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魔法学院編 第十話

まだまだ続きますが、ご容赦くださいませ。

 篠宮は黒板の左側を消し、新たな式を書く。

 

 C=(x,q,d,τ)


 教室の中は依然として静かなままだ。

「これが”干渉指定子”だ。」

 篠宮は振り返る。

「魔法はμ相の局所操作だと言うことはわかっているだろう。では、何をもって”局所”とするのか?」

「座標指定です。」

 廊下側に座る生徒が答える。

「もっと具体的に答えろ。」

「えっと……干渉対象の位置、物理量、変化方向、作用時間の四要素を指定すること…です。」

「そうだ。暗記しておくように。」

 篠宮は言いながら黒板のxを丸で囲む。

「まずは位置――どこに干渉するかだ。」

 すると、篠宮の指先に小さな火が灯る。

「火を出すとしよう。場所は俺の指先に範囲指定してある。これなら良いが…」

 喋りながらその指を前列の生徒に向ける。

「この火を仮にお前の机上に発生させたらどうなる?」

「…電子機器に熱が伝わり、故障します。」

「そうだ。位置指定は最も基本であるが、多くの事故の原因ともなり得る。」

 篠宮は黒板に説明を咥える。


 x:空間座標(干渉点)


 「単一座標干渉なら、基本は1点のみを指定することになる。まあ、単一座標干渉と複数座標干渉に関しては後ほど振り返るとしよう。」

 篠宮はそのままqを丸で囲む。

「位置を決めた後は、次に”何を変えるか”だ。」

 篠宮は指先に再び火を灯す。その火は青くなり、大きくなり、小さくなり、赤くなる。

「温度、圧力、運動量の変化…」

「その通り。魔法は”火を出す”訳ではなく、”温度分布を書き換える”のだ。」


 q:干渉物理量(温度、圧力、運動量等)


 そこまで書いて、篠宮は教卓を浮かせる。

「例えばこの魔法。」

 生徒達は浮いている教卓に注目する。

「これは”浮遊”という現象では無い。」

 篠宮は教卓を浮かべたまま、黒板を指す。

「重力方向に対抗する運動量を与えているだけだ。」

「それって浮遊と何が違うんですか?」

 一朗が問う。

「全くの別物だ。浮遊というのは浮力が物体に加わる重力と釣り合っている状態の事だろう。だがこれは重力に逆らって()()()()運動させている状態だ。決して浮力を発生させているわけではない。あくまでも魔法の制御下に置かれている。」

 その説明を聞いて一朗は再びパンクする。イマイチ違いがわからないのだ。一朗の様子を見た篠宮は小さく溜息をつく。

 (ここで躓くようでは先が思いやられるな…)

 篠宮は一旦放置することに決める。一々気遣っていては授業の時間が足りなくなってしまう。

「次はdについてだ。」

 篠宮は矢印を書き足す。

「増やすのか減らすのか。もっと言えば、正方向か負方向か。」

 黒板に説明を書き加えていく。


 d:増減・符号・方向


「魔法における攻撃と防御。その大きな違いはdだ。まあ、これも後で説明するが。」

 篠宮は最後に残ったtを丸で囲む。

「そして干渉指定子の最後のピースはt――いつからいつまで効果を継続させるか。」

 先程指を向けられた前列の生徒が質問を飛ばす。

「魔法発生は永続ではないのですか?」

「基本的には違う。」

 篠宮は式を書き足す。


 τ=[t0,t1]


「魔法は時間窓を持つ。だから解除の設定も忘れずに行う必要がある。」

 澪の目が僅かに揺れる。

「籠目、時間指定を誤るとどうなる?」

「魔法の暴走、或いは持続過多による神経破綻が起こり得ます。」

 教室に重い空気が流れる。隼人の言葉は無機質だが、謎の重みが感じられた。魔法を安易に使う事の危険性を改めて突きつけられたような感覚に陥った生徒も少なくない。

 篠宮が隼人を指名したのは、この空気にしてくれると思っていたからだ。仮に軍の人間であれば、干渉指定を誤って廃人になった魔法士を何度も見ているはず。そうなると当然、発する言葉には重みが出る。

