真実
ST.930 「『 』」
転生してから十年。師匠は俺のことを「貴様」ではなく「お前」と呼ぶようになった。心の距離が近くなったという事だろうか。名前で呼ばれたいというのが、密やかな目標だ。
体はすくすくと成長し、肉体的な鍛錬が始まった。朝起きてすぐ、ハインの散歩という名の気負抜くと引きずられるランニング。朝食後、師匠の直線で飛んでくる魔弾を避ける鍛錬が昼食まで続き、その後、魔力制御の精度を上げるため、”魔石”に魔力を流し込むという鍛錬を行っている。その後、時間を置いて師匠との組手だ。
「師匠って……っ魔術師なんですよねっ――!!」
「ああ、そうだ」
「近接戦闘こんなに得意なんで……すか!!」
師匠は武器を持たない。だけど、それを補うほどに徒手空拳に長けている。ゲーム内の対人戦では負け知らずだった俺であっても、組手が始まって以来、一度も決定打を入れることが出来ていない。
「魔術師は術具が無ければただの人――決定打を持たない身体強化などあって無いようなものだ。故に近接戦闘の鍛錬は必須。魔術師を庇う為に、パーティーの戦力を割くことで死んだ冒険者は多くいる――よし、魔術の使用を許可する」
「は、はい……!」
身体強化のみの組手後は、魔術を用いた対人戦闘。もちろん師匠は一切魔術を使わない。勿論、魔眼も封印。実力差がありすぎて、使う必要がないからだ。対して俺は、小細工を仕掛けたり、ブラフを使い、できうる限りの魔術を以って挑む。しかし、魔術に至っては一度たりとも、かすりはもしない。
「小手先ばかりでつまらんな。それから、発動までの時間が長すぎる。魔術を相手に見せるな」
魔術師の近接戦闘の理想形は、相手に悟られないまま術中にはめ、一方的に叩きのめすこと。しかし、そんなこと出来るのは師匠くらいだ。相手の出方を伺いながら、近接で攻めつつ、的確な魔術を考え、使用する――秒単位で変わり続ける戦闘に魔術を組み込むこと自体が難しい。
「見せるなと言って、目くらませする馬鹿がどこにいる。鍛え始めてから一年近く経つとういうのに、お前は……疑似世界での経験は、やはりしれているな。弱者に勝ち続け慢心した末路がこの体たらく――」
俺の猛攻をものともせず、師匠は淡々と説教を垂れ流す。それも相まって、情報を捌ききれない――脳内はもはや滅茶苦茶だ。ほとんど条件反射で動いている。
「終いだ。湖に沈んで頭でも冷やせ!」
「がはっ!!」
組手の最後はいつも湖の中心まで吹き飛ばされ、師匠は涼しい顔をしながら、家に帰っていく。岸まで数キロ、ある程度空は飛べるようになったけど、師匠の魔弾で落とされるので、泳いで渡る。湖の中は汗を流すのにちょうどいい……年中気候が安定しているのがせめてもの救いだ。真冬の湖落とされでもしたら凍えて死んでしまう。
「あと二年……師匠に褒められる未来が思い浮かばないな」
空想魔術の腕はかなり上がった。体もゲーム時代より切れのある動きが出来ている。だけど、この世界の界異戦は未知数だ。ゲームはあくまでも篩い――そして、俺には肝心の神器がない。師匠いわく、神器は、概念武具というものらしい。持ち主に適応し、見合った必中の概念が付与される。おそらく、あいつらの神器付与されるのはゲーム時代に使った技の再現だろう。俺に神器があれば――ってのはタラれば……俺がすべきは、この、神代の宝具を完璧に使いこなすことだ。使い方は教わったけど、全力で使用すると、現状使用後に魔力回路が焼き切れて、数分間、俺は身体強化も使えない、ただの人間に成り下がる。いくら龍の血で魔力の質を上げても、どれだけ魔力回路を強固なものにしても、魔力制御がままならないと使い物にならない。強力だけど、かなりのじゃじゃ馬だ。
世界最高の魔術師に師事し、強力な武器もある――俺は今、この世界でどこまでの強さなんだろう。あいつらにちゃんと近づけているんだろうか……。この場所を出る日が近づくにつれ、どんどん不安になってくる。
「師匠。俺はちゃんと強くなれているのでしょうか」
「体たらくの次は、自己喪失か……愚問だな。お前は今まで一体何をしてきたのだ。仲間と戦う――そんなバカげた理由の為に、己が身を顧みず心身を鍛え、この世界に適応するなどという行為は、違う時代に生きた人間に出来る事ではない」
