096話 歪む静寂 ― 選ばれなかった者たち
――灰港連絡都市・旧行政区。
深夜。
この街には、
音が消える時間がある。
銃声も、怒号も、
取引の暗号通信さえ止まる、
不自然な沈黙。
それは平和ではない。
均衡が書き換えられている合図だ。
◆◆◆
古いビルの最上階。
カーテンは閉められ、
灯りは最小限。
男は、一人で端末を眺めていた。
世界ランキング第7位。
名は、まだ表に出ない。
「……減っているな」
独り言のように呟く。
画面に並ぶ数字。
・衝突件数:低下
・緊急武器需要:減少
・短期契約:白紙化
・仲介手数料:未発生
どれも、
“街が落ち着いた”証拠。
だが、彼にとっては違う。
「市場が、静かすぎる」
◆◆◆
彼は指を動かす。
過去数週間のデータを重ねる。
浮かび上がる共通点は、ひとつ。
――ゼロバレット。
「撃っていない」
「壊していない」
「だが、流れが変わっている」
男は、ゆっくり息を吐いた。
「……面倒なやり方だ」
◆◆◆
彼の世界では、
戦争は“起きるもの”だ。
衝突があり、
被害が出て、
補給が回り、
数字が動く。
それが、秩序だった混沌。
だが今の灰港は違う。
「起きない戦争が増えている」
それは、
誰かの仕事が消えているということだった。
◆◆◆
一方。
灰港連絡都市・外縁区。
裏路地。
武装請負団体の下部構成員が、
薄暗い倉庫で口論していた。
「話が来ねぇ」
「弾は余ってる」
「人はいるのに、仕事がない」
誰かが吐き捨てる。
「……ゼロバレットのせいだろ」
その名前が出た瞬間、
空気が変わった。
「やめろ」
「その名前は出すな」
理由は分からない。
だが、
触れたくない名前になっていた。
◆◆◆
第二拠点・情報区画。
ダリオが、ログを眺めながら言った。
「反応、出始めてるな」
ラザロが頷く。
「補給を止められた連中ほど、
苛立ってる」
ネロが、軽く笑った。
「でも、まだ誰も動かない」
カサンドラが付け加える。
「動いた瞬間、
“理由のない敵対”になるから」
◆◆◆
ノアは、少し離れた場所で画面を見ていた。
数字。
流れ。
沈黙。
「……静かですね」
ソフィアは、即座に答えない。
しばらくして、静かに言った。
「ええ」
「でもこれは、
“何も起きていない”わけじゃない」
ノアは視線を上げる。
◆◆◆
「選ばれなかった人間が、
必ず出る」
ソフィアの声は冷静だった。
「戦争が減れば、
儲からない人間が出る」
「混乱が減れば、
居場所を失う人間が出る」
ノアは、拳を握る。
「……それでも?」
ソフィアは、彼を見る。
「それでも、よ」
◆◆◆
「ノア」
ソフィアは、はっきり言った。
「街を潤すという選択は、
誰かの喉元から“必要だった混乱”を奪う」
「それを、
正しくないと言う人間もいる」
ノアは、少しだけ視線を落とす。
「……俺は、
誰かの仕事を奪ったんですね」
ソフィアは、否定しない。
「ええ」
そして、続ける。
「でもね」
◆◆◆
「あなたは、
“生きるために人を殺させる仕事”を、
減らした」
その言葉は、
慰めでも、美談でもなかった。
ただの事実だった。
◆◆◆
その頃。
旧行政区のビルで、
ランキング7位の男は通信を切った。
「……なるほど」
口元が、わずかに歪む。
「これは、
止めるべき“善意”か」
「それとも――」
「利用すべき“流れ”か」
彼は、次の一手を考え始めていた。
◆◆◆
灰港は、まだ静かだ。
だがその静寂は、
誰かの利益を削った結果でもある。
ノアが選び始めた道は、
優しい道ではない。
潤すということは、
同時に、
乾かす場所を生む。
その現実が、
ゆっくりと、
確実に――
牙を剥こうとしていた。
――次回更新:2月25日17:30公開予定
ブクマ・評価・感想が励みになります。
『ゼロバレット』続編、097話「仕込まれた選択 ― 観測者の一手」――
をお楽しみに!




