091話 余波 ― 選ばれなかった戦争
――灰港連絡都市・外縁区。
夜。
この街では、戦争は突然“起きなくなる”。
撃ち合いが始まらない。
脅しも、報復も、いつの間にか延期される。
理由は誰も説明しない。
だが、皆が同じ結論に辿り着く。
――今は、やらない方がいい。
◆◆◆
港湾区の一角。
半地下のバー。
武装請負団体の下士官が、
グラスを乱暴に置いた。
「……おかしいだろ」
「三日前まで、
あれだけ揉めてた荷役ギルドが、急に黙った」
向かいの男が、低い声で答える。
「黙ったんじゃない」
「“動けなくなった”」
「誰が止めてる?」
男は、しばらく黙ってから言った。
「名前は出てない」
「だが、言わなくても分かるだろ…」
その一言で、会話は終わった。
これ以上踏み込むのは――
“選択を間違える”行為だからだ。
◆◆◆
同時刻。
第二拠点・情報区画。
ダリオの前には、新しい指標が並んでいた。
・敵対発言:自然消滅
・武装移動:未発生
・裏市場価格:安定
「……余波、来てるな」
彼は、軽く指を鳴らす。
「“戦わない前例”が出来た」
「これ、しばらく続くぞ」
ラザロが、補給ログを確認しながら言った。
「物流は、もう戻り始めてる」
「だが、前と同じじゃない」
「前より――慎重だな」
「そう」
ラザロは頷く。
「“止められる”って事実を、
全員が知ったからだ」
◆◆◆
作戦室。
ソフィアは、静かに報告を聞いていた。
「……説明責任は、都市側が引き受けた」
「表向きは“偶然の調整”」
「裏では、“不可視の抑止”として扱われてる」
ネロが笑う。
「いい落とし所だ」
「俺たちは、
何も言ってないのに、
勝手に“理由”が付いた」
カサンドラが言う。
「危険なのは、ここからよ」
「“次も出来る”と思われ始める」
ソフィアは、即答した。
「ええ」
「だから――次は、選ばない」
その言葉に、
ノアがわずかに顔を上げる。
◆◆◆
「力を見せ続けると、
それは“常識”になる」
ソフィアは、淡々と続けた。
「常識になった力は、
いずれ“試される”」
「だから――」
一拍置く。
「次は、何もしない」
ネロが、少し驚いた顔をする。
「完全に引く?」
「ええ」
「街に、“自分で静かになった”と、
思わせる」
カサンドラが、微笑んだ。
「……一番、嫌らしいわね」
◆◆◆
ノアは、静かに口を開く。
「……戦場が、
こっちを見失う」
ソフィアは、彼を見る。
「そう」
「見失った時、
初めて“次の一手”が効く」
アシュレイが、肩を鳴らした。
「つまり――」
「嵐の前の、凪か」
◆◆◆
夜。
灰港の灯りは、いつも通り揺れている。
だが、その裏で――
いくつもの戦争が、
“始まらないまま終わっていく”。
選ばれなかった戦争。
撃たれなかった弾丸。
結ばれなかった報復。
そして、
誰も口にしない一つの事実。
――この街は、
もう一度“選ばされる”のを、
無意識に待っている。
――次回更新:2月18日17:30公開予定
ブクマ・評価・感想が励みになります。
『ゼロバレット』続編、092話「静かな評価 ― 数字にならない脅威」――
をお楽しみに!