師匠は本棚の中から一冊の紙束を取り出し俺に渡し、話を続ける。
「私はな、異世界の人間を弟子にとることは、お前が初めてという訳ではない。気まぐれで弟子を取り、その者らが必要とした技術を与えてきた。あるものには魔術を、あるものには武術を、そして知識を授けた。だがな、その誰も全ての智を求めることは無かった――もう一度与えられた人生を余生として楽しむことだけを考え、それ以上を求めなかったのだ。だが、奴らは世界各地に名を残し、想いとかけ離れた人生を送っていたよ。おかしな話だ。欲を持たず楽しむはずが、欲を持つ奴らに翻弄され、担ぎ上げられ、自由を失った……その紙束は、そのバカな人生を送って逝ったやつらの物語を観察し、記録した私の手記だ」
魔術書までとはいかないけど、かなりのページ数がある。ただの厚紙に紙を挟み、糸で結んだだけ――何かの境ごとに紙の質感が変わっている、時代を感じさせる一品だ。どんな思いが込められているかはわからない。だけど、何を思う事なく綴られたモノではないのはわかる。
「お前はそのどれより滑稽で愚かだ。全てを欲し、全てを己が物とするその野心、蛮勇ともいえる慢心を持ちながら、その実、自身のことなど顧みないほどのお人好し。お前のような異世界人に会ったのはこれで二度目だ。そして、その一度目は私の人生の分岐点――私はそのお陰でこの世界に生きている」
師匠はその鉄仮面に愁いを帯びせながら、鈍く光る月を見上げた。
「弟子は何人も持った。だがな、教えはすれど、私がこの身を以て鍛えたのはお前が最初だ。どうしてかわかるか?」
その問いに俺は答えられなかった。それよりも俺が最初だという事に、驚いてしまったからだ。
「私はな、期待しているのだ。あやつと同じような心をもつお前にな」
「期待……してる?俺に…ですか……?」
師匠は頷き、「そうだ」と言った。初めてだ。師匠にそんなこと言われるなんて。
「お前ならば黙示録を終わらせられる。いや、少し違うな。お前がこの場所に来たという運命が、お前という特異点が、この世界を終わることがない黙示録の環から解き放つことが出来る――そう信じることにした」
「黙示録の環?」
俺に宿りかけていた自己喪失の念は既に消えている。師匠が期待してくれている――それは何よりの名誉だ。何を日和っていたのだか、俺は自分を殴りたくなった。だからこそ、その冷静になった脳は、聞き覚えのない単語に、違和感を覚えた。
「……」
このだんまりは、大体師匠が口をこぼした時に出る行為だ。あからさまに目をそらす。
「仕方ない。この際だから話しておこう。馬鹿な神がしでかした世界最大の罪――「異世界との接続」について……」
「それって神代の情報じゃないんですか?俺が聞いたら……」
何の心境の変化か、それまで出し渋っていた神代の情報を「構わん」と言って口にし始めた。
「今から四千年前、神は女神と共に、力を使い自分が元居た世界に帰ろうとした――しかし、それがきっかけとなり、この世界を中心に、四つの世界が繋がった」
「元居た世界って……神様は異世界人だったってことですか!?」
「神と言っても、当時の人間がそう呼び始めただけで、ただの人間だ。この世のものではない力をもってはいたがな……」
勝手に神格化されたってわけか。迷惑甚だしいもんだけど、まあ、世界をまたぐ程の力を持ってたとなるとそれも仕方ない気がする……。
「黙示録の界異は、それぞれの世界から侵攻してきた、一部の”戦力”だ。向こう側には、こちらの世界で界異と恐れられている物がわんさかといる。この世界にいるのは、あちらの世界でいう先行隊」
黙示録の界異が先行隊……?じゃあ本戦力はこんなものじゃない――…現状で滅びかけているのにそんなものがなだれ込んできたら本当の終わりだ。
「界異を打倒し得る力を持つのは神とその子らだけ――…しかし、天使だけでは莫大な被害がでる。だからこそ、この世界の四体は封印するしかなかった」
「その肝心の神はどこへ?まさかこの世界を見殺しに――」
「その逆。この世界が今保たれているのは神のおかげだ。神は自分の犯したつけを掃うために、異界との間に一つの空間を創り、たった一人で今も戦い続けている」
