078話 調停前夜 ― 静かな異常
――灰港連絡都市・外縁と中層の境界。
夜。
港の灯りは、いつも通り水面に滲んでいる。
クレーンも動き、船も入っている。
だが――
音だけが、少なかった。
◆◆◆
港湾荷役区画。
夜間作業に入るはずの作業員たちが、妙に間隔を空けて立っている。
誰も大声を出さない。
合図も、最低限だ。
「……今日は、やけに静かだな」
若い作業員が、ぽつりと呟く。
「騒ぐ理由がねぇだけだろ」
年配の男がそう返すが、
視線は無意識に周囲を探っていた。
銃は見えない。
武装した連中もいない。
それでも――
“今日は撃てない”
そんな感覚だけが、全員に共有されている。
◆◆◆
外縁区、裏道。
武装請負団体の下っ端が、壁にもたれて煙草を吸っていた。
「なあ……」
相棒が言う。
「今日、動くって話だったよな?」
「……だったはずだ」
「じゃあ、なんで誰も出てこねぇ?」
二人は顔を見合わせる。
理由は分からない。
命令も、警告も来ていない。
ただ――
“今じゃない”
という空気だけが、はっきりしている。
「……帰るか」
「だな」
理由を説明しないまま、
二人はその場を離れた。
◆◆◆
仲介屋の小さな事務所。
通信端末を前にした男が、受話を切ったまま動かない。
『今日は控えた方がいい』
それだけの短い言葉。
発信元は一つじゃない。
複数だ。
どれも、はっきりとした根拠は言わない。
「……チッ」
男は舌打ちする。
「誰が来てる?」
問いかけは独り言だ。
答えは返らない。
だが、
“来ている”
という事実だけは、確信していた。
◆◆◆
第二拠点。
作戦室では、誰も指示を出していなかった。
モニターには、街の各所が映っている。
物流は動いている。
人もいる。
だが、
武装衝突の兆候だけが、消えている。
「……異常ですね」
ネオンが、静かに言った。
「銃を持ってる連中ほど、動いてない」
ネロが、低く笑う。
「撃てる状況じゃねぇってことだ」
ソフィアは、何も言わない。
ノアは、画面の端を見ていた。
データには出ない部分。
――人の“間”。
――足取りの遅さ。
――目線の揺れ。
「……誰も、最初になりたくない」
ぽつりと、呟く。
アシュレイが、小さく息を吐いた。
「撃たなくていい理由が、揃いすぎてる」
◆◆◆
夜の灰港。
何も起きていない。
それが、異常だった。
引き金は、
誰の指にも掛かっていない。
だが――
全員が、その重さを感じている。
調停は、まだ始まっていない。
だが、
戦場はもう、空気として存在していた。
――次回更新:2月2日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、079話「調停の席 ― 撃たれなかった引き金」――
をお楽しみに!




