魔法学院編 第一話
門の両脇に立つ桜の花弁が風に乗って舞う。舞った花弁は門を通っていく者達を祝うようであった。
ここ、国立皇央魔法学院は今日が入学式だ。厳しい入学試験を勝ち抜いた若者たちが、期待を胸に続々と門を通り抜けていく。そんな若者たちの中である一人の青年は周囲の視線を感じていた。それも無理はない――なぜならば彼は白髪だから。
視線が一瞬だけ集まり、直ぐに外れる。話題にされるほどではない。この学院にはもっとわかりやすい異物がいくらでもあるからだ。
周りからの視線を無視し続け、掲示板の案内に従って校舎へと入っていく。五つある一年生のクラスのうち、彼が割り当てられたのは第五クラスだった。一年次第五クラス――通称、「大誤クラス」。決して成績が低いわけではない。当然全員が入試を突破している。ただ、色々と事情のある学生が集められているのだ。
教室に入ると、空気が妙に落ち着いていることに気付く。雑談をしている生徒は少ない。互いを値踏みするような視線だけが交錯していた。
白髪の青年は自分の席を確認し、座る。その後数人が入室・着席すると教室には空席が無くなった。青年も教室にいる大多数と同じようにただ静かに過ごす。違う点と言えば、一切周りを気に掛ける様子がないところだろうか。
全員が着席してからほどなくして、教室前方の扉が開く。そして教室に入ってきたのは冴えない中年の男だった。無精髭、草臥れた上着、背筋は少し丸まっている――教員らしい威圧感も、名門の空気もない。 誰かが小さく息を吐く。それは拍子抜け、とでもいうような反応であった。
男は教壇に立ち、名簿を置く。それから顔を上げ、教室を一回り見渡した。その視線は穏やかなものであったため、瞬時に自分たちが測られていると気づくことができたのは白髪の青年ただ一人。
「…一年第五クラスの担任を務める篠宮真之だ。」
低い声。張りはないが、良く通る。教師――篠宮はそれだけ言って名簿を開く。名を呼ばれた学生が返事をするたび、篠宮は一度だけ無感情に視線を向ける。白髪の青年の番が来た時も同じだった。ただし、視線が外れるまでの時間がコンマ数秒だけ他の生徒よりも長かった。
誰も気づかないし、青年自身も気に留めない。
篠宮は名簿を閉じ、淡々と語った。
「ここは問題を起こさないためのクラスじゃない。」
その言葉にうつむいていた複数の生徒が顔を上げる。
「――入学式の案内があるまで着席して待て。」
それだけ言って篠宮は再び教室から出て行った。
一瞬の沈黙。その後、張り詰めていた空気がわずかに緩む。椅子が軋む音、控えめな咳払い、息を吐く気配。それでも誰も大きな声を出そうとはしなかった。
問題児の隔離場所。
その認識はすでにこの場にいる全員が共有している。
白髪の青年は前を向いたまま動かない。篠宮の視線が僅かに長く留まったことも、言葉の含みも意識の外に置いていた。
その時。
「…なあ」
白髪の青年の前の席に座る男が半身だけ後ろを振り返った。
黒髪、平均的な体格、制服の着こなしも特に目立つところはない。ただ、表情は他の者と比べるとやや明るく、親しみやすさを覚える顔立ちをしている。
「その髪さ、染めてる訳じゃないよな?」
直球だが、無遠慮ではない。好奇心から来る質問であるとわかるほど純粋な声音をしていた。
「俺に話しかけているのか?」
白髪の青年は短く問い返す。
「ハハッ、そりゃそうだろ。あー…あんま言いたくなかったら言わなくても全然良いんだけどさ」
「これは生まれつきだ。」
男は一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。
「へー、珍しいな。」
その2人の会話を見ていた他の生徒は疎らに周囲と会話を始める。尤も、誰とも喋らない者も中にはいるようだが。
「俺、佐倉一朗。これからよろしくな。あ、俺の事は一朗って呼んでくれよ」
男――佐倉一朗はそう言って手を差し出す。白髪の青年は自分が何をすべきか瞬時に理解し、差し出された手を握り返した。
「…籠目隼人だ。よろしく。」
一朗とは対照的に、白髪の青年――隼人の方は無愛想だ。いや、傍から見れば無愛想に見える。ただ当の本人は態とそのようにしている訳では無い。
一朗はその返答に満足したのか、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「隼人、入学式まで暇だろ?それまでちょっとの間喋ってようぜ」
「構わないが、何を話す?」
