を終えると、名簿を閉じた。
「今日から通常授業に入る。担当は当然、俺だ。」
篠宮は教壇に立ったまま、しばらく教室を見渡していた。誰もが次の指示を待っている。
だが、彼はすぐには口を開かない。
「……始める前に、一つ聞く」
低い声。
「お前たちにとって、魔法とは何だ」
一見すると単純な問いであるが、その奥は深い。魔法とは何か、と大雑把に聞かれてすぐに答えられる生徒は少ないだろう。
「答えられる者」
名指しの質問ではないため、誰も答えようとはしない。ただし、篠宮の視線が降り注ぐ前列の男子生徒は気まずさに耐えきれなくなったか、恐る恐るという様子で口を開いた。
「…才能、です」
「――続けろ」
「使える人と、使えない人の両方が存在します。」
「つまり?」
「――選ばれた人間の証、です…」
その部分だけを聞くと何とも傲慢に思えるが、家の名を背負って生まれてきている者達からすれば聴き馴染みのある言葉だ。
現に、教室内でもその男子生徒の言葉に小さく頷いている生徒が数名みかけられる。
「他は」
後方の女子生徒が手を挙げる。
「技術だと思います。この一世紀、魔法の存在によって世界は従来の数百倍とも呼ばれる速度で成長を遂げています。」
その言葉に篠宮はコクリと頷くが、何か言うことはなかった。
「他は」
一瞬間が開いた後、別の生徒が声を上げる。
「兵器、ではないでしょうか。」
その言葉に篠宮の眉が動く。
「なぜそのように思う?」
「魔法士は――いや、魔法という存在そのものは国家によって管理されています。戦争にも使われますし…。だとしたら魔法士は兵器の一部とも言えると思います。」
篠宮はその生徒を数秒見つめる。
「否定はしない。」
そう言ってから視線を教室全体へと戻す。
「才能、技術、兵器――どれも間違いではない。」
数人の生徒が不思議そうな顔をする。では何故こんな質問をしたのだ、とでも言いたそうに。
「だが、それは全て”結果”の話だ。」
篠宮は一拍置く。
「聞き方を変えよう。魔法は、どうやって起こす?」
これには一朗が素早く手を挙げた。
「魔力を使って現象を起こします!」
「曖昧だな。」
「すいません…」
「では――μ相について説明できる者。」
数名がほぼ同時に反応した。第五クラスとはいえ、名門の入学試験を突破した者たちの集まり。基礎理論は当然皆が理解している。
「魔法現象が確定する前段階の位相です。」
「続けろ。」
「物理法則が完全には固定されていない位相で、魔力がそこに干渉して現象を引き起こします。」
「悪くない。補足はあるか?」
後方の女子生徒が口を開く。
「μ相に近づくほど、現象の自由度が上がる代わりに、制御が難しくなります。また、μ相への干渉が過剰になると魔法暴発や魔法事故が発生します。」
女子生徒が発言を終えると、篠宮は黒板に文字を書く。
μ相
現象未確定層
「お前たちが”魔法”と呼んでいるものは、μ層を経由して現実側の現象を確定させる操作だ。」
淡々と紡がれる言葉に、ほとんどの生徒は聞き逃すまいと耳を傾ける。
「先ほどの質問で言う才能とは、μ相に近づきやすい資質のことだ。技術というのは、そこから距離を保つ方法だ。だから、才能があるほど危険になる場合もある。才能を備えたお前達はその才能を制御できるようにならなければいけない。」
篠宮は、教壇の下から一つの装置を取り出す。
「今から行うのは基礎魔力制御だ。この装置に一人づつ魔力を流せ。」
篠宮が教卓の上に置いた装置に生徒たちは注目する。
「数値を基準値の範囲内で安定させる。上げすぎず、下げすぎずだ。」
その言葉に数人の生徒は嫌そうな顔をする。
「順にやる。失敗してもいいが、壊すなよ」
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