084話 席に座る者 ― 呼ばれたのは、どちらだ
――灰港連絡都市・中層区。
朝。
この街の朝は、いつも遅い。
夜の取引が終わり、
誰もが「今日は何も起きなかった」と確認してから、ようやく動き出す。
今日も同じだった。
クレーンは回り、
貨物は流れ、
酒場には、昨夜の続きを引きずった人間が集まっている。
だが――
判断だけが、すでに終わっていた。
◆◆◆
その通知は、
命令の形をしていなかった。
都市管理層の名もない。
調停商会の印もない。
どの組織の署名も、そこには記されていない。
ただ、一行。
――《調停席の設置について》
それが、
港湾荷役ギルドと、
武装請負団体の
両方に、同時に届いた。
時間差はない。
選択肢も、ない。
◆◆◆
港湾荷役ギルド本部。
代表は、端末を机に置いたまま、しばらく動かなかった。
誰も、声をかけない。
「……条件は?」
沈黙を破ったのは、彼自身だった。
幹部の一人が、端末を確認して答える。
「ありません」
「日時と、場所だけです」
「要求は?」
「……ありません」
代表は、ゆっくり息を吐いた。
条件がない交渉ほど、
不気味なものはない。
それは、
「飲め」とも
「断るな」とも
書かれていない。
だが――
断った瞬間に失うものだけが、はっきりしている。
◆◆◆
「行かない、という選択は?」
若い幹部が、恐る恐る口を開いた。
代表は、首を横に振った。
「選択肢としては、ある」
「だが、それを選んだ時点で――」
言葉を切る。
「この街での“次”が消える」
誰も、笑わなかった。
灰港では、
席に呼ばれること自体が、
すでに評価なのだ。
◆◆◆
同時刻。
《レッドバンク》仮設司令室。
指揮官は、同じ通知を見て、短く舌打ちした。
「……都市が、前に出てきたか?」
副官が、首を横に振る。
「違います」
「これは……都市“を通した”形です」
「主催者は?」
「書いてありません」
その一言で、
室内の空気が変わった。
書いていないのではない。
書く必要がない存在が、用意した席だ。
◆◆◆
「……ゼロバレットか」
誰かが、低く呟いた。
否定は出ない。
撃たれなかった。
奪われてもいない。
それでも、街の流れは変わった。
その結果だけを見れば、
呼ばれるのは、そこしかなかった。
◆◆◆
第二拠点。
ソフィアは、端末に映る通知を、静かに見つめていた。
「……来たわね」
ネロが、肩をすくめる。
「街が、
“誰に話をさせるか”を決めた」
カサンドラが、淡々と分析を続ける。
「主導権は、完全にこちらです」
「都市は、席を貸すだけ」
「当事者同士を、同じ空間に座らせる気ですね」
◆◆◆
アシュレイが、腕を組む。
「逃げ道は?」
「ないわ」
ソフィアは即答した。
「行かない方が、リスクが高い」
ノアは、窓の外を見ていた。
街は、普段通りだ。
人は歩き、
貨物は動き、
銃声は鳴らない。
だが――
もう、元の場所には戻れない。
「……選ばれた、ということですか」
ソフィアは、ノアを見る。
「ええ」
「“戦わずに終わらせられる側”としてね」
◆◆◆
その時、
別回線が割り込んだ。
発信元――
世界ランキング7位。
画面に映るのは、
顔を半分、影に落とした男。
『久しぶりだな、ソフィア』
「ええ」
「随分と、早い反応ね」
男は、軽く笑う。
『君たちのやり方は、嫌いじゃない』
『だが――』
視線が、ノアへ向く。
『“空白”を、表に出す気はあるか?』
一瞬、空気が張り詰める。
ソフィアは、間を置いて答えた。
「必要なら」
「ただし――」
「彼は、見せ物じゃない」
男は、満足そうに頷いた。
『いい』
『この都市は今、
“刃を振るわない力”を測っている』
『その席に、
君たちはいる』
通信は、そこで切れた。
◆◆◆
静寂。
アシュレイが、低く言う。
「……格が上がったな」
ネロが、苦笑する。
「嬉しくはねぇな」
「責任も、一緒に上がる」
ノアは、ゆっくり息を吐いた。
「……でも」
「撃たなくて済むなら、それでいい」
ネロが苦笑いして言う。
「まあ、小さい都市ならな…」
◆◆◆
ソフィアは、立ち上がった。
「行きましょう」
「私たちは、
誰の味方にもならない」
一拍。
「ただ――
“終わらせる側”として、
その席に座る」
その瞬間、
灰港連絡都市は、次の段階へ進んだ。
引き金でも、
条件でもない。
“席”が、戦場になる段階へ
――次回更新:2月8日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、085話「同じ空気 ― 椅子に座る前の戦場」――
をお楽しみに!