「うーん…そう言われると難しいな。なんせ俺らは第五だから、あんまり無遠慮な質問もできないし。」
「髪色に関しても人によっては無遠慮だと感じるかもしれないが?」
隼人が切り返すと、一朗は肩を竦める。
「あー、嫌だったか?だとしたら悪い。」
「冗談だ。別に気にしていない。この髪色が目立つ事は分かっているからな。」
「何だ、冗談かよ。なんかもっとこう、冗談っぽい感じで言ってくれよ!ハハッ、面白いやつだな、お前は。」
暗に感情表現が乏しいと言っているようなものだが、そこに嫌な感じがしないのは一朗の明るい人柄のおかげだろうか。
教室の中で最も明るく話している(風)なのは一朗と隼人の2人だろう。全体で見れば雰囲気はまだまだ暗い。
暗い雰囲気を切り裂くかの如く、校内放送が流れ始めた。
『これより入学式を行います。新入生はクラスごとに大講堂へ移動してください。』
凛とした女性の声。少しの放送で品格を感じさせる。
校内放送が流れた直後、再び教室の扉が開き、篠宮が顔を覗かせる。
「聞いた通りだ。移動するから一列に並べ。」
生徒たちは無言で立ち上がり自然と列を作る。隼人と一朗も会話を中断し、流れに身を任せて歩き出す。
途中、前を歩く一朗がちらりと振り返る。
「…結構人いるな。さすが皇央。」
独り言のような呟きだったが、隼人はコクリと頷いた。
大講堂に足を踏み入れた瞬間、空気がガラリと変わる。
天井の高い空間。正面に掲げられた学院章。左右に整然と並ぶ席には、すでに多くの新入生が着席していた。視線が交錯し、比較され、測られる。第五クラスの列が入ってきたことで、場がわずかにざわついた。
第五クラスは当然最後尾。だが誰も異を唱えない。自分たちがそういう存在であると自覚しているからだ。
隼人は指定された席に座り、背筋を伸ばす。隣の席との距離は十分に保たれている。全体として、学院がこの場を「式典」として管理していることがよく分かる配置だった。
程なくして会場が静まり返る。
壇上に学院長が姿を現した。年齢は六十前後。白と灰の混じった髪をきちんと撫でつけ、魔法士らしい威厳を纏っている。
「――国立皇央魔法学院に入学した諸君を歓迎する。」
それは祝辞であると同時に、選別を終えた側の宣言でもあった。
学院長は、この国における魔法士の役割、責任、そして学院の立場を簡潔に述べていく。才能は力であり、力は義務であり、義務は国家に帰属する――遠回しだが明確なメッセージだった。
隼人は静かに聞き流す。理解している内容ばかりだ。…少なくとも彼にとっては。
学院長の挨拶が終わると、一人の上級生が登壇する。
院生総代。その肩書きが紹介されると、場の空気が再度引き締まる。
端正な立ち姿に無駄のない動作。視線を向けただけで、会場全体を掌握しているのが分かる。名家の血筋と実力、その両方を疑わせない存在感だった。
「院生総代、九条御影です。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。」
九条御影は学院で学ぶ事の意義と厳しさを完結に語り、最後にこう締めくくった。
「皆さんが持って生まれた才能を活かすか殺すか――それはこれからの皆さん次第です。皆さんのご活躍に期待しています。」
挨拶が終わった後の礼まで、見事なものだった。
続いて新入生総代が呼ばれる。
鷲宮玲司。
前に出た青年は、はっきりとした足取りで壇上に立った。緊張はあるが、臆してはいない。その姿に周囲から感嘆と嫉妬が混じった視線が向けられる。
「新入生を代表して誓いの言葉を述べます。」
鷲宮は、自身と同世代の覚悟を代弁するように語り、学院で学ぶことへの決意を示した。
それは真っ直ぐで、正しく、そして――いかにも「選ばれた側」の言葉だった。
きっちりと誓いの言葉を述べ終わると、大講堂の中は拍手で包まれた。
そのまま式は滞りなく進み、やがて閉会が告げられる。
立ち上がる人波の中で、一朗が小さく息を吐いた。
「…すげえ世界だな。」
隼人はその言葉に何も応えなかった。
ただ一つだけ、確かなことがある。
ここは、彼が本来いるべき場所ではない。
だが――それと同時に彼がいなければならない場所でもあった。
ローファンタジー&三人称視点への挑戦です。拙い部分もあるかと思いますが、温かく見守っていただけると幸いです。
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