 篠宮はそんな教室の様子を眺め、黒板に追記する。


 篠宮は黒板に追記する。


 Θ={C1}


「これが単一座標干渉。基本中の基本だ。」

 そう言ってさらに書き加える。


 Θ={C1,C2,...,Cn}


「これが複数座標干渉。違いが分かるか?」

「指定する座標の量が違います。」

「簡単に言うならそうだな。では、複数座標干渉を用いるメリットは何だ。」

 その問いに答えられる生徒は少ない。と言うのも、ここにいるほとんどの生徒は複数座標干渉が出来ない。干渉指定子の情報量が増えれば増えるほど、脳は莫大な処理を強いられるからだ。篠宮が黒板に書いた全ての干渉指定子を同時並行で処理して初めて魔法は発動する。それだけでも十分処理すべき量は多いと言えるだろう。

 暫しの沈黙が流れた後、篠宮の問に答えたのは澪だった。

「面での魔法行使が可能になります。結界が良い例かと思います。」

「そうだとも言えるし違うとも言える。この話を噛み砕くには、先程後回しにした攻撃と防御の違いについて触れていく必要があるな。」

 篠宮は黒板に書かれた式や解説を全て消し、一行だけ新たな式を書く。

 

 Attack=∇q(x)


「まずはこれだ。」

 生徒達は一斉にペンを走らせる。

「この式の右側――これは”物理量の勾配”を意味する。」

 篠宮の端的な説明に殆どの生徒は首を傾げる。それだけ言われても理解できないのは無理もない。

 その様子を見て、篠宮は黒板に円を描く。そして、その中心となる点と、周りの部分に説明を加える。


・周囲:20℃

・中心:1200℃


「火を出す魔法で説明しよう。」

 篠宮は再び指先に火を灯す。

「これは“炎を作った”のではない。」

 火を消す。

「中心一点の温度を極端に上げ、周囲との差を作っただけだ。」

「…差が発生することで、物理は動く…。」

 誰かが小さく呟いた。


・温度差→熱が流れる

・圧力差→空気が流れる

・電位差→電気が流れる


 「要するに一般的に言う攻撃というものは、差を意図的に作り、強制的に流れを発生させる行為を指す。」

 篠宮は次の式を書く。


 du/dt=βu−λ


 「uは干渉強度、βは加速係数、λは抑制項を指す。例えば先程の炎を例にすると――」


① β が小さい場合

100℃ → 200℃ → 250℃ → 安定


② β が大きい場合

100℃ → 500℃ → 2000℃ → 5000℃…


 澪は黒板から目を逸らさない。これこそが自分の問題であると自覚しているからだ。

 最初の魔力制御講義で改めて自覚することになった自分の加速係数の異常な鋭さと抑制項の甘さ。たとえ先天的なものであったとしても、本質的な問題から目を逸らすほど弱い人間ではなかった。

「これが攻撃の”加速度”だ。」

 篠宮は強調する。

「温度が上げるだけではなく、上がり方を加速させる。攻撃において最も制御が必要な部分であると同時に最も制御が難しい部分でもある。」

 数名の生徒が顔を伏せる。彼等は最初の魔力制御授業で規定範囲内に数値をとどめることができなかった。それは即ち加速度を制御できていないことを示す。自分の弱さを受け入れ、課題を克服しようと努めるのは簡単なことではない。


 差が拡大する速度=攻撃の本質


 篠宮はその一文を書き加えた。そしてその下に更に式を足していく。


 q(attack)+q(defense)=0


「+800℃の攻撃があった場合、どうすれば防御できる?」

「-800℃の攻撃をぶつけます。」

「そう。ある攻撃に対して逆方向に同じ攻撃をぶつける事、それこそが”相殺”と呼ばれる防御だ。」

 篠宮はそこまで言って、式に大きくバツを描く。

「これは点で止める防御だ。しかし、仮に攻撃が800℃、1000℃、2000℃と加速していたらどうだ?」

「防御が追いつく前に突破されます。」

「では、加速する攻撃に対応するにはどうすれば良い?」

「複数座標干渉を用いた面的分散防御を展開します。」

「そういう事だ。」

 篠宮は次の式を書く。


 q(x0)→【i=1/∑/n】q(xi)


