079話 調停の席 ― 撃たれなかった引き金
――灰港連絡都市・中層区倉庫街。
午前十一時。
本来なら、
荷役の怒号とエンジン音で満ちている時間帯だ。
だが今日だけは違った。
音が、少ない。
人はいるのに、騒がない。
誰もが“何か”を待っている。
◆◆◆
倉庫街中央。
使われなくなった積荷ヤード。
即席で設えられた長机を挟み、
二つの集団が距離を取って立っていた。
片側――港湾荷役ギルド。
作業着に近い服装だが、腰元は重い。
もう片側――外縁武装請負団体。
表向きは護衛会社、
だが全員が“戦う側”の目をしている。
そして――
その間。
誰も立っていない。
◆◆◆
「……ゼロバレットは、まだか?」
荷役ギルド側の代表が、低く呟いた。
「来るさ」
レッドバンク側の男が答える。
落ち着いているが、視線は鋭い。
「来ないなら、
ここに集まる意味がない」
その時だった。
――足音。
乾いた、ヒールの音。
視線が一斉に集まる。
◆◆◆
ソフィアだった。
武装はない。
護衛もいない。
だが、その一歩ごとに、
場の空気が“締まっていく”。
「お待たせしました」
静かな声。
だが、倉庫街の端まで通る。
「ゼロバレット代表、ソフィアです」
誰も、すぐに口を開けなかった。
理由は単純だ。
――撃てない。
撃てば、
その瞬間に“何か”が終わると、
全員が理解している。
◆◆◆
「立ち会いは、私一人」
ソフィアは、あえて言った。
「今日は、銃も条件もいらない」
「話すだけよ」
レッドバンクの男が、探るように言う。
「……随分と、
自信があるようだな」
ソフィアは微笑んだ。
「ええ」
「だって、ここに“戦場”はないもの」
その言葉に、
荷役ギルド側の数人が息を詰める。
◆◆◆
「まず、確認しましょう」
ソフィアは机の中央に視線を落とす。
「あなたたちは、
互いを潰したいわけじゃない」
「……何?」
荷役ギルド代表が眉をひそめる。
「目的は同じ」
「港を止めたくない」
「金を失いたくない」
「そして、街を敵に回したくない」
沈黙。
それは、図星だった。
◆◆◆
高所。
ノアとアシュレイは、
倉庫屋根の影にいた。
狙っていない。
構えてもいない。
だが、見ている。
「……今、
全員が“引き金の重さ”を感じてる」
アシュレイが小声で言う。
「ええ」
ノアは頷く。
「誰も、最初になりたくない」
「それが、
この場の均衡だな」
◆◆◆
ソフィアは、話を続ける。
「レッドバンク」
「あなたたちは、
護衛の仕事を失いたくない」
「荷役ギルド」
「あなたたちは、
銃口を向けられながら働きたくない」
一拍。
「どちらも、正しい」
「……なら」
レッドバンクの男が言う。
「どうしろって?」
ソフィアは、即答した。
「距離を決めるの」
◆◆◆
「港湾荷役区域には、
武装請負は入らない」
「代わりに、
外縁区の護衛契約を一本化する」
ざわり、と空気が揺れる。
荷役ギルド側が声を荒げかける。
「それじゃ――」
ソフィアは、遮った。
「拒否権は、あります」
「ただし」
「拒否した瞬間、
この調停は“終わる”」
言外の意味は、
全員が理解した。
――終わる、とは。
撃ち合いではない。
都市が、介入する。
そして、どちらも負ける。
◆◆◆
沈黙が続く。
長い、長い数秒。
ノアは、その時間を数えていた。
(……七秒)
(……八)
(……九)
「……分かった」
先に折れたのは、
レッドバンク側だった。
「条件を飲む」
荷役ギルド代表も、
ゆっくり頷く。
「こちらもだ」
◆◆◆
その瞬間。
張り詰めていた空気が、
わずかに緩んだ。
誰も倒れていない。
血も流れていない。
だが――
確実に“勝敗”はついていた。
◆◆◆
ソフィアは、静かに言った。
「これで、終わりです」
「今日、この場で起きたことは、
誰の勝ちでもない」
「ただ、
“街が止まらなかった”だけ」
踵を返す。
誰も、止めなかった。
◆◆◆
高所。
アシュレイが息を吐く。
「……すげぇな」
「そうだね」
「一発も撃たずに、
全員を黙らせた」
ノアは、静かに答えた。
「だな」
◆◆◆
その日。
灰港では、
一つの事実だけが残った。
――ゼロバレットは、
戦わずに“場”を制した。
そして噂は、
次の形に変わる。
「ゼロバレットは、
もう“雇う側”じゃない」
「――脅威な存在だ」
――次回更新:2月3日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、080話「余波 ― 偽の名が動いた日」――
をお楽しみに!




