プロローグ「ゲームの世界で生きていたい」
GT.942「禁域」
「体当たり来るぞ!構え!」
「おうよ!いつでもこいや!」
「予測転倒位置、右斜め後方です!」
「ラストアタックは私がもらいます!!」
ゲームはいつかクリアされる。だって、そうじゃなくちゃおもろくない――人生はいつか終わる。そうじゃないと価値がない――だとしたら、このゲームは実に可笑しい。このゲームにクリアは無い。だけど、終わりがある。この人生に終わりはない。でもそこには価値がある――俺はこの矛盾を愛している。だからこそ、この終わりに寂しさを感じる――。
『「黙示録」がクリアされました。最終プログラムに移行します』
総アクティブプレイヤー数一億二千万と少し――世界展開されているフルダイブ型MMОRPG「リンク・オブ・アナザーワールド」――それはリアルを追求しすぎた結果、敵対MOBを相手にする海外プレイヤーから「Low」と揶揄され、それが別称、愛称とされるまでに至った、というか至ってしまった、世界最高難易度のゲーム――それが俺の愛する人生だ。
魔術で発展した1900年前半をコンセプトに開発されたこのゲームは、2060年を生きる俺たちには不便ではあるけど、ロマンを感じさせる――人体の五感の有無を設定で変更することが出来るシステムが搭載されていて、失われた食材で作られる料理や、澄んだ空気は、非戦闘プレイヤーに評判だ。このゲームはもう、異世界をそのままゲームにしている――そう思わせるほど、細部へのこだわりが尋常ではない。常軌を逸していると言っても過言じゃないだろう。
そんな「もう一つの可能性の世界」には、戦闘プレイヤー間で「エンドコンテンツ」とされるクエストが存在する――「参加人数不問大規模レイドボス五体連続討伐」をクリア目標としたそのクエスト名は「黙示録」――途中参加不可・蘇生無効・死亡時、持ち物が全てその場に残り、クエストを断念しても生存者が回収していなければロスト・転移システムは使用不可で、禁域からでない限り敵は追従してくる――1体でも難易度の高いボスの連戦に加え、そんなバカげた条件を押し付けらる、挑戦することさえ避けられているこのクエストは、クリアさせる気のない「運営の悪戯」とも呼ばれていた。
しかし、リリース開始から15年の時を経て、「黙示録」はクリア可能である――と、俺を含めた六人の上位プレイヤーで構成されるパーティー「オリオン」が、世界中にその事実を知らしめた。
「だああああああああ!!つっかれた!!もう一歩も動きたくねえ!」
「もう、目がパッサパサですよ……補助機能オンにしておこっと……。あ、ハルさん、アドレナリン切れるまでに治しておかないとログアウトした時、幻覚痛すごいですよ」
「あ、ああ……そうだな」
ハル。黒髪に少量の蒼いメッシュ、夜空の星をイメージした碧眼。それを基調としたパーティカラーの装備を身に纏うアバター――プレイヤーネーム「hallow」それが俺だ。
後ろにいる二人に気を配る気力もなく、今はただただ腰を地面に下ろして、目の前の動かなくなった黒い巨体を見つめている。
前人未踏のクエストをクリアした達成感。大型クランが全戦力を動員してもクリアまで至らなかったクエストを五人の仲間たちでクリアした優越感。たけど、それを上回る、クリアしてしまったという喪失感……。多分、その混沌とした想いを持っているのは俺だけだ。
「二人ともお疲れ」
自分の気持ちは後回し、今は戦友たちを労おう。
「おう!お疲れ!」
「金ちゃん……武器は?」
「ありゃ、どこ行った?」
大の字に寝転がりながら、輝く笑顔を浮かべるナイスガイ。パーティーカラーのバンダナを巻いたオールバックの金髪、これ即ち財宝と言わんばかりの黄金眼。プレイヤーネーム「坂田金時」愛称金ちゃん。このゲームにおける瞬間最大火力、DPSともにランキング1位の片手大斧を愛用する火力特化のプレイヤーだ。「最大火力」の二つ名をひっさげ「オリオン」で2番目のプレイヤー人気を持っている。
「多分、黒龍の脳天辺りです。飛んでいくの見ましたから」
「ぶん投げたの!?あの状況で!!?」
「そうしねえとサクヤのラストアタック決まらなかったんだよ。俺の攻撃速度よりあいつのが一歩の方が速えんだ。だから、ぶん投げた」
「ホント、ひやひやしました。火力下振れてたら、ほとんど詰みだったんですからね」
「まあそんなカンカンすんなよひまわり。あんだけ削れば、あとはハル一人でも何とかなっただろ」
「そういう意味じゃありません!!」
金ちゃんを叱咤する、短くそろえた白髪に新緑の瞳。パーティーカラーのイヤリングをつけた小柄なアバター――プレイヤーネーム「ひまわり」。戦闘時はその小さい体を武器に戦場を駆け回り、地形・敵・その損傷具合から弱点や怯み方を予測する。そしてそれらを可能にするのは圧倒的動体視力と高度な計算能力。ひまわりの戦闘時被弾率は二パーセントと、ランキング二位の十七パーセントを大きく上回る堂々の一位だ。権能で無限生成可能なナイフを武器に、エンチャントを施し投擲する――状態異常特化したプレイヤーだ。
「やっぱり、全員で余韻に浸りたかったです」
「気持ちはわかるけどよお……そもそも、最終BOSSまでに二人落ちてんだから今回は見逃してくれや」
「はあ……僕はサクヤさんの装備が無事か確認してきます」