たった、一人で……あれの群れと戦ってるって?何の冗談だ。
「冗談だと思っているだろう?残念ながら真実だ。この世界が保たれているのがその証拠……神が死んでいればこの世界は既に侵攻を許し、奴らの手に渡り、世界間の戦争が勃発しているだろう」
「どうして、界異は――別の四つの世界はこの世界に進行を……?」
「資源だよ。黙示録には「赤」「青」「黄」「緑」と名がついている。それはその世界の特徴を表してつけられた名だ。「赤」の世界はすべてが絶え間なく燃え続ける炎に包まれた世界。「青」は水平線しか見えない水の世界。「黄」は砂漠の世界。名の通り砂しかない。そして、緑は風が吹き荒れる世界。ただ足を踏み入れるだけで、刻まれるような場所だ。だからこそ、自然豊かなこの世界を欲しがったのだろう」
自分の世界にないものを取り込もうって……単純で迷惑極まりない。けど、そこに土足で踏み込んだのはこちらの世界だ。何も言えない。
「でも、それだと、こちらの世界で界異を倒しても、どうにもならないんじゃ……」
「いいや、こちらの世界で倒せば、界異の生体反応は消える。先行隊が全滅したとなれば、奴らは襲ってこない」
「もう、一度その先行隊を送ってくる可能性は――」
「いいか?今、奴らが戦っているのは、この世界から来た、たった一人の人間だ。そのたった一人に四つの世界が徒党を組んでも敵わない――そんな奴がいる世界に誰が侵攻を仕掛ける」
確かにそれはそう……。先行隊の生体反応が消るってことは、目の前にいる人物と同じかそれ以上の戦力がいる可能性がある――神という抑止力のおかげか。
「でも、四千年っていう時間がかかったってわかれば、まだ侵略の余地ありって思われませんか?」
「時間停止こそできなかったが、引き延ばしはできる。おおよそ、向こうでは数日、長くて一月辺りだろう。完璧とまではいかないが、この世界を守るために手は尽くしているんだ。それでも、どうにもならないから、今回は神器を創り、それを託すものを喚ぶ事にした――」
ゲームの物語と同じだ。チュートリアルで語られる廻り者の役割――……まてよ…?
「今回って、なんですか――……まさか……」
俺の脳裏に浮かんだのは到底有りえない、だけど否定はできないこと。だって、俺は一度見たことがある、そして、この身を以て体感したこと――
「ああ。世界の救済、黙示録の環からの脱却――……。私たちがそれを始めて、二万年と少し……六度失敗し、今回で七度目だ」
「な、な……んですか、それ……」
何万年云々の話じゃない。六回失敗している?
「一度目――大罪を犯し、四つの世界に繋がった、黙示録という言葉が埋めれた原因。完全なる侵略戦争がはじまり、大陸の半分が消し飛んだ。神は猛省し、時間遡行を行った」
「……でも、罪が帳消しにならなかったんですね」
「時間が戻ったのは、繋がった直後、その後もそこまでしか巻き戻せなかった。私たちはこれを次元の特異点と呼称している。この世界で出来ないことは、おおよそが別の次元が原因だ。魔素の研究が出来なかったのと同じようにな」
この世界では「次元の違い」「別の世界との距離」が異常に近い。だから、ふとしたきっかけで滅んでしまうほどに不安定なんだ。
「二度目――侵略に抗う準備をした。しかし、結果被害はある程度減ったが、ほとんど一度目と同じだった。三度目――繋がりを絶った。だが一つの繋がりを絶ち終える頃には、三つの世界によって壊滅。四度目――天使たちに閉じ方を教え、分担した。だが、神の様にはいかず、綻び、「水」の世界によって大陸の三割が沈んだ。五度目――天使を楔にすることで強力な封印を界異に施した。しかし、その間で本隊が侵攻を開始した。結果は分かり切っているな。六度目――繋がりを絶つ前に、もう一つの空間を創り、一つにまとめ、先遣隊を一度に相手することにした。結果、世界は守られた」
この世界は何度も滅んでいる――その事実に身が震える。俺たちが相手にするのが、そこまで強大なものだとは思わなかった。界異は何度も相手している。だけど、それは一体ずつ。しかも、装備、コンディションが最高な状態でだ。……ん?
