七番目
「さて……湯はるか――ってなんだよこれ」
ログアウトしてデバイスを外す――はずだった。でも、俺の目の前には満天の星空が浮かんでいる。ベットで寝ていた体は程よい硬さの床に転がされていた。見覚えのない空間――もしかして、アップデート入りとかち合ってバグったか。初アプデが大型なんて無茶在りすぎるとは思ったけど、まさにその通りになったってわけだ。さて、もう一度ログアウト――ってまだ無理か。もしかしたら、二度とこれないエリアだと思うしちょっと散策するか。
しかし――何で現実の姿なんだ。ゲームと現実の狭間?脳に保存されてる姿がこっちに反映されてんのか、何なのか……。
「まあ、俺にはわかんねえや」
十年前ならまだしも、今のは進み過ぎてさっぱりわからん。というか、そもそもこの空間作ったやつの気持ちがわからん。なんてったって無数のディスプレイが星のように浮かんでいるんだから。そこには、何百年前の戦争やら色んな時代の街並みが映し出されている。
「お、ドラゴン。Lowのじゃないな。つか、ポリゴン数少な。半世紀くらい前って感じか?爺さんの家にあったっけ。今もあんのかな?あ、これ親父が叩き潰しそうになってた死にゲーだ。あれ、フレイヤだ……相も変わらず美しい。カワイイ。最近大森林行ってないし、明日か明後日にでも行ってみるか」
ごちゃまぜの映像もよくよく見たら俺の知ってるものばっかだ。俺の姿といい、この映像といい、俺からデバイスに反映されてるデータがこのエリアを作ってるのか――なるほど、なるほど、なんて言いながら歩いてると無数のディスプレイの隙間に人影がみえた。管理AIか何かだと思うけど、しかし人の形をしてるのは何故だ?どこにそんな必要が――考えてる暇あったら接触すればいい。
「すみませーん。あなた誰ですかー?」
俺の声に気づいてすぐ、少年は振り向いた。何故男だと分かったか――上裸だからだ。いや、胸が全くな……とかは考えないようにしよう。彼の顔は心底不思議そうで、その目は、俺に疑いをかけるさながらサスペンスの刑事の様だ。
「えっと……誰?」
管理AIの割にやけに人間臭い。何らかの特別なやつか?そもそも誰って聞く時点でおかしい。だってここは俺のデバイスの中のはずなんだから。
「俺は晴です。あなたは?」
「ああ、失礼。僕はクファ。えっと……君は新しい――ってわけじゃなさそうだね」
俺の足先から首元までじっくり見て何かを判断した見たいだ。それは当たり前、俺と彼の服装が全く違う。俺は現代の部屋着で、彼はまるで博物館から出てきたファラオみたいだ。
「君はどうしてここに?」
「俺はどうしてここに?」
「君もわからないか……そうだな…となれば、一度招集を――ダメだ、空間証明の時間が残り少ない…僕の裁量で決めるしかないか……あー…失敗したら『 』に怒られそうだ……折角信用されるチャンスなのに…」
クファは何やらぶつぶつと独りごとを呟き始めた。これは長くなりそうだ。しかし、AIがこんな長時間考えるか?これは人だ。だとすれば、おかしい……そもそもLowの関係者が俺の事知らないわけがない。はるって言葉聞いて少しもピンとこないってことは外部の人間……敵?
「聞きたいことがある。君は、プレイヤーかい?」
「え。そうですけど」
「うん。では坂田金時、ひまわり、サクヤ。shark、ぽっぴん――この名前に聞き覚えは?」
「ええ、全員知ってます」
「じゃあ、「hallow」という言葉に聞き覚えは?」
「俺の事です」
「そうか。では君がハルか……なるほど、先の異常は君の存在によって起こった事象か――…」
クファは大きくため息をつき、また独り言をぼやきながら、何処からか出てきたホログラムを、自分の目の前に動かし指さしで確認し始めた。
もう彼が何をしているのかも、何が起きているのかも、さっぱりわからなくなった。何故、メンバーの名前を先に言った?どうして俺自身に、プレイヤーネームを聞いた?何故、それを聞いてため息をついた――思考を放棄した俺にクファは淡々と告げる。
「どうやら君は、彼らの転移に巻き込まれて、この空間に迷い込んでしまったようだ。今の君は、どの世界にも属さない魂だけの存在になっている」
「状況がいまいち呑み込めないんですけど……」
魂だけの存在……アップデート中はアバターの使用が出来ないから、意識だけがデバイスの中に閉じ込められてるってことか……?いや、”転移に巻き込まれた”――この言葉の真意がわからない。
「そもそも、ここはどこなんですか。ログアウトしたら急にここに飛ばされて……その「転移」ってのは最終プログラムの隠語か何かですか?」
全くの的外れと、クファは目を丸くした。まさかそこまで事態を把握していないのかと言わんばかりだ。だけど俺はその表情をみたかった。俺が今言った事は単なる確認に過ぎない。ここでは、おそらく、そんな現実味のある話は通用しない――それを否定したかったから、俺は目の前にいる少年に尋ねた。ここが俺の生まれた星、もしくは異なる次元で無いことを願って――
「そうか、ここがどこか言っていなかった……『狭間の地』僕たちはそう呼んでいる。簡単に言えば、異なる世界を行き来きする中継地点――転移は隠語じゃない、事実だ。僕たちの使命は、この場所に集まった者たちを別の世界――異世界に送ることだ」
なるほど――で納得できる問題じゃない。異常だ。それを淡々と説明する彼もまた不気味。言葉通り、現実じみていない。だからこそ突きつけられる。今この状況が俺にとっての現実であり、非常事態であることを。
状況は呑み込めた。意識もはっきりしている。いつもなら、非常識で理不尽なこの状況を打破するための策を考えるけど、今はそれすら不可能――目の前にいる少年を見て、簡単な口答えできるとすれば、そいつは相当の馬鹿か、命知らずだ。俺にできるのはあくまで質問程度――。
「あなたたちの使命――その根幹にある目的は何ですか」
「もうわかっているんだろう。彼らのリーダーである君なら」
ああ、わかるさ。答えは出てる。――あまりにも現実に近しいゲーム、黙示録のクリアをトリガーとした最終プログラム。プレイヤーを異世界に送るための狭間の地。そこから導き出される答えは
「――複製された、疑似世界の元となった世界の救済――黙示録は救世主を選定するための篩いだったという訳ですか」
「彼らの言う通り、君の頭は良く回る。ああ、その解釈で間違いない。しかし、黙示録はあくまで指標だ。達成したからと言って、必ずしも救世主足り得る――なんてことはない。だけど、彼らの能力は想像以上だ。きっと成し遂げてくれるだろう」
クファは聞こえのいい言葉を吐き続けるけど、それらは全部、無責任に世界を背をわせるものだ。ほとほとはた迷惑な話――だからと言って、それを口にできる程、俺は蛮勇じゃない。
「元の世界には帰れるんですか?」
「わからない――僕にはその権限も、力もない。だけど、救世が成し遂げられたのなら、『 』が叶えてくれるかもしれない」
「その……叶えてくれる人?って誰ですか?」
「ああ、失礼。その名は禁則事項だった。この場所の権限を与えて下さった……存在と言うのが適当だろう」
異世界を繋ぐほどの力を他に与えられる存在……神様か、それに近しい存在ということだろう。意図せずとも制限がかかっているってことは、安易に口にしてはいけないという事――触れないほうがいいな。
しかし、元の世界に帰れないってことは、あいつらは既に異世界へ送られた後という事になる……。
「元の世界に帰れないって聞いて、あいつらはなんて言ってましたか」
「しょうがない、と」
らしいと言えば、らしいか……自分の生活もありながら何年間も俺の無茶ぶりに付き合ってくれたお人好しだ。さっさと世界救って帰ろう、なんて言いながら向かったに違いない。
……一つ違和感がある。
「――黙示録は確かに六人でクリアしました。だけどそれは”俺を含めて”六人です。あと一人は何者ですか……?」
「すまないが、わからない。僕はその時、エラーの対処に追われていてね。話はしたけど、直接顔を合わせていないんだ」
