075話 余波 ― 名前だけが残る
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――灰港連絡都市・交渉区域。
正午。
ソフィアたちが乗った車が角を曲がり、視界から消えたあとも、
商会ビルの前には、妙な静けさが残っていた。
銃声はない。
怒号もない。
破壊された建物も、倒れた死体もない。
それなのに――
その場にいた全員が、同じ感覚を抱いていた。
「何かが、終わった」
◆◆◆
「……帰った、な」
ビルの影で腕を組んでいた男が、ぽつりと呟く。
灰港の仲介業者の一人。
顔役とまではいかないが、この区域ではそれなりに通っている人物だ。
「ええ。
それも、こちらが一歩も踏み込めない形で」
隣に立つ女が答える。
武装は控えめだが、腰の位置や立ち方から、素人ではないと分かる。
「武器も振り回さず、脅しもせず……
なのに、商会側が条件を下げた」
男は苦い顔で笑った。
「いや、下げたんじゃない。
“最初から握られてた”んだ」
女は、商会ビルの上階を見上げる。
「ゼロバレット……だったかしら」
その名を口にした瞬間、
周囲にいた数人が、わずかに反応した。
◆◆◆
商会ビル内部。
交渉室。
代表の男は、ソファに深く腰を下ろし、
額の汗をハンカチで拭っていた。
「……まったく」
誰もいなくなった部屋で、独り言のように呟く。
「護衛を頼むつもりが、
“頼めない相手”だと分からされるとはな」
机の上には、修正された契約書。
条件は、こちらが一方的に譲歩した形になっている。
だが、後悔はなかった。
(――あれで正解だ)
代表は、ノアの視線を思い出していた。
睨まれたわけでも、威圧されたわけでもない。
ただ――
**「使う必要がない力」**が、そこにあった。
「……あの二人は、何者だ」
護衛かと思った若い男たち。
だが、護衛にしては静かすぎる。
(違う。
“切り札”だ)
しかも、
切らなくても勝てる切り札。
◆◆◆
一方、街の裏側。
ラザロとダリオの車は、
交渉区域から少し離れた高架下に停まっていた。
「……何も起きなかったな」
ダリオが、ハンドルに肘をついたまま言う。
「起きないのが、一番だ」
ラザロは端末を見ながら答えた。
「だが、“起きなかった理由”は、
確実に見られてる」
「だよな」
ダリオは、ミラー越しに後方を確認する。
「さっきから、
こっちを気にしてる車が二台」
「尾行まではいかない。
……様子見だな」
ラザロは端末を閉じた。
「ゼロバレットが、
どのくらいの規模で、
どのくらいの距離感で動く組織か」
「それを測ってる」
ダリオは苦笑する。
「面倒な立場になったもんだ」
「今に始まった話じゃない」
◆◆◆
別ルート。
ルアンとカリナの車は、すでに退路側を抜けていた。
「交渉区域、動きなし」
ルアンが淡々と報告する。
『了解。
こちらも異常なし』
ネオンの声が返る。
カリナが、助手席で小さく息を吐いた。
「ねえ、ルアン」
「何だ」
「今日のこれ……
勝ったって言っていいのかしら」
ルアンは少し考えてから答えた。
「勝ち負けじゃない」
「じゃあ何?」
「位置取りが終わった」
カリナは、なるほど、と小さく笑った。
◆◆◆
その頃、上空。
ヘリの中で、カインは珍しく静かだった。
「……撃たずに終わると、
どうも調子が狂うな」
「それでいいんです」
リリスが即座に返す。
「今日の任務は、
誰も傷つかないことが最優先でした」
ネオンが、モニターを見ながら言った。
「通信傍受、噂レベルだけどもう出てるよ」
「どんな?」
「――
“ゼロバレットは、
喧嘩を売る相手を選ぶ”って」
カインが、口の端を吊り上げた。
「悪くねぇ評価だ」
◆◆◆
夕方。
第二拠点への帰路。
車内で、アシュレイが腕を組んで言った。
「なあ、ノア」
「なんだ?」
「俺たち、今日は何かしたか?」
ノアは、少し考えてから答えた。
「したよ」
「何を?」
「そこにいただけ」
アシュレイは、ふっと笑った。
「……厄介な存在になったな、俺たち」
「今さらだ」
前席のソフィアが、会話を聞いて静かに言う。
「ここから、新しいゼロバレットの始まりよ」
ノアとアシュレイは、同時に前を見る。
「力を持った者は、戦場を選ぶ」
ソフィアは、淡々と続けた。
「そして今日、
私たちは“戦わない戦場”を一つ、選んだ」
車は、夕暮れの街を抜けていく。
撃たなかった。
壊さなかった。
血も流れなかった。
だが――
灰港連絡都市には、
確かに一つの名前が刻まれ始めていた。
ゼロバレット。
それは、
静かに広がる“余波”だった。
――次回更新:1月30日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、076話「試す者たち ― 触れてはいけない線」――
をお楽しみに!