「待ってください。六度目で、世界が守られたなら、どうして今回、俺たちが喚ばれた七度目があるんですか……?」
「六度目の戦闘で、女神が命を落とした」
「それだけ……ですか?戦争なんです……犠牲なんてつき物でしょう?一人の犠牲で世界が守られたならそれでよかったんじゃ……」
「そうだ。それでよかったんだ。だがな、神にとって、世界などどうでもよかったんだよ。「世界を守る」それは女神の意思であって、神はその願いを聞きいれただけ――女神はこの世界が好きだったんだろうな。だからこそ、守りたかったんだ」
女神はこの世界に生れた元人間だ。幾年経とうと、故郷も、家族もそこに在った。その場所を放り投げるような人が、世界最大の宗教の神に成るはずがない。
「だがな、神は違う。自分が犯した罪を罪とも何とも思っていなかった。猛省したというのも女神にこっぴどく叱られたからだ。世界など、どうでもよかったんだろう。神にとって、女神が全てだった。世界なんてあっても彼女がいなければ意味が無かったんだ。だから、時間を巻き戻した」
この世界の神はまともだと思っていたけど、そうではなかった。いや、神としてはまともなのかもしれない。人の世なんて気にしない。悠久の時間を生きる天井の存在にとって、人間の時間なんてないに等しいんだから。共に生きられるたった一人の女神を、家族を失うのは、俺たち人間には理解の出来ないほど悲しいことなんだろう。
「七度目――神はできうる限りの策を講じた。一つ、六度目と同じよう空間を創った。二つ、先遣隊を人のいない場所に誘導し、天使によって封印。三つ、神器を創り、異世界から適応者を喚んだ。四つ、この世界をより強固な存在――この世界と空間との断絶の強化、界異の封印の強化、疑似世界の作成……その全ての強化のために、神は女神の存在を縛りに使った」
「この世界の神による最大の代償行為――この世界を捨ててまで守りたい存在を縛りに……何を縛ったんですか」
「さてな、神の考えることなど、人間である私たちにわかるはずがないだろう。他人の一番大事なものなど、わからんものだよ。それこそ心でも読めない限りな」
「師匠の魔眼でも無理なんですね」
「私の魔眼は制限されているからな。正直それもできたのかもしれんが……今ではわからん」
師匠の魔眼は何かの縛りらしい。何を縛っているのかもわからないのだとか……。いや、いまなら――
「ここまで話してくれたんですから、もう、師匠のことも教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「……」
師匠は俺の顔をじっと見て「いいだろう」とささやいた。
「私はこの場所を守るために存在している。魔獣など以ての外、何人たりとも通さない。そのために、私は私自らを縛りに魔術を施した。そして、そのときに、時間遡行以前の記憶の大半を縛りに使った。家族との記憶も、旅の仲間の記憶も、今は思い出せない。あるのは、ここ四千年の記憶だけだ」
「その表情は……?」
「二千年ほど、旅に出たくてその時に」
思ってたよりしょうもなかった。
「それで、師匠が守るこの場所て一体何なんですか?」
「ここは、神がこの世界に降り立ち、女神と出会った場所――これを私たちは聖域と呼称している。自由に使わせてもらっているが、この家はその二人の愛の巣らしい」
「罰、当たりませんかね……」
「人類を見捨てようとした罰ならあやつにくれてやる」
この人、神に喧嘩売ってやがる……でも、多分知り合いで、ここまで罵れるほどには親しかったんだろうな。もしかしたら、唯一、神と共に過ごした人間なのかもしれない。
「あれ、でも師匠ってクファ様のこと覚えてましたよね?」
「おそらく、その宝具のおかげだろう。この家のことも触れて知った。そういう縛りなのかもしれない。”あやつ”のことも朧げにだが思い出せる。名前も顔も思い出せないが、どこかでその宝具と同じようなものに触れでもしたんだろう。その者の魔力を感じることでしか記憶を取り戻せない縛り――それが大きければ大きい程思い出せるのかもしれない……まあ、考察でしかないがな。解く条件が記憶にないんだ。どれだけ難解な縛りを課したのだか……」
師匠は無表情で、やれやれと顔をふる。自分自身を憐れむその様子は、おおよそ、何度も終わりを迎えたことのある人のものには見えない。そのくらいの精神が無いと神の我儘についていけないという事なんだろうか。
「色々教えて下さりありがとうございました。この世界にもう一度向き直ってみようと思います。俺はもっと強くならなくちゃいけない。身体的にもだけど、精神的にも……だから、これからも宜しくお願いします!」
「ああ、最後まで付き合ってやる。死ぬなよ」
多分師匠は今笑ってくれている。と、思いたい。もし、明日の鍛錬の事を考えているとしたら、悪い顔をしているだろうから……。
「あ、そういえば師匠。どうして、神代の情報を話してくれたんですか?」
神代の情報を知ることの人物は限られている。俺はそれに該当していなかったはず……。
「ああ、血の変質だろう。神代の情報は資格が無いと理解ができない。別の言葉を聞いている気分と言えばわかるか。先の話を全て理解しているとしたら、その資格があると理に判断されたのだろう。お前が食後に飲んでいるあれは、第八天使、白龍ベルリーアの血液だ。神代の情報は異常をきたす――第八天使は神代そのもの、それ血を十年もの間飲み続けて、異常をきたさないほうがおかしい」
そういって師匠は寝室へと姿を消した。
……俺、人間辞めちゃいました?




