085話 同じ空気 ― 椅子に座る前の戦場
――灰港連絡都市・中層区。
非公開会議施設。
この建物は、
所有者が存在しない。
正確には、
誰のものでもあり、誰のものでもない。
都市管理層、調停商会、複数の武装組織。
全員が「使ったことがある」と言い、
全員が「管理していない」と言う場所だった。
だからこそ――
ここは、撃ち合いが起きない。
◆◆◆
最初に到着したのは、港湾荷役ギルドだった。
黒塗りの車両が二台。
降りてきたのは代表と幹部三名。
全員が武装を解除している。
だが、動きは明らかに“戦場のそれ”だった。
「……静かすぎる」
代表が呟く。
建物の周囲には警備がいない。
見張りも、検問もない。
「いない、んじゃない」
幹部の一人が低く言う。
「見せてないだけだ」
◆◆◆
十分後。
別の車列が到着する。
《レッドバンク》。
装甲車ではない。
だが、窓は厚く、動線は洗練されている。
指揮官が車から降りた瞬間、
ギルド側の空気がわずかに硬直した。
「……久しぶりだな」
「生きていたようだな」
挨拶は、最低限。
敵意も、友好もない。
ただ――
同じ空間にいること自体が異常だった。
◆◆◆
両陣営が、同時に気づく。
「……中央席が空いている」
円卓形式の会議室。
左右にそれぞれの席。
そして、
どちらの側にも属さない位置。
そこが、空いている。
「都市の代表は?」
「来ないらしい」
「……主催者は誰だ?」
誰も答えない。
答えが分かっているからだ。
◆◆◆
扉が開いた。
音は、ほとんどしない。
入ってきたのは、五人。
先頭にソフィア。
その一歩後ろに、ネロとカサンドラ。
そして――
少し距離を置いて、ノアとアシュレイ。
武装はない。
だが、空気が変わった。
誰かが、無意識に息を止める。
(……こいつらか)
(護衛じゃない)
(立ち位置が、違う)
ノアは、視線を合わせない。
アシュレイも、周囲を見ない。
それなのに――
全員が“見られている”と感じる。
◆◆◆
ソフィアが、中央席に座る。
それを合図に、
他の全員も、無言で席についた。
誰も指示していない。
だが、順序は崩れない。
「では」
ソフィアが、静かに口を開く。
「今日は、“話すための席”よ」
「勝ち負けは決めない」
「正義も決めない」
「ただ――」
視線が、円卓を一周する。
「ここで撃てば、
この街が困るという事実だけを共有する」
◆◆◆
沈黙。
レッドバンクの指揮官が、口を開く。
「……ゼロバレットは、
都市の代理か?」
ソフィアは、首を横に振る。
「違うわ」
「私たちは、
“撃たない方が得だ”という状況を作っただけ」
ギルド代表が、低く笑う。
「随分と、高い位置から言う」
その瞬間。
ノアが、初めて視線を上げた。
「高い、低いの話ではありません」
静かな声。
だが、はっきりしている。
「ここで誰かが死ねば、
全員が損をする」
「それだけです」
代表は、言葉を失った。
理屈は単純だ。
だが、それを断言できる立場が異常だった。
◆◆◆
アシュレイが、軽く肩を回す。
「俺たちは、
撃たない前提でここにいる」
「だが――」
視線だけで、両陣営をなぞる。
「撃つ気があるなら、
今すぐ分かる」
誰も動かない。
◆◆◆
ソフィアが、結論を急がない。
「今日は、条件は出さない」
「要求もしない」
「まずは――」
「同じ空気で、
最後まで座れるかどうかを確認しましょう」
それは、脅しではない。
試験だった。
◆◆◆
外では、街が動いている。
荷が流れ、
人が歩き、
噂が広がる。
この部屋で起きていることを、
誰も知らない。
だが――
この空気が保たれている限り、
灰港は今日も“静か”だ。
戦場は、もう始まっている。
引き金は、まだ――
誰も触っていない。
――次回更新:2月9日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、086話「条件という名の本音 ― 誰が何を失うのか」――
をお楽しみに!




