076話 試す者たち ― 触れてはいけない線
――灰港連絡都市・裏層区。
日没後。
昼の喧騒が嘘のように、
この時間の裏層区は静かだった。
静かすぎる、と言ったほうが正しい。
◆◆◆
「……妙だな」
瓦礫を再利用した三階建ての建物。
その最上階で、男は双眼鏡を下ろした。
灰港では名の通った情報屋――
通称。
「銃も出てない。
人も倒れてない。
なのに、商会側が折れた」
背後で、若い部下が言う。
「噂じゃ、ゼロバレットが“強い”って話ですけど」
ミルズは鼻で笑った。
「強い?
それだけで、あそこまで綺麗に決まるか?」
彼は、ノアとアシュレイの存在を知らない。
だが、直感は正しかった。
「力を見せてないのに、
力を“確信させる”やり方だ」
「……じゃあ、どうします?」
ミルズは少し考え、口角を上げた。
「軽く触る」
「壊す気はない。
反応を見るだけだ」
◆◆◆
同時刻。
第二拠点・監視区画。
「……来た」
ネオンが、端末を操作しながら言った。
「灰港裏層区、非武装の小規模接触。
人数三。
武装なし。
ただし、全員“様子見”の動き」
ネロが腕を組む。
「試しだな」
ソフィアは即答した。
「ええ。
“どこまで踏み込めるか”を測ってる」
アシュレイが、壁にもたれたまま言う。
「どうする?
追い返す?」
「いいえ」
ソフィアは首を振る。
「今回は、こちらから何もしない」
ノアが視線を上げた。
「……それでも、相手は何か仕掛けてきます」
「分かってるわ」
ソフィアは静かに言う。
「だから、“起きなかった事実”を残す」
◆◆◆
灰港裏層区・旧倉庫街。
三人の男が歩いていた。
服装は地味。
だが、周囲の気配を読む動きが揃っている。
「……ここで合ってるはずなんだが」
一人が小声で言う。
「ゼロバレットの動線が、
この辺りで一度“消える”」
次の瞬間だった。
――音もなく、足元の影がずれた。
「……?」
男が振り返る。
誰もいない。
だが、
背中に、はっきりとした違和感。
「なあ……」
声を出そうとした瞬間、
肩に、軽く“置かれる感触”があった。
重くない。
掴まれてもいない。
だが――
動けない。
「……」
喉が鳴る。
だが、声が出ない。
耳元で、低い声がした。
「そこまでだ」
ノアの声だった。
姿は、見えない。
気配だけが、真後ろにある。
「これ以上は、
街にとっても、あなたたちにとっても得がない」
別方向から、アシュレイの声。
「試すのはいい。
だが――」
一歩、音もなく近づく気配。
「線は超えるなよ」
◆◆◆
数秒後。
三人は、何事もなかったかのように立っていた。
触れられていない。
殴られてもいない。
拘束もされていない。
だが、
足が、わずかに震えていた。
「……撤退だ」
リーダー格の男が、絞り出すように言う。
「確認は済んだ」
「何が……?」
「――触れちゃいけない類だ」
◆◆◆
少し離れた屋上。
アシュレイが、ため息をついた。
「本当に、何もしなかったな」
ノアは静かに答える。
「触れただけだ」
「十分だろ」
二人は、すでに引き上げる準備をしていた。
◆◆◆
第二拠点・作戦室。
報告を聞いたミルズは、
しばらく黙り込んでいた。
「……なるほどな」
部下が恐る恐る聞く。
「ボス、どうします?」
ミルズは、静かに言った。
「ゼロバレットには、
“交渉”以外で近づくな」
「敵ですか?」
「いや」
彼は、苦く笑った。
「敵に回すもんじゃない」
◆◆◆
その夜。
ソフィアは、拠点の通路でノアとアシュレイに言った。
「今日で、はっきりしたわね」
「何がだ?」
アシュレイが聞く。
「あなたたちが加わったことで、
ゼロバレットは“撃たなくても止められる組織”になった」
ノアは少し考えてから言った。
「……それは、いいことですか?」
ソフィアは即答しなかった。
だが、やがて言う。
「少なくとも、
選択肢は増えた」
ゼロバレットは、静かに進んでいる。
戦わない戦場。
撃たない勝利。
――次回更新:1月31日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、077話「依頼という名の確認 ― 値段のつけられない力」――
をお楽しみに!