「1000℃の一点集中。この赤い円がそれだ。」

 黒板中央に描かれた赤い円。その周囲に複数の青い丸を描く。

「この攻撃を複数座標干渉の面で受けると、各点が200℃ずつ負担する事になる。」

 篠宮は続ける。

「分散は”差を薄める”防御だ。攻撃は一点で急峻に、防御は複数点で緩やかに――これが一般的なセオリーだ。攻撃に複数座標干渉を用いる事もあるが、それは相当な腕利きにしかできん。一旦考えなくて結構だ。」

 篠宮は再び単一座標干渉の式を書く。

「単一座標干渉は集中効率が高い。」


 単一座標干渉=演算集中→uの急増→βが急激に上昇


「一点に全ての演算を注ぐことによって、小さな火種を一瞬で爆炎にできる。これが単一座標型攻撃の恐ろしさだ――極端な話ではあるがな。並の魔法士は一瞬で爆炎になどしない。そんなことをすれば脳と神経が焼き切れて廃人になってしまう。」

 篠宮はそう言いながら澪に目を向ける。その視線を受けて澪はビクリと震えたが、目は逸らさなかった。

 そんな2人の様子など気付かず、パンクから復活した一朗が手を挙げる。

「先生、じゃあuとλって結局何なんですか?」

 一朗の発言で教室の空気が少し緩む。その疑問を抱いていた生徒は多かったが、中々言い出せなかったのだ。

「uとはμ相への瞬間操作強度だ。例えば、温度を10℃上げるのと100℃上げるのとではどちらがuが大きい?」

「えーっと…100℃ですか?」

「ここは迷いどころではないんだが…まあいい、そうだ。そして重要なのはこれが魔力量では無いということだ。佐倉、魔力量とは何だ?」

「神経同期資源の予算って書いてあります。」

「ハァ…そうだ。」

 篠宮は肩を竦め、式を書く。

 

 ∫u(t)dt≤B


「uは”今どのくらいアクセルを踏んでいるか”で、B(魔力量)は”踏み込める限界”だ。混同するなよ。」

「なる…ほど?」

 篠宮は眉を顰めながらλを指す。

「λは抑制項だ。干渉を始めると、uは増えようとする。それを抑えるのがλだ。」

篠宮の言葉に再び一朗はフリーズする。

「佐倉。炎を出す操作を想像しろ。」

「えっと…はい。」

「その炎は無限に大きくなっているか?」

「いえ、ある程度で形を保っています。」

「その無意識の出力調整こそがλだ。」

 篠宮はチョークを持つ。


・訓練による安定制御

・意志による出力制限

・神経系の自然減衰

・補助魔導具による抑制


「これらは全てλに含まれる。uがアクセルだとしたら、λはブレーキだ。u が大きいほど、β u によってさらに増幅しようとする。」

「でも λ がそれを引き下げるって事ですか?」

「β が強く、λ が弱ければどうなる?」

 一朗が呟く。

「……止まらない。」

「そうだ。」

「逆に、λ が十分に大きければ?」

「安定します。」

「要するに両者の均衡が干渉のバランスを保つことに繋がるんだ。」

 篠宮は黒板をまとめる。


【攻撃】

・差を作る(勾配)

・差を加速させる(β > 0)

・短時間で極限化

【防御】

・差を消す(相殺)

・差を広げて弱める(分散)

・加速度を下げる方向に働く


 篠宮はゆっくり言う。

「出力が強いかどうかではない。差をどれだけ速く拡大できるか。それに防御が追いつけるか。」

 一気に増えた情報に生徒達は板書が追いつかない。

「攻撃と防御の本質的差は、勾配の形成速度と、その時間発展構造にある。」

 その言葉を隼人は頭の中で反芻する。自分の考えと沿っているかを確認するかのように。

 

 

 

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