救世の為に送り出す人間の顔を直接みないなんて正気か?いや、俺の、人間の尺度で計っていい問題じゃない……存在している次元が違うんだから。
「あの時は、異常の原因究明の方が優先順位が高くてね。六人の転移者に、六つの神器を譲渡して、転移させる――その為にはこの空間の維持が不可欠。先の異常が空間の存在証明に関わる問題だとしたら、転移そのものを早めないといけない――と色々なことが重なって顔は見ていない」
「それは、大変でしたね――……その異常の原因って……」
「ああ、多分君だね」
意図的ではないにしろ、あいつらの命運に関することに邪魔をしてしまったのは事実……取り返しのつかないことになっていまいことを祈るしかない。
「それで、俺はこれからどうなるんですか」
「元の世界には帰れないのは、さっき言ったね。今の君には選択肢が三つある。一つ目、魂を理に還す。これは個としての死だね。二つ目、転移する。ただ、転移時の姿は今の状態――その体で生きるのは難しいだろうね。死んだら終わりだから。三つ目、転生する。向こうの世界で新しい生活を送る。魂はそのまま――記憶を受け継いだ状態だから、適応には時間がかかるかもしれないけど、これが一番おすすめだね」
一つ目は論外だな。安に死ぬってことだ。二つ目も厳しい。この脆弱な体でLowの世界で生きれるわけがない。
「あいつらみたいにアバターの姿で転移はできないんですか?」
「できない。複製できるアバターの上限は六体まで――とクリア時に確定してしまっている。あとは魂と同じ順番でこっちに複製されるから、君のはどこかに保存されていても上限まで達した今、複製はできない」
「なるほど……じゃあ、三つ目について質問。適応に時間がかかるとは一体どういうことですか」
「環境に適応できるかだね。向こうは君の生きていた世界より、百年前以上の文明でそこに魔術という技術が混在している。疑似世界に似ているけど、プレイヤーの介入が無い世界だ。生きにくいと感じる可能性がある」
Lowの黎明期は本当に千九百年代前半の街並みだった。十五年経った今では二千年代まで文明は進んでいるからあまり不便はしなかったけど、それは専門知識を持ったプレイヤーが未知の物質と向き合い続けた結果だ。俺の転移後、急速に文明が発達していくなんて考えられないから、そこだけは目を瞑ろう。
「転生にします。でも、あいつらと一緒に戦えるまで十年以上かかりそうですね……アバターがどんな成長するのか見ものですよ」
転生先がどこになるかは不確定だけど、あいつらと一緒に救世をするなら、少なくとも十五……二十年は必要だ。アバターに寿命があるかどうかは分からない。とにかく出来るだけ早く成長しないと――個体の設定とかできるのか?
「一つ勘違いしていると思うからはっきり言うけど、君は救世に参加しなくてもいいんだよ。そもそも、黙示録の元凶――界異と戦えるほどの人間は一握り。だからこそ、神器というこの世ならざる兵器を扱える救世主を送り込むんだ」
「え――…」
それを聞いて拍子抜けした。そして絶望した。確かにそうだ。戦力になるまで何年かかるか?そんな問題じゃない。
「界異」と呼ばれる四体のボスモンスター。Lowの物語はそいつらがこの世界の住人じゃ手に負えないから廻り者が訪れるところから始まる。そしてそいつらはプレイヤーが束になってかかっても、生半可な装備じゃ太刀打ちできないほどに強力だ。
「努力をすれば、魔物や魔獣は倒せるようにはなるだろうけど、界異となるとまた別。足手まといになるだけだ。黙示録が始まったとしても数十年で世界が崩壊するという訳じゃない。君が大往生する時間はあるはずだ」
「いや、でもNPCでも戦える奴はいました。だったら俺にも――」
「それは一握りの人間だ。疑似世界を生きた君ならわかるだろ?」
「……っ!!」
……彼らは血筋、肉体、環境、武具、そのすべてに恵まれたからこそ、戦えるまでに至った。俺の転生が上手くいく確率は何パーセントだ?そんなの天文学的数字だ。
「でも……!だからと言って――…!」
同じ世界にいるあいつらを放って、生きるだけなんて……あいつらに合わせる顔がない。
それでも顔を見ないといけない。
会わないといけない。
話さないといけない。
謝らないといけない。
だってあいつらが勝手に世界の命運背負わされたのは――
俺があいつらを攻略に誘ったせいなんだから。
俺が誘わなければこんな目に合わせれなくて済んだ。
俺が誘わなければ今でも楽しくゲームできてたはずなんだ。
俺が誘わなければ現実でも友達や家族と一緒に過ごしたりできたはずなんだ。
それを俺が全部壊してしまった。
オリオンは有名になった。家族に贅沢させられるほどの金銭的な余裕もできた。だからと言ってなんだというんだ。行きついた先は、一歩踏み違えば、死が待っている世界を救う戦い――誰がそんな生活を望むんだ。
「彼らは言っていた――なぜ、ハルが…君がいないんだと、それほどまでに君は彼らの先を行くものとして信頼されていたんだろう。だけど、向こうでそれは無茶だ。特別な力を持った彼らでも死ぬ可能性はある。その先を行くなんて自殺行為だ」