そういって、ひまわりは身長の五倍はある黒龍の頭を飛び越えて行った。あれだけ走り回ったのに疲れてないとか、元の体力どうなってんだか。
「黒龍単独撃破したゲーム狂に誘われてもう六年か……まさかここまで来るとは思わなかったぜ」
「俺は六年も付き合てくれるとは思わなかったけどな」
「ま、気付けば引き返せねえとこまで来てたしな……それに、オリオンに居れば年収億越えだぜ?誰が抜けるかっての」
「金ちゃん、今生中継してるはずだから、金の話はNGだぞ」
「こりゃいかん。お口にチャックだ」
「いちいちネタが古臭せえ」
このゲームはエンタメ産業の最前線。今やLowが頭一つ飛びぬけて先頭を走っている。俺たちが黙示録に挑む――たったそれだけで何百万の人が動き、何千憶の金が行きかうまでだ。あー怖い怖い。
「サクヤさんの装備取ってきました~。お気に入りだったコスは完全に修復不可能だったけど……」
「まあどっかで買えばいいだろ。どうせ、ファンからプレゼント送られて組んだし、気にするだけ損だぜ」
「サクヤさんが知らない人から物を受け取るとは思わないですけどね……」
「まあそん時は俺が何とかしとくよ」
「ご機嫌取り頼みます」
今は爆散して遠くにあるリスポーン地点飛ばされているだろう、さっきまで戦場をかけていた、黒髪の長いポニーテールをなびかせる、赫眼の少女。パーティーカラーのセラー服に身を包んだアバター――プレイヤーネーム「さくや」。第一印象は怖い。今の印象はイカレた戦闘狂。脳のリミッターが外れている彼女は、アバターという自壊しない強靭な肉体を持つことで常人離れしたパフォーマンスを発揮する。簡単なところで、100メートル走を2秒で走る、6トンのアルマジロを野球ボール感覚で投げる。まあ、そういった感じでおおよそ人間ではない。だけど、お頭があまりよろしくなく、対非人戦闘においての被弾率があまりに高い。本当に運用に困る人だ。「絶命姫」という忌名を持ちながら「オリオン」で人気1位なのは解せない。
ちなみに俺は最下位である。決して俺が悪いんじゃない。俺の人選が良すぎて、俺自身が霞んでいるだけだ。そうに違いない。
「つか、最終プログラムって何だろうな。アップデートってのは確実だろうけどよ」
「黙示録の次ってなんだろ。「神様」でも出てくるのか?」
「おとぎ話のあれな……だったらまだ出てきてねえ「龍」のが先じゃねえか?この黒トカゲより情報出てない「白龍」のほうが可能性高いだろ」
「その線もありだな。だったら「八天使」の方も一緒か、確か白龍と第八天使が同一人物じゃないかとかぽっぴんさんが言ってただろ」
「その前にマップの解放だったりしませんか?」
「「それだ!!」」
大陸の南西部。神聖国より西側一帯は十五年経っても未だ解放されていない謎に包まれた場所だ。神聖国に近づくにつれて敵が強くなっているし……その原因がそこにあると考えると「最終プログラム」とされる理由も納得がいく。
おとぎ話や伝承、神話の類もそこにルーツがあるはずだ。学術ギルドがこぞって動き始めるぞ……いや、すでに動き始めているかもしれない。俺らもおちおちしてられねえな。
「何といってもリリース十五年、初めてのアップデートだからな。運営も相当あっためてるだろ」
「というか、今までアップデートが無かった方が不思議ですよ。追加コンテンツもパッチも無かったですし」
「まあ、そんなことどうでもいいじゃねえか。俺たちは楽しく遊べればそれでよお。んふぁ~……」
「ふぁ~……」
「おや、おねむですか金ちゃん」
「アドレナリン切れて一気に眠気きたわ」
「僕もそろそろ落ちます。お母さんおめでとうのメッセージ届いているので」
「んじゃ俺もちょと休憩すっかな。じゃあ次の集合は拠点でってことで――3人にメッセ送っておくわ」
2人を見送って、背伸びをする。18時間の戦闘でアバターにかなり疲労がたまってるし、現実に戻ってゆっくり風呂でも入って仮眠を取ろう。
4,5時間もすれば、すぐに金の話だ。今までのらりくらり躱して自由契約を維持し続けてきたけど、今日のこれで企業様はオリオンの”取り合い”に熱を上げ始める。今でさえ一人頭、年億越えの稼ぎを出している。それだけの人がオリオンを見ているってことだ。もう、俺一人の手に負えない。まだ、22の世間知らずに何が出来るっていうんだ。大人の金ちゃんかぽっぴんさんにでも相談するか……?ダメだ。金ちゃんは金に関してはだらしないし、ぽっぴんさんは現実では関わらないと約束してる。……巻き込みたくは無いけど、親父に相談するしかないか。
数十万の金に目がくらんだ当時の俺に言ってやりたい。そこから先は地獄だぞ――と。まさに悪魔の契約。これからの展望?どういうスタンスで?知らないよそんなの――俺はただ、楽しくゲームをしたかっただけなのに。
「もう、この世界で生きていたい……」
『セーフティ解除。魂の移送を開始。6体のアバターを複製開始』
『エラー。アバター002を1体再複製開始。002ー1として保存。コンプリート。7体のアバターの移送を開始』
『エラー。アバターを1体サブメモリに保存。コンプリート。6体のアバターの移送を開始』
『移送完了。コンプリート』
『プログラム切除開始。メモリ削除。プログラム転換。名称変更』
『エラー。メモリ削除失敗。フルキャスト申請。受理。接続開始』
『削除完了。コンプリート』
『プログラム終了。待機モードへ移行――』