知らずのうちに俺は膝から崩れ落ち、床は涙で濡れていた。当たり前だ。……当たり前なんだ。
「でも……でも――……それでも、俺は――…っ」
「……君の悲しみを完全に理解することはできない。ただ、悔しい気持ちはわかる。兵が、友が、戦地に向かう背中をただ見送ることしかできない――…できなかった、その悔しさはよくわかる」
お前に何がわかる――喉元から吐き出そうと顔を上げた先には苦虫を嚙みつぶしたような顔をしたクファがいた。肩は強張り、握りしめた手からは床に零れるほどの血が流れている。この人は一体何者なんだ。何を経験してきたんだ。ただ、生きてきただけでこんな風にはならない。
クファは俺のみじめに濡らした顔を見て、表情を戻した。
「失礼。少し感情的になってしまった。この手の話には弱くてね……。どうしても思い出してしまうんだ」
「あなたは一体――」
「そうだね……よし。私の全盛期の姿を見せてやろう」
クファは両腕の開きいて、手のひらを上にし目をつむった。そして、どこからともなく現れた光の粒子がその身を包み、目の前にいた少年は、歳をとり青年期まで成長した姿に変化していた。
「先の姿は『 』の脳に一番焼き付いた姿でな。限界そのまま維持していたのだが……やはり、この手の話をするにはこちらの姿の方が聞き入れやすいだろう」
まさに、王というべき貫禄。青年でありながら、一国の主たらん荘厳さ――
「私は生前、賢王と呼ばれた身でな。それを知覚し、そう務めてきた。遠い昔の話ゆえ、想像もつかんだろうが。そして、恐れながらも、魔術王と呼ばれたこともあった」
魔術には明るくないけど、魔術王と言えば、魔術創成の時代の人物だ。まさか、クファ様が魔術王とは……とんでもない事実を知ってしまったんじゃないか?ぽっぴんさん辺りに言ったら詰め寄られそう。口外禁止だ。
「クファは――クファ様は神様なのでしょうか」
「其れこそ恐れ多い。私はただ、死後『 』に魂を拾われた幸せ者だ」
クファ様は、満ち足りた表情で天を仰ぐ。やっぱり、”それ”は神なんだろう。そして、それは実在している……。
「ハルよ。戦友と共に死地に向かう覚悟があるのであれば、その願い。叶わぬことも無い」
「覚悟ならはじめから。俺にできる限りを第二の人生に費やします」
「転生先を指定する。この世で最も優れた……育成者にその身を託そう。彼女ならば、そなたの才能を限界を超えて成長させてくださるだろう」
「しかし……それでも時間という枷は外せません」
「案ずるな。時間を戻せばよい。私の技術では精々二十年が限界であるが、それだけあれば戦士と成れよう」
時間を戻す――まさか魔術にそこまでの可能性があるとは知らなかった。しかも、それくらい容易いものよ。と言わんばかりに自信ありげだ。幾年もの鍛錬がそれを可能としたのか――わからないけど、時間という枷を外せるのならありがたい。
「よろしくお願いします」
「あい、わかった。その目、その覚悟目に焼き付けておこう」
またしても、何処からか紙とペンを取り出して一筆綴り、俺に渡した。
「これを持っておけ。彼女が見て下されば、おそらくだが、興がのれば、鍛えて下さるはずだ。厳しいが、そこに優しさを見いだせ。さすれば、心は折れぬ」
口角をぴくぴくさせながら、威厳をどこかに捨ててきたように無理やり笑顔を作る王様は、言いたくはないが惨めだ。話し方からするに魔術王と呼ばれるクファ様よりも格上の人物――はじめは隠そうとしていたようだけど、話しているうち、何かを思い出すように顔を青くし始めた。…あいつらに会う前に死ぬのはごめんだぞ……?
「それから、これを持って行け。私が生前作り、ニカ様より装飾を賜った魔術書だ。神器とまではいかんが宝具の域には達している。詳細は師に聞くと良い」
「ありがとうございます……」
魔術王が作って、ニカ――鍛冶を得意とする神の子である第五天使が装飾した魔術書?……Lowだったら、これを元に戦争が起こるレベルの品だ。
「そろそろ時間だ。転移の儀を始めよう」
「はい。いろいろご配慮ありがとうございました」
「なに。気にするな。戦友たらんその心、実にあっぱれであった。励めよ」
「勿論です」
俺は受け取った魔術書と手紙を両手で抱きかかえ、立ち上がる。泣きつかれたか立ち眩んでしまった。――これから始まるのは死に物狂いの辛い日々だろう。だけど、挫けない。「オリオン」の名に懸けて誓おう。俺はまた、先頭を走ると――。
クファ様の魔術詠唱が始まった。何を言っているのかわからない。多分クファ様が生きた時代の言葉だ。それに加えて宙に書くルーン文字、俺の足元には魔術陣。Lowにはなかった魔術体系――
「繋がった。目が覚めるのは転生して二か月後といったところか。――一つ助言してやろう。機嫌を損ねるな」
「あはは……心がけます」
クファ様の言葉を最後に俺は暗闇に包まれた